財団運営における人員配置について
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講義テーマ: 財団運用における人員配置について
講師: 結城 久磨
場所: サイト-81██ 4F 412多目的室

講師紹介: 結城 久磨 194█年 東京都生まれ
 196█年 国立██大学卒
 196█年 ██電気(現: ████) 研究職
 196█年 国立████研究所 研究員
 197█年 国立████研究所 主任研究員
 198█年 国立████研究所 室長
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 200█年 財団日本支部所属

 サイト-81██、412多目的室。部屋の前方では、白衣を着た栗色の髪の女性が講義の準備をしていた。
「あ、おはようございます。受講者の方は職員カードをリーダーに通して下さいね」
 作業をしつつ、早めに講義室へ着た受講者へ、カードリーダーの使用を促す。ホワイトボードを用意し、ノートPCを長机の上に開いた。
 時間を待たず、部屋へは受講者が全員集まっていた。準備をしていた女性は受講者を見渡しながら「皆さんまじめですねー。時間前なのに全員集まってます」とにこにこしている。
「では」女性が立ち上がり「少し早いですが始めてしまいましょうか」教卓の前へ立った。
「えー、本日は私の講義へご出席頂きありがとうございます。講師の結城久磨です。よろしくお願いいたします」
 結城博士を知らない受講者からざわめきが起こる。無理もない、事前に配られた資料には講師紹介として「194█年生まれ」と書かれている。だが眼前の女性はどう見ても20代だ。多く見積もっても20代後半にも見えない。「講師が変わったのでは?」「でも結城久磨って名乗ったぞ?」受講者のざわめきをにこにこして見守っていた結城博士は、やや収まってきた頃を計り「はいっ。では本日の講義ですが――」と手を打った。


本日の講義は、「財団運用における効率的な人員配置について」です。
財団での生活も皆さん1年を過ぎていますから、我々職員について「セキュリティクリアランスレベル」と「職員クラス」で区分されている事はご存じかと思います。皆さんは基本的に「セキュリティクリアランスレベル2」の「Cクラス」の職員ですね。私も、自身の研究対象についてはクリアランスレベル3ですが、基本的にはレベル2です。
セキュリティクリアランスレベルと職員クラスについては、皆さん問題ありませんね。不安な方はお配りした資料の5ページを確認して下さい。大丈夫です。まだ生きていれば挽回できる範囲ですよ。

さて、今回の講義は「財団運用における効率的な人員配置について」のお話です。これはどのような人員をどのような状況に配置するとどのように効率が上がるのか、というお話です。つまりは「無駄のない人員配置」についてですね。

皆さん今までの職務で、Dクラス職員の活躍を目にする事は一度や二度では無かったはずです。危険な任務はまずDクラス職員が就く。そうですね、間違っていません。しかしDクラス職員も貴重な人的資源ですので、可能な限り無駄な消費は避けるべきです。
つまり、探査であればまず無人機を使うべきで、実験であれば動物実験をまず試すべきですね。何かのオブジェクトにとりあえずDクラス職員をあてがえば良い、という考え方は避けて下さい。
消費してしまう、というのは何も命の話だけではありません。Dクラス職員は人間ですので、「人間がやらなければいけない」任務に就いて頂きたいですね。例えば、そういった任務でDクラス職員を使いたいのに、特別な理由も無く、オブジェクト収容室の掃除をしているDクラス職員がいる。特に理由が無ければ掃除なんて機械でいいんです。これは人的資源の無駄です。
ここで注目して頂きたいのは、「無駄な浪費」という点です。
例えば生肉を要求するオブジェクトがいたとして、牛や豚で済むところをDクラス職員をあてがうのは無駄な浪費です。
Dクラス職員が全く安全な収容室の掃除などをしていた場合、これもDクラス職員の無駄な浪費です。
一見矛盾が感じられそうですが、双方「Dクラス職員でなくてもいい」業務です。その分消費されるリソースを他にあてがうべきだという事はおわかりだと思います。
また、Dクラス職員内でもやはり割り当てるべき適正があります。彼らも人間ですから、肉体や精神に個性があります。個体差によって肉体的負荷に強いか、精神的負荷に強いか。あるいはその両方に強いのか、両方弱いのか。その辺りを考慮して人員の割り当てがされます。また、状況によって彼らDクラス職員は、犯罪歴で検討される場合もあります。任務への割り当てに無駄や無意味はありません。
実験や探査で死んだDクラス職員はどうするのでしょうか。先ほど、「貴重な人的資源」と言いましたね。そうです、有効に活用されます。ええと、詳しくは説明いたしませんが、有効に活用されます。無駄は出ません。安心ですね。

以上、Dクラス職員の配置についてお話をしました。研究職の方々はこれまでもこれからも、Dクラス職員と接する事が多々ありますね。配置について意識してみていくと以後役に立つと思います。
ここまでで何かご質問は。
はい、そこのエージェントの方。はい、はい。そうですね、そう思われるのも無理は無いと思います。その辺りについても今からお話ししますので安心して下さいね。

えー、いまご質問がありましたが、これだけですと、そんな話は管理者だけが知っていればいいのでは、と思うかもしれません。しかしこれまでの話は、Dクラス職員に限った話ではありません。人的資源を無駄なく有効に活用するという発想は全職員共通に当てはまるものです。
ピンときませんか?
例えば、そうですね。運動神経が良くないエージェント・Aさんがいるとして、彼または彼女が山岳地帯への調査部隊へ編成されたとしましょう。どうでしょう、気になりませんか?「なぜ、その部隊へ割り当てられたのか」という事を。
はいそうです。人員配置には無意味はありません。もう一度申し上げます。
「財団の人員配置に、無意味はありません」
そうです、意味があるんですね。これが意識にあるかどうかで全く変わってきます。「何故なんだろう」と「何か意味があるんだ」ではやる気と信頼が全然違いますよね。
オブジェクトや被験者へのインタビューも同様ですね。それを実施する人が、本当にその人でないといけないのか。
勿論イレギュラーもありますので、必ずしも適切ではない場合もあります。ですが少なくとも、計画された実験、調査については適切な人員の配置がなされているはずです。

危険な調査がある。Dクラスでは調査に限界がある。エージェント・甲とエージェント・乙が候補に挙がる。甲は特に情報工作に長けている。乙は体力に長けている。その場合、当然エージェント・乙が調査任務に当たるべきですが、そうで無かった場合にもやはり割り当てには意味があるのです。
「なぜ、この任務に割り当てられたのか」
これはつまり、財団として総合的に評価をし、その人がその任務が適切であるとされたからなのです。
素晴らしい事ですね。
状況によっては死亡の可能性もあります。しかしそれは、「何をすると死の危険があるのか」を残せるという事です。人員配置する側も、「これやったら絶対死ぬ」といった行為を無意味に実行させたりはしません。
無駄ではありません。無意味ではないのです。我々財団職員としてはこれ以上無い喜びです。

思い出して下さい。我々財団の理念を。確保、収容、保護を。
我々財団の責務を。一般人の保護が最優先である事を。
自分がいまここにいる理由を。
財団で出世したいですか? 重要なポストへ就きたい?
結構です。その意欲は素晴らしいですよね。でも覚えておいて下さい。財団内で出世をしても、一般人の方と比べると小指の先ほども命に価値はありません。
我々の命の価値は、一般の方々と比べれば無いも同然です。我々の命の価値を比べられるのは、同じ財団職員とのみです。
………まあ、Aクラスになれば財団運営に関わりますから、多少は違うかもしれませんね。頑張って下さい。

あ、ええと、その、ですね。
ここで勘違いをしては頂きたくないのですが、なにも、死ね、と言っているのではありません。むしろあなた方も、我々も、貴重な人的資源です。「無駄な浪費は避けるべき」ですから、なるべくならば生きて帰ってきて下さい。そして情報を得て、持ち帰って下さい。ただし、一般人の保護が最優先です。いま目の前にいる一般人の命と、手元の情報。これは考えるまでもなく一般人の方が優先です。大丈夫です。情報を持ったまま死亡されても、その後の調査隊が必ずいつか持ち帰ります。安心して一般人の方の保護を優先して下さい。

ではまとめますね。ホワイトボードをみてくださーい。

  • 実験や調査への割り当てられた人員には、必ず意味があります。
  • Dクラス職員内でも得手不得手があります。割り当てには意味があります。
  • Dクラス職員も人的資源です。安易に消費をするべきではありません。
  • あなたが危険な任務へ就くのにも意味があります。
  • 財団職員の命の価値は、全部集めても一般人の方一人分にもならないと思って下さい。
  • ただしAクラスなど運営者は別です。

はい、本日の講義はこんな所ですね。
少し駆け足でしたが、「自分の任務には必ず意味がある」と言う事を覚えて頂ければ結構です。具体的な人員配置の判断についてさらに詳しくは、その立場になりそうなときに講義なり講習なりがあります。
なにか質問がなければ終了と………どうしました?なんだか皆さん表情が暗いですよ。
大丈夫ですよ、私たちの命には大した価値はありませんが、私たちの仕事には大変な価値がありますから!
ほら!すごいじゃないですか!無価値から価値が生まれるんですよ!もうこれは永久機関に匹敵だよ!すごいよね!

…いまいちダメみたいですね。
それでは、ちょっと皆さん、このまま待機していて下さいね。


あ、もしもし、結城です。はい、久磨です。あの、今日の講義の出席者なんですが、なんだかインパクト強かったみたいでみんな参っちゃって。はい、はい。そうですね、ちょっと皆さんにカウンセリングをお願いできますか? はい、はい? ええ、そういった意図も確かにありましたけど、ちょっと早かったのかなあ。みんな優秀だから大丈夫かなー、って思ったんだよね。
え、ん、んー、そんな事は無いと思うんですけど。それでは、あとで講義の録画を評価して下さい。その結果で今後検討します。はい、よろしくお願いします。


結城博士へ
サイト-81██ 人事部より
先日の講義についてですが、出席者へのヒアリングと録画からの評価をお伝えします。
講義内容に問題はありません。価値観に対しての矯正も、妥当な範囲でしょう。
受講者からは、「その内容を講師がにこにこ楽しそうな笑顔で」講習しているのがとにかく怖かったとの意見が多数上がっています。個人的にも少し恐怖感がありました。
次回からはその辺りを考慮して講習をお願い致します。
――人事部 小林

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