クレジット
タイトル: 反復 0
翻訳責任者: Witherite
翻訳年: 2021
原題/リンク: Iteration 0
著作権者: HammerMaiden
作成年: 2013
初訳時参照リビジョン: rev.15
タデウス・ザイアンク博士は、その手中に未来を収めていた。それで彼はほほえんでいた。
それは灰色の金属の塊であり、触ると冷たく、シリアルナンバーと、ジョージ・ワシントンの肖像画と、バッシュズ・ベイクド・ビーンズのUPCコードがレーザーで彫られてあった。それらの承認には少々時間が掛かったが、しかし必ずせねばならなかった。マルチ-U部門に唾を吐くのは、どこかのパラレルワールドだとか、自身の直腸の正確に2 cm内側へと直接滑らかに繋がるワームホールだとかに落ちでもしない限りできやしない。ザイアンクは、どこか遠い現実の、人々が巨大なトカゲであるようなありきたりな世界には興味がなかった。彼は未来に興味をひかれていた。そしてここはまさにそうであった。
「メリッサ?」
「イエス、サー!」彼女は、まるで計画通りに事が進んでいるときに新入りが見せるような笑顔をして言った。
「レンガを見つけたとき、装置は起動していたか?」
「あー……キムさん?」
レオナルド・キム研究助手は配線パネルから顔を上げ、瞬きした。「はい?」
「装置は一晩中起動してたかしら? ザイアンク博士がサンプルを回収したときの装置の状況を知りたがっていたわ」メリッサ・ブルックスはいつもこんな調子で、上司にこびへつらおうと思いあがっている。そこに自身の昇進が掛かっている、とでも思っていたのだろう。残念なことに、彼女はあまりにおべっかを使っていたため、他の誰も彼女に期待していなかった。
ザイアンクの眼鏡は曇り始めた。彼は指で軽く叩いた。親指はワシントンの鼻をなぞった。彼はほぼ考えることなくデスクからテープを一切れとり、レンガに勢いよく貼り付け、そこに黒いペンで「回収済み」と書いた。念のために。
キムは長い間口を噤んでいた。「……分かりました。まず何より、私はそれでは何もやっていません」
「その時間は無駄だ、ラリー。いいから教えてくれ」
「はい、分かりました、すいません。私は定時過ぎにデバッグを投げて帰りました。そこの参照ループは何をしてもずっとポップアップしてます。今私はそれに取り掛かっています」
ザイアンクは頷いた。起動しているが「受信」に設定されていない、というのは十分よい回答であった。「メリッサ、昨晩から今朝にかけての監視ログを調べてくれ。火花と、爆発と、振動と、閃光を全て知りたい」
そのフロアの反対側、10ダースの冷却パイプと30もの高強度ケーブルの向こうで、ジェラルド・キングストンがUPCの最終仕上げをするのと同じように彼がサンプルをそれ自身の隣に置いた。「……ああクソ! こいつはいつ入ってきやがった?」
「今日始まる前だ。ブルックスがログをチェックしている」
「こん畜生」ゲリーは、小さなレンガを取り上げ手の内で裏返しながら言った。製造の痕を、焦点を無理に合わせるように瞳を収縮させてチェックした。「半端じゃなく精巧だが、顕微鏡でバッテリー全部使ってじっくり観察してやりたいぞ」
「やりなさい」博士は、時計を見ながら言った。「今日の仕事の終わりまでにオリジナルを外に出せればいい」
「ああ、ああ、そうだな!」
「それとフォアマンをここに連れて較正が正確か確かめたい。キムがまたフィードバックの問題を起こしている」神に誓うが、ラリーはこのプロジェクトの死神にならんとしていたし、また常にその深みから出ていこうともしていた。
その反面、タデウスもまたそうであった。それが朝に彼をベッドから引きずり出したのである。
熱いガスのジェットがあらゆる角度から彼に吹き付け、彼は円を描いて回転した。そうして6ヶ月経ち、それは呼吸のように自然なものとなった。スーツはロッカーに整然と掛かり、彼は外に出た。
明らかだった。前のところでは、このようなことは許されなかっただろう—おそらく、ここでもこれ以上は許されないだろう。財団によるぞんざいな仕事はここで彼を形成していた。しかし、そこにはバイオハザードの標識と有毒の標識があり、閃光灯や大気中に真黒い悪を吐き出す煙突ばかりがあり、それでもう十分であった。ケミカル・リファイナリーに侵入しようとするようなバカのために、そこには30分ごとに周回する2台のゴルフカートと、それに乗る見かけによらず信頼できる寸胴なエージェントらがいた。更には、半径約50キロの範囲には、電波塔や20ワットを超える衛星信号はなく、彼らが保養休暇を取った田舎町は道をおよそ40分下ったところにあった。それであまりにも十分であった。それで類を見ないほどに十分であった。EMバンドは十分に明瞭であった。
おそらくは。
彼は咳払いして、オフィスへの階段を上り中へと入った。蛍光水銀灯の光が目障りに明滅していた。ほとんど石器時代のようだった。そしてホワイトボード。そこの4分の3は、彼のトレードマークの赤インクで書かれた図形や方程式によって埋め尽くされていた。ザイアンクはベーグルとオレンジジュースを目にし手に取り、思い出そうとした。その空隙を埋めようとした。因果のネズミ迷路の出口を見つけ脱出しようとした。ただ彼はネズミではなく、人間だ。そしてこのようなことが一度起きたのなら—今は二度起きているが、実際それがまさに最少である—彼はもう一度それを起こし得る。
彼は計算機を起動しそれで少々考えた。決して見るのに慣れない気味の悪い青いスクリーンと白いテキストを目にし、彼の混沌とした手書きを記録し、エラーの探査をし始めた。今や近づいていた。非常に近づいていた。
電話が鳴り、彼は受話器を取った。
「タッド・ザイアンクだ」
「やあドク、こちらゲリー」
「何なんだ」
「ポールソンがおかしくなってる」よい人の博士は誰にでもなくほほえみ頷き、個人的に祝った。「そいつは隅々の傷に至るまで、完全に俺たちのレンガだ。いつ送ってほしい?」
「少し待ってくれ」彼はボタンを2つ押し、メリッサが電話を取るところを見た。「ザイアンクだ。キムを呼んでくれ」そしてその研究者がフロアを小走りで横断し、腕に書き留め、電話を掴んだ。「装置の状態はどうなっている?」
「同じ問題が起きていますが、独創的な配線でそれを少なくともベータユニットに隔離しました。アルファはボード全体でグリーンライトです」キムは、オフィスの窓を見上げ親指を上げながら言った。「レンガはどうですか?」
彼はほほえみ、またジェスチャーをした。「アルファを起動しろ。そいつは今消えている。私もじきに向かう」ボタンを2つ。「そいつをやる。こっちにオリジナルを持ってこい」彼はその人生で綺麗なスーツをそれほどまで早く着ることはなかった。そしてキングストンがレンガを手にして建物の南端から出てきたとき、噴射はめっきり止まっていた。フォアマンが起動中のチャンバーのドアを開け息を止めたとき、彼ら5人はその周りに集まってきた。慎重に、小さく発光する白い箱にそれが置かれ、箱が閉じられた。ザイアンクは、それが世界で最も高価で、複雑すぎる電子レンジであるように見えたため、薄ら笑いしかけた。アルファユニットが起動するにつれ、その上にある球が静かに回り始め、すべてのコンデンサーが唸った。
「よし、全員しっかりやれ。我々はこれより正式の実験ログを始める」キーボードを少し叩き、彼らのスーツのマイクロフォンが記録を始めた。「こちらタデウス・ザイアンク博士、実験ログ11924を開始する。1992年7月9日。ブルックス研究員、現在の正確な時間は?」タデウスは質問し、メリッサ・ブルックスに回した。
「正確に1035と15秒です」ラリー・キムはもう片方のコンソールに飛び移り、時間を入力した。「3……2……1……始め!」唸っていたものは安定したハムに変わり、1つ目のチャンバー上のグリーンライトが点灯した。
「試験のオブジェクトを回収したのはいつだ?」
「およそ0700、数分の誤差はありますが」
「了解。フォアマンさん、送り先に今日の0630を入力してください。それで十分にブルックスさんの発見に時間が残るはずだ」
ビープとキーストローク、そしてもう1つのライトが点き、その黄色は少しの間長く続き、ロックが掛かった。そして緑色になった。喜ばしい、喜ばしい緑色に。
「キングストンさん、イオンレベルの状態は?」
「ガンマ線とアルファ線が……4 eVで一定しています。このフロア一帯のレベルは……13ミリラドです。全て正常です」
チームは身を乗り出して至近で観察し、指を交差し幸運を祈り、固唾を呑んだ。
ザイアンク博士はスイッチを入れ、チャンバーの中で眩しい閃光の起きた後、それが消失した。局在タキオン場の操作が立証された。スティーブン・ホーキング、君には到底できないだろう。
彼らは歓喜した。拍手喝采し、互いに背中を叩き称賛しあった。キム氏は仕事終わりのテキーラショットを公言した。だが、よい人の博士はより分別があった。これは簡単なことであり、未来のあるときこれがうまくいくか、そうでなければパラドックスが発生することを、そしてパラドックスは自然に対してではなく論理に働くことを彼らは知っていた。自然にはそのような取り決めはなかった。装置は単純に動かないわけはなかった。
「全員静かに」彼は言い、間をおいて、安堵の息を吐いた。「ブルックス、君の仕事は監視および有する監視設備を全てチェックして、二重チェックして、三重チェックすることと、何かが通り抜けるときにどのような状態であるかを予期可能か日の終わりまでに正確に報告することだ。フォアマンとキム、2人はベータで、あのバグを修正しろ。キングストンには、アルファを正の時間変位に調整して新たなサンプルを準備してもらいたい」
「ポールソンは次の試験では最前列になりたいらしい」ゲリーは、希望に満ちた表情で言った。
「彼はここに来て君の較正の手伝いしてくれたならなれただろうな。それと私はオシロスコープと電圧計のことを言っている。これをファイルする前に全てを説明付けたい。私はブラックボックスを埋め終えられないか検討しに行くつもりだ」
ブラックボックスは……あらゆる技術者は忌まわしいブラックボックスに戦慄する。これこそがあの方程式の全てが示すものである。タッドはこれに関して少々熟考し、灰がかった髪をこめかみで掻きブルースクリーンを目にし、数学を必死に理解しようとしたが、その数学はタキオン放射装置を手にし、何度か回し、逆行する時間の暖かな光を感じた時はとても明快に見えていた。あるいはもしかしたら、それはまったくの無謀でしかなく、チームはたまたまうまく行っただけなのかもしれない。もしかしたらあの方程式は全て必要ですらなく、結局は㐏threeveだとか囬twourだとか、今日033と呼ぶような数が大事なのかもしれない。シータプライムだったか? なんともバカらしい。
他全てはどうだ? 彼のクリアランスには財団がちょうどいじり始めた難解で面白そうな時間的異常へのアクセス権はなかった。さらには何だ、彼は、711が製造され、分解され、コンクリートに封入されているか、あるいはいまだに長年暖めてきた計画の一種として誰かのオフィスの製図版に放置されているか、それすらも絶対に知らなかったのだ。あるいはもしかしたら、彼は今そのクリーンルームで、熱心で有能な研究者たちとそれを想像しているのかもしれない。
そしていつ彼らの発見するエスシーピーいちなな……いや違う。この観点だ……いかにして彼は以前これに気が付くことがなかったのか?
ドアが下で弾け飛んだとき、ザイアンクはすぐさま立ち上がり、すんでのところでそれ全てが初めて起こるところを見ることができた。多くの叫び声が上がった。その叫び声は、跪け、機械から離れろ、クリップボードを置け、そういう命令だったが、みなは動揺で従うことはできなかった。
「やめろ……」
ゲリー・キングストンが初めに、頭に2つ喰らった。
「やめろ」
メリッサはデスクの裏に隠れ、耳を覆い、僅かしてポールソンが上半身に何発か受け、半秒して視界からいなくなった。
「やめろ!」
キムとフォアマンは柵の柱に載った缶のように倒れ、自身の血溜まりに落ちた。彼はいまだにキムがその命の終わりまでえずいていたのが聞こえた。
「やめるんだ!」
タッドが警報機を叩き鳴り響かせると同時に、4人の男が部屋に入り込み、コンピューターの画面を調べ設備を打ち壊し、更に地下室へ、他の叫ぶ技術者たちのところへと進んだ。M4A1がベータユニットに向いたとき、その弾には驚きが込められていたことがわかっただろう。ベータユニットが太く甲高く唸り閃光していたのが見えたのだ。彼は逃げろと叫びそして
想定の通り、白く閃いた。そしてまた始まった。5人全員がフロアに立ち込み、何事もなく調整をなしていた。彼ら一人一人は、これが周知されようものならまず間違いなく多額の昇給やより高いクリアランスを、はたまたノーベル賞をも得られただろう。
「やめろこのクソが!」
タッドはファイルキャビネットの裏から万一のための12ゲージを掴み、ドアから飛び出し、階段を降り、クリーンルームの入口に来た。もしかしたら彼はそれの一員だったのかもしれない。もしかしたら彼は分かっていたのかもしれない。もしかしたら彼ら全員を救い出しループを止める時間があったのかもしれない。しかしドアノブは危険で彼は入ろうとはしなかった。もしかしたら5種類の異物はもうすでにその保護を失っているのかもしれない。彼はそれの一員ではなく、また時間はなかった。彼がそうであったならば、パラドックスが発生していただろう。パラドックスは本来自然に存在しない。
窓から煙が厚く棚引いた。白いパネルバンは走り去っていた。あまりに離れていて博士の姿を見つけられなかったのだ。彼は建物に体を押し付けて、じっと待った。待った。待った。
2時間後、MTFが到着し消火して、焦げた遺体を袋に入れ、スクラップを安全に処分するため回収した。設備全体は検査のためタグ付けされ、袋詰めされ、輸送された。トラックを使って地下室をコンクリートで埋め、それで何事も済んだかのようだった。
タッドにとっては、いまだに終わっていなかった。彼はオフィスで死んだような目でウィスキー片手に、研究助手が何度も何度も死ぬところを見ているところを発見された。
「ザイアンク博士?」
「はい?」
「大丈夫ですか?」
「……いや。全く」
彼は救急車に乗せられるまで一言も話さなかった。
O5は彼の書いた報告書が気に入らなかった。これっぽっちも気に入らなかった。「もう一度説明しなさい」5はそう言い、3、7、12、9は各々の画面で腕を組み眉をひそめながら座った。「『事象境界』? それは何でしょうか?」
「それは心理的影響で、脳がイベントを分類する方法のことです。あなたが部屋を移るといったほど単純なことで、記憶に残される新たな『イベント』が始まります。これによりキッチンにサンドイッチを取りに行こうとしてドアを通った途端何しに来たか完全に忘れるといったことが起こるのです」ザイアンク博士は緊張していた。彼の評判、クリアランスレベル、財団との将来が掛かっている……ハン。「財団との将来」か。いいじゃないか。彼なら覚えておかなきゃならなかったんだろう。
O5-7は笑った。ただ、彼とではなく彼に笑った。「君は人の心理でタキオン流が停止するなどということを我々が信じるとでも思っているのかね? それが君が本当に言わんとしていることなのか?」
「そうです、サー」タッドは、頭を垂れて床を見ながら返した。「あの機械は最大で5メガワット消費しますが、実際のタキオン場は15ワットしか使っていません。これは極端に低い—」
「では、君がこのイベントを直接目撃したのなら」3が割り込んだ。「どうして君は一緒にループに巻き込まれていないんだ? それとも、君の言うおかしな『事象境界』仮説とやらのおかげか?」
「その通りです、サー」
「ではこの…崩壊を起こした襲撃者は?」
ザイアンクは深く溜息を吐いた。「私は、世界オカルト連合が地上タキオン検出装置によってあの実験を感知し、放射装置を妨害しに来たのだと予測しています。どのようにして感知したのかは分かりません」
12は咳払いした。他のO5は静粛にしていた。
「エージェント・トムリンが」9が言った。「ザイアンク博士を護衛します。我々は小休憩の後決議に戻ります」
彼の人生で5本の指に入る緊張の時間であった。LEDの画面どもをまっすぐと睨み、なぜあの実験全体を地下に移そうとしなかったのかと、何度も何度も何度も考えた。37人の研究員が死に、設備に掛けた数百万ドルと、タキオン放射装置の動作による5年もの研究が、吹き飛んだ。パーだ。あと1年もすれば2つ目を作れたかもしれないが、今やどうにもできない。誰かが発見し、破壊してしまった。金額は彼の請求書に付けられていた。そして血が彼の手に付いていた。
光が早く的確に戻ってきた。「ザイアンク博士のタキオン場理論の価値ある研究を鑑み、いくらかの寛大な措置を講ずることで決定しました。ザイアンク博士、あなたはこれによりレベル3クリアランスに降格され、ただちに我々の新たな収容サイトへ報告しなければなりません。あなたの任務はSCP-176に指定された時間的アノマリーの収容プロトコルの文書化、実験、および履行になります」
「……サー?」
「あなたのしでかしたことですよ、タデウス」12は前かがみになって言った。「すぐにケリをつけに行きなさい」
それを見るのは気味が悪かった。彼の家への切符はいまだそこで時を刻んでいた。そして彼はやはり手段が分かればそこに行こうとしているのかもしれなかった。彼はこのサイトを1ダースは前に……以前に見ていたはずだ。しかし今や彼はその人々を知り、その機械を知り、その環境を知っていて、全て想定通り進んだとき何が次に起こるのかも知っていた。
それを更に3時間見た後、印象も薄れ、そして彼の前にはありふれた目録化するアノマリーがあった。これが世界の進歩する方法だ。タッドは愛していたホワイトボードを消し、関節を鳴らしそして始めた。
説明: SCP-176は放棄された……化学工場であり……いや、多分ここは消去されるだろう。[データ削除済]近くに位置しています。
…
序 | ハブ | Part Two: The Deep End