ジョン・ジェームズ
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私の意見では、この組織におけるDクラスの役割を巡るうわさと虚偽がここ数年悪意に満ち、率直に言ってプロフェッショナリズムに欠ける空気を作りだしています。気付いていない人たちへ: Dクラスは探索、試験、あるいは危険なアノマリーに餌をやるために徴発されたのではありません。例外的な状況下を除き、標準的な職務の間にDクラスはいかなるアノマリーとも接触することを許されるべきではありません。彼らは兵士ではなく、決して捨て駒ではないのです。Dクラスの職務を妨害する行為は財団の重要な偶発事件に対する努力に抵触し、許容されることはないでしょう。
 
アノマリーの試験のために消耗用の研究ユニットを必要とする研究者は、区間内の徴用部門にシムルグ級自律機動ドローンを要求すべきです。私のサイトでDクラスを試験に用いようとする者は誰であれ、ただちに懲戒処分の対象になるでしょう。

Dクラスに関する全職員への公開書状、サイト管理者マリー

ジョン・ジェームズは目を開け、ベッドから出て白い文字のついたオレンジ色の制服を身に付けた。

白い文字は背中と右袖と左胸のちょうどポケットがあるだろう辺りにあり、全てD-23984と書かれていた。これは守衛たちが彼を呼ぶのに使う名前であり、スピーカーが彼の行く部屋を告げる時に使う名前であり、しかし試験室の中では、研究者たちは皆彼をジョン・ジェームズと呼んだ。

彼の上、2番目のベッドの住民である大柄で禿げて少し髭を生やした男が梯子を降り、自分の制服を身に付けた。相部屋のスティーヴン・レイエスだ。彼のユニフォームの白文字はD-23984の代わりにD-23886と書かれており、ジョン・ジェームズはスティーヴンは彼よりも前からここにいると推測した。一度聞いてみたが、スティーヴン自身にも分からないのはやや面白かった。

「家族の夢を見たんだ」スティーヴンは大きな禿頭の中で少し目を光らせつつ言った。「名前はベティ、メアリー、アニー、サムだった。みんな苺のジャムみたいな匂いがした」
ジョン・ジェームズは頷いた。「シムズベリーのすぐ外の家に住んでいた」彼は言った。「本物の白い杭柵のある家だ」

「すぐにまた顔が見られるといいんだが」スティーヴンは言い、ジョン・ジェームスは束の間の苛立ちを感じた。彼がスティーヴンに彼の家族と家の、そしてどうやって曾祖父が(彼もその家に住んでいた)白い杭柵を建てたかについて話そうとしたら、ちょうどその時スピーカーがD-23886にルーム21へ向かうように告げ、スティーヴンが立ち上がって部屋を出て行ってしまったからだ。

それでジョン・ジェームズは鉛筆と紙を1枚、壁の箪笥から取って、シムズベリーのすぐ外にある己の家の間取りを、右上の円窓と三方の開いたポーチと共に描いた。非常に緻密な間取り図で、ほとんどの線はまっすぐだった。ジョン・ジェームズは誇らしい気分になり、スティーヴンが部屋に入ってきたときに見ることができるように箪笥の上に置いた。

無常

「円い窓ね?」カーター博士は微笑みながら尋ねた。スピーカーが彼の番号を告げて、カーター博士のいるルーム18に向かうように指図し、彼が家を描いたことについて話すと彼女は非常に満足げに見えた。「でもジョン、あなたの家には円い窓はないはずです。思い出してみて」

ジョンは眉間にしわを寄せ、そして彼の心の中では右上の角の円い窓が揺らめき、標準的な四角い窓に変わった。多分彼は近所の家のことを考えていたんだろう。「それでも本物の白い杭柵はあります」彼は重い気持ちで言った。「合っていますか?」

「もちろん合っていますよ」カーター博士は言い、書類の束を手に取った。「さて、ジョン、今度はあなたの祖父母の話をしましょう。母方の―お名前は何でしょう?」

ジョン・ジェームズは眉間にしわを寄せ、集中しようとした。彼らの顔はぼやけ、名前は喉まで出かかっていた。「え……エ……エレノア、」ついに彼は言った。そうだ、これが正しい。「そしてジェイコブ」

カーター博士は何かを書きとめた。「そして、彼らは何歳で亡くなりましたか?」彼女は尋ねた。

ジョン・ジェームズは長い間黙っていた。「知っています、私のおばあさん―エレノアは」彼はついに言い、そして口から言葉が出るにつれ、彼はそれが事実だと分かった。実際今は彼女のことを、痩せて縮んで、茶色のベッドに横たわった姿を思い出せた。彼はその頃幼かったに違いない、そうでなければこう簡単に忘れるわけがない。「おじいさんは私が生まれる前に死にました」彼は言い、そしてこれも本当だと分かった。「おばあさんは彼のことをあまり話しませんでした」

「そして父方は?」

「私の祖父母ですか?」

「そうですよ、ジョン」

ジョン・ジェームズは再度眉間にしわを寄せた。「私のおじいさんの名前はビルで、おばあさんの名前はメアリー、スティーヴンの娘と同じです」彼は言った。「彼らはシムズベリーに住んでいて、毎週水曜日に訪ねに行きました」

カーター博士は微笑み、さらにいくらか書きとめた。「いいですよ、ジョン。これで私の質問は全部です。今日は何の日かご存知ですか?」

ジョン・ジェームズは時計を持っていなかった。いつかは持っていたと思うのだが。「いいえ」彼は言った。

「今日は30日です、ジョン。あなたの月は終わりました。明日には家に帰れるでしょう」

ジョン・ジェームズは微笑んだ。そして彼は眉間にしわを寄せ、再び微笑み、瞬きして目を擦った。「本当に?」彼は尋ねた。「本当ですか?」

「本当ですよ」カーター博士は言った。

「私の家族は」ジョン・ジェームズは言った。「寂しがって……いるでしょうか?」

「きっとね」カーター博士が言った。

ジョン・ジェームズはあまりに頭がいっぱいだったので、いつどうやって部屋に戻ったのか分からなかった。夜遅く、眼前にある寝台の傷ついた金属製の裏面を眺めているとき、彼はスティーヴンがあれから戻ってきていないことに気付いた。最終的に、博士たちはスティーヴンも家に帰したのだろうという結論に至り、彼はスティーヴンに家の間取り図を見せられなかったという事実にやや動転した。

彼はなにか悪いことをしでかして、どこかに隠れ場所を探している夢を見た。警官は近づいてきていたが、捕まる直前に数人の黒いスーツの男たちが車で現れ、彼を連れ去った。夢の中の彼は現実と見た目は似ていたが、名前はジョン・ジェームズではなく、いずれにせよ彼より若かった。

月の初めの日、スピーカーはジョン・ジェームズに廊下の突きあたりまで歩き、今まで見たことのない部屋に入るように告げた。部屋の中は白い文字のついたオレンジ色の制服を着た他の人々でいっぱいで、しかめっ面をして黒い厚手の制服を着ている者も何人かいた。壁には「再条件付け」と書かれており、数分おきにスピーカーが数字を告げると、しかめっ面の黒服男がオレンジの服の男たちのうち1人を連れて廊下を出て行った。ジョン・ジェームズは群衆の中からスティーヴンを見つけ出そうとしたが、その前にスピーカーがD-23984に再条件付けルーム3に向かうよう告げ、黒服の1人が彼を新しい部屋に連れ立てて背後でドアを閉めた。

部屋の中には眼鏡をかけ、ボタンダウンシャツを着た何人かの男と共にカーター博士がいた。彼らの背後には、天井から垂れ下がる複雑そうな装置のついた大きな金属の椅子と、小さな台に載せられた沢山のコンピューター画面があった。

「これがあなたの最後のテストです、ジョン」カーター博士はいつもの微笑みを浮かべて言った。「この後家に帰ることができるでしょう。椅子に座ってくれますね?」

「分かりました」ジョン・ジェームズはやや自信なさげに言った。椅子には足と手を固定するための帯があり、座ると厚い黒のユニフォームを着たしかめっ面の男がそれらをぱちんと固定して、彼は起き上がれない状態になった。眼鏡男の1人が近寄り、天井から垂れた機械を彼の頭部にあるパーツの一部と結合させ、カーター博士がスクリーンのボタンを押し始めるとジョンはかすかに振動を感じた。

「あなたの家族に意識を集中させてください、ジョン」カーター博士が言うのが聞こえた。「あなたの家族と白い杭柵のある家。できますか、ジョン?」

「分かりました」彼は言った。

「精神スナップショット、3、2、1」カーター博士が眼鏡男たちに告げると、機械が何かをして、ジョンの口の中に奇妙な味が広がった。沢山の小さな絵と光がスクリーンの上で瞬き始めた。

「完全な転送。全部ここにある」カーター博士がいい、疑問のまなざしを向けるジョン・ジェームズに素早く親指を立てて見せた。

「よし、彼を白紙にする」眼鏡男の1人が言い、ジョン・ジェームズは意識を失うまで、ただ白い閃光と叫ぶ彼自身の記憶だけを思い描けた。

無我

マーティン・ケンダルは目を開け、ベッドから出て白い文字のついたオレンジ色の制服を身に付けた。

白い文字はD-23985と書かれていたが、相部屋の人物のものはD-23887だった。彼の相部屋はビリー・スミスという名前で、大柄で禿げて、顔の下の方に少し髭を生やした男だった。マーティンは彼に以前どこかで会ったことがあるような気がした。

マーティンは前日カーター博士と打ち合わせをして、ビリーに家族のことを話していた。悲惨な交通事故で家族を全員失い、今は小さな3部屋のアパートに一人で暮らしていると。

「懐かしいな」彼は言った。「すぐに帰れるといいんだが」

ビリー・スミスは何も言わなかったので、マーティンは彼に、もしかして彼の家族も悲惨な交通事故で死んだのかと尋ねた。

ビリーはしばらくの間考えていた。「多分」ついに彼は言った。「俺にはよく分からない」


名前のない男は水槽の中で育ち、外の世界を見たことがなかった。

今でさえ、運搬するタスクフォースは彼を背の高い金属の水槽に入れ、暗闇の中で眠らせたままにしていた。彼とその他多数の水槽は一緒に巨大なトラックに積まれ、区別する方法は脇に印字されたナンバーだけだった。名前のない男の水槽のナンバーはD-23984だった。

遠方に、アメリカを滅ぼした何者かの巨大な屍があるのがタスクフォースのメンバーには見えた。その背骨越しに日が昇りつつあった。

「なんて朝だ」黒ずくめの男の1人が言った。

「すぐに爆破される」もう1人が言った。「見ていろ」彼は腕時計を見つめていた。意匠を凝らした盤面には日付と月と年を表示するパネルがあり、すべて隣り合って並んでいた。今パネルは21/0/0を示していた。

2人の男はトラックを停め、汚れた窓からあれの背にきのこ雲が立つのが見えるまで待った。肋骨に開いた新しい穴から日光が輝いた。
黒服の男たちは発進し、名前のない男とその他大勢の同類たちを載せて去った。それからの数週間、爆弾は着々とあれをすぐさま泥へと変わる肉片にしていった。クレーン班が建築用クレーンを設置し、あれの骨をすぐさま溶かす化学薬品の桶を満載したトラックに降下させた。トラックの男たちは地方を通り、名前のない男たちを水槽から出して、そこやかしこに立てかけていった。小さなダッシュボードラジオから流れる機械的な声は、世界中からトラックの男たちやクレーン班に、アメリカの者たちがやっていることを丁度彼らもしている旨を告げていた。彼らは最初の1月で浄化の努力は終わると見積もり、実際その通りになった。

涅槃

月の初め、ジョン・ジェームズは自分の車の中で目を覚ました。
彼はあくびをして伸びをした。彼は私道にいて、右上に小さな四角い窓のある家の三方が開いたポーチには家族がいて、彼が出てくるのを待っていた。ジョン・ジェームズの記憶の中の姿とは少し違ったが、こんなにも長い間不在だったせいだと思った。
彼は車を降り、曾祖父の建てた本物の白い杭柵を通り越し、その間ずっと微笑んでいた。やはり我が家はいいものだ。

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