ざく、ざく、と足裏に付いたスパイクが氷に食い込む音が耳に入る。地球が氷漬けになってから半年。生命の面影が消え去った不毛の世界を、私は一人歩いていた。
人類が滅亡する時、私は所属していたサイトにあった物品と数十名の財団職員と共に地下に潜っていた。幸いサイトの特性上自給自足可能な設備が搭載されていたこともあり、生きながらえる分には問題なかった。
だが1か月経った頃、他に生き残っている奴らは居ないのかという疑問が私たちの中で生まれ始めた。だが通信網も死んだ中、わざわざ地上に出て凍え死にたい馬鹿が居ないことは明白だった。
そんな中、集団の中で一番若い研究員が物品の中からパワードスーツを見つけ出した。年長者の博士が言うにはこれを付けていれば外で凍え死ぬという問題を解決出来るとの事だった。
そこで名乗り出たのが私だった。別に仲間と仲が悪かったからとかじゃない。ただ、他に生き残りが居るのか、この状況を打破できる方法はあるのか、それが知りたかった。疑問を疑問のまま死ぬより、行動に移して死ぬ方を私は選んだ。
パワードスーツを着込んだ状態で氷漬けの国道を歩く。私が最初に目指した場所は一番近いところにあるサイト-19だった。近い、と言っても歩くにしてはかなりの距離があり、丸一日歩き続けてようやく目的地に着きそうな場所にあった。
「……ここか」
思わず声が漏れた。一見よくある工場に見えるものの、財団職員から見たら確かにここはサイト-19であると理解できた。
サイトの入り口に向かう。どうやら寒さでイカれていたようで、扉はすんなりと開けることができた。そこから中に進むと、非常灯の点いた薄暗い廊下に出た。人の気配はしなかった。
サイト内を進む。非常電源はかろうじて生きているようでオブジェクトの収容室は電子ロックによって厳重に施錠されていた。
粗方探し終えただろうかという所で、ふとわずかな光がついた部屋を見つけた。中に入るとそこは中央管理室だったのだろう、青色を映し出す大量のモニターが壁一面に敷き詰められた部屋だった。
非常電源で重要な区域だけは電気が通っているが人が生活するには向いていないのだろう、ここに生きている人間を見つけることは出来なかった。
ここにはもう用はないと思い部屋を出ようとしたところ、モニターの1つが反応を示した。思わずそれに目を移す。そこには若い英国人の青年が映っていた。彼は椅子に座った状態でこちらを見ており
「……やぁ!」
と、こちらに声をかけてきた。
「……何だ?お前は誰だ?何処から通信している?」
「おいおい、そんなに慌てて質問しないでくれよ。せっかくの長期休暇なんだからさ」
私の質問に笑いながらジョークを言う青年。彼の物言いに少し苛だったが、無視してここを去る程私は馬鹿じゃなかった。
「まずは自己紹介といこう。僕の名前はクリストファー=コックス!!24歳のハンサムさ!!」
訂正、今すぐここを出るとしよう。
「おいおい、まだ僕の自己紹介はまだ終わっていないよ?僕についてはこれを読んでくれたらわかるはずさ!!」
そう彼が言った後、私の近くにあったパソコンにオブジェクトの報告書が記載されていた。それに目を通すと、どうやら彼は日本で収容されていたオブジェクトらしい。
「……日本で収容されていたオブジェクトが何でここに?」
「何でかっていうのは、協力者のお陰でサイトから逃げ出した後インターネットが止まってここに閉じ込められたんだ。……まあ警戒されるのも仕方ないよね」
警戒するのは当然だろう、なんせ目の前にいるのは収容違反を起こしたオブジェクトだ。財団に敵対的と見るしかない。
「それで、私に一体何用だ。まさか私に死んでくれとか言わないよな?」
「まさか!こんな状況じゃ人なんて滅多に会えないんだ。殺すなんてもったいないことはしないよ。……以前なら財団職員とわかれば敵対していたけど、その財団が無くなったに等しい状況だからね。そして、君の前に現れた理由だけど」
彼は一呼吸置き、私に言い放った。
「僕をここから連れ出してくれないかい?」
「……Yesとでも言うと思うか?」
真っ先に出たのは否定だった。財団職員なら当然の思考だろう。
「いや、君はYesと言わざるを得ないと思うけどね」
「……どういうことだ」
「君はここに来るまでにサイト内を通ってきたはずだ。そして施錠された収容室を見てきたはず……ここのサイトは凄いよ、半年間も非常電源だけでここまでやってきたんだから。けど、他のサイトはどうなのかな?」
瞬間、最悪の想定が頭の中をよぎった。
「……おい、まさか」
「自我のあるオブジェクトは十中八九逃げ出しているだろうさ、非常電源が死んだところから順に。さすがにいくらか死んでいるとは思うけど、オブジェクトは基本しぶといものさ」
こう言った後、彼は画面の中で自慢げにこう言い放った。
「そこで必要になるのが僕という存在さ。僕のデータにはこっそり集めていたオブジェクトの報告書、それも世界中のものがある。それを利用して僕が君の手助けをするって算段さ」
どうする?と言いたげな顔でこちらを覗き込む彼。こんな場合どうすれば良いかなど、オブジェクトに耳を貸さない一択なのだろう。
だが、生憎私は低レベルクリアランスしか持たない末端の財団職員だった。危険なオブジェクト(それも世界中の)存在など全て知ってるはずがない。だからこそ、この先死ぬ危険性がある。何も成せぬまま、何も知り得ぬまま死ぬなど、私にとって耐えられなかった。だから、だからこそ。
「……どうすれば君をここから連れ出せる?」
オブジェクトとの協力を選んだ。
「オーケー、それじゃあそのパワードスーツの腕の部分にあるカバーを取ってみて。そこにあるUSBケーブルをそこのパソコンに繋いで欲しい。後はこっちでパワードスーツに移動するからさ」
「詳しいんだな」
「これでも僕、元財団エージェントだから」
彼の言う通りにパソコンにパワードスーツを繋ぐ。しばらくした後、パワードスーツの中にあるスピーカーから彼の声が聞こえた。
「よし、これで大丈夫。それじゃあどこに向かいたいか教えてくれるかい?」
「……その前に聞かせてくれ、君の目的はなんだ?何故私を選んだ?」
私は彼に問うた。彼は一瞬沈黙した後に答えを返した。
「今世界がどうなっているか、人類はこの状況に抗えているのか知りたかった……じゃダメかい?」
「……いいや、最高だ」
「あと君を選んだ理由だけども、良いタイミングで来たからだね」
「タイミング?」
彼の言葉に疑問が浮かんだ。電子生命体のなら暫くはこのサイトに居れる と考えが進んだところで最悪な展開を予想してしまった。
「実をいうと……ここのサイトの非常電源がかなりマズいことになっていてね、あと30分もないうちにこのサイトから電気が消えるんだ」
「そういうことは先に言え!」
電気が失われる前にサイトから離れるべく中央管理室から飛び出る。彼のナビゲートもあり、オブジェクトにもみくちゃにされる前に郊外にある森林に逃げ込むことができた。
「いやあごめんごめん、長らくインターネットの世界に居るからオブジェクトに鉢合わせるって考えがなかったよ」
「……これからどうする?」
荒くなった呼吸を整えながら彼に問う、若干彼と組んだことを後悔しているがこの先生き残るにはこうするしかなかったと自分に言い聞かせた。
「うーん、早めに生き残った人類とは会いたいね。となると地下に避難シェルターがある財団施設が一番可能性が……おおっと」
「どうした?」
「いやあ失敬、君の名前を聞くのを忘れていたよ!それじゃあ改めて……君の名前は?」
彼の言葉に私はハッとした。確かに彼に名前を言ってない。そもそもオブジェクト相手に自己紹介というのもおかしな話だが、こんな状況で相手の名前を知らないのもこれまたおかしな話だろう。
「……ピエトロ、ピエトロ・ウィルソンだ」
「ピエトロだね、覚えたよ。それじゃあ行こうか。ここから南下した所に地下サイトが複数ある。生存者がいる可能性は十分あるよ」
「そうか、じゃあそこを目的地にするとしよう」
そう言葉を交わしながら、私は……いや、私達は南に向かいだした。
地球が凍り、生命が地上から消え去った未来。人類はその数を減らし、散り散りになりながらも、地下にて細々と生き長らえていた。
そんな中、世界中の地下集落にはある共通の言い伝えがあった。曰く、過去1度人が訪ねてきたという。
それは氷上を駆ける乗り物に乗ってやって来た、陽気な歌を歌いながらやって来た等細かな差異はあるものの、必ず全身を鎧で包んだ男と声だけが聞こえる精霊の2人がやって来たというものだった。
その者達はその場所に長居せず、すぐさま人間を探しに地上へと戻って行ったそうな。
彼らがどうなったのか、それは誰も知らない。