1872年、ロチェスターのとあるパブにて
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1864年、ネバダ州の湖畔にて、当時17歳であった青年、ウィリアム・ジェームズが行方不明になった。

その時、同行していたウィリアムの知人、ジャック・ベーカーは奇妙な証言をした。

「一つ目の、体表が灰色で出来た細長い四肢の化け物にジェームズは襲われた。」

その証言は直ちにオカルトマニアの中で話題となり、"ネバダの湖には化け物creatureがいる" と恐れられた。



ロチェスターの何処かにあるパブ、そこで今晩は集合となった。

中には奥のテーブルで酒を飲み交わしている中年の4人組が1つ、独りで傷心に浸るかのようにチビチビ飲んでいる男が2人。メイン通りの行列が出来る様な場所ではなく、ただ何人かの常連が有り難がって通う様なパブ。そのカウンター席に、呼び出し人が自分の存在に気づいて振り向いた。

「遅えよ」

研究室でも講義中でもあいも変わらず髪を掻きながら、いつものように文句を垂らす。呼び出し人、もとい本名トーマス・レイジー。100人中13人くらいが笑う程度のくだらないジョークを常に好み、衆目の流行とはちょっと離れた "知る人ぞ知る" にロマンがあると思っている逆張り人間。だからか、コイツと飲むって事はこういう "シック" で "ロンリー" な空気を嗜むのと同義である。

「それでも集合10分後だぜ?前回より早い」
「"そ・れ・で・も" だ!お前はいつも遅刻する。そんなんじゃ研究室でもやっていけねえだろうな」

軽く愚痴と不満の応酬を受け流しながらカウンターにいるヤツの右隣へ向かった。着席したすぐ後にはマスターが淹れた、そしてトーマスがきっと" 好みがわかる" かのように頼んだパンチがもう置かれていた。

「ふうん、俺の舌の事を知ってるって訳ね」

軽く反撃の意を示しながら、一口呑む。喉の奥にミントの香りが漂い、サイダーに見られる炭酸の辛味がよく合う。

「……そんな美味そうな顔して、それでも『合わなかった』って言うのかい?」

半ば皮肉の様な発言と、奴が選んだ割には絶妙に合っているという事実に対して若干の苛立ちが湧く。ただ、酒に罪は無い。だから、半ば流し入れる様に酒を飲んだ。

それでも酔いの一つも出なかったから、アルコール量と言うのも見計らったんだろう。余計 "してやられた" 気分になる。


1871年、オハイオ州の一家全員が殺される事件が起きた。

被害者は全員、何者かによって首を絞められたかのような跡があった。

近くの民家に住む人々はその日のことをこう証言した。

「誰かわからないけど、何処か男の悲鳴guy's screamのような叫び声が聞こえた。」

警察は、事件の方向で調査を続けている。


同じパンチをもう一杯頼む頃には、互いに酔いの一つ二つと出ていた。ただ、それでも潰れる事なく、奴の発言を誤る事なく聞き取れる。奴もそれを認識してるのか、徐ろに自分に話を振り出した。

「なあ、ネバダのクリーチャーの話、お前どう思うよ」
「ああ?」

酒が自分のところに出される。しかし今はその話の "フック" に釣られて眼中にない。

一つ目で、全身灰色の怪物。十数年前の話が今もこうして雑誌の端っこに載るぐらいの話題になっているから、当然こんな酔っぱらい程度でも話の道筋はわかる。

「どうせただの見間違いとかだろ?」
「お前ならそう言うと思ったさ」

軽快に笑い飛ばす奴の "想定済み" みたいな言葉はあまり好きではない。ただ、今日のヤツは少しばっかり調子が違った。

「でもさ、もしだぜ?もし、俺らの知らないところでそんな怪物がいてよ」
「そんなフィクションある訳ないだろう?」

「で、あの時のウィリアム・ジェームズみたいになったら」
「……」

正直、奴のクリーチャーについての話は「見間違い」って言った段階で終わると思っていた。奴が話し出す事の大抵は一発芸の様な物で、俺が少し突っ込めばスンと終わるような物で、だからか、奴がクリーチャーについてそこまで大ごとに見てるとは思いもしなかった。

そんな見当違いが起きたから、つい真剣にこの問いを考えた。

もし、あんなクリーチャーと遭遇したら?

ショットガンで対峙しようとしても、恐らくは餌になって仕舞いだ。もし全力で逃げたって、この手のものは相場早いって決まってる。多分追いつかれて……まぁ結末は一緒だ。逃げ切れたって、多分あのクリーチャーの衝撃は忘れる事すら出来ない、きっとトラウマになる。

如何に、無傷で対峙するか?

ぼやぼやと思考を吐き出しているが、その答えは未だ出なかった。


1865年、南北戦争が激化したミシシッピ州の南軍兵士 オルティース・ネイトは奇妙な夢を見た。

彼の夢の中に、一人の黒いスーツと中折れ帽を被った謎の男がいた。

男は彼に、南軍が敗北する未来を伝えた。

時代はこの予言を信じなかったが、歴史は見事に彼の言う通りになった。

彼のこの、"予言者prophetの現れる夢" は今でも奇妙な伝説として話題になっている。


院に進む奴らの中でも、生粋の学者気質で現実主義者な彼とはジョーク以外で話してみたかった題材があった。しかしそれはトーマス自身にとっては「熟考する」か「 "あり得ない" と返されて終わる」かの賭けでもあった。だが、こうして彼が目先の酒には目もくれずにボヤボヤと呟いてる様を見て、勝ったとも思っていた。

ただ、彼らの中で続いたその静寂は何分経とうが終わる気配を見せなかった。こういう重苦しい空気の中での我慢比べはトーマスにとっては苦手な部類で、最初に音を上げたのは話を振ったトーマス自身であった。

「もしもの話だぜ?そこまで悩む必要はないが」
「……」

しかし、その言葉にも返答せず、ただブツブツと考察し続けている様を見て、この負け戦にも等しいレースをしなくてはならない事を悟った。幸い、トーマスは酒には強い男で、よく彼との飲みでは何杯もバクバクと飲んでいる。だから、トーマスの戦法はバーテンダーから酒を頼みまくるという物に必然的になる。

トーマスの席に置かれた7杯目のセザラックが空になりそうな時、負け戦の終わりを告げるかの様に彼が口を開いた。

「もしそんなクリーチャーと遭ったら、僕は足がすくんで、すぐ殺されるだろうね」
「……はっ?」

「たとえショットガンで弱点をブチ抜こうが、そのまま全速力で逃げようが、恐らく死ぬかごく稀に全力で逃げ切って、トラウマを背負って生き残るだけだろう」

しかし、レースが終わった途端に彼から思いがけない言葉が出て、唖然とした。いつも彼は "何とかなるさ" を信じる人間だった。だからこそ、彼が院に進めたのだと思うし、その矛盾した性格が好きでつるんでいた。しかし、その彼からの言葉は "何ともできない" というある種の諦めが充満していた。ただ、その "諦め" はもしもの話だからこそしたのでは無いかとも思って、トーマスは平然な顔をした。

「いや、えっ?」
「どうしたんだい?」

「いや、お前らしくねえなって」
「まあね」

ただ、トーマスの中では少なからず彼に疑心が湧いていた。少なくとも彼はトーマスより優秀だし、そんな彼がこんな答えを出すのに十数分掛ける訳がない。そう思い、彼を見ると、またあの時の様に思考していて、トーマスはまだ手札があるんだなと思った。それと同時にまたレースが続くんだろうと思い、嫌な顔をした。

ただ、思った何倍早く彼はトーマスに話しかけた。

「だから、その先を考えていて、今さっき思いついたんだ」
「ほう」

その惹かれる語り始めに、トーマスは少なからず期待していた。一体賢い彼が悩みに悩み、編み出した回答は何なのかと。

1秒。

16秒。

38秒。

1分20秒。

トーマスと彼との間に静寂が訪れる。その間、トーマスはまだ彼のアイデアを興味深そうに待っていた。彼も院へ進める程の知識を有しており、知的好奇心はそれなりにあるのがその時の彼にとっては毒となった。

静寂が2分を越え始め、トーマスの興味が冷め切ろうとした頃、突然彼がパブ全体に響き渡る程の雄叫びを上げ、近くにあった酒を思いっきり、浴びる様に飲んだ。この突然の奇行が示す事は、彼が "どうしようもない" と降参する合図でもあった事を、トーマスは知っていた。

しかし、彼の一連の一気飲みで飲んだのは彼の為に頼まれたミントのパンチではなく、それより強い新品のセザラックであった。一気飲みというのはどんなアルコールであったとしても気分を悪くする。実際、その直後に彼は激しい吐き気と目眩に襲われ、もうマトモに座る事すら出来ない状態であった。

「おい!大丈夫か?クソッタレ!」

慌てたトーマスの彼への心配のメッセージすらマトモに認識出来ない程フラフラになっていた頃、彼はようやく、答えを編み出せた。しかしその答えをトーマスに伝える余裕すら無い事を悔やみながら、彼の意識はプツリと消えた。


1858年5月2日、ケンタッキー州にて "異常に腐った死体" が発見された。この年では4件目の死体だった。

検察はあまりに腐りすぎて、この死体が誰だったのかはわからなかった。

しかし、ちょうどこの死体が発見される1ヵ月前、この事件を奇妙にする出来事があった。

午前2時半ちょうど、ケンタッキー州警は22歳の青年 ジョブ・ミラーから一本の電話を受けた。

「助けてくれ!老けた男old manに襲われている!」

電話はその後、ジェフ・ミラーの断末魔のような悲鳴で終わった。

彼は今も行方不明だそうだ。


あの、泥酔しきった日から1週間、トーマスは彼と飲む事は愚か、会うことすら出来なかった。

その日べらぼうに酔いに酔った彼は翌日から二日酔いに悩みに悩まされ、そこから数日間、トーマスはずっと遭遇する事が出来なかった。噂に聞くと大学にも来ていないらしい。が、どうにか金曜日の講義終わり、彼と会う事が出来た。

「よう、今までなにしたんだ?」
「ああ、トーマス。僕は……」

ただ、その日の彼の表情は少し陰りというか、トーマスにも伝えていないような "情報" を悟られないように待っているかの様だった。トーマスは鈍感だが、そういう心情に関しては誰よりも敏感である。だから、彼の変化も気になっていた。ただ    

「なあ、何か隠してる事が   
「ああそれより、今日飲みに行こうぜ!久しぶりにさ!こう、パーッと!」

「……マジ?」
「うんマジ」

「オーケイ。約束成立だ。来いよ?」
「ヘッ、君じゃないんだから」

……やはりトーマスは鈍感で、単純な男であった。ただ、この飲みの約束というのは "プライベート" な空間であるという事が大きく、高確率で彼に起きた空白期間を聞き出す事が出来る。そういった意味では、飲みの約束はトーマスにとって意図せず利益を得れた。

金曜日の18時、またあの — 彼が盛大に酔っ払った — ロチェスターのパブで飲む事となった。トーマスは、いつもこういう他人が誘ってくれた時は集合時刻の5分前を目安に来ている。それは一概にその日の他人の機嫌を悪くさせない為の布石でもあったし、数年前のガールフレンドとのデートの日以来からし続けている癖なのかも知れない。まあ兎も角、少なくともかの "遅刻魔" よりかは早く来る。

ただ、今日のトーマスはその "遅刻魔" に一本先手を取られた。彼が着いた頃にはまたあの時のパンチを1人で嗜んでおり、彼の様子から定刻の15分前に来たらしい。

「おっと、今日は早いじゃないか。自分で誘った手前、遅刻するのは忍びないってか?」

そういうイレギュラーの中でも、トーマスは平然とジョークを飛ばせる。ただ、その時の彼の様子はまた、あの時の大学構内で会った時の様な異様さがあった。

「おいおい、どうした?調子狂うじゃないか」
「……」

「もしかしてさっきの言葉が効いたのか?冗談だろ?」
「……」

幾ら言葉を掛けようが、彼は一言も発さない。その様子から、トーマスは少しだけ、いやもしかしたら大分怖気ついていたのかも知れない。彼が頼んだ酒がデラウェアのトニックになっていたのも、きっとそういう動揺の現れかもしれない。

慣れないデラウェアの濃厚な甘味とトニックウォーターの苦味を感じ取りながら、ドライなセザラックの味が恋しくなっていた頃、彼がポツリと語り出した。

「あの時、語りきれなかった分があっただろう?たしか……」
「たしか、"クリーチャーと遭遇した時" のその先だ、って言っていたはずだ」
「そう!それだ!」

彼の語りたかった内容は、あの時彼がトーマスに伝えられなかった部分であり、きっと伝えられなかった事自体が悔しかったのだろう。だから、あの時彼がわざわざ率先してトーマスを飲みに誘ったのだろうし、飲みの場があのパブになったというのも、その話を思い出し易くする為の細かな細工をしていたのだろう。トーマスは、"とうとうまとまったのか" と思い、彼の話に興味が惹かれ始める。 ……まあ、デラウェアのトニックの味が好みでなかったというのも大きな要因だが。

「……それにしても、その先ってのは一体何なんだ?」
「確か、"そうなる人間をどうやって救うか?" みたいな事を考えていた」
「ふうん。"人助けなんて真っ平御免だ" なんて医者の前で吐き捨てた人間が "どうやって救うか?" ねぇ……」
「う、うるさい!アレは黒歴史!黙れ!」
「ハハハ。んで、その答えを言うって感じかい」

「……お前にしては物分かりがいいな。で、あの時は "クリーチャーを皆んなまとめて殺す" だったんだよ」
「ほう、"歯向かったらどうせ殺されるだけだ" なんて言ってた人間がそう強気に出たね」
「お前いい加減にしろよ」
「ハハ、冗談。続けて」

「……んまぁ、お前が言った通り、あんな弱腰な事言ったのに、その次方法になったら強気な事言えないだろうなってなって、それであの時酒で誤魔化した」
「あの時マジ大変だったんだからな。後で払ってない分くれ」
「今手持ちないからちょっと待って」
「おい」

「んで、どうしようかどうしようかって悩んでる時に、ふとアイデアが沸いたんだ」
「なんだい」

「夢」切り返しで来た彼の答えに、反射で嘲笑が出そうになった。

「魔法使いの夢」

ただ、次の台詞でトーマスは口に含んでいたデラウェアを全て吹き出してしまった。

「ハハッ、ま、魔法使い、魔法使い!」
「なんだよ」彼の顔に少し怒りが滲む。

「生粋の "リアリスト" って自称してたお前が、"" 。しかも "魔法使い" なんて言葉も出した!それが面白くて、つい」
彼はため息を吐く。数秒ぐらい沈黙の時間が経ち、それでようやくトーマスの笑いは収まった。それと同時に、トーマスは彼の表情が至ってふざけてないいつもの顔である事に気づいて、少し呆気に取られ、少し酔いが覚めた気がした。

「その夢は、本当に、思った数倍は綺麗だった。多分、良さは語り尽くせない」
「……」

「そして、その夢は僕に本質を見せてくれた。だから、それを基に数日考え耽ってた」
「……それが大学に来ていなかった理由か?」
「あーいや、それは普通に二日酔いが続き過ぎたから」
「なんなんだよお前」

ある程度の興奮がその場に満ちた時、とうとうトーマスは聞いた。
「……んで、そのアイデアというのは?」
「クリーチャーを、表から存在しなくさせれば良いって」

「……というと?」
「覆い隠す」
彼のそのシンプルな言葉の後に、きっとその方が上手くいくのだからと付け加えて、半口程度残った手元のパンチを仰いだ。

「殺すと一緒じゃないか、それ?それに、そこまで悩む必要があるようには思えないな」
「へっ、わかってないな。殺すと隠すじゃ違うんだよ、バーカ」彼は興奮気味に語る。

「ふーん。ま、どっちにしろ良いアイデアだとは思うけどね」
トーマスは彼の分が空になった時に、彼と自分の分をバーテンダーに頼んだ。彼は笑って「気が利くね」と言った。

まだ宴会は続く。肝臓は気にも留められない。

1872年、ロチェスターのとあるパブにてニューヨーク大学の学生ら2人が共に酒を仰いでいた。

彼らは将来院に進む程の成績優秀者であり、2人はよく2日3日周期で酒を飲み合っていた。

ある日、学生のうち一人は連れの青年に奇妙な話をした。

「もしも、奇妙な化け物に襲われたら、お前はどうするか?」

話を振られた青年は、問いに対する答えを出したが、その時は彼の泥酔で有耶無耶になってしまった。

一週間後、彼はまた問いを振られた青年と飲む機会ができた。

青年は彼に聞かれる前に答えを言った。

「僕は、その怪物とやらを人の目につかないようにする。」

青年administratorは、そのすぐ後に大きく酒を仰いだ。

 

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