それは現実じゃないし、現実だったこともないのよ、かわいそうなお馬鹿さん

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観衆は空っぽのステージの周りに集まっていた。エスターバーグのアナート展覧会は自由港周辺で大盛りあがりで、どこでも近代異常芸術のあらゆる異常な要素を内包しているパフォーマンスを堪能できた。そんな中でも、展覧会のその瞬間では、演者自身の斬新さからセントラルステージにもっとも人々の注意が注がれていた。

新人がメインステージでパフォーマンスを披露することなんて普通はないし、おまけにこれが初舞台ともなればなおさら珍しい。こういうわけで、通行人も芸術家たちもみんな一様に、一体彼女はアナート界隈に暖かく出迎えられるためにどんなパフォーマンスを披露するのだろうかと興味津々なのであった。舞台の準備は単純で、まっさらなスレートにただ芸術家の名前だけが書かれていた。ローレム・イプソム。

彼女に割り当てられた時間の始まりを時計が告げると同時に、ローレムはステージの中央に進んでいった。観衆の規模の大きさに静かにパニックに陥っているようだった。ちょっと人多すぎるでしょ。
ローレムはステージの中央に立ち、両手を頭上に掲げはじめた。その動作に全員の視線が集まった。

そして彼女は両手を下ろした。

そして彼女はステージを去った。

五分も経たないうちに、観衆は混乱し始めた。芸術家が簡潔にステージを去ること自体は目新しくもないが、演者がこれ以上何かをするには残された時間は少なすぎるため、きっと彼女は単にもう何もする気がないのだろう。混乱はそれから大規模ないらだちに変わり、この作品の作者である芸術家に対していくつもの侮蔑的な言葉が浴びせられた。観衆はただただ前方を見ていて、そしてずっとステージが空だった30分まるまるの間、このノン・パフォーマンスを見ることをやめたものはほとんど存在しなかった。

30分経った頃、残された時間はあと一分といったところで、ローレムはステージに戻ってきた。すぐさま観衆はでたらめな暴言とかどうこうしろという要求とかを発し始めたが、彼女はただ静かにいつでも彼女をバラバラに引き裂けるような状態の彼らを眺めているだけだった。彼女は話し始めた。

お時間を頂きありがとうございました、「現実のReally非現実Unreal」でした。当展示のコピーは今週中に私のウェブサイトから購入できるようになります。

そう言って、ローレムはステージを去った。

少なくとも去ろうとはした。

彼女がぱっとその場を去ろうとするのを観衆は許さず、彼らはまた彼女をステージに上げようとした。ローレムは自分の選択肢を吟味し始めた。さっさと逃げるのは無理ね。 諦念の吐息とともに、彼女は自分に近しいあらゆるものに対するロビイング活動をする準備が万端状態のエスターバーグアナート界隈のほとんどの人々に囲まれたステージに戻った。彼女は観衆に落ち着くように呼びかけ、それからまた話し始めた。

まあいいでしょう。本物のReal展示をお望みですか?

(ほとんどの)観衆は落ち着きを取り戻し、彼女の提案にやや興味を示した。ローレムは続けた。

ならお見せいたしましょう。即興版のやつはやらないようにしてたんですが……なんというか、ちょっと難解なので。

ローレムは正確な動きのパターンを行い始めた。この複雑な手の動きにより観衆はすぐに彼女の術中にはまり、その行為が大規模な呪文か何かなのではないかなどと推測し始めた。そして突然、ローレムは止まった。一分間、観衆は微動だにせず、ローレムは満足したように空を見つめていた。

直後、大規模な財団の機動部隊が展覧会を襲撃し、即座にスクラントン現実錨を通り中に起動し始めた。その時点ですでにほとんどのエスターバーグの住人たちは敷地内を脱出しており、ほんの一握りの異常芸術家が財団エージェントの精鋭に尋問されるのみだった。

何本もの通りを離れた場所で、ローレムは笑った。なんとかとハサミは使いようってね。


サイト-120にて、いくつものドアが同時に利用されていない通路で出現した。それらのうちの一つから財団研究員のアレックス・ソーリーが現れたが、彼は非現実部門が丸ごとポーランドに移転することになった突然の空間異常について何をどう考えればいいのかさっぱりだった。

そんなこと よりも彼らの頭を悩ませたのはその時のサイトの無秩序状態だった。どこもかしこも差し迫ったZK-クラス「現実不全」シナリオを警告するサイレンが鳴り響いていたが、皮肉なことにアレックスたちには何が問題なのか全く分からなかった。明らかにあからさまなに関する何かだろうか。

暇そうにしていたエージェントを呼び止めた時、アレックスは近くの自由港付近の全ヒュームフィールド計測機が突然誤作動を起こしたことを知り、この予感が当たっていたことが判明した。アレックスは答えを探すためにその場所への移動手段を頼み、クリアランスチェックを受けた後、エージェントはすぐに彼らを最速で利用できる交通手段に送った。


ステージは荒涼としていた。アレックスは混乱をきたしているサイトに近づいたが、彼らのオフィスを全く新しい大陸に送ったまったくお騒がせな空間異常を引き起こしうるような大きな違和はまったく見当たらなかった。帰り際、アレックスは紙束を見つけた。そのフォーマットを見て、彼はサイト-184にいたときに受けた異常芸術セミナーをすぐに思い出した。文書は以下のようだった。

企画書 2024-000

タイトル: ローレム・イプソム、現実のReally非現実Unreal

必要な物資:

  • なし (もうあるので)
  • ステージ
  • 30分

概要: 現実の非現実 は非存在のものの複雑さを上演するパフォーマンス作品です。

目的: ;)

アレックスの口から溜息が漏れた。

クソがよ。

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