さよならの代わりに鉛玉を
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「貴方と踊るのは久しぶりだね」

 そう言って彼女は、こちらに銃口を向けた。

「始めようか」


 発砲音。
 考えるよりも先に、体が反応していた。
 右に避けた体は、そのまま半身になって被弾面積を減らす。踏み込んだ一歩、加速する二歩。強く地を蹴って間合いを詰める。続いて向けられたもう一丁の銃を持つ手首を、同じく自動拳銃を持った己の腕で弾いた。

 硬い感触。柔らかい服の下にある、細い骨と締まった筋肉の。研修生時代の組み手と変わらぬそれ。
 夜の闇の中、街灯のか細い光が青白く照らす、相対する少女の顔。

 私は彼女を知っている。
 研修で同期だった。同じ寮の同じ部屋の中で寝起きしていた。それだけの縁だ。

「なぜ私が?」

 エージェントとして問うべきことは他にもあっただろうが、最初に口から溢れたのはその一言だった。
 
「血縁なんてもうどこにもいないからだろう。親兄弟はおらず、連れ合いもいない。私にとって一番近しい人間が、たった数ヶ月を共にした同期だったということなのだろうね」

 つらつらと言いながらも、彼女の動きは止まらない。息が切れる様子もなく、まるで廊下での立ち話のような調子で話しながら、その手足は間断なく戦闘のために動き続ける。横川の体もそれに応じるように、半ば反射的に組み手を行っていた。

「すまないね、巻き込んでしまって。まさか自分が対象になるとは思っていなかった」

 突きが記憶よりも軽く感じられるのは、彼女が少女の姿をとっているからだろうか。

 記憶の中の彼女よりも若いけれど、目元や口元を見れば、疑いようもなく彼女だと分かった。

 少し日に焼けた柔らかな肌。あの引き攣れた傷跡のない、のびやかな腕。丸みのある頬には銃創の影も形もない。無惨に頭部を穿っていたあの傷など、どこにも。
 顔つきだけが年不相応で、戦闘に身を置く者らしい峻厳さが刻まれている。

 今日、一つのオブジェクトが破壊され、一つのオブジェクトが生まれた。財団の収容する異常の数は変わらず、けれど、人類を脅かす暗闇は削られた。
 彼女の遺体は今、財団に収容されている。不可逆的に頭部が破裂した人体は腐ることも許されず、冷凍チェンバーの中で変わらぬ形を保っている。

 だから、目の前にいるこれは、彼女ではない。

 そのはずなのだ。

「少しぐらい話しても許されるだろう? 一曲踊る程度の時間、会話するのも悪くないと思わないか」

 頭部に銃口を向けようとして、自分の腕が躊躇う。
 ──弓ちゃん。
 脳裏をよぎったのは、数ヶ月前に向き合った少女のこと。目の前の異常存在は、ちょうど、あの子と同じ年頃に見えた。あの日あの時、銃弾の前に飛び出してでも救いたいと思った少女の姿が重なる。

 そして、その隙を逃すような彼女ではなかった。見覚えのある動きが、迷いのある銃口を逸らす。研修生時代に、何度も向き合ったものと同じ。遅れて、払われた右手首に痛みを感じる。

「私はただの影法師かもしれない。けれど、私にも意思と言葉があるんだ」

 彼女への返答は混乱する頭の中で無意味にもつれて、うまく言葉にならない。口からはただ、戦闘という名の全身運動によって荒い息が漏れるばかりだ。

「哀れな同期の遺言と思って、少し話をさせてはくれまいか」


 遺体の身元確認のために呼び出されたのは、5時間前のことだった。
 彼女の殉職の知らせを聞いた時、耳を疑ったのを覚えている。何かの間違いではないかと。

 研修時代を共に過ごした同期たちの顔が思い出された。寮の四人部屋で過ごしたあの子達は、自分にとっては戦友と親友と青春をごちゃ混ぜにしたような概念だった。

 そのうちの一人は殉職した。
 もう一人は任務で左足を欠損し、前線を退いた。
 あの部屋の四人のうち、エージェントとして銃を握り続けているのは私と彼女だけだった。

 もし次に欠けることがあるのならば、それは彼女ではなく自分の方だろうと思っていた。
 私よりも先に彼女がいなくなることはないだろうと、そう、思っていた。

 思い出の中の彼女は、自分と同じように泥だらけだったけれど、研修生達の中で一等強く輝いていた。

 小銃を抱えての長距離走で、彼女は同期女性陣の中でも頭一つ抜けた成績を残していた。どんなに走った後でも射撃の精度が落ちない様子を見ては、「こういう人が機動部隊で活躍するのだろうな」と思ったものだった。

 あるいは、50時間に及ぶ拠点防衛訓練の時のこと。粗食と睡眠不足に耐え、最後の瞬間まで気力を緩めなかった姿を見ては、「異常な領域から生還できるのはこのようなエージェントなのだろうな」と思ったものだった。

 あの研修生時代の訓練の日々の中で、彼女や他の同期たちと自分を比較して、持久力よりはむしろ瞬発力が自分の持ち味だと理解した。だから、今の所属でも、異常空間の調査よりも、要注意団体の鎮圧及び潜入捜査などが主要な業務になっている。

 ──そう、彼女はきっと、優秀なエージェントだったに違いないのに。

 呼び出された無機質な部屋の中で、金属台の上に横たわるそれは、人ではなくただの物体だった。
 記憶の中の彼女と目の前の物体が、うまく結び付かなかった。

 動揺していたというよりは、どこか現実離れしたような感覚だった。
 見覚えのある腕の傷跡を探して「おそらく彼女だ」と証言し、重い足取りで帰宅した、のだと思う。帰宅途中の時の記憶はあまりない。
 窓の外は既に暗くなっており、部屋の中はいつもより冷え冷えとしていた。少し休もうと、ベッドの上に横たわって、目を閉じようとした時、この銃が現れた。

 そうして、私は何をすべきなのかを悟った。


 手の中の自動拳銃を握り締める。普段支給されているものとは違う型の拳銃なのに、何故かよく手に馴染んでいた。重さも、握った感触も、心地よく感じてしまうほどに。

 直感が耳元で囁く。私が彼女を撃つまで、この偽りの夜は終わらない。

「弾数は気にしなくていい。そういうものらしいよ、これは」

 ただの世間話のようにそう言いながら、彼女はまた軽々と銃を撃つ。反動でわずかに生まれた彼女の体勢の崩れから組み技をかけようとして、魚のようにするりと逃げられる。彼女の呼吸に乱れはない。尽きる様子のない彼女の体力にぞっとし、これは異常性によるものだったかと思い直す。記憶の中の彼女は並外れた持久力を持ち合わせていたけれど、それでも人間の範疇だったはずだ。

 薄暗い山道。頼りない街灯がちらちらと瞬きながら、ひび割れたコンクリートの道を照らしている。眼下の街明かりは遠い。
 この道は彼女が殉職した建物に続いている。さして幅の広くない道には数体の異形の獣の死体が転がっていた。私が来るまで、彼女が踊っていたらしい相手。おそらくは、あの異常建築から逃げ仰せていた残党。

 銃口から散った火花が彼女の顔を一瞬だけ明るく照らす。若さどころか幼なさすら残す面影に濃い陰影が現れては消える。同じ火花の熱が自分の露出した肌を舐めた。首筋の毛が焦げるのを感じる。

 若い少女が踊るように銃と体術を使いこなす姿は、機能美的な美しさを通り越して不気味さすら感じられた。

 とはいえ、こちらに余裕がないわけでもない。
 武術の基本は重心だ。崩しのためには、相手の重心を正確に捉える必要がある。いかに自分の重心を支配し、相手の重心を崩すか。
 横川は柔道経験者だ。重心の扱いには、一日の長がある。近接格闘でなら、夜が明けるまで彼女の踊りに付き合えるだろうという自負があった。

「あなたにとってのダンスは銃だったんだね」

 咄嗟に自分の口からこぼれたのは、呆れるほどに素朴な感想だった。
 財団のエージェントらしいと思うべきなのか。ここまで徹底された職業病を憐れむべきなのか。

「どう、だろう。教官の一人がダンスと言っていたのが、耳に残っていたせいかもしれない」
「ああ、……あったね、そんなことも」

 研修時代の記憶が朧げに蘇る。
 彼女が本物ではないとわかっていて、そこに魂があるのかすら怪しいと理解していても、同じ記憶を有する目の前の存在を、あの親しかった同期と同一視せずにはいられなかった。

 銃声。熱。衝撃。
 肩で受け止めた肘打ち。横川の回し蹴りが脇腹に沈み込んでも、彼女の顔に痛みの表情は現れない。

 警察隠語でも、暴れることを踊るというらしい。意図は違えど、全身運動として似通うものがあるのだろう。いつかの神社で見た奉納演武も、舞踊のようだったなと思い出された。

「どうして、あなたは踊っているの?」
「暗闇の中で踊るたたかうのが、私たちの在り方だろう?」

 当然のように、彼女はそう答える。
 ああ、そうかと納得した。エージェントになると決め、暗闇の中に立ち続ける覚悟を持ったその時から、私たちは終わらない夜の中にいる。永く終わることのない一夜の中に。

 頭上には星々の光が散らばっている。言い伝えによるならば、あれは逝ってしまった人々の光。私たちが守れなかった人々の光も、あの中にあるのだろう。
 眼下には無数の家明かりが見える。あれは守るべき人々の光。

 暗闇の中からでなければ、あの小さな光の美しさは見えない。昼は太陽の光が全てを眩ませるから。私たちは夜の中で、その遠い無数の光点を見ながら踊っている。

「……ああ、でも。覗き見されるのは嫌いでね」

 そう言った彼女は、横川の更に後ろ側へと銃口を向けた。
 三発の銃声が拍子を刻む。二つの街灯が撃ち抜かれ、一つの光源のみが残る。

「死を見せ物にされるのは好かないんだ。この異常はよく知られていたはずだから、これ以上記録を増やす必要もあるまいさ」

 撃ち損ねられた街頭にちらりと視線を向けた彼女は、「一つぐらいは残しても良いか」と呟いた。「共に踊るなら、足元ぐらいは見えていた方がいい」と。
 そのついでのように、もう一言、短くひとりごつ。

「──夕凪さんのようにはいかないな」

 横川の視線がわずかに揺れた。

 夕凪隊員。この代の関東の女性エージェントの中で、彼女の名前を聞いたことがない人は僅かだろう。
 今よりも昭和の匂いの残る時代で、異常性も持たない女性が機動部隊に所属していることは、それだけで注目に値することであった。

 研修生時代のことを思い出す。夕凪が現役の隊員として実技訓練の指導に来た日の夜、あの部屋で、彼女は夕凪隊員への憧れを口にしていた。彼女のように機動部隊に所属したいと。そのためにならばどんな努力も惜しくはないと。
 あの時代、あの地区でただ一人の女性隊員だった彼女は、確かに、間違いなく、私たちの希望の光の一つだった。私と、彼女と、あの部屋にいたもう二人にとっての。

「やはり私は、機動部隊には向いていなかったのだろう」

 痛みを堪えるような声が、彼女の口から漏れる。
 相対する顔が、初めて歪んだ。

「あの人だったなら、死ななかったかもしれない。あるいは、横川さん、君だったなら。部隊が全滅するのをただ見ているだけではなく、彼らと共に、生きて帰れたかも──」
「──違う」

 銃声が悲鳴に聞こえた。
 言葉が、反射的に喉の奥から滑り出てくる。

「あの異常建築の中のオブジェクトを掃討したのは、夕凪さんじゃなくてあなただよ。あなたはそれを誇るべきだと、思う」

 空を切る拳。打撃。銃口を逸らし、あるいは避けるように、ステップにも似た足取りを刻む。

 たった一つだけ残された光は、夜の道を絵画的に演出する。
 住宅地から離れ、人通りも車もない静かな世界。くっきりと浮かび上がる、光と影の輪郭。
 ぶつかり合うたびに、彼女の体の熱を感じる。足元に落ちる明瞭な彼女の影は、幽霊ではなく実体を持つ存在であることの証。

 それなのに、目の前の彼女は"弓ちゃん"の時とは全く違う。
 もう救うだとか手遅れだとか、そういう次元の存在ではない。
 見送ることしかできない相手。選べるのは、どう見送るかという、その一点だけ。

 この場での正解などわからない。そんなものはないのかもしれない。
 ただ、必死に、言葉をかき集める。

「夕凪さんだって、殉職しちゃったんだよ。あの人だって完璧ではなかったのだろうし、……いや、きっとそういうことじゃなくて、どんなに完璧なエージェントだったとしても、この仕事では生き延びるのが難しいんだよ。……生き延びられている方が、きっと奇跡に近いことなんだと思うの」

 目まぐるしく動く体、視界。その中で言葉を発するのは想像以上に苦しい。
 それでも言わねばならないと思った。隊員として死んだ彼女に、彼女自身を否定させてはならないと。

 記憶を手繰り寄せながら、彼女へ言葉を投げかける。

「……私は一度、夕凪さんと同じ任務に派遣されたことがあるよ。あの人は確かに銃の扱いが巧かったけれど、超人的というほどではなかった」

 相槌の代わりに銃声が響く。
 コンクリートを砕く弾痕。硝煙の匂いが煙る。

 研修を終えてから一年後ぐらいの時、潜入任務で夕凪に同行したことを思い出す。
 年下にも気安い態度をとってくれた彼女は、研修生時代に会った時の印象よりも、よほど人間らしく見えた。あの違いはきっと、彼女が変わったというわけではなく、前線を想像することしかできなかった自分と、異常と対面する前線を経験した自分の、視点の違いからくるものだったのだろう。

 同行する中で、彼女の能力の高さを何度も理解させられた。けれどもそれは、超人的な射撃の能力ではなく、むしろ、総合力の高さだった。自然に標的の組織に入り込む潜入能力、会話の中で違和感なく情報を引き出す話術、目的のための道筋を俯瞰して実行する手際の良さ。
 天才ではない。地道に高められた数多の能力から、堅実さを感じた。

「死者は美化されるものだよ。夕凪さんも、あなたも、……もしかすると、未来の私も」

 横川の言葉に、そうか、と彼女は呟く。
 襟元を彼女に掴まれて、揉み合い、打撃を受け流し、また離れる。

 ペアでのダンスとは息を合わせるものだろうが、武術では逆の意味で相手の呼吸を読み合う。息を吸う瞬間、人の反応は遅れる。息の切れ目、意識の切れ目を縫うように、私たちは技を掛け合う。

 次に口を開いたのは、彼女の方だった。

「……美化されるのは、死者だけじゃない。記憶の中の人々は、遠くにいる人でさえも、眩しく感じられるものだ」

 そう言った彼女の声には、奇妙な響きが混じっているように聞こえた。

 相手の動きを封じるために必要なのは、上から押さえつけることではない。浮かせることだ。地から足が離れ、踏ん張れなくなると、人間は無力になる。
 浮かせるためには相手の体の下に潜り込む必要がある。己のこの小柄な体は、相手の下に容易く潜り込める。

 今度は逆にと、彼女の服に掴み掛かる。財団の所有するどの装備とも異なる、ただの彼女の私服。一度も見たことはなかったけれど、十代の頃の彼女が好んでいたのだろうと納得する、肌触りの良いグレーのポロシャツ。

 彼女の口から溢れたのは、郷愁と諦念を混ぜたような、力みのない声だった。

「……覚えているかな。いや、覚えていないだろうな」

 その語りの続きを促すように、視線を交わす。

「あの寮で過ごしたいつかの夜で、君は私に言ってくれた。『あなたほどの成績なら、きっと優秀な隊員になれる』、『これほどの持久力の持ち主はそうそういない』と」

 懐かしむような声音を聞いて、心臓が跳ねた。私の言葉を覚えていたのか、と。
 何時言ったのか、本当に言ったのかどうかは、覚えていない。けれどそれは間違いなく、当時の自分が持っていた彼女への評価だった。

 懐古に呑まれそうになる。それに抗うように、あるいは自分を戒めるように、横川は投げ技のための体勢をとった。下に潜り込もうとした横川に対し、彼女は的確な対処をする。その手つきは、十代の姿であっても、間違いなく横川の知る彼女だった。共に走り、共に財団流の格闘術を学び、共に床に倒れ込んでいたあの日の。

 彼女は言葉を続ける。

「私は……ずっと、悩んでいたんだ。このまま機動部隊にいてもいいのかと。いつかどこかの現場で死ぬのだろうと、薄々思っていた。もしかするとそれが、周りを巻き添えにするものになるかもしれないと怯えていた」

 揉み合い。蹴り。腹を穿つような重い打撃。
 その中で、彼女の声は奇妙なほど鮮明に聞こえた。

「私は凡人だ。任務や訓練の中で、優れたエージェントをたくさん見た。嫌というほどに。例えば、そう──私たちの一つ上の代の朝倉エージェントを、君は知っているだろうか。彼女もまた優れた戦闘員だった。共に訓練をした時は──衝撃だった。近接格闘でも、自信のあった持久走でも、足元にも及ばなかった。どう足掻いても手の届かない領域があると、理解させられた」

 発砲。銃弾が地面を抉る。

「やめようか、と思うたびに、君の言葉を思い出していた。その度に、もう少しだけ、ここに立ち続けることを選んだ」

 防御に使った左腕が熱を持つ。

「私は君ほど近接格闘が得意ではない。今も、君が手加減してくれていることをわかってる。ずっと、ずっと尊敬していたんだ。そんな君が私に『向いている』と言ってくれたから、ここまで踏ん張ることができた」

 こちらに銃口を向けた手首を弾く。至近距離で彼女と視線が絡む。

 喘ぐように、息を吸った。

「……私の言葉が、あなたを殉職に導いたの?」

 自分の口から溢れた一言が、思いの外、心臓を深く抉った。

「ああ、誤解しないでほしい。恨んではいない。感謝しているんだ。だからきっと、君がこの異常現象に選ばれてしまったのだと思う」

 穏やかな声で、彼女はそう言う。

「きっとその引き金は、誰よりも軽いのだろうね。今までこの異常に巻き込まれた、誰よりも」

 銃声が響く。踊るような蹴りが閃く。

 聞きたくない、と初めて思った。
 その言葉は、この時間の終わりを意味しているのだと、理解できてしまったから。
 けれど、戦い続ける自分たちの体は、耳を塞ぐことすら許さない。

「この思い入れは一方的なものだから。私が勝手に救われて、後生大事に君の言葉を抱えていたという、それだけの。迷惑な話だろうな。申し訳なく思うよ」

 重心を捉えてしまった感覚。
 細い少女の体の下に潜り込む。ふわり、と彼女の体が浮き上がり、そのまま流れるように地面へと叩きつけられる。重さのある肉がコンクリートを打つ音。全てが終わった後に、自分が投げ技を使ったのだと気づいた。

 横川の体の下から、彼女は真っ直ぐにこちらを見つめていた。怒りも死への恐怖もない、どこまでも真っ直ぐな視線が横川を射抜く。

──撃っていい。
──撃っていいんだ、貴方は。
──撃って、世界を救え。それが私達の仕事だろう?

 この銃と体術の舞踏の中で、横川は初めて彼女に意思を持って銃口を向けた。

「ありがとう」

 彼女は笑っていた。十代の少女らしい、柔らかな笑みだった。横川が今までに見たことのない、朗らかな笑顔だった。

 ばしゃり、と塩水がその場に飛び散った。コンクリートの地面と、横川の服を濡らす。体温よりも冷たくて、雨よりも温かい水が服に染み込む。血の臭いはしなかった。

 視界は変わらず暗い。夜は明けない。けれど、他の人々にはきっと、朝日が届いているはずだ。

 見上げた紺碧の夜空には、茜色の光の代わりに星が見えた。少女の顔が脳裏に浮かぶ。救えなかった少女の顔。手の届いた少女の顔。私たちが守ると誓った、無数の光点。
 太陽の下にいるべき人たちを守れるのならば、私の夜は明けないままでいい。

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