偕老同穴
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真中央はイトマキ兄弟の実父である。

そんな彼の過去は、実に女無しでは語れない燕だった。
……一応断っておくが、これは別に別段彼が性そのものに対してふしだらだったと云うわけではない。
その証拠に真中には沢山の愛人がいるのだが、『妻』と認めるのはたった一人の存在で、彼にとって初めての女性だった。
その女は真中の親友の細君である。
少しばかり親友の夫と比べて年嵩であったが、年増と云った言葉は似合わない。それは彼女から婀娜を感じさせる容姿と仕草が、実年齢を化粧のように彩っていたからであろう。

それに、

「知っていますか。季節の変わり目に感じる匂いというものは、きっとお天道様が衣に香炉の香りを着物に移しなすって、わらべのように人々の間を駆けているからですよ。お天道様はきっと貴い方だから、衆生には見えないの。でも、四季の残り香を通して戯れに人間たちと交遊しているんですよ」

などと見た目に反して子供のような空想を語る姿を見れば、幼いという誣い言葉よりも、頑是ないなどといった微笑みで口角が上がるものだと、真中は思っている。それは所謂、愛嬌というものなのだろう。

そんなある日のこと……真中の親友が流行り病で床に臥した時、彼は持ちうる医学の知識を以て、医師として懸命に尽くした。だがしかし、結局親友を助けることは出来なかった。

友の細君は独りになり、葬儀は恙無く行われた。

真中は四角い箱の中で眠る友の顔を見てこの世の無常さを呪い乍ら、そっと自身の真横にいる親友の妻を見る。
ああ……その喪に服した姿のなんと美しいことか!

本来ならば、この佳人を燃ゆる屍の箱に献花し野辺送りすべきだろうが……気が付けば、真中は彼女の傍に寄り、死体の傍らで服を暴いて肌を重ねていた。女の物凄い力で引っ掻く背中の爪の傷の痛みで正気を保ちながら、全てを擲つ覚悟で、嘗ては『助け』ようとした死骸の近くで営みを行う。
真中は悦に浸る中、この女を手に入れることをこころに決めて、その場を後にした。

数年後、女の近くから離れてもその心持ちにあるのは、優しい愛撫と相反するようにして刻まれた背中の傷ばかり。
例え酒に酩酊しても、博打で喜んでも、貧弱な己の体に悩まされても思い描くのは屍体の横の行為のみ。
懊悩と意識が過去の彷彿で満たされ、四季の移り変わり……そうだ…彼女曰く――貴い方が悪戯で人々の間をすり抜ける――季節の匂いがすると他人が云う度に思い出す。

真中は迷妄とした中、盆の時期時節に親友の墓参りに訪れると、いつの間に訪れたのか、柳下の元、かつての細君は水膨れした奇形児を持ちながら咲っていた。
あなたの子ですよと、可能な限り腐敗と損壊を阻止した白衣の中の……。

「あなたの子ですよ」

――きっと不倫したのだから金色夜叉の満月に障ってこうなったの。
――偕老同穴(おなじあなのむじな)。
――鬼子母神(わがこはかどわかされた)。

あの人に呪われているのですよと云いながら、頬を嬰児に摺り寄せる姿を見て、真中は生まれてはじめて女人にときめいた。
己の妻はこの女しかいないと、そう思ったのだ。

真中は笑いながら、女と……それから阿児を見て「もうすぐ秋の季節ですね」と云う。
女は話を聞いているのか聞いていないのか、「そうですね」と首肯しながら小さな仏をあやしだした。
もう啼くことはないと理解しているだろうに、女性はどうしても母親としての本能を忘れられないのだ。

「木の葉が鮮やかに色付いたら、紅葉狩りをしよう。その子も一緒につれて小さな宴会でもしよう」
「それは素敵ですね」

そこで女は、はじめて純粋に莞爾た。

「それなら私は日傘をお持ちしましょう。二人で一緒に大きな日傘をさして歩むのです。亡霊のようにあなたの三歩後ろをついて、私はあなたの日差しを遮るのです」
「亡霊のように……?」
「この子を産ませた日陰者のあなた様が昼間から出歩くこと自体、お天道様からしたらこれ以上罰当たりなことはありませんよ」

あぁ、それは確かに……。

真中は胸の暖かさを感じながら、女に問う。

「あなたも俺も、もう二度と四季たる貴い方の香りを感じることはできないのだな」

そうですね。

女は両目を閉じながら云う。
木下闇にいる彼女の頭上から斑に差し込む円い日の光が、こんなに仄暗いのにどこか後光のようだと、そう思った。

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