
何もかもが終わり去った。
何があったのかさえ、思い出せない。
それが真であったか、虚ろであったか。
もう妄想も創造さえ無く。
知らず歩く、imageだけが記録されていく。
まほろぼとして。
寂れた道を、たった一人。
おうおう、お客さんかい。また面妖なモンが来よったなぁ。ん?おいおい、なんだこりゃあ、お前さんみてぇなのは初めてだなぁ……お前さんはどんな奴だったんだ?
わたし…?わたしですか…?
あ?自分でもよく分からねぇのか?はぁ、そりゃ変わってやがんねぇ、ま、ここにまともな奴なんてそうそう来ねぇがな!カッカッカッ!!
おっとすまねぇ、おめぇさんも困ってんね。よおし、久し振りに面白そうな奴に会えたんだ、歩きながら話でもしようじゃねぇか!てめぇが何者だったか考える為によ!そら、ぼーっと突っ立ってねぇで付いて来な!

んでお前さんは、自分がどんな奴だったのか覚えてねぇんだったな?じゃあよ、逆に何を覚えてンだ?ほら、何かあるんじゃねぇか?ここに来る前に見てたモンとか、声を聞いたとか。
…多分遠い昔の事ですが、沢山の幻を見て来ました。星の数ほどの。
ほー、沢山の幻、ねぇ。その幻ってのはどんなのか覚えてるか?幻っつっても色々あるもんだ、幽霊や物の怪の類、幻聴とか妄想の塊とかよ。
幻聴…妄想…だと思います。
ほう、幻聴かぁ。ならよ、お前さんは噺家の類だったのかもな?噺家ってのは面白可笑しい妄想や、何処からかやって来た幻聴を誰かに聞かせるモンだって聞いた事がある。それならお前さんのその…何だ、身体から滲み出てる色んな気の説明がつくしよ。
気、ですか。
んあ?お前さん気付いてねぇのか?さっき会った時から、お前さんからはとんでもねえ数の気を感じるぜ。気ってのはこう、雰囲気ってモンじゃ無くて、もっと別の、お前さんそのものって感じのよ。
私そのもの?
ああそうさ。お前さんからはとんでもねぇ数の気を感じる。この世界での気ってのは、どんだけ想いがこもってかるかってのなんだ。こう言うのも何だが、お前さん、よっぽど愛されていたように感じるぜ?ハッキリした理由なんか無ぇ、俺の直感だけどよ。
ところで、ずっと気になってたんですが。
お、ついにお前さんから尋ねて来てくれたか。んで、何が聞きてぇんだ?
ここは何処、なんですか?あなたはさっき「この世界」と言いました。それに、先程から見た事も無い方ばかりです。いえ、私が忘れているだけかもしれませんが…。
…いいや、お前さんの言う通りだぜ。お前さんが言った、「忘れてる」ってのはその通りだ。何せここは、忘れられたモンが流れ着く場所だからな。
忘れられた…?
おうそうよ。忘れられたモン。かつて人間共によって作られたり、"居るかも知れない"だとか"あれば良いな"なんて妄想なんかが形を成した奴らが、結局その人間共に忘れられて、その果てに流れ着く場所だ。ここに来る奴らは皆そうだ。勿論俺も、お前さんも。皆がみんな、その形を失ったもんだ。
でしたら、何で私はここに辿り着いたんでしょうか?先程貴方は、私からは気を感じると仰いました。そして、その気は愛であるとも。でしたら、何故私は忘れられたのでしょうか。
…人間共ってのは勝手なもんだ。妄想やら集団心理やらで勝手に"まぼろし"を創りはするが、その後の事なんて知ったこっちゃねえんだ。面白けりゃそれで良い、でも一通り楽しんだらその後はどうでも良いんだよ。それでも…そうさね、もしそれでもあんたが此処に辿り着いたって言うんなら、これまでの奴ら通りの道を辿って来たか、それか、人間共がぜーんぶ居なくなっちまった、とかかもな?――なぁんてな!つうか、ここに居る奴らは大概そんな事気にしちゃいねぇよ、俺らにとって大事なのは"何故ここに来た"かじゃなくて"ここでどうするか"なんだ。形は失ったがよ、それでも俺らぁ此処に居る。それで良いじゃねぇか。
…私は、死んでしまったんですか?
おいおい、何でそうなんだよ?確かに形を失ったとは言ったが、そういう訳じゃねぇ。そもそも、俺達には人間共みてぇに死ぬ、なんてモンは無ぇよ。形を失う、なんてのは現だけでの話だ。最後にここに流れ着いて、何もかも忘れて、ただただ停滞。それだけの事だぜ。
戻る事は出来ないんですか?
お前さんには酷かもしんねえが、無理だねぇ。大昔にも居たんだぜ?戻りてぇ、帰りてぇ、って泣き喚いて、ひたすら出口を探した奴もよ。だが無理だって悟ったんだろうなぁ、結局はここに帰ってきて、そんで大人しく俺らの仲間入りよ。
…。
なぁに、そんな暗い顔なさんな。別にここが怖いトコって訳でもねぇさ。そりゃ最初は誰だって、分かんねぇモンは怖いさ。でもよ、そりゃ"あいつら"にとっても同じなモンさ。むしろ、"あいつら"の恐怖やらなんやらから生まれて来た奴だってここにはうじゃうじゃ居やがる。そんな奴らでさえ、ここじゃあ皆同じなんだ。だから何も怖がる事はねぇ。
では、私はどうすれば良いんですか?
さぁねぇ、別にここでは何だって良いんだ。――あぁ、ならよ、さっきも言ってたが、噺家になってみたらどうよ?たくさん妄想して、沢山噺をすりゃあ良い。会ってちょっとばかし話しただけだがよ、お前さんにはピッタリだと思うぜ?それに、もし本当にお前さんが噺家だったらよ、別に虚実なんて関係ねぇんじゃねぇのか?噺の相手が人間か物の怪か、それだけの違いだ。
…皆さん、受け入れてくれますか?
あったりめぇよ、皆面白いモンは何だって好きだ。それにほらよ、そろそろ着くぜ。

ここは?
此処ぁ"街"だ。お前さんの仲間になる奴らが集まる場所。ここで噺をすりゃあ良い。まずは誰かに話しかけて見て、「面白い噺を聞きたくないか?」って尋ねりゃ良いさ、そしたら大抵の奴ぁ聞いてくれるさ!…さて、俺はここらで失礼すっかねぇ。面白い奴に会えたし、お前さんのやりたい事も決まったしよ。
あの…。
んぁ?まだなんかあるか?
ありがとうございました。
…カカカッ!おうよ!!
んじゃ、元気でよ!また会ったら、とんでも無く奇怪な噺、聞かせてくれヨォ!
…行ってしまいました。
これで、良かったんでしょうか。
いいえ、そんな事を気にしても仕方無いのでしょう。
歩き出す。それが現でも幻でも。
何だって変わらない。私は私。
誰も知らない浮世の中、行き交う物の怪の喧騒の中、たった1人。
そう、あなたに、とても儚く、不思議で、夢の様な幻を見せてあげましょう。
「何だ?私に何か用か?」
少し緊張する。でも、聞いて欲しいから。無数のお話を、私に与えられた、無尽の愛を。この愛こそが私だから。どんなに忘れられても構わない、その愛は本物であった筈だから。
「とびっきりの奇怪、聞いていきませんか?」