黒洞々たる闇
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日本のどこか。時空連続体の歪みの後ろ側。基底世界の次元の裂け目に存在する街「恋昏崎」
この街には要注意団体の元構成員達がヒッソリと隠れ住んでいます。ある者は財団やGOCから逃れるため、ある者は自らの血塗られた生業に嫌気が差したため、ある者は信仰に目覚めたため、その出自は様々です。

今回の主人公は、元東弊重工総務部で現恋昏崎新聞社デスク"広末 孝行"。恋昏崎一の情報通が遭遇したお昼時の珍事。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

常に夕暮れの西日が刺す恋昏崎にもお昼時はやってくる。

恋昏崎に飲食店は数えるほどしか存在しないが、恋昏崎の情報通"広末 孝行"は耳寄りなランチ情報をキャッチしていた。

『イェンロン料理研究会の元料理人が入植した。この元料理人は役場で飲食店を開く手続きを行った。』というのだ。イェンロン料理研究会は中国を起源とする世界的なパラフード料理の専門家集団であり、"味は命より重い"のモットーの元作り出される料理は世界中のパラフード愛好家から絶大な支持を得ている。恋昏崎は慢性的なグルメエンタメ不足であり、イェンロン料理研究会の元料理人が店を開くという知らせは超朗報だ。恋昏崎ネットニュースにグルメコラムを持つ広末としては来店せずにはいられない。

「Yummy寿司……?」

その店は寿司屋のようだった。イェンロン料理研究会は前述の通り世界的な組織であり、そのレパートリーは中華に限らない。広末は珍妙な店名だと内心思ったが、これもまたコラムのネタになるだろうと引き戸に手を掛けた。

「ラッシャイ!!!」

割烹着が似合わない筋肉粒々の黒人男性が出迎えた。板前の出で立ちに広末が驚いたその刹那、広末の背後より"ガシャン!ガシャン!"と大きな物音がした。広末が驚き背後を確認するが、そこには入り口の戸しかない。広末は戸に手を掛けてみる。……開かない。

「鍵カケサセテモラッタヨ。Welcome!闇寿司恋昏崎店ニヨウコソ!」

ステレオタイプの片言外国人、何故か掛けられた鍵、闇寿司。広末は情報量の多さに困惑を隠せない。

「あのー……。なんで鍵を───」

「マァ座レ!ヒロスエタカアキ!オマエナラ"寿司ブレード"ノ作法グライ知ッテルダロ!」

名前を微妙に間違われたが広末にはツッコミを入れる余裕が無かった。板前の外見が結構怖くてビビっていた所に大声を出されて怯んでしまったのだ。広末がヨタヨタと席に着くと板前がアガリを差し出してきた。

「御注文ハ?」

広末は恐る恐るお品書きを開く。中には「バラムツ」としか書かれていなかった。

「えっと、これは」

「当店ハ"バラムツ"専門店」

さて、読者諸君はバラムツをご存じだろうか? 全長2mにもなる大型の深海魚であり、大変美味な魚として知られている。しかしその美味の正体はバラムツ体内の油脂成分のほとんどを占めるワックスエステル、即ち蝋であり、これは人体では分解することができない。美味だ美味だとバラムツを食うと、ケツから消化できなかった脂がドロドロと流れ出てくるという恐怖の魚なのだ。詳しくはウィキペディアのURLを貼っておくから確認してほしい。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%A9%E3%83%A0%E3%83%84

「ウチハ闇寿司ダカラ、負ケタ時ノ"記憶消失"凄ク早イカラ覚悟シロヨ」

「早いって、具体的には……?」

「2時間グライデ記憶無クナルヨ」

「え、ちょっとそんな早すぎるでしょ───」

「モシ某ニ勝テタラ、特別ニ"鍵寿司"ヲ握ッテヤル。負ケタラ数時間監禁シタ後ニ開放スル」

広末の脳内では段々と情報が整理されてきた。広末が入ってしまった店は闇寿司の系列店だった。入口に鍵を掛けられてしまい、板前に寿司ブレードで勝ち、鍵寿司を手に入れねば脱出することは出来ない。メニューはバラムツしか無く、万が一負けたらバラムツを食うしかない。負けると通常の寿司ブレードより早く記憶を失い、しかも記憶が完全に消えるまで監禁される。ということのようだ。

「そ、それって、もし負けたら何も覚えてない状況で外に放り出されて、仕事中だろうか何だろうか予告無しでケツが決壊するということですか!?」

「フフフ……。ソウイウ事だ。ヘイ、"バラムツ"オ待チ!」

差し出された特大バラムツ寿司。広末はまだ何も言っていないのに店内カウンターは変形し始めており、すり鉢状の寿司ブレード場へと変容している。板前は既に構えを取っており、鋭い眼光を広末に向けている。広末は対戦拒否の意向を板前に伝えるが、板前がライフルを取り出してきたのでこの抵抗は虚しく終わった。広末はいよいよ覚悟すると立ち上がり、割り箸を割りバラムツと湯呑を構えた。

「畜生!なんてこった。頼むぞ!"バラム-Ⅱ"」

「ソノ意気ダ!……イクゾォ!」
 
 

3、2、1、へいらっしゃい!
 
 
 
お互いが着地した瞬間、早くも勝負は決まりかけていた。板前のバラムツは超高速で回転し始め、接地面は赤黒き稲妻を放つ。バラムツの白い身と黒く煌めく稲妻が混じったかと思うと寿司ブレードの聖霊がバラムツの上に浮かび上がり、バラム-Ⅱを威圧し見下した。聖霊は全身がトゲで覆われた鬼のような姿であり、右手に持っていた巨大な金棒をバラム-Ⅱに振り降ろしてきた。この時、バラム-Ⅱはただ廻っているだけだった。

あまりにあっけない決着。熟練したスシの暗黒卿とただの素人のオッサンでは力の差が開きすぎていた。広末は度肝を抜かれるばかりで絶句している。

「サァ、食エ」

板前の発言に呼応し、今も廻り続けているバラムツの聖霊が、ペチャンコになったバラム-Ⅱを掴み、広末の顔に近づけている。広末の顔がどんどん青ざめていく。これから行われるのは言わば処刑なのだ。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。あんなのアリか!? 本当に俺と同じ寿司だったのか?」

広末の物言いが聞き入れられる様子はない。聖霊は広末の顎を掴み、強制的に開口させる。広末は十三階段を登らされる死刑囚なのだ。

「おい! そんなもの食わせるのがイェンロン料理研究会のやり方なのか!? バラムツはともかく、それはもう潰れてペチャンコじゃないか!」

聖霊に掴みかかられている広末はシドロモドロになりながら必死にバラムツを指さし訴える。確かに味をモットーにするイェンロン料理研究会ならば、この状態を客に食わせるというのは考えにくい。

「イェンロン? ソレハ裏の店ネ。"ロゼルージュ"ッテ言ウ一昨日出来タフランス料理ノ店ヨ。ウチハ此処デ長イコトヤラセテモラッテルゾ」

恋昏崎の情報通が聞いて呆れるイージーミス。そもそも入る店を間違えていたのだ。自慢の情報は間違い、記憶は消されるから記事にしてバッシングすることは不可能、広末は本当にタダのオッサンだ。抵抗する術もなく、処刑を受け入れるしかない。

「頼む! 助けてくれ! 職場には沢山部下がいるんだ。家族にだって……、そうだ最近2人目の子供が生まれたばかりで、その、だからケツからそういうのをやらかす訳にはいかないんだ! 後生だ! やめてくれ!」

ジタバタする広末だったが抵抗虚しくその時は訪れた。聖霊の手から広末の口腔にバラム-Ⅱが押し込まれる。口いっぱいにしつこさすら感じるバラムツの甘さが広がる。しかし、早くも始まった記憶の混濁によってバラムツの味を楽しむ余裕はない。

広末のその後は誰も知らない……。

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