夢はいつも同じように始まる。
牢屋のドアが私の背後で閉まった。一瞬、私は2つの建物の間の狭い通路に閉じこめられた―背後の訪問者入口への扉、目の前の堂々とした牢獄の内扉。頭上には、鉄条網の向こうに見える狭い青空に、綿のような雲が漂っているのが見えた。
牢獄へのドアが唸り、私は内側に姿を見せた。
私は5つの廊下と3組のドアを通り抜け、その都度毎度背後のドアがロックされ、それから目の前のドアが音を立てて開くのを待った。まるでエアロックを通るようだった。
ついに私はそこに着いた。しかめっ面のガードが特徴のない、窓無しの部屋に案内した。
長い待ち時間だった。私は目の前の書類をごちゃ混ぜにした。ペンの蓋を付け外しした。自分のスーツジャケットの袖口についたボタンを掛け外しした。神経質になっていると認めたくはなかった。
ドアが開いて飛び上がりそうになり、なんとか筋肉の引きつりだけにとどめた。それでも馬鹿のように見えただろう。私はごまかすために立ち上がった。
クライアントが部屋に歩み入り、ガードが我々の背後で扉を閉めた。
もちろん彼の名前を知っている、しかし夢の中ではそれについて考えない。ただの"私のクライアント"。彼は短髪の若い黒人で、丸い、ほとんどぽっちゃりといっていい顔をしていた。
私たちは2人ともテーブルについて、束の間互いをただ見ていた。彼が死刑を言い渡されて以来、会うのは初めてだった。
「ええと」私は言った。「元気でしたか?」
「調子はよかったよ」
私は礼儀正しくほほえんだ。
「聞いてくれ。オプションの話がしたいんだ」彼は言った。
予想よりも好意的に受け取ってくれたようだった。しかし、なにを期待すべきかどう分かっていたというのだろう? 初めて担当する極刑殺人のケースなのだ。そんなことはクライアントは知る由もないが。
「上告できますよ、もちろん」私は言った。「判決のことです―おそらく公判も。上告担当の弁護士を指名することになるでしょう。誰か腕の立つ人が扱えるように聞いて回れますが」
「あんたが担当しないのか?」
「私は上訴は扱いません。なんにせよ、違う人がいいでしょう。それが一般的です。弁護士による不十分な支援を主張すべきです―つまり、おそらくあなたの上告は私がどうもっとよくやれたはずだったかについてになるはずです―そしてそのことについて私はあなたの弁護はできません、明らかな理由で」
「あんたはベストを尽くしてくれたよ」クライアントは言った。いつもこんなにも礼儀正しく。
「ああ、ええと、ともかく。新しい弁護士を探さないと。それと上告には時間がかかるでしょう。何年も。その間に他のことが出てくるでしょう。大半の人は―大半の判決は、最初に出てから長い間実施されません」
彼は23歳だった。
「上告しなかったらどうなる?」彼は言った。
「え? もちろんするんですよ。どういうことかというと、他に選択肢はないでしょう?」
無感動なはずの犯罪者としては、彼は私が会ったことのある中でも指折りに分かりやすい表情をしていた。頭の中にある考えがすべてたちまち表に出るのだ。
「別のオプションがあると?」私は言った。
「あんたには喋っちゃいけないことになってる」
弁護士-依頼者間の秘匿特権についてのおさらいの時間だ。「私には話してもいいんですよ」私は言った。「私は誰にも話せません。絶対に。あなたが誰かに危害を加えようと計画しているとき以外は」
「おれは誰かに危害を加える計画なんてしてないよ」彼が言った。多分それは"自分は計画していない"と言った方がより正確だっただろう。
私は彼が口を割るのを待った。数分しかかからなかった。「なんか政府の人らが会いに来たんだ」彼は言った。
「政府の人たちが、私抜きであなたに会いに?」
「知らねえ、もしかしたら政府じゃなかったかも。スーツを着てた。それと面会時間じゃなかった、ただ来たんだ。看守は誰なのか教えなかった。おんなじこの部屋で」
まったく理由もないのに大きな震えが来た。
「あいつらがおれをここから出せるって言った」私のクライアントは言った。
私は彼が空想について語っていると悟った。彼は自分の絶望的な状況に対処するため、心の中に作り出したのだ―それはいいことだ、彼に唯一ある本物の希望をふいにしない限りは。彼には上訴する必要があった。
「彼らはどのようにしてそんなことが?」私は話を合わせて訊ねた。
彼は肩をすくめた。「自信満々な連中だったよ。おれは1月だけあいつらのために働けばいいって言ってた。そしたら新しいアイデンティティをやるって。嘘じゃないってよ」
「彼らのためになんの仕事をすると?」
「物のテストだってさ」彼は肩をすくめた。
「どんな種類の物?」
「言ってなかった。物しか言ってねえ」
この答えはあまり好ましいものではなかった。彼にすぐ使えるなにか奇抜な説明があったなら、私はもうすこしましな気分になっただろう。
「3日で戻ってくるって言ってたよ」彼が言った。「それがおれの締め切り。あのときすぐイエスかノーを言わなくちゃいけなかったんだけど、おれが時間がちょっと欲しいって言った。連中はいらついてたな。ああいうのはほとんどしないって言ってた」
「彼らは待てますよ」私は横槍を入れた。そして"彼ら"は存在しないことを思い出した。
「だからおれは上告のかわりにそれやるんだ」彼が言った。彼は何気なく聞こえるように務めていたが、いつものように表情をコントロールできていなかった。彼は相当動揺していた。「つまり、なんの意味があるんだ? みんなおれがやったって思ってる。あんただっておれだと思ってる。どっかの判事がおれは無罪だって思う可能性があんのかよ? 陪審員の中の1人もおれのこと信じてなかったよ」
私は思った、陪審員の中の1人も私を信じていなかった。私には彼らを説得することができなかった。発言を誤った。質問を誤った。主張を誤った。自分がなにをしているのか理解していなかった。あなたが死んでゆくのは私の責任だ。
もちろん、彼にそんなことを言わない程度の分別はあった。思考に耳を傾けないようにしようとしすらした。
私たちはもう少し話した。私は上告がどのように彼の助けになるかをすべて、あるいは、少なくとも死ぬ前に30を迎えられるよう引きのばせることを話した。合衆国で1年間に処刑される人数は50以下であること、そして急激に減っていることを話した。死刑は廃れつつあることを話した。
彼は辛抱強く耳を傾けた。しかし、彼が決心を固めてしまっているのはほぼ明白だった。
夢にドラマティックな終りはない。私は他の思考に、他の夢に逸れる。しかしほぼ毎回まもなく目を覚ます。
今回は、私は考えながら暗闇の中で長い時間、目を覚ましたまま横たわっている。
もちろん、初めての殺人死刑のケースについては忘れないものだ。もう何年も前になるが、クライアントに最後に会った日と同じぐらいに、彼の顔をまだ鮮明に思い描くことができる。
しかし、私たちは夢で見た会話をしたことがなかった。裁判所から戻る途中、刑務所の輸送車は事故に遭った。運転手と看守らは生き残ったが、私のクライアントは即死だった。彼の遺体は見分けもつかないほど切り刻まれていた。詩的正義、新聞はそう書いた。
これが私の記憶だ。万人の記憶だ。
私の職種では、社会の辺縁にいる多くの人たちと会うことになる。精神疾患に悩まされる多くの人たち。パラノイア、幻覚、ひきこもり、妄想。数多の怪しい人物についての情熱的な講義を数多く聞いてきた。メン・イン・ブラック。イルミナティ。メイソン。SCP財団。
私はそのどれも事実ではないと知っている。しかし深夜、なぜあの夢を見続けるのだろうと不思議に思う。私のクライアントは何を伝えようとしていたのだろうかと。
問題は、私は彼を覚えているが、クライアントを全員覚えている訳ではないということだ。忘れてしまったケースがある。顔を思い描けないクライアントたちがいる。
私のクライアントたちは失踪してもさほど関心を惹く種類の人物ではない。もし何者か、なんらかの組織が実際に存在していて、彼らを自由に利用しているとしたら―私には分からないだろう。間違いなく彼らを守ることはできない。
私は自分のキャリアをずっと、1人クライアントを救った、1つ量刑を減らした、それで十分意味があったと言い聞かせて過ごしてきた。しかし私が救ったあとはなにが彼らに起きる? 彼らは今どこにいるのか?
業界の基準でいえば、私は十分成功している。しかし夜、彼の顔を見るせいで眠れないでいると、まったくの無能以外何者でもないように感じるのだ。