東京の街は観光客で溢れ、ひどく蒸し暑い。
この街に私は商品の仕入れにやってきていた。
汗を拭いながら仕入れの商品を物色していると、一人の女性の姿が目に入った。
酷く寂れたビルを登っていく小綺麗な女性がなんともアンバランスである。
ふと気になってしまって私はその女性の後をつけた。
屋上に辿り着くと女性は手すりに捕まり風に靡いた髪をかきあげた。
なかなかに美人な女性である。しかしその横顔には独特の悲壮感が漂っていた。
嫌な予感がする。そう思った瞬間女性は靴を脱ぎ、手すりを乗り越えようとしていた。
これはいけない。
「ちょっと待ちなさい!」
あわてて女性の腕をつかむ。
「嫌!死なせて!死なせてください!」
腕を振りほどき飛び降りようとする女性を私は必死に引き留めた。
数十秒の押し問答の後、力で敵わないことがわかると女性はその場にへなへなと座り込んでしまった。
私は彼女を刺激しないよう努めて穏やかな声で語りかけた。
「どうしてこんなことを?」
「…もう生きている意味もないんです。急に多額の借金を背負わされて、死んで楽になったほうがマシなんです」
彼女は涙ながらに身の上話をした。それを聞いて私は心底同情してしまった。
死なせてあげるのが正しかったのだろうか?
いや、しかしこんなところで死なせるわけにはいかない。
「こんなところで死ぬのは忍びないでしょう。どうか思いとどまってくれませんか」
私はポケットから名刺を取り出すと彼女に渡した。
「駅から20分ほど歩いたところに知り合いが経営している店があります。きっとあなたの助けになるでしょう」
「…どのようなお店なのですか?言っては何ですがこんな歳の私でも助けてくれる方なのでしょうか」
「レストランです。知る人ぞ知る高級店ですし、店主も素晴らしい方ですよ」
彼女は涙を拭うと落ち着きを取り戻したようで、すっと立ち上がった。
「…そうですよね。私、どうかしてたみたいです。でも、なんで見ず知らずの私にここまで?」
「困っている人を放っておけない性分なのです。あなたみたいな美人ならなおさらです」
「美人だなんてそんな。なんてお礼したらいいか。…本当にここに行ってみてもよろしいんでしょうか」
「それがいいでしょう。あなたの今後の幸せをお祈りしています」
そういうと私はその場から立ち去った。
彼女は私が見えなくなるまで深々とお辞儀をしているようだった。
いいことをしたような気がして大変気分がいい。
間に合ってよかった。
ふと立ち止まり、ポケットにあった彼女に渡したものと同じ名刺を見る。
そこには住所と電話番号そして、「弟の食料品」とだけ記されている。
私は記されている番号に電話をかけた。
「商品は本日中に納品予定です」