金子です、よろしくお願いします。
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「金子です、よろしくお願いします。」

朗らかなバリトンの声と共に凝ったデザインの名刺が差し出される。
それを丁重に受け取りながら、エージェント白根は口角を上げて完璧な営業スマイルを作った。

「白根 幸太郎と申します。こちらこそよろしくお願いします。」

白根にとっては生涯何百回目かの名刺交換が終わり、彼は来客用のソファに腰掛けた。心地よく沈んだ体に、一瞬フロント企業エージェントとしての身分と任務を忘れそうになる。

今日は仕事だ。くつろぎに来たわけでは無い。

「リモートでのお話はたくさんさせて頂いたのですが、白根さんとこうして会うのが初めてというのは何だか不思議な感じですね」

「ええ、こちらも前任の猫田から引き継いでから、長らくお伺い出来ず申し訳ありませんでした。早速ですが、金子さん。お話されていたプロモーション事業についてお聞かせ願えますか。わが社での広告も出すというお話でしたが…」

エージェント白根は財団フロント企業グループの一つである坂地グループの広報部門に所属する企業エージェントだ。この部門は近年、ネット広告の会社を合併吸収したのだが、その際に関連企業の一つだった小さなゲームソフトメーカー、ズームスソフトを一緒に買収したのだった。財団としても様々な分野に根を張るべきとの方針からこの会社は合併対象から外されず、またズームス側も坂地グループの巨大な広告チャネルによって売り上げも上がっていった。

これに勢いづいたズームスは、知名度を更に上げ固定ファンを付けるため、またゲーム以外の収入源を開拓するために、親会社の広報部門の担当者、白根にプロモーションの打診をしてきたのだ。

そう、企業エージェント白根にとって、これは本来何の異常もない、平穏な通常業務の一つのつもりだった。

金子は応接机にタブレットを置く。
準備されていた資料がなめらかに展開される。

「先日連携した資料の通り、わが社、ズームスの認知度は売上と共に上昇しています。また、企業イメージもSNS上の調査では好印象のものが多く、目標であった企業名のブランド化にはある程度成功していると考えています。そこで、広報の柱として、今回新たにバーチャルユーチューバー、Vtuberのキャラクターを社として運用したいと思っているのです」

「なるほど、Vtuberですか。確かに最近人気ですね、会社の広告として専任を置くというのは面白いですね」

「でしょう?幸い前作もヒットしましたし、メインの声優との関係も良好です。ここらで一つゲーム会社としてのキャラを確立させれば、固定ファンが更に獲得できるのでは、と考えています」

「プロモーション次第ですが、ゲーム単体ではなくソフト会社そのものの固定ファンが作れるのは大きいですね。やはり、モデルは前作ヒロインの柳煤やなぎすすちゃんですか?」

「いえ、完全にオリジナルのキャラで行こうと思います。名前は『ねこ』とまぁ、シンプルなのですが…」

金子元社長が出そうとしている次の資料に潜む何かが、白根を見つめている気がした。
白根もエージェントの端くれ。異常事態への勘は鋭い方だ。
その勘が、何かヤバいと告げている。
そして、金子はタブレットを操作し、ずいっと白根の方に向けて渡す。

「まだイメージ段階ですが、『ねこ』はこのような見た目なんです」

「な、中々ユニークなモデルですね。確認の為に一枚写真撮りますね…よし。おっとすみません、少し電話が。しばらく離席しますね、申し訳ありません」

白根は早口で喋りながらその画像を撮影後、強引にその場を離れ、エージェント専用端末を起動した。
企業エージェントが自発的に端末を利用するケースは2つ。定期連絡と、異常事態の発生時だけだ。
端末は自動で最寄のサテライトオフィスのオペレータに繋がる。

「はい、サイト8120、オペレータ平田。何かありましたか?」

「エージェント白根、緊急連絡です。ねこが居ました。俺は恐らく業務中に、SCP-040-JPのミーム画像に暴露しました。俺のミームワクチン記録の確認と、必要なら除染と隔離をお願いします。また、添付したミーム画像の調査と確認をお願いします」

「040-JP?!あれはだいぶ前に駆逐されたはずじゃ……いえ、確認します。……白根さんの040-JPワクチン記録はマルです、ミームは弾いているはずです。除染隔離は不要ですね…で、添付頂いたミーム画像ですが…」

白根はごくりと唾を飲み込んだ。もしあの画像が040-JPのミーム媒体なら、とんでもない事態だ。
日本支部が総力を挙げて駆逐封印したはずのミーム汚染の怪物が、街中を堂々と闊歩していることになる。

「すみません。こちらの画像をチェックにかけましたが、有害ミームは……検出出来ませんでした。恐らく、何らかの偶然によってとても良く似ているだけの画像ですね。ちょっと信じられませんが、その画像は安全です」

「そんな?!俺は確かに、エージェント一年目に教科書であの猫もどきの白い何かを見た覚えがある、日本支部の成果の代表例として!何がミームの発生源かは知りませんが、確かにこれはねこでしょう?!」

「私もそう思います、ただこの画像の有害ミームとの一致率は30.6%、これだけでは有害にはなり得ないただの画像情報なんです。初歩的なミーム学的には、この画像はただの有害ミームに激似の画像、それだけです」

「激似の画像って、良いんですか」

「良くは無いですね、修正してるうちに有害ミームと一致する可能性もありますから……ただ、言いたいのは、それがただの画像である以上、こちらから機動部隊を送り込むだとか、大規模な記憶処理とか、そういう対処が取れないという事なんです。あの画像はどこで見つけたんですか?」

「関連企業との会議の最中に、相手先が新しいVtuber…3Dモデルを使ったユーチューバーのモデルの案として提案してきたものなんです」

「なら、取り急ぎ交渉で何とかその案を却下するか、ミーム元との一致率が下がるように改変してください。その間に、私は対応の是非を本部に確認しますので」

「俺がですか」

「白根さんが、です。よろしくおねがいします」


エージェント白根は、実際の勤務中に異常に対応したことが無かった。
彼は中小企業の平凡なサラリーマン営業として地道に会社に貢献するだけの一般人だった。
3年前、財団フロント企業からスカウトされるまでは。

フロント企業の人事部は、彼の真面目な勤務態度と、口が堅い事、オカルトな話題に造詣が深い事を調べ上げていて、そして白根は倍の給料と共にフロント企業のエージェントとなった。
通常の業務に加えて、企業の中で起きる異常に対応する事。そして異常の対応に企業が必要な際に動く事、フロント企業がたまに行う不思議なプロジェクトに参加し、その事実を隠蔽すること。それが白根の仕事だった。

倍の給料が無くても、彼はフロント企業エージェントになっていただろう。ただの地味なサラリーマンの地味な仕事っぷりに、他の誰かが気付いてくれたことが嬉しかったのだ。ほとんどそれだけが、彼がおかしな組織についていこうと思った動機だった。

俺の地味な仕事を欲しがる奴がいる。求められた仕事には、応えたい。
彼には、フロント企業エージェントとしての誇りがあった。

何としても、あのモデルを修正してやる。


「離席して申し訳ない、本社から電話がありまして。3Dモデルの話でしたっけ。えーっと、名前は」

「これはねこです」

「ねこ、と。名前について聞く前に、どうしてこのようなモデルに?」

白根の単刀直入な質問に、金子は笑顔で答える。

「猫耳の人型だと、他のVtuberとキャラがまるかぶりしてしまいますからね。あえて、普通の白猫に近付けてみたんです。幸い、ねこ自体が好きな人も多いですし、人型のモデルだと製作費も馬鹿になりませんから」

くそ、良く考えられている。
白根はモデルのツッコミどころを考えながら、会話の突破口を探る。

「なるほど。でも、どうして猫なんですか。犬とかじゃだめなんですか、好きな人も多いでしょう」

「白根さん、犬そのもののVtuberは既に居るんですよ。格闘ゲームとかやってる口が悪い犬とか、大手に所属する有名な奴とかが。その点、ねこそのもののVtuberはまだ居ませんから」

「そうでしたっけ、ねこのVtuberも居たはずですよ、確か」

「本当ですか?弊社のリサーチだと猫耳は大量にいても、ねこそのもののVtuberは…」

「いや、ねこはいますよ」

「居ないはずなんだけどなぁ」

「いや、ねこはいます」

白根は営業用のスマホを取り出して、Youtubeを開く。
たまたま登録していた、ゆるい猫のVtuberがLo-fiな音楽と共にサラミをつついている。

「ほら、ねこはここにいます」

白根は興奮しながらスマホをかざしたが、金子は冷静にキャラクターの名前をメモに取っただけだった。

「本当ですねぇ…ただ、方向性は少し違うのでキャラ被りはしませんね。
どちらかというと、こっちはギャグ感が強いし……
ほら、我々のモデルには毛が生えてませんし、目力も違いますし…」

それだ。目だ。白根はモデルの目、どこから見てもこっちを見てくるような奇妙な眼差しを見つめ返す。
この目が似ている。040-JPのミームに。これを変えさせれば、問題ないんじゃないか。

「そもそも何でこの目なんですかね、明らかに猫の目じゃないし、これは…」

白根の乾坤一擲のツッコミに、金子は待ってましたとばかりにタブレットを操作する。
モデルの妙にリアルな目の、設定資料が大量に表示される。

「そう、人間の眼、なんですよ。人の眼を持った猫はどのように世界を見るのか、というコンセプトなんですが、それとは別に『キモカワ』の要素も出して、インパクトを重視してるんです。弊社もホラーゲームの人気が高いので、ギョっとするけど慣れると愛着のわくデザイン、を社内一丸で考えたんです」

しまった、そういわれるとデザインを否定しづらい。

「なるほど、でも第一印象が大事な広報の仕事で、ギョッとさせてしまうのはですね。
とりあえず、こだわりのあるポイントのようですが、ここも議論の余地あり、ということで」

「他にもこだわりはあるんですよ。新規事業ということで、社員も皆やる気でアイデアを出してもらいまして。もう背景のモデルもありますし」

白根が次の手を考えている間に、金子はどんどんと資料をスワイプしていく。
過去作のゲームからの切り抜きだろうか、白根も見覚えのある背景が表示されては消えていく。
だが、その中にどことなく見覚えのある小屋の写真があり、白根は慌てて金子の手を止めた。

「ちょ、ちょっと待ってください。この背景は…?」

「やだなぁ、前作、ノイジーマウンテンのラスボスのいる小屋じゃないですか」

金子は色あせた道と小屋の描かれた設定画を取り出す。
前作は白根もプレイしたことがあったが、言われてみればそんな気もする。

だが、ねこと一緒に提示された今、これはどう見てもSCP-040-JPに登録された小屋に見えた。
ぼろ小屋とミームの白いねこ。後は井戸さえあれば、040-JPの異常現象の舞台装置が完璧に揃ってしまう。

「ねこはこの井戸小屋に住んでいるという設定なんですよ」

揃ってるじゃねぇか!

白根は心の中で悪態をつく。
本当にこれは偶然か?本当に?ミーム汚染されていないのか?
どういう偶然が重なったら、井戸小屋に住む目力の強いねこがゼロから生み出されるんだ?

「配信の背景に使うつもりだったので、井戸も作り込みましたよ。中を見てみますか?」

「井戸の中を?!いや、いいです、大丈夫ですから」

どうすれば良い。どうすればこのモデルを修正出来る?
白根は半ばパニックになりそうな頭で、何とかロジックを組み立てる。

「まずですね、考えましたが、やはりキャラクターが尖りすぎだと考えます。
確かに頂いた資料の認知度、好感度調査では、ファンはズームスのシュールさやキャラクターの怖さを支持しています。ですが、Vtuberを広報担当にするという戦略の目標は、未認知層への知名度増加、好感度アップであって、固定ファンに気に入られる事では無いはずです。コアなファンはVtuberを置かなくとも十分ズームスに愛着を持っているはずですから、今回の案件の訴求対象はファンの外、なんです」

「な、なるほど、確かに」

「であれば、コンセプトは維持したままで良いので、一般ウケする要素を増やすべきだと考えます。
まず、人型にすること。キャラがかぶっても、かわいいものはかわいいと思うのが人間です。
人型をやめたのはモデリングの費用節約というお話でしたが……門外漢ですが、そこは既存ゲームのモデルを下地に使えば何とかなるのでは?」

「そうか、完全オリジナルでなくても良いんですね、それなら確かに人型も可能です」

「そうなんですよ。設定は引き継ぎつつ、一般ウケを狙う方向でモデルを調整しましょう。」

「それなら、こういう変更はどうでしょう?」

そこからの時間は一瞬で過ぎた。
白根も金子も、取引相手という立場を忘れる程白熱した議論を続けた。
日が傾いて、暮れる頃、白根と金子はようやくお互いが納得のいく、Vtuberの設定案を書き上げた。


エージェント白根です。

例の件ですが、モデルの修正と背景のデフォルメ、井戸の削除に成功しました。
目力だけはどうしようもありませんでしたが、兎に角ミームに似た部分はある程度変更出来たかなと思います。
通話時にも確認頂きましたが、念のため設定資料を添付いたします。
ねこはこのような見た目になりました。

以上、宜しくお願いします。

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