私のご先祖さま
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あの、ちょっと、そこの君です。今暇そうにこの水晶を眺めているあなたに言っているんですよ。私、通りすがりの人に昔話を語る活動をしてまして、ちょっと聞いてもらいたいことがあるんです。え、聞きたくない?そんなご無体な。いいじゃないですかちょっとくらい。しかもこれはあなたにとっても無関係な話ではないんですよ。

神と鬼と人の境界線が薄かった時代、つまり太古の昔には、動物と人とが契りを話し、結び、騙し、そして殺し合っていました。そのような時代では何も境がなく、夜道で別の路に行けばまだ神と会えたのです。今からお話ししますのは家系図録の始端。あなたもそうでしょうが、どんな人間どんな人物にも過去の時代を生きたご先祖様というのは確実に存在します。だからこれは現代日本ではなんとなく普通に暮らしている人間のご先祖様のお話です。ね?面白そうでしょう。聞く価値はあると思います。うーん、張り合いがないですね。少しくらいうなづいてくれたりしても良いのに。

ところで、知っていますか?日本人同士は共通のご先祖様を必ず持っています。よくよく考えてみればこれは当たり前のことです。あなたには両親がいて、その両親にも親が2人いるのですから、10代くらい遡ればその血脈は大元の誰かにたどり着くのです。そのご先祖様はもしかしたらお侍さんかもしれませんね。あるいは村一番の知恵ものとして知られていたのかもしれません。話が突飛すぎるって?いやいや、実際そうなんですから突飛と言われても困ります。なんなら今から見てきましょうか?あなたのご先祖様がどんな人間だったか、私のこの目で。まあつまり私が言いたいのは、いろんな人々が生きてきた中で無事に子供を残してきた生命の末端にいるのが、あなたということです。


昔々のそのまた昔。今の北九州のどこかであったお話。金色の稲穂の中で毎日遊んでいる子供たちがおりました。子供は3人。名前は年齢が上の方からシロククリナギ。シロはおてんばでお調子者。女の子なのにどたどたと暴れ回り落ち着くことがありません。とっても元気で快活な子です。肌は日に焼けています。こんがりと焼けた肌は母も父も村のみんなも好きでした。髪は切っていないので初めて見た人が驚くほど長いです。

対してククリは臆病者です。シロはいつも村はずれの洞窟に飛び込んでいったり、山に山菜をとりに行ったりするのですが、その時彼はいつも連れて行かれます。男の子なのでいつかは狩を覚えないといけないのですが、村の男たちが呆れ込むほどの臆病さです。ここだけの話、シロは男たちに頼まれてククリを外に連れて行っている節があります。彼は村の外で狩や採集に励むよりも、土器などの実用品を作っている方が性に合っています。泥の形を整形して新しいものを作るのは楽しいですし、それはみなの役にも立つわけですから、これ以上嬉しいことはないでしょう。

ナギは村長の娘でした。この村の村長は妻が3人もいて、中でもナギの母親は1番偉い妻として知られていました。村長は男の子供よりもナギを跡継ぎにしたいと考えています。もちろん、これは村の伝統からは外れた行いですが、女の方が政治がうまくいくという言われもあったのです。肝心のナギ自身には人を導くような才能はありませんでした。むしろ、狩の方が得意であり、シロと一緒に兎の子供を得ることに成功しました。穴にいる子兎を根こそぎ捕まえるのです。

兎の子供はとっていけないと言われています。兎の子はやがて大きくなるからです。大きくなって、また子供を産むからです。しかし村の人々は子供が獲物をとってきたことにまず驚き、そして褒め、そのあとに指導をしました。「いいかい。鹿でも兎でも子供のものはとってはいけないよ。それが山の恵をこれからも受けていくために必要な作法だからね」そう言われたものですから、3人は結局元の場所に兎を戻しに行くことになったのです。しかし、それにはナギが反対しました。

「兎は私たちのものだよ。ねえ、こっそりこれを飼うことにしない?」
「飼う?飼うってどういう意味?」
「兎を閉じ込めて、私たちの場所にずっと居るようにするってことだよ」

ククリは臆病なので当然反対しました。大人たちの言うことに逆らうなんて冗談ではありません。シロは面白そうなので賛成しました。兎を飼うなんてどんなに素晴らしいことでしょうか。

「いいね。兎を飼えたら好きな時に食べられる」
「ええ!食べてしまうの?」
「そりゃそう。私たちだけで食べるに決まってるじゃん」
「大人たちが怒らない?」
「怒るだろうね」
「じゃあやめようよ」
「やめない」

しかしここは2人よりちょっと頭のいいククリです。全員が納得できるような妙案を考えました。兎はそれぞれが手に持てる数、つまりは3匹います。

「じゃあ、シロとナギの兎は飼えばいいよ。僕は穴に返してくるから」

しかしそこで納得できなかったのがナギです。ナギは全員がこのアイデアに賛成すると思っていたものですから、ククリの意見を聞いて驚きます。

「え、ククリ飼わないの?」

そこでちょっとした迷いが生じて、2人でやることもなんとなく危険そうに思えて、ナギはいとも簡単に宗旨替えしてしまいました。

「じゃあやめる」

しかしその曖昧な根拠なしの判決に満足がいかないのがシロでした。天邪鬼なのでなんとしてでも兎を飼い続けてやるという気持ちを持ったのでした。有り体に言えば拗ねてしまいました。

「シロ、シロはやる。兎を飼い続ける。2人は返してくれば」


何にせよまず必要なのが兎の餌です。しかし兎が何を食べるのかてんでわからない。大人たちに聞くわけにもいかない。とりあえず家にあった籠に閉じ込めてみたが、未だ籠を揺らして動き回って出てこようとしている。逃げないか心配でした。その兎の入った籠は近くの洞窟に隠しておきました。ここなら誰にもバレないはずです。

一方で、ナギとククリは兎を元の場所に戻すため森の奥へ。道無き道を進んでいきます。しかしここは夜道を逸れれば神と行きあう時代です。長いこと揉めていたせいで時間が経っていました。黄昏時と人が呼ぶ時間です。黄昏時とはすなわち、死者の世界と生者の世界が交わる時。黄昏とは、誰ぞ彼と書き、誰が彼なのかあなたが彼なのかわからない、夜の暗闇で下に落としたものがどこへ行ったかわからない。そういう時間帯です。だからそれは仕方がないことだったのかもしれませんね。村の大人たちはこの時間帯までには帰ってくるように言っていましたが、今日はアクシデントが重なってそこまで考えれませんでした。

ナギとククリはそこで人智を超えた存在を見ました。仄暗い闇に巨大な人影が、そして空の上にはみたことのない鳥が飛び回っていました。ククリは強がっていましたが、内心ビクビクしていました。

「ねえククリ。なんかおかしくない?あんな鳥、どこでもみたことないや。だって人の足が生えているし」
「人の足が生えた鳥なんていないよ。見たことない」
「あっちの木の奥にいる影は鬼みたいだよ。鬼は人の肉を喰らうんだ」
「鬼、鬼なんているわけない。だって見たことがない。人の肉を喰らう鬼なんていない」

鬼は実在しない?確かにそうかもしれないですね。この子たちは何か見間違えをしているのかもしれません。人の足が鳥についている?鳥の足も結構人の足っぽく見えるんですよ。鬼が木の奥にいる?それはただの物陰です。ええ、鬼は実在しません。2人のかわいげのある見間違えなんですよ。確かに夜道に逸れれば神と会えますが、そんなもの所詮嘘っぱち、存在しませんよ。でも2人には神が実在していました。目に見えていました。鬼も、鳥も、怖がってられるくらいには本当にそこに在りました。

「怖くないさ。鬼はどこにもいない。ほら、この間通った道だよ。兎のところまでもうすぐだ」
「え?ここ3つも別れ道があったっけ?2つだけじゃあなかった?」
「最初から3つあったよ。そうでなければ僕の記憶が違うんだ」
「どっちに行ったんだっけ?」
「覚えてる。左、左だよ」

おやおや、道を間違えてしまったみたいですね。夜道を逸れてしまいました。彼らはそこで何を見たのでしょうか。

「ねえククリ、あれは何?どうやら小屋があるみたいだよ」
「小屋、人が住んでるのかな」

これはありがたい、と迷子の2人は思いました。屋根のある部屋で少し休ませてもらえないでしょうか。

「中に入ったら人がいるのかな」
「兎の穴の場所教えてくれる?」
「なんか干しているぞ」
「獣の肉?」
「兎を食べたのかな」
「暗くてよく見えない」

ぎー…という音とともに扉が開きました。小屋から人が現れました。痩せた容貌の男、ひょろりとした体格でまるでそれは不気味な化け物のようでした。

「ふへへ、こんな夜道に童が2人。大層疲れただろう、迷走したろう、ほら、家に入れ」
「私たちは兎の穴を探していたんです。兎の穴がどこにあるか知りませんか?ほら、あの兎の肉は穴から取ってきたんですよね」
「うさぎぃ?ああ、あれは兎だよ。余っている。君らにも食べさせてやろう」

鬼はどこにもいません。鬼は確かにいません。人の肉を喰らう鬼は何かと見間違えた空想上の存在ですよ。例えば鬼は単なる人肉食を嗜む人を見間違えただけなのかもしれません。木の影に人がいると勘違いするように、人肉食を嗜む人を鬼と間違えただけです。

「スープをやろう。今朝取れたばかりだから。童でも食いやすかろう。今から作るから待っておくれ」

といって男は手に石器を取り、その肉をぶつ切りにしました。簡素な鍋にそれを入れ、煮込んでいます。その時でした、手に持つ石がナギの頭部にぶつけられたのは。

ナギは倒れ込みます。そして男は笑い声を発しながら、まだスープの話をしています。

「つらかろうつらかろう。こんなに腹を空かして夜道を歩けば疲れるだろう。はよ、食べてやらにゃ。人を食べた人を食うんだ俺は。そうしたい」
「まって、ナギ。ナギはなんで倒れたんだ」
「あ?いまこれで殴ったからに決まっておろう」
「違う。なんでお前に殺されないといけないんだ」
「あ?人の肉を食うために決まっておろう」
「ぼくの肉も食らうのか?鬼、鬼だ。お前は鬼だ」
「あ?鬼なんているわけなかろう」

そう彼は言いましたが、「鬼なんていなかろう」そんなことはありませんでした。ナギとククリにとって彼は紛れもない鬼だったんですから。

それではもうひとつ考えてみましょう。神とはなんでしょうか。何を見間違えて、何を神と勘違いしたのでしょうか。

男は「うっ」うめいた気がしました。ククリは彼がちょっとだけ怯んでいたのに気がつきました。苦しそうにしていました。それはあたかも病気に罹った人のように。

「食い過ぎたんだ。ありゃ、もう食えねえ」

その瞬間、ククリはそこに落ちていた何かの破片を彼の方に投げました。それは見事に直撃し、男の頭にぶつかりました。

「痛え!なんで」

そこには兎が居ました。ナギとククリが持ってきた兎ではありません。兎は100匹くらいいました。男の周りを囲んでいて、逃げないよう閉じ込めていたのです。それを好機と見て、ククリはナギを抱き抱えて逃げることを決意しました。引きずって、そして小屋の外へ。

村では1人兎を飼おうとした少女が今更2人と分かれていたことを後悔していました。もう日が暮れていそうです。村の大人たちも、ククリとナギが帰ってこないということにそろそろ気付いていました。なぜ、彼らは帰ってこないのだろう。兎の穴とククリとナギが言っていた場所は、さほどここから遠くないところにあったはずです。そこまで時間のかかる場所にありません。もしかしたら道に迷ったのかもしれません。夜の闇は濃いですから。

シロは正直に話しました。もうすっかり大人たちのいいつけに背くことに恐れ、秘密にすることがどれだけ大変なことかを知りました。

「父さん、ククリとナギは2人だけで返しに行ったんだ」
「シロはなんでついていかなかった?」
「ナギが最初は内緒で兎を飼おうと言って、でも2人は後からやめようってことになって、結局私だけが兎を飼うことにしたの」
「どして兎を返さない?」
「兎が食べたかったから」

そうシロが臆面もなく言うと父親は困惑しました。我が娘はこんな強情だったのかと、あるいは自分の不器用さに通じるものがあったのかもしれません。

「男衆で探しに行く。シロは待ってなさい」
「私も行く」
「だめだ。また迷子になられたら困る」
「迷子にならない、兎も返してくる」
「やめなさい。我がまま言うのは」
「我がままじゃない」

口論になりそうなところでした。そこにシロの母親が入り込んできたのです。

「シロ、もうやめなさい。あなたの悪いところは考えもなしに行動してしまうところよ。だから動く前に考えるのよ。

シロは何を言うこともできませんでした。これまで自由に野山を走り回っていて、それは誰にも文句を言われたことはなかったのに、ここに来て1つケチをつけられてしまった気分でした。

「だから神様に願いなさい」
「神?それはなんて意味なの?」
「神は尊い存在、父さんもこないだ儀式をしていたでしょう?」
「神に願えば解決する?」

父親は言いました。「ああ、神様と俺らの力があればな」

「山の神様に頼むのよ。あなたの失くした友達を返してもらうように。だけどそうやって頼むときは気をつけなきゃいけないことがあるわ」
「返してもらうのに?とったのは山の神様の方じゃん」
「違う。山は山の神様のもので、そこに入って行ったのはあなたたちなのよ。だから非があるのはあなたたち。丁重に謝って許しを請わねばね」

シロは一晩中謝り続けました。寝もせず、狭いの部屋の中で頭を地面に擦り付けながら。のちの人々はこれを祈ることだ、と解釈しました。頭の中は不安でいっぱいでした。私が離れてしまったからククリとナギは山の神に連れていかれてしまったんだという罪悪感と、自分だけ不誠実な行いをしたことに恥じ入る気持ちが両方ありました。そして、それらを全て許してくれるよう山の神様に謝り続けました。すると「山の神様」の声が聞こえてきたのです。そうしたときシロは涙が出できてしまいました。目頭が熱くなり、これまで耐えてきた色々な感情が噴出します。

「許してください。勝手に山の中に入ったことも謝ります。兎もお返しします。だから私の友人を返してください」
「……」
「私が悪かったんです。あなたのところへ行ったのも」
「……」
「約束します。これから山に入る時は3人以上で入ることにします。私に子供ができて、その子供に子供ができても、そしてその子供が孫を産むようになっても、それを守らせます」
「……」
「私はもう山に入れなくなっても構いません。山を駆け回ったり、崖を登れなくなったりしても構いません」


この後のことを話すのも野暮でしょうか。シロという少女は友人を助けるために願いました。その代償に兎を返し、山の中に入る時の約束を決め、自分はもう山に入れなくなっても良いと決めました。シロがその幻聴を聴いた後、すっかり疲労で倒れて寝てしまった後のことですよ。2人が村の男たちに抱かれて帰ってきました。山のそれほど遠くないところで2人は倒れていたとのことです。そのまま丸一日みんな寝込んで、起きるとお説教が始まりました。当然です。村のみんなも心配していたのですから。シロはそこで山の神と約束をしたことを言いました。もう2度と山の中には入らない、村の人が入る時は3人以上で入る…。他にもいろいろ。今でも北九州の一部にはそんな風習が残っている地域があるみたいですよ。

この辺で家系図録の始端の話は置いておきましょうか。お時間も経ちましたし。

え?私がなんなのか結局わかっていない?ああ、ただの語り手のことをそこまで気にするのですね。別に誰だっていいじゃないですか。気になりますか。まあ別に秘密にしてたわけではないので良いですよ。私こそが「山の神様」です。見てきた私が言うのだから間違いないに決まってます。まあ私を産んでくれたその少女には感謝もしています。えてして神というのはそうやって産まれるものですから。

これは古事記とかよりもずっと前の話ですよ。神と鬼と人の境界線が薄かった時代……。

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