「おはようございます。」
朝6時。26歳の研究員は、われわれの前にジャージ姿で現れた。
████。若手の研究員だ。われわれは、彼にまずこう聞いた。
―毎日、こんなに朝早くから行動するのですか。
「ええ、やることはたくさんあります。僕たちの肩に世界の未来がかかっているのですから、寝坊なんてしていられません。」
そう語る彼の表情は、さわやかな笑顔だった。
謎に包まれているSCP財団。彼の一日と共に、その中を覗いてみよう。
―ところで、その格好はどうしたのですか。
「これから朝の体操なんですよ。屋外実験場に向かいます。」
彼は軽快に歩みを進めていく。
―朝の体操は全員で?
「そうですね。まあ、担当業務によっては時間が異なることもありますが、基本は全員です。」
「体操始めるぞー!」
「おっと、始まりますね。」
聞き覚えのあるメロディが流れてきた。
新しい朝が来た 希望の朝だ
―ラジオ体操なんですね。
「ええ、そうです。特殊な運動かと思いましたか。」
喜びに胸を開け 大空あおげ
―正直な話、そう思っていました。
「そうですよね。僕もそうでした。」
ラジオの声に健やかな胸を
「でも、これがとても大切なんですよ。僕たちが守らなきゃいけないのはこういう世界なんです。」
この香る風に 開けよ
「毎朝これをやることで、それを再認識できるんです。」
それ 確保 収容 保護
『腕を前から上に伊って大きく背伸びの運動~はい!1,2,3,█,4,5,6…』
体操を終えた彼はわれわれにこう言った。
「新人の頃は、朝早く起きてこの体操をするだけでも結構大変だったんです。それまではあまり規則正しい生活習慣を送っていなかったもので、リズムを正すのに数ヶ月はかかりました。」
彼の表情に疲れは見られない。
「これから朝食ですね。一緒にいかがですか。」
彼のご好意に預かり、われわれもご一緒させていただくこととなった。
食堂は多くの財団職員で賑わっていた。
―ずいぶん多いですね。
「毎日こんな感じですね。事前に席は確保しているので安心してください。えーっと、あそこですね。」
「おっ!████!こっちだぞ!」
「先輩、ありがとうございます。今日も頭がK-クラスシナリオですね。」
「俺の頭はヒューム値が低いんだ。ひとつ貸しだぞ。」
「今度埋め合わせします。ありがとうございました。」
先輩、後輩の隔たりはなく、職員同士はとてもフランクな間柄のようだ。周囲を見渡してみると、食堂での彼らはとても和気藹々としている。
彼は食堂についてわれわれに説明してくれた。
「ピザとケーキ、ドリンクは無料なんですよ。うちのピザはとても美味しいんです。ケーキは日ごろ頑張っている僕たちへのご褒美ってところですかね。ドリンクなんて、レパートリーが無限にあるんじゃないかってくらい何でも出てきますよ。」
―朝からピザ、ケーキはちょっと…
「自分で言っておいてなんですが、私もです。まあ、お金に困ってもお腹は空くことはないですね。さて、朝食を選びにいきましょうか。」
われわれはカウンターへと足を向けた。歩きながら、彼はメニューを見せてくれた。ずっしりとした重みが感じられる。
「これが一般職員用のメニューです。ゴリラ用、トカゲ用、なんてものもあります。これだけ種類があっても、不思議なことに人気があるのはパンと牛乳なんですよね。結局、食べ慣れたものの方がやる気が出てくるんですよ。」
彼はパンと牛乳、そして緑色の飲み物を注文していた。
―その緑色の飲み物は何ですか。
「これは最高級の反ミーム対抗エージェントドリンクです。常日頃から飲んでいないと、不足の事態に対応できないですからね。」
われわれは彼らに対する認識を改めた。和気藹々としつつも、彼らは常にプロフェッショナルなのである。
近くにいた調理場の老夫婦も誇らしげだった。
「しっかりとしていて、えらいねぇ~」
「さて、ちょっと着替えてきます。その後、研究室に行きましょう。すぐに戻りますので、少しお待ちください。」
食後、彼はそう言って自室へ向かっていった。その間、周りの職員に彼の人となりを尋ねてみることにしよう。
―彼のことをどう思いますか。
頭にK-クラスシナリオを冠する彼はこう語る。
「████は凄い奴ですよ。この前、俺が収容違反を起こしてしまったときも、うまく収めてくれたんです。ホントは俺のほうにこそあいつからの貸しがあるんだ。」
真紅のチキンを頬張っていた全身に刺青のある男性はこう語る。
「奴は侮れない。この前、俺が収容違反を起こしたときも、巧みに被害を最小限に抑えた。奴には貸しがある。」
彼はどうやら収容のエキスパートであるらしい。口に出すのはためらわれるが、収容違反でも起こらないだろうか。
われわれが失礼なことを考え始めたころ、彼は白衣姿で戻ってきた。
「お待たせしました。それではご案内しましょう。」
「こちらが研究室になります。」
今更ながら、入室しても良いのか、彼に尋ねた。
「重要なものはちゃんと片付けておきましたから大丈夫ですよ。さすがに、すべてをお見せするわけにはいきません。」
われわれの心配は杞憂であったようだ。
内部は、思っていたよりも広くなかった。
「研究室っていうのはどこもこんなものなんですよ。会議室や実験場はきちんと個別に用意されていますし、アノマリーは適切な場所に収容していますからね。ここではデータベースから色々と情報を引っ張ってきたり、計器の数値を記録したりしています。」
―普段はこちらでよく過ごしているのですか。
「そうですね。まだまだ下っ端なので、『あのデータを探してきてくれ』とか、よくおつかいを頼まれますね。数値の記録も私の仕事です。そういうわけで、同じチームの中では一番いる時間が長いかもしれません。」
―そのうち、後輩ができるまでの辛抱ですね。
「そんなことはありません。とても大切な仕事です。」
彼は計器の数字に目を向けながら、われわれに語った。
「先輩方のほうがずっと、知識も経験も豊富です。私がこういう仕事をすることで、先輩方がアノマリーの分析に時間をかけられます。私が同じ仕事をしても、最良の結果が出るわけではありません。今はまだ積み重ねの段階ですね。」
彼の目つきは真剣だ。財団の仕事に雑務などない。彼の姿勢はわれわれにそう訴えていた。
「まあ、もっと研究に時間をかけたいのは本当なんですけどね。…ん?今日は収容室内のフランスパン濃度が高いな…」
邪魔をしないよう、われわれは窓の外に目を向け、白衣姿の男性と魚の被り物をした背広の男性が走っている姿を眺めていた。
10分後、彼はわれわれに声をかけた。
「すみません。お待たせしてしまいましたね。記録が終わりました。この後は―」
「████、すまない、取材中で申し訳ないんだが、これらの書類を処分してくれないか。これから急ぎでアメリカに飛ばなきゃいけなくなってね。」
「あっ、お久しぶりですね。折角戻ってきたのにまた出張ですか。いいですよ。」
「本当にすまない。」
大きなダンボール箱を抱えた年配の男性は、申し訳なさそうに彼にそれを手渡すと、小走りで去っていった。
先ほど走っていた2人といい、財団の職員はかなり忙しそうに見受けられる。
「ちょっとシュレッダーにかけてきます。少しだけお待ちください。」
「こちらが生物収容セルになります。」
『生物収容セル』という言葉に、われわれは一抹の不安を感じた。
―一体どんな生物が収容されているのですか。
「安心してください。危ないものではありませんよ。」
恐る恐る彼の後に続くと、多くの白い毛並みが見えた。収容セル内に入った彼は、そのうちの一匹を抱え、われわれに見せてくれた。
―それは…ウサギですか。
「ええ。そうです。恐ろしい生物が出てくると思いましたか。こちらはアノマリーがその性質を変化させたものなんですよ。」
お腹が空いていたのか、ウサギは物凄い勢いで彼の手のひらのペレットを食べている。そのほほえましい光景は、われわれの緊張を小気味よく解消してくれた。
「収容している生物全てが危険なわけではありませんよ。このようなウサギだって立派な収容対象です。新人のころは一度だけハムスターの世話もしました。普通のハムスターみたいで癒された、なんて話をした後、先輩に『お前は運がいいなあ』なんて言われたりもしましたね。」
―このようなアノマリーもあるのですね。
「もちろん、そういった生物が収容されていることについて否定はしません。ですが、私たちの理念は確保・収容・保護です。異常な生物を生み出したり、研究したり、おどろおどろしい実験をすることが目的ではありません。それを知っていただきたかったのです。」
われわれは固定観念に縛られていたのかもしれない。彼らの理念はあくまで確保・収容・保護なのだ。
知らず知らずのうちに、彼らを『異常存在を研究することが目的の謎の組織』だと考えてしまっていたことに、恥ずかしさを感じた。
生物収容セルを後にしたわれわれは、実験場へと向かっていた。
「これから実験を行うのは最近発見された―」
突如、けたたましく警報が鳴り響いた。
『屋外実験場にて、詳細不明の集団による襲撃を確認!繰り返す、屋外実験場にて、詳細不明の集団による襲撃を確認!集団は当施設に収容された全オブジェクトの解放を訴えている!』
「何だって!この近くじゃないか!」
われわれは恐怖で震え上がった。
「早く避難用ブロックに!こちらです!」
そう言って駆け出そうとする彼の目の前に、黒ずくめの集団が立ちふさがった。
「異常存在はその異常性を最大限発揮されなければならない。私たちはそれを観「共振パンチ!」
われわれには何が起こったのかわからなかった。彼の姿がブレたと思った瞬間、彼は黒ずくめの集団を吹き飛ばしていた。
「思いの外、敵は近くにいるようです。下手に動くのは危険ですね。これを持っていて下さい。」
―これは一体…。
「携帯していた反ミームフィールド出力装置です。これがあなたたちの身を守ってくれるでしょう。」
これが保護のエキスパート。それを目の当たりにし、われわれは息をのんだ。
―これからどうするのですか。
「ここで待っていていただけますか。周囲の安全を確保してきます。安心してください、あの程度なら問題ありません。」
これが確保のエキスパート。それを目の当たりにし、われわれは驚愕した。
反ミームフィールド出力装置の効果は絶大だった。何度か目の前を人影が通り過ぎたものの、気づかれることはなかった。
そうして2,30分ほど経った頃、彼はこちらに戻ってきた。ところどころ白衣が汚れている。
「無事でよかったです。すみません、少し手ごわい奴がいまして。奥義を使わざるを得ませんでした。」
―敵は鎮圧されたのですか。
「はい。現在、機動部隊が監視しています。」
われわれは、SCP財団という組織の大きさの一端を垣間見ることができた気がする。
日々、世界を背負い、世界を守るため、彼らは戦っているのだ。
「申し訳ありませんが、その機器を返していただけますか。一応、機密情報も含まれていますので。」
―そういえば、どうして反ミームの影響を受けないのですか。
「ふふ。今朝、私が飲んでいたものを忘れましたか。」
彼は得意気にそう言った。
これがプロフェッショナル。それを目の当たりにし、われわれは感動に打ち振るえた。
(壮大なヴァイオリンの音色が流れる)
―本日はありがとうございました。
「いえ、こちらこそバタバタしてしまい申し訳ありません。また、来てください。歓迎しますよ。」
彼は先の事件の処理にあたらなければならないとのことだ。残念だが仕方がない。お詫びとして、スクラントン現実錨を1ダースいただいた。
「この仕事をしていて一番良かったと思うのは、誰かを救ったときなんです。あなたたちにケガがなくて、本当に良かったです。」
汚れた白衣を纏いながら、最後にそう語った彼の顔は晴れやかだった。
SCP財団という組織は、謎に包まれている。そこに何があるのか、彼らは何と戦っているのか、それはわからない。
ただ、確かなことがある。
そこに勤める職員は、世界を背負っているという自覚を持ち、われわれの世界のために、日夜戦っているプロフェッショナルである。
彼らはこれからも確保・収容・保護の理念のもと、人知れず世界を守り続けていくのだろう。
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「なんだこれは。」
「████研究員を呼んできます。」