
きっと私を探しにきただろう君達へ。この巨大樹を見てさぞかし驚いていることだろう。
私は子供の頃、ヒーローに憧れた。スーパーマンではない。ナイン・イレブンに燃え盛るビルで、煙に巻かれる人々を誘導した消防士や警察官。線路に落ちて意識不明になった酔っ払いの為に、走り抜ける電車の真下で心肺蘇生を行なったサラリーマン。井戸に落ちた子供の為、暗く冷たい穴へ身を投じた14歳の少年。それらは人として当然の行為、行動、行いで、だが難しく、そして讃えられるべきヒロイズムだ。無償の覚悟で人を救う行為であり、人を人たらしめる尊き行為だ。私はそんなヒーローに憧れた。
だが卑しく無学で非才の私には、人を助けるどころか善行すらも許されなかった。人を救いたいと声に出そうものなら罵詈雑言に打ちのめされ、汚泥に顔を押し付けられた。父の怒りに怯え、見知らぬ人に暴力と略奪を繰り返す人生は嫌だったのに、脱する事を許されなかった。憎悪と迫害の坩堝にいた私には、貧しく悲しみに暮れる子供達を救いたいと願う権利すら無かったのだ。そんな私にあの人達は手を伸べた。食べ物を恵むのでなく、感謝の言葉を向けるのでなく、ある日突然父や狂乱する人々を草木に変容させた事を不問としてくれるのでも、君達のように私を捕らえにきたのでもない。あの人達は、怪物と化した私をすくい出してくれた。善行を一切果たせず朽ちるだけだった私に「人々を救う助けになってほしい」と言ってくれた。その時、私は初めて、誰かのヒーローになる機会を与えられた。弱き人達を、目覚めたこの力で助ける機会を。たとえ君達に邪魔されても。だから我々はこの町にいた。人々を救うために。
そしてこの有様だ。ああ、混乱は起きた。未曾有の嵐が砂漠を襲い、君達ですら介入できぬ大災害となり、手段は限られた。だがその結果、何もなかった。そうだろう?むろん犠牲はあった、しかし万人を救うなど無理な話だ。我々は手を伸ばすしかできない。しかしそこに手が伸びるならば救うのが正しい行いだろう?たとえそれが犠牲を招く手段だとしても。犠牲なくして、善行は果たせない。我々は間違っているのかもしれない。しかし、瓦礫に挟まれた母の血に塗れ、潰れた喉で叫ぶことしかできなかった少女が今、その母と手を繋ぎ笑顔で歩けているのは、我々がそこにいて、私がこの身を大樹に変えて村を覆う傘となり、団員達が身を粉にしてまで救助を行ったからだ。全てが終わった後に私や団員らを取り押さえに来た君達のおかげではない。
君達が物事をマクロに捉えるならば、我々はその中のミクロを見る。私はそれを間違っていると思わないし、過ちを否定するつもりもない。君達は来るべくして来てくれた。故にこそ町は守られた。私の、我々の役目は終わり、あとは君達の仕事だ。私はただの木としてここに残る。どうかあの親娘の、町の人々の日常を守ってくれ。