変わりゆく正しき礎の中で
- Ⅱ -
「失礼します」
「あっどうも……今日も来られたんですね、斑座さん」
サイト-8148、有知性Anomalousオブジェクト収容区画。
無骨で殺風景な廊下を進んだ先の鋼鉄製の扉の向こうに、その設備はあった。
中に入れば、数名の職員がそれぞれの持ち場で業務に勤しんでいるのが見て取れる。
あの任務以降、私は定期的にここに足を運んでいた。
もちろん、それにも明確な理由があったし、その理由のために私は毎週末はこの区画にやってきているのだから。
「AO-112902-JPの調子はどうですか」
私はいつものように、そこで働く職員の一人に声を掛ける。
赤髪の白衣を纏った、腰から下がヘビのように長く伸びた見た目の、異質な様相をした女性。
このサイトにおけるAnomalousオブジェクトの管理担当、那賀博士。彼女自身もまた、私と同じように異常性を持つアノマリー職員だ。
「ええ、相変わらずおとなしかったですよ。ただ……」
「……ただ?」
彼女は私の問に対し、心配げに言葉を詰まらせつつ、側に設けられた収容設備の窓に目を向けている。窓は曇りガラスのように白く濁っており、その向こうの様子については詳しく把握することができないようになっていた。
「ただ、その。今朝から餌も食べず、ずっとあの調子でして……」
「あの調子……どういう、事ですか」
彼女の声色はいつも以上に自信のなさげな印象だった。私がその様子について考えを巡らしているのをよそに、彼女は壁に備え付けられたパネルを操作する。
すると、それまで向こう側の様子について、何も伺い知ることのなかったはずの窓の曇りが一気に晴れていく。
「い、いえまあ。見てもらえれば分かります。きっとあの個体は極度のストレス下にあったためでしょうか……」
「……これって」
「はい。AO-112902-JPの現在の様子です」
私は、窓に手をついて、AO-112902-JP……いや、あのカワウソの行動を見て、想像以上のショックを受けていた。

あの子はただ床一面に、怯えた様相で延々とメッセージを書き散らしていた。
指の爪が削れんばかりの勢いで文字を書いているのだろう。収容設備の床は彫り深くはっきりと文字が刻み込まれている。
先週私があの子のもとを訪れたときはこうではなかった。
一体なぜ今日になって、ここまでの状態に至ったのか。
目を丸くしたまま収容室の中を眺めていると、その疑問を浮かべていたのが表情にも出ていたのだろう。那賀博士が私が問う前に答えてくれる。
「おそらく、あの個体は現在の収容状態そのものがストレスとなっているのかも知れません。本来の生育環境ではありませんし、それに財団が確保する以前のトラウマがフラッシュバックしていることも考えられます」
「……あの子と話はしたんですか」
「ええ、筆談ですけどね。しかし日本語で話すにしても難しい言葉は知らないようで、詳しいことは分かっていません。カタルーニャ語であれば話せそうとのことですので……。2日後にカタルーニャ語に精通した職員によるインタビューを予定しています」
「そ、そうですか……」
「以前収容された個体とほぼ同一なのですが、性格も一部性質も大きく異なる要素を持っているのも気になるところです」
「以前?」
私は那賀博士の言葉が少し気になって、ふと彼女に聞き返した。
以前収容された個体、というのはどういう意味なのだろう?
「あ、ああいえ……その、今は収容されていない、類似する要素を持ったカワウソがいたんですよ。同じようにカタルーニャ語を話せる点、ヒトと概ね同等の知能を有している点がそれです。まぁさすがに、飛行機の操縦に関する知識までは有していないようですが……」
「つまり……その以前収容されていたカワウソと出自が同じである可能性もある、ということですか」
「はい。ただ、まだ調査段階なので、詳しいことは分かっていません。AO-112902-JPの精神状態が安定次第、詳しくインタビューを実施する予定ですが」
「……その以前の個体は、どちらに?」
「今は確か別のサイトにいるとは思いますが……私の管轄下にはなかったので、ほとんど知りませんね……。そちらにも色々とお伺いしたいものです」
なるほど。どうやら、私がこの子を見つける以前にも、似たような子がいたようだ。別のサイトに行く機会があまりない私には、そのような情報自体知る機会もなかった。後ほど、知れる範囲で知っておきたいところだ。
「……」「……」
那賀博士との会話がとまる。彼女と話しているといつも多少の沈黙を交えてしまう。
その状況にお互い気まずさを感じつつ、私はまた収容室で怯えるあの子のほうを見る。
きっとあの子は今も想像を絶する苦しみを感じているのだろう。あの様子を見てそれを想像することは、さして難しいことではなかった。
私はいつも通り那賀博士に許可を受けた上で、収容室への立ち入りを始める。
「ご飯の時間ですよ」
私は魚の切り身をキューブ状にした餌と室内の掃除用具を手に、収容室内に足を踏み入れる。
白い壁面がまぶしさすら感じさせる殺風景な室内に入った瞬間、あの子が私の足にめがけて飛びつくように走ってくる。
「うわぁっ!」
きゅぅー、きゅう、きゅうーー。
カワウソ特有の甲高い、それでいて恐怖と寂しさと苦しみを絞り出したかのような悲痛な鳴き声を発しながら、入ってすぐの私の足の間でくるくると転がり回っている。
「大丈夫ですよ、私はここにいますからね……」
危うく持っていた餌をぶちまけてしまいそうになった私だったが、なんとか落ち着いて作業を開始する。
餌入れを交換し、隅に貯まった糞尿を取り除く。簡単だが重要な作業だ。
きゅう、きゅう、きゅうーーー。
この子が今でも私の足下でごろごろと転がっている。
思えば、私が収容室内に入ると、決まってこの子はこのような様子を見せるのを、毎週私はどことなく実感していた。
「多分、斑座さんが一番安心するのかもですね」
収容室の外から、マイク越しに那賀博士が言う。
「そう……なんですかね?」
「はい。他の飼育担当の方も同じく作業をしますが……どうにもあまり近寄ってはくれないみたいで……」
「つまり、この子……いや。AO-112902-JPは私の担当飼育の時のみ、このように近づいてくる、というわけですか」
「みたい、ですね」
那賀博士との会話がまた沈黙で締めくくられる。その間、この子が発する鳴き声ばかりが収容室内に木霊した。
そうか、つまりただ単に怖がっているだけでなく、私が常にこの子にとって求められる存在だったんだ。……私はそのように直感する。
しばらくこの子と収容室内で過ごしていると、私の膝を前足でトントンと叩いてくる。
「……どうしたの?」
私が問いかける。どうやらこの子は部長からの報告や那賀博士の言う通り、人並みの知能、つまり、私が発した言葉を理解しているらしい。
私の問いかけに対し、「きゅう」と一言鳴いたと思えば、前足を器用に使いジェスチャーで何かを伝えようとしている。
右前足を平らに。左前足を立てて、何かを書き記すようなジェスチャー。
「……ああ」
私はこの子が何を伝えようとしているのか、すぐに分かった。
「那賀博士、あー……紙と鉛筆、もしくはボールペンを収容室内に持ち込むことの許可を求めます」
「あ、はい……その個体と意思疎通を図るおつもりですかね?」
「そうですが、何か?」
「いえ。……まあ、監督責任は私にありますし、会話記録の提出を条件としますが、許可します」
ありがとうございます、と私は礼を言い、一時外に出て筆記具を受け取った。
紙を床に置き、ボールペンを渡したところ、前足で器用にそれを掴んだかと思えば、即座に文字を書き始める。
ひらがなだ。床にひっかき傷で書いたのと同じように、この子は私に何かを伝えるために文章を書いている。
あなたにあえて うれしいです
ずっと しらないひとばかりで こわかった
想像よりずっと綺麗な筆跡をしていたその子は、書き終えると「きゅう」と鳴いて紙を見せてくる。
「……なるほど、怖かったんですね」
この子はここに来てからも怯え続けていた。それは分かっていたが、こうやって動物から文字に起こされて見せられると、改めて事実を突きつけられたような気がして、心が揺れ動く。
「そっか、そっか。大丈夫ですよ。私も、その人達も悪い人ではありません。彼らはあなたを守るために働いてる人達です」
私が話し終えると、またせっせとこの子は紙に文章を綴っていく。
ほんとう ですか?
「はい。外で見ている人も同じで、私の仲間です」
なかま
わたしをきずつけたりしないですか?
「もちろんです。危害を加えるつもりなどありません」
ほんとうに
ほんとうに だいじょうぶですか?
「はい。現に、私はあなたとお話しするために、書くものを持ってきましたから。殺すつもりなら、あなたを見つけた時にそうしています」
そうですか
わかりました あなたをしんじます
書き終える度に、この子は「きゅう」と鳴く。
その度に、私は返事をするように会話を続けていく。
それからはずっとその繰り返しだった。
「時間です、斑座さん。作業時間の1時間が過ぎようとしてますよ」
外から那賀博士が、時計を確認しつつ私に指示を出す。
ちょうど、この子と話が盛り上がってきたところだったのだが……仕方がない。これは決まりなのだから。
「さて、そろそろ時間です。紙とボールペンをお返しください」
私が一抹の寂しさを感じつつ、この子に手を差し出して筆記具を受け取ろうとすると、この子は「きゅう」とひときわ大きく鳴いてまた紙に文章を綴り始める。
あなたと もっとはなしたい
いかないでほしいです
私が外に出ると知って、寂しさを感じているのだろう。とても悲しげに私に身を寄せて、もっともっとと催促をしている。
「残念ですが、今日は私も用事があるので……」
私が申し訳ない気持ちをあからさまに出さぬよう心に秘めつつ、その旨を伝える。言葉を理解したこの子はまた「きゅう」と鳴いて、紙に綴る。
また ひとりぼっちはいやです
おねがいです いかないで
「あはは……そこまで言ってくれるのはとても嬉しいんですけどね。安心してください、また来週も来ますから」
私はそう言いきると、扉の前でしゃがみ、この子との目線を近づけつつ、そっと優しく頭を撫でた。
「それまで、もうしばらく辛抱していてください」
きゅう……と、悲しげにひと鳴きしたところで、私の差し出した手に、持っていた筆記具を返却してくる。
名残惜しそうにくるくるとその場で回っては私の顔を眺め、また悲しげな鳴き声を響かせる。それを数回繰り返したところで、私は少し微笑み、立ち上がって収容室を後にした。
「少し話し込みすぎじゃありませんか? 斑座さん」
「え、ああ……申し訳ありません」
「いや、私は良いんですけどね。会話記録を上に報告した時に、あのような態度でオブジェクトに接しているのが伝わるとあまりよろしい結果にはならないかもと……」
私とあの子の会話に関する報告用のレポートを書きながら、那賀博士は心配げに私に言う。
当然だ。Anomalousとはいえ、収容すべきオブジェクトに対して、情の移るような言動をすることは、財団内でも認められた行動ではないからだ。
「そう、かもしれませんが、あの子……AO-112902-JPのストレス状態から鑑みるに、あの態度に出るのが最適だ、と私は判断しました」
しかし、私は自身の態度の問題について、できるだけ正当な理由たりえるよう理由付けをする。言い訳にも聞こえるかも知れないが、今の私にできる精一杯の行動だ。
「はぁ。まあ、上にはそう報告しておきます。……それに、あの収容室は補修工事がまた必要になりますし。今度はもう少しストレスが軽減できる設備に収容するよう申請は出します。うちのサイト、あまり予算が回ってないので……」
「……分かりました。設備、よくなるといいですね」
「そうですね……その方が、私としても、やはり」
那賀博士は少しため息を吐きつつ、収容室の操作パネルの傍へと戻っていく。当のあの子は、収容室内でくるくると回っては、隅に設置された水浴び場を出たり入ったりしているようだった。
あまり業務に私情を挟み込むことが少ない彼女だったが、どうやら内心では私の行動にはある程度支持を示しているようでもあった。そんな気がする。
「それじゃあ、来週もまた」
「はい。お待ちしております、斑座さん」
私は収容室の様子をわずかに見やり、あの子が窓越しに私を見ているのを名残惜しく眺めてから、収容区画を後にした。
それからは、私は毎週収容室に通っては、あの子と言葉を交わす日々が続いた。
環境もいつしか変わり、あの狭く息苦しそうだった収容室から、多少生育環境に近い収容室に移送されたようで、あの子も過ごしやすそうに走り回ったり、転がったりしている。
私はそれを窓から眺めて、当初の頃のようなストレスが幾分改善されているらしいことに安堵していた。
「やっほ。今日も会いに来たよー」
きょうも きてくれたんですね
うれしいです
「ほらほら、ちゃんと食べないと……そんなに残しちゃ駄目だよ?」
このえさ あんまりすきじゃありません
もうちょっとおいしいのがたべたい
「……え? どうしたの? なになに……」
わたし あなたがたのちからになりたいです
なにかできることはありますか
「ちょっとの間なら収容室から出て、自由に過ごしてもいいって許可が下りたよ。やったじゃん!」
え ここからでてもいいんですか
うれしいです!
「あっこらこら……あんまりはしゃぎ回ると危ないってば!」
へやのそと こんなかんじなんですね
おもしろいー
私とあの子との関わりは、時を追うごとに親密になっていった、ように思う。
収容施設周辺で、やがてあの子は他の職員と仕事をするようになった。
那賀博士も最初こそ戸惑いを感じていたらしいが、あの子の一生懸命な働きぶりを見て、微笑ましげに笑っていた。
週が過ぎるのが、あの子に会うのが、あの子と言葉を交わすのが、私はいつもの楽しみとなっていた ……のだけど。
やがて月日は巡り、収容から半年が過ぎた頃――。
「えっ、あの子は……AO-112902-JPは、どこに……」
私はこの日も、いつもの有知性Anomalousオブジェクト収容区画に足を運んでいた。
しかし、そこにはあの子の姿はなかった。
「申し訳ありません、斑座さん。既にここには、あの子はこちらには収容されていません」
もぬけの殻となった収容室の前で、那賀博士は神妙な顔つきで私を見て、そう告げる。
「ど、どうして……まさか、別のサイトに移送された、とかですか……?」
私は少し気を取り乱して、様々な可能性を頭の中に巡らせる。
別サイトへの移送だけじゃない、他にも何かがあったか。SCPオブジェクトとして格上げ? あるいは今まで見られなかったストレスがぶり返したとか、あるいは――
「……ぷっ、ふふふ」
突然、那賀博士が吹き出すように笑う。
え? と私はきょとんとしていると、その様子に那賀博士はさらにおかしそうな笑みを浮かべ、私の後方を見てさらに続けて言う。
「あの子ならあなたの後ろにいますよ」
きゅう。
いつもの聞き慣れた声が、私の後ろから聞こえてくる。
私は振り返って、その声の主の姿を認識する。
そこには、ホワイトボードを両手に握ったカワウソが、じっと私を見つめて直立していた。
きょうから ここではたらくことに
なりました!
「……えっ、働くって、え?」
「ふふ。もうその子はオブジェクトではありませんよ。この子は私達と同じ、職員になったんです」
「えっ、えぇっ!? 本当ですか!? って、なんでそれを先に言わなかったんですかー!」
「あははは、隠すような真似をしてすみません……どうしてもってこの子が、ですね……」
那賀博士はいつになく楽しげに笑いながら、あの子に「ね?」と振る。
その言葉に「きゅい」と元気よく返事をすると、さらにホワイトボードに文字を書き記していく。
えへへ ちょっとびっくりさせたくて
ごめんなさい まだらざさん
「……もう! びっくりさせないでよ! 本当に心配しちゃったんだから……」
「ひきゅっ!?」
私はその子に歩み寄って、こつりと頭を軽く叩く。悪い子にはちょっとしたお仕置きだ。
頭を叩かれた直後、素っ頓狂な鳴き声を上げて両手で頭頂を抑えている。そんなに強くした覚えはないのに、まったく……。
「ふふ。斑座さん、やっぱりその子のこと、とても大事に思ってるんですね」
「え? ……ああー、そう、ですね。まあ」
「そんなに気を遣わなくて良いんですよ、斑座さん。もうこの子は指定されたオブジェクトではなくなったんですから」
そうか、そうだよね。
SCPオブジェクトでも、Anomalousでもなくなった以上、下手に人格を尊重した態度で接して叱責を食らう、なんてことは、もうなくなるんだもんね。
これからは同僚、もしくは後輩として、この子と接していくことになるんだ。
私はそう思うと、少し複雑ながら胸のすくような感覚に至った。素直に喜ぶべき事柄だ。
「……でも、そうだなぁ。Anomalousじゃなくなったなら、個人名、って言うのが正しいか分からないけど、名前は必要ですよね。もう決まってたりするんです、那賀博士?」
「ああ、それなんですが……実は雇用に際して各種書類の申請がまだ済んでいないんですよ。収容担当者だった私が命名するのもいいんですが……」
那賀博士は少し俯いて。私に歩み寄って続ける。
「ここは、あなたが……斑座さんが名付け親になるのが一番かな、と……私は実はそう思っています」
「えっ……私が?! い、良いんですか?!」
「はい。むしろ、斑座さんがこの子のこと、一番気に掛けていましたしね。なので、是非名前を考えてあげてください」
まさか、この私がこの子の名付け親になるなんて、想像もしていなかった。
きゅう。
この子がひと鳴きして、ホワイトボードを私に預けてくる。
この子からも、名前を貰うことを期待しているかのように。
それを受け取ると、そのままくるりと駆け回って、また私の足下へ戻ってくる。
「……わかった。ちょっと考えるね」
私はペンを手に取って、この子に似合いそうな名前を、ペンの後ろを唇に当てて、少し考え続けた。
――そして、私は筆を走らせる。この名前なら、きっと気に入ってくれるはずだ。

「アマハル。川獺丸、アマハル……それが、キミの新しい名前」
私はそう言って、ホワイトボードに書かれた名前をこの子に見せた。
きゅいっ! きゅきゅーっ!
この子の……川獺丸アマハルの愛らしい鳴き声が、喜びを轟かせたかのように、部屋に木霊した。私と那賀博士はその様子を見て、安堵するように微笑むばかりだった。
「でも、安直ですね……カワウソだから川獺丸って」
「う、うるさいですよ那賀博士! 名は体を表すって言いますし、それに可愛らしい名前じゃないですかー!」
「ええ、それは否定しませんとも、ええ」
私の周りを、きゅうきゅうと鳴きながら駆け回る川獺丸を横目、私達はいつものように、つかの間の安らかな時間を過ごした。
これが、私の一番好きな時間だった。
-
- _
記録地点: サイト-8148, 未発見アノマリー調査室
<再生開始>
エージェント・茉島: 最近、リーダーはずっと収容区画にいるっすね。
エージェント・的場: まあ週1のことだからいいんじゃないの?
エージェント・茉島: まぁそうっすけど……。
エージェント・穂浪: 気にすることはない。斑座君はああ見えてやることはしっかりやる奴だ。よほどあのオブジェクトが気になるようだが。
エージェント・的場: あれ? 穂浪先輩ご存じないんですか? もうあのカワウソ、オブジェクトじゃなくなってますよ?
エージェント・茉島: えっ、的場ちゃん、それはマジっすか!?
エージェント・穂浪: それはすなわち、財団に収容されなくなったということか?
エージェント・的場: いえ、そうではなく、えっと…[コンピューターと向き合い、情報を確認]…どうもあのカワウソ、つい最近財団職員になったらしいんですよ、レベル0の。財団の人事データベースにもファイルが出来てますし。
エージェント・茉島: あのカワウソが職員にって、どういうことっすか!?
エージェント・穂浪: ふむ。それはおめでたい話だな。人事データベースにはどのように?
エージェント・的場: うーんと、「川獺丸アマハル」という名前で記録されていますね。さっきも言ったように、レベル0のEクラス職員ですよ。
エージェント・茉島: ちょっと、どういうことっすか穂浪先輩、説明してくださいよ!
エージェント・穂浪: ん? 説明って、そりゃあそのままの意味だ。あのカワウソはヒトと同じだけの知能を有していることは判明していたからな。おかしな話ではない。
エージェント・茉島: そんな…[ため息]…財団は異常を収容するのが仕事じゃなかったんすか。なんでそんなものが財団の職員になれるんすか。
エージェント・的場: そんなこと言えば、リーダーだって異常持ちじゃないの。それを考えれば不自然じゃないってば。
エージェント・茉島: あっえ、リーダーは、その、それは……そうっすけど、でもリーダーとは違うじゃないっすか! それに、リーダーの異常性は俺らに影響もないし、業務に支障なんて起きてないじゃないっすか。カワウソが職員って、そんなの仕事がちゃんと出来るとは思えないっすよ!
エージェント・的場: そんなことを言えば、あのカワウソだって知能が人並みってだけで影響はないじゃん。知能が人並みなら、それ相応に活躍できる業務はあると思うし。
エージェント・茉島: そ、そうっすけど……的場ちゃんがそんな風に言うなら、さっき言った手前言いづらいっすけど、異常な奴はみんなまとめて収容されるのが筋じゃないんすか。知能が人並みでそれ相応に活躍できる業務があるっていうなら、同じ条件の収容中の知能持ったオブジェクトとの違いは何だって言うんすか。
エージェント・的場: ちょ、ちょっと……それどういう意味よ? 確かにそういう一面もあるかも知れないけど、知性体ではあるけど特に問題がないと思われたからこそ財団が雇用してるの。これ何度言わせるつもりなの?
エージェント・茉島: 俺、ずっと考えてたんすよ。リーダーだってそもそも、元人間とはいえ異常なのは変わらないし、なんで収容されずにいるんだって。だって雇用されているのがおかしいんじゃないっすか。俺は認めたくないっすけど、異常がある時点で収容されるべきっていうのは、財団職員としてまっとうな考え方じゃないんすか。
エージェント・的場: それは確かにそうだけど、でもリーダーは上の人達から許されて今も私達のリーダーとしての立場を請け負ってくれてるのよ? そんなリーダーのことを否定するのは言い過ぎだって!
エージェント・茉島: 言い過ぎじゃないっすよ! 俺はおかしいことはおかしいって言いたいだけなんすから!
エージェント・穂浪: いい加減にしろ茉島、斑座君は職員としての技能が認められたから今も雇用されているだけだ。同じような理由で動物が雇用されることなんて今に始まったことではないんだよ。斑座君もそうだが、私は他のサイトでもそういったいろんな職員を見て回ってきた。頭がバスケットボールになってる奴もいれば、爬虫類のサイト管理官もいる。絵を描けばそれが爆発する奴だっているしな。そういう異常な奴であろうと、財団は有能なら積極的に雇用してきた。ただでさえ人手が足りない組織なんだ。今のお前には納得できないだろうが、いずれ分かる時が来る。……だから茉島、一度冷静になって頭を冷やせ。
エージェント・茉島: なんで、なんでなんすか……。いくら有能だからって、そんな異常存在ばっかりを雇用してるなんて……それじゃあ財団には矛盾しか無いじゃないっすか……。
エージェント・的場: 茉島はまだ2年目だから分からないことも多いかも知れないけど、今までそれでちゃんとやっていけたんだから、問題視することはないよ。
エージェント・茉島: おかしい、おかしいっすよ……確保、収容、保護、それが財団の理念じゃなかったんすか。
<再生停止>