銀杏に妖
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今年ももう早いもので12月。人も妖も神も仏もみーんな年末の忙しさに追われる時期。俺らタクシー運転手にとっちゃあ、最後の稼ぎ時だ。年の瀬にもなると東京でも気温はほぼ一桁、陽が落ちりゃあ氷点下に近づくのも珍しくない。そんな中歩くってのはなかなか辛いもんだろう? だから、タクシーを使う客は必然増える。

「ご利用ありがとうございました。足元、お気をつけてくださいね。」

こんなセリフを今日は何回言ったことか。まぁそれだけ俺が儲けてるってことだからいいんだが。
それにしても。

「さみぃなぁ……」

元々山に住んでいた送り犬だってのに、人の世に下りてからはめっきり寒さに弱くなっちまった。人の姿に化けてるから毛皮の恩恵に預かれないってのはあるんだが。それ以上に……暖房ってのは便利で、便利なものってのは生き物を弱くするんだな、畜生。

「あーさむっ。さっさと車ん中戻ろ……」

これ、我ながらなんだか情けないセリフだな。人間みたいで。


『……早いもんで残すところ2022年も後1週間となりました。皆さん、大掃除は済ませました?バンシーさんはどうです?』

『いやー、それがありがたいことにお仕事が忙しくて、部屋の掃除にまで手が回らなくて……でも、やろうって気はあるんですよ? きっと元日の私の部屋はピカピカですよ。敷金礼金余剰に返ってくるくらいピカピカ。』

『それ、いつもの予言?』

『だったら良かったんですけどね。これは最早祈りです、祈り。なんだか私ばっかり責められてますけど、そういうくだんさんはどうなんですか?』

『さてここでお便り。ラジオネーム、いさなぎ家の人さんから……』

『ちょっとちょっとー!流さないで下さいよ……』

少しラジオのボリュームを下げる。流石に深夜になると外にいる人は少ないからタクシーも暇になる。そんな時の相棒はラジオだ。携帯電話のあぷりとやらはよくわからんし、そもそも携帯を弄っている運転手なんて態度が悪い。ラジオなら運転中だって流してもいいし、聞いていたって問題ない。何より面白いしな。

人も妖も神も仏も一緒になっちまってから、色んなとこでちょこちょこと妖なんかも表舞台に立ち始めた。まぁそのせいで色々と衝突も起こっているみたいだが。今聞いてるラジオもくだんとバンシー、妖二人のコンビ芸人がやってるラジオだ。最近人気急上昇中のコンビらしく、来年の漫才大会でも有力候補の一角だとか。

同じ妖なのにすごいなぁ、なんて考えていると携帯が鳴った。誰からの連絡だとか考える必要はない。なぜなら、俺に連絡をよこす相手なんて一人しかいないからだ。

「もしもし。こんな時間に何の用だ、百目鬼。」


12月31日。誰もがゆっくりしたい年の瀬に俺は百目鬼を乗せて車を運転している。手癖の悪いきゃばくら働きの女と逢瀬を楽しんでいる……のではなく。いつもどおり足に使われているだけだ。

この前の電話の内容はこうだ。

『今年の年末は京都で過ごしたいから、あんたも一緒にどう? 』

なんて言われてはいそうですかと言ったら最後、その裏にある運転手を押し付けられるのは分かっていた。百目鬼はケチだから電車も飛行機も使う気がないだろうからな。それを分かっていて俺が行くと決心したのは、行きたい場所があったからだ。

「今回はありがとなぁ。長いこと運転するの大変やろうに。」

「分かってて言ってきたのはお前だろ。どうせ俺がごねたって、うんと言うまで何だかんだと言ってくるだろうが。」

「あたしそんなしつこないけどなぁ。でも、今回はあんたも来たいんちゃうかなと思うたから。……尼さん、元気やろか。」

「あのばぁさんなら殺しても死なねぇだろうよ。尻目と仲良くやってるだろ。っと、あぶねぇな……車線変更するんなら指示器出せよ、ったく。」

京都の外れに位置する寺、妙麗寺。そこには人だけでなく妖も集まる。と言いながら、いつも妙麗寺に居る妖なんてのは尻目くらいだがな。それでも行き場に困った妖なんかは、妙麗寺の住職に何とかならないかと相談を求めに行くことが多い。ほんとの意味で駆け込み寺になってるわけだ。

俺も百目鬼も世界の在り方が変わる前、忘れられて消えかかっていた時妙麗寺に世話になった。俺がタクシー運転手をしてんのも百目鬼がきゃばくらで働いてんのも全部、ばぁさんの助言があったからだ。つまりは命の恩人……ってことになるわけだな。

ここ最近は俺も百目鬼も変わっていく社会で生きていくのに必死だったから、もうしばらく妙麗寺には顔を出せてなかった。だからこの旅行を持ち掛けられた時俺はすぐ承諾した。俺ら妖は人間に忘れられない限り生きていける。けど人間には寿命ってもんがあって、いつかは死ぬ。だから会えるうちに会って、返せるうちに恩を返しておかねぇと駄目だ。

どうやらその思いは百目鬼も同じらしい。普段俺の金を盗んでばっかりのケチなこいつが、たんまりお土産買ってきたんだからな。

「なぁ、あとどんぐらいかかるん?」

「まだ名古屋だ。すぐにゃあ着かねぇよ。」

「そやったら、あたし寝るから着いたら起こしてぇな。」

そういうと百目鬼はすぅすぅと寝息を立て始めた。助手席は運転を補助するための席だぞと言いたかったが、無理に起こしたら何をするか分かったもんじゃない。そんなわけで起こせるわけもなく、俺は一人寂しく運転を続けるほかなかった。


「ここら辺も久しぶりやなぁ。でも、昔と違って都会になっとるねぇ。」

「ま、何十年も経ってりゃな。そろそろだろ……お、見えた。」

数十年ぶりの京都での物見遊山の後、俺たちは妙麗寺に向かった。陽は既に落ちていて冷たい風が吹いてくる。そんな中、寺はまるでそこだけ時が経っていないかのように佇んでいた。近代化した町の外れに、まるで時代に置いて行かれたように。

「おーい、邪魔するぞ。」

声を掛けてもばぁさんは出てこない。勝手に中に入るのは流石に気が引けるしどうしたもんかと考えていると、ふわふわと人魂が漂ってきた。

「こんな時間に何か御用でしょうか? 魂を見た感じ、人ではなさそうですけれど……」

「あぁ。俺たちゃ昔ここのばぁさ……住職さんに世話になったんでな、ちょっと顔見にきたんだ。今は留守かい?」

「えぇ、今年最後のお仕事に出掛けられてますが、もう少ししたら帰ってくると思いますよ。」

「そうか。じゃあちょいと待たせてもらうか。」

「そやね。」

12月の京都の寒さが半端じゃないことは知っていたから、厚着をしてきて正解だった。吹き抜ける風は体温を容赦なく奪っていく。黙って何もせずに待っていると凍え死ぬんじゃないだろうか。

「それにしても、変わらへんね、ここ。」

カイロを擦りながら百目鬼が言った。本当にここはそのまんまだ。でかい銀杏の木も変わらず元気だし、寺も奇麗なまま。こっちは変わっちまったんだけどな、なんてつまらん言葉も言いたくなる。

「全くな。もしかしたらばぁさんもそのまんまの姿で……」

「あなた方、私に何か用ですか。」

「うわぁ⁉ ……ってばぁさんか。久しぶりだなぁ。俺だ、送り犬だ。」

化けるのをやめて元の姿に戻る。あー、久々だなこの姿。やっぱり楽でいいなぁ。隣では同じように百目鬼が元の姿に戻っていた。

「おぉ、珍しく知らない客かと思ったら随分久しぶりねえ。こんな外で話してたら凍えちゃうからさっさと中入りましょ。」

「その言葉を待ってた。寒くて死んじまうかと思ったぜ。」

「ま、あたしら妖なんやから死なへんけどなぁ。」

二人でばぁさんの後についていく。しかし、人間におどかされるとは妖失格だな……。もしかしたら、このばぁさんの方が妖なんじゃないだろうか。記憶の中の姿と全く変わってないぞ。気配も全く感じなかったし。そんなことを考えながら、俺たちは寺の中に邪魔した。


「そうかい、アンタらも東京で頑張ってるんだねえ。何にせよ元気で良かったよ。消えられちゃ、アドバイスしたこっちとしても寝覚めが悪いからね。」

「ほんまに尼さんのお陰ですから、感謝してもしきれません……もうちょい早くお礼言いに来たかったんですけど、なんせここ最近色んな事が起こりすぎてて中々……」

「別にこっちとしては勝手にやってることだからお礼なんていらないけれど……それはそれとして、お土産は貰うんだけど。東京のもんなんて中々食べられないからね、尻目も喜ぶんじゃないかしら。」

「おお、そういや尻目はどうしたんだ。年の瀬だってのに、ついに消えちまったか。」

「やぁねえ。あれは真面目に人をおどかすとかなんとか言ってたよ。年末年始までごくろうなこと。」

「人をおどかす、か。まだ、アイツはしがみついてんだなぁ……」

変わっちまった世の中で妖は普通になった。漫才師になった、タクシー運転手になった、風俗嬢になった。もちろん人の姿に化けてるほうが多いとはいえ、自分自身の存在そのものを隠すことは無くなった。何なら、妙ちくりんな病気のせいで、人間の中にも妖みたいな見た目のやつもいる。最早、妖と人の違いなんてちょっとしたもんだ。だから、在り方も変わる。人をおどかしてなんぼ、なんてのは今じゃ古い考え方だろう。

「でも、偉い事よ。あたしらが逃げてったことをまだやり続けてるんやもん。怖い見た目でも、頭が回るわけでもないのに。」

「……それ、褒めてんだか貶してんだが分かんねぇぞ。ま、一理ある。妖のぷらいど、ってやつか。」

俺たちだって本当ならそうしたい。昔のように怖がられて、崇められて、人より上なんだと示したい。だが、もう無理なんだ。山道を歩く奴なんていない。影だけを見られるようについていくことも難しい。俺だって、俺だって……。

「……酒が入ると余計な事考えちまうな。ばぁさん、テレビつけていいか。」

「そういえばそろそろ年越しお笑いライブの時間だね。忘れてた忘れてた。」

「相変わらず尼さんはお笑い好きなんですねぇ。最近おすすめの芸人さんとかいらっしゃいます?」

「そうねえ。最近はノストラダムスとか面白いわよ。」

テレビの画面が明るくなって映像が映る。丁度年越しのお笑い番組は始まったところで、司会の芸人がトークをしているところだ。

「ノストラダムスなら俺も知ってる。最近ラジオをよく聞いててな。おんなじ妖だし肩入れってのもあるかもしんねぇが、おもしれえな。」

今日の番組にも出るはずよ、と画面を見つめながらばぁさんは言った。

そこから、ばぁさんは出てくるコンビの評判やら話題やらを解説してくれたが、あんまり興味の無い俺はそれを聞き流しながら酒を飲んでいた。百目鬼はへぇ~そうなんですねぇとかお詳しいですねぇなんて相槌を打ちながら話を聞いていたから、流石だと思う。客もこのうちに金を落として盗まれてくんだろうな。どこからか鐘を突く音が聞こえてくる。この寺じゃ鐘を打ってないから、近くのどっかだろう。

『さぁ、続きましてのコンビは! 現在コアなお笑いファンの中で話題沸騰、くだん・バンシー、二人の予知がお笑いに、ノストラダムス!』

司会の芸人が振ると出囃子が鳴って、二人がふらふらとステージに上がる。


皆様どうも、年末の時間を少しお借りします、ノストラダムスでございます。知らない人も居ると思いますけど、大晦日ですからね。コタツにでも入って暖かくしてね。こっちの牛がくだん、今喋ってる美人がバンシーです。二人でノストラダムス、覚えてくださいね。

なんか牛って紹介雑じゃないですか? こっちはただの牛じゃないんですから。もうちょっと印象あると嬉しいんですけど。

じゃあ、牛もどき?

劣化してるじゃないですか。 もういいですよ、自分で言うんで。まぁ、見てもらったら分かると思いますけど僕はね、喋れますし、二本足で立ってますし、なによりくだんですから。未来予知が出来るんですよ。

へー、はじめてしりましたー。

嘘つくんだったらもうちょっと抑揚つけましょうよ。平坦すぎるでしょ。ともかくね、予言できるんです。

そうなんですよ。我々未来を予言できるんです。でも、皆さん口だけだと思ってるでしょ?

はいはいはい。でも慣れてますから。証明しましょう。今この場で。僕が予言しますよ、未来。

これはまた、大口叩きましたね。

いや、大口って……僕にとっては造作もないことですから。行きますよ……お、見えた。

何が見えました?

来年のE=MCⅡ1で僕らが優勝して大喜びしてますね。

それは嬉しいですけど、今そういうこと言うと炎上しそうなんでやめてもらっていいですか?

炎上する未来見えました?

いや、予言じゃないです。寧ろ避けたいので細心の注意を払ってるんです。ともかく、別の予言してもらっていいですか。すぐ結果がわかるやつで。E=MCⅡは結構先ですし。

仕方ないですね。行きますよ……ネタの途中に、バンシーさんがツッコんでます。急にヘキの話に転換しないでくださいよ、そこは別に興奮するシーンでもないんですよって。

それ予言になるんですかね。落語の三題噺みたいなものでは?

ところで、バンシーさんは最近怪我とかしました?

何ですか急に縁起でもない。一応予知できるんで、怪我とかはしないですけど。

僕ね、最近情けないことにこけちゃいまして。

あら、それはかわいそうに。何ですか、靴紐踏んじゃってとか。

いや、横断歩道を渡ってたらですね、車が突っ込んできて。その勢いでちょっと転んじゃって。

……あの、ちょっといいですか。

まあ一応妖なんで怪我とかは無かったんですけど。でも人前だったんで、こけたとこ見られたのがすごく恥ずかしくて。

話を聞いてくださいよ。それ、事故でしょ。

いや、転んだだけですけど。

その状態で「転んだだけ」は無理がありますよ。立派な人身事故……人身? 妖身? まぁなんでもいいですけど事故ですよ、事故。

いやいや。

二人のテンションは独特だ。まるで日常会話かのような、それでいてしっかり練られたネタのような不思議な空気感。きっと色々な苦労の末に掴んだもんなんだろう。

半笑いで否定できないでしょ。それ、お相手の方とかなんて言ってました?

すぐどっか行っちゃったんでわかんないですね。

事故からひき逃げに昇格です。犯罪になりました。

特に損害は無かったんで僕はいいんですけど、普通の人間さんなら大事件なんでやめて欲しいですね。

ホントですよ。

でも、こんな場面に出会って、ましてや主役になることって中々ないじゃないですか。

被害者を主役って言うのはどうかなと思いますけど、まぁ確かに滅多にないですね。ない方がいいですし。

だからなんだか映画とかドラマの主人公になったみたいで興奮しちゃいましたね。

まぁ、分からないことはないですけど。

バンシーさんにも無いですか? 興奮することとか。

うーん、お客さんからウケを取れた時とかですかね。

なるほど、それがバンシーさんのヘキ。

いや、急にヘキの話に転換しないでくださいよ。そういう芸風で売ってないでしょ我々。

ちなみに僕のヘキはですね……

いや、誰も望んでないですよ。牛の性癖曝露。

罵倒も僕にはご褒美です。なんせドMなので。じゃないと一々死んでられませんからね。

死ぬのにMも何も関係ないと思うんですけど。

笑い声が会場を包む。どんな気分なんだろうな。昔はこいつらも恐れられて崇められてたはずなのに、今は人を笑わせてる。ま、笑わせてるのは人だけではないにしても、俺みたいな葛藤とか無かったんだろうか。

その罵倒もご褒美ですよ。私には。

今ので確信に変わりましたけど、ツッコミのこと罵倒だと思ってるんですね。漫才向いてないですよ。いや、±0で向いてるのかな。

興奮しますからね、漫才中は。

興奮はするんですけど、その意味ではないんですけどね。それに我々はどっちかと言えば落ち着いたテンションの漫才だと思いますが。

クールなのも……いいですね。

その手の形は何なんですか。グーサイン?

あ、バンシーさんには良くなかったか。すみません……

いや、配慮しなくていいんですよ。ここ日本だし。あの、こんな年の瀬にふさわしくない話してる間に終わりの時間なんですけど。

いいじゃないですか。これで我々の煩悩を落としたと思えば……あ、未来が見えました。

また唐突な……今度は何ですか。もう信じられませんけど。

いやいや今度のは絶対当たりますよ。この後……

この後?

もういいわって言って漫才が終わりますね。

もう予言じゃなくて誘導ですよ。もういいわ。


「やっぱりこのコンビは売れる気がするねえ。」

「そうですねぇ。お客さんにもめっちゃウケてたし、ほんまに来年優勝するんちゃいます?」

番組ではノストラダムスのトークが行われている。これまでの苦労、手ごたえ、バンシーが下手な嘘泣きをして一ウケとって、くだんのツッコミでまたウケて。来年の目標について聞かれた時、ちょっと真剣に二人は話した。

『そうですね……もちろん売れたいですし、賞レースに勝ちたいですけど、何より生き残りたいですね。』

『生き残りたい?今から売れてく段階やん?』

『いやいや、芸人としてもそうなんですけどね。私達妖怪と妖精なんで、人に忘れられると消えちゃうんですよ。だから、生き残りたいなぁって。』

『そうそう。やっぱ命あっての物種ですからね。まぁもちろん、笑いには全力ですけど。それが結果として僕らの原点に近づけると思うんで。』

『こんだけバンバンウケ取ってたら忘れたくても忘れれんわ! じゃあ、最後に。来年どんな年になるか予言してや!』

『え~? ガチの奴ですか?』

当たり前や! と司会がツッコんだ。くだんは少し目を閉じて、ハッと開く。

『見えましたよ。みんな笑って、幸せな年になってます。笑かしてるのは僕らです。』

ホンマかいなと司会が返して、ノストラダムスの出番は終わった。もちろんオチとしての予言だろうとは思ったけど、俺は心のどこかで本当に見えた景色なんじゃないかとも思った。

「そうなるといいわね。今年は色々大変なことも多かったから。」

「ですねぇ。でもくだんさんの予言ですから、外れることはないんちゃいます?」

人も妖も神も仏もごちゃまぜになった今の世は、皆生き抜くために必死で努力してる。神も妖も人も同じだ。在り方なんて大した問題じゃない。命あっての物種、だからな。意地を張り通すのも張り通せなくて悩むのも、今ここに居られるからだろう。そんなことを考えたら、俺のちっぽけな悩みはどっかに消えた。

その時、ガタガタと戸が開く音が鳴った。きっと尻目が帰って来たんだろう。今日もダメだった、なんて愚痴を抱えて。

「クソッ、今日もダメだった……あ?送り犬に百目鬼、なんだ珍しい。」

「ちょっと久々に顔見にな。それよりよ、めでたい年越しなんだからクヨクヨした面すんじゃねぇ。」

「何がめでてぇんだよ、こっちはまた失敗したってのに……」

「消えずに年を越せた、それ以上にめでたいことがあるか。ほら、こっち来い。」

「そうよ、こっちはお前がいつ消えるかいつもひやひやしてんだから。」

うるせぇ! と尻目の声が響く。それに合わせたかのように、108回目の除夜の鐘の音がゴーンとどこかから聞こえた。

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