カメラマンと検死官
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目の前に立っている男とも女ともつかない面の人物は、今日から俺の監視対象兼上司となる新人職員である。

半年前まで世界オカルト連合の排撃班に副班長として所属していたらしいが、そんなやつが何故財団にいるのかなんて俺は知らない。何故辞めたのかも知らない。
解っていることは、とりあえずこいつが財団にとっても、俺にとっても信用できない人物であること。そしてこの任務が実に面倒であることのみである。

この組織に入ってから一年経つが、こんな意味の解らん任務を受けるほど落ちぶれた覚えは毛頭無い。上官に文句を叩きつけてきたが、どいつもこいつも「本人に言え」としか答えない。ふざけんな。本人に言ったところで意味がないから頼んでんだろうが。早く別の監視役を代理に立てて、いつも通り撮影専門エージェントとして現場で働きたかった。


ついに誰にも仕事を擦り付けられないまま、任務開始当日を迎えた。初めて件の新人と顔を合わせた。

背筋を伸ばした姿勢のまま、聞こえやすい声で、俺の目を見ながら、礼儀正しく挨拶をぶん投げてきた。

冠城かぶらぎ先軌まきです。検死官として働かせていただきます。これからどうぞよろしくお願いします。」

—知っとるわボケ。俺が何回お前の資料を見たのか解んねえのか。軽く三桁は越えてるわ。

「…エージェント八岩はちがんです。専門はオブジェクトの撮影。今日からあなたの部下として補佐をさせていただきます。よろしくお願いします。」

—しぶしぶ挨拶を投げ返す。
クソが。機動部隊の入隊を目指していたのに、何で検死官の助手兼監視をやる羽目になるんだ。しかも俺より一歳年上とはいえ新人の。元GOCとかいう聞くからに胡散臭い経歴持ちのやつの尻を持たねばならないのだ。

不平不満をぶちまける宛もなく、いやいや仕事を始めた。
最初に宿舎に案内して荷物を整理させ、その後はサイト内を巡回。各部署の方々に挨拶巡りをする。検死官はハキハキとした声で、挨拶をぶん投げていく。

行く奴来る奴、みんな俺を哀れみの眼で見つめやがって。
そんなに可哀想なら今すぐ俺と代わってくれ。
ついでに機動部隊の入隊試験に行かせてくれ。
俺はもっとオブジェクトを撮りたい。収容したい。
検死官の監視なんざしたくない。


仏頂面し続けるのもよくないので、ギリギリの真顔を必死に保ちながら挨拶巡りを終えた。
疲れた。辛かった。もうあんな思いをするのはゴメンだ。
そんなことを考えながらサイト内の自販機に向かおうとしたら、例の胡散臭い奴に呼び止められた。

「あの。これから食事とか…どうですか?」

ふざけんなよ?もう二度とお前の面は見たくないと思ってた矢先に食事のお誘いだ?
だが面と向かって「断る」なんて言えるはずもない。

「あー…そうですね。今日は自分が奢りますよ。食堂に案内するんで付いてきてください。」

俺はバカなのか。無駄な一言を付け加えやがって。ふてくされてる自分にすら腹が立つ。顔を見る度に機動部隊の入隊試験を思い出させるような奴に奢るとか…情けないにも程がある。


食堂に到着。俺はカツ丼を頼み、検死官はキツネうどんを注文した。比較的安いやつだから許してやろう。約束通りこいつの分まで金を払い、テーブルに向かい合って座った。

「今日はありがとうございます…その…」

「別に敬語使わなくてもいいですよ。俺はあんたより年下で、あんたの部下だ。新人が部下に敬語を使うと、他の奴から舐められる。」

「いやいやいや…そういうわけにも……」

「…まあいいです。とりあえず食っちゃいましょう。」

「はい…」

……………………………………何も喋らないのはかえって気まずい。
かといってこっちから話しかけるのもお断りだ。
しかし黙って飯を食うのもキツい。

「えっと…八岩さんは…こっち来てから何年目になるんですか?」

向こうから話を振ってきた。投げられたボールは返さねばならない。

「……一年前です。高卒で陸自入ってちょうど二年目のことでした。富士演習場に出現したSCP-███-JPの無力化を八名の部下と共に決行し、これを成功させたんです。結果的に我が分隊全員が財団に雇用されました。」

その部下も、今では二人しか残っていない。
だがそんなことをコイツに語ったところで、何の面白味も無かろう。

「あんたは何してたんです?」

やはり何も聞き返さないわけにはいかないので、こっちもボールを投げることにした。

「えっと…排撃班の副班長です。生物系オブジェクト専門の部隊でした。」

うん。悪かった。お前の経歴なら今日に至るまでこの眼でアホほど読んできたわ。今更聞いたりした俺がバカだった。

しかし、何でこっちに来たのかは俺にこの仕事を擦り付けてきた博士しか知らないはずだ。いい機会なので質問しておこう。

「何でここに?モンスターをぶっ殺すのが辛くなったんですか?」

皮肉も込めてボールを投げる。

「…………現実歪曲能力者タイプ・グリーンを、殺したんです。それでGOCを辞めました。

ますますワケが解らん。もうすぐカツ丼を食い終わる。食器を片してそのまま立ち去ろうとした。その時、俺は気づいた。

検死官は涙を流していた。
それも結構な量を。
声こそ出していなかったものの、うどんに波紋ができるくらいには泣いていた。

「えっ、ちょっ、な、何!?何なんですか!?」

「ごめんなさい。初めてこの話を他人に打ち明けたんですけど…」

「ちょ、あー、あの…みんなこっち見てるからそのぉ…あー…うどんは食っててかまわないけどえっと………」

急な罪悪感が、腹の辺りから這い上がってきた。
多分古傷は抉っていないはずだが、コイツの辛い記憶は確実に蘇らせてしまったらしい。現実改変者をぶっ殺した話で泣くのには、何か理由があるのだろう。俺の知ったことではないが。

いや、多分これは知っちゃいけないことだ。
俺の知るべきものではないし、知る権利もない。
そんなことを考えながら、ボロボロ泣き続ける検死官を呆然と見つめ続けていた。。


翌日、朝の日課であるランニング中に、偶然にも検死官に遭遇した。

「…昨日はごめんなさい。」

「いや、自分こそ申し訳ありません。何もせずに立ち尽くしてしまって…」

「…どこまで走るんですか?」

「……サイトを二周。検死官は?」

「私もです。」

「んじゃ一緒に。」

何でこんな奴と一緒に走っているのか、俺には解らない。
何でこんな奴に顔をしかめないのか、俺には説明できない。

現段階で言えることは、今はコイツが俺の監視対象であり上司であること。俺がコイツの部下であり監視役であること。あとは、こいつが人の死を知っていることくらいだ。

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