SCP-076-2、又の名をアベル・ベン・アダム、それは神の孫。血に濡れ、強酸に苛み、火に焼かれ、それで彼は至福であった。
「スリップゲート・プロジェクト」、奴等は彼にそう伝えた。彼が殺戮に溺れぬ、僅か一時間、養豚場の豚に手が塞がっている合間のことであった。計画とは財団のサイト間にワームホールを開け、ある場所、地球から最も遠くの可能圏内との通行を便利にしようというものである。そして場所とは……火星の小さな月。
「約六時間前、ダイモスがこの実在の領域から消え去った、フォボス基地も敵の手に落ちた。そこで、我々はお前をレポート作成のために送ることにした。」
「ああ、状況を嫌というほど伝えてやろう。」
アベルは洋梨を豚にやった。彼は小さき者共を、甘やかすのを愛しているのだ。
そして彼は火星に送られた。火星の月の名、恐慌の兄弟神ダイモス、フォボスの名において、少なくとも12種の悪魔の眷属に、”死”の概念を懇切丁寧に与えた。刺の付いた装甲の火を投げるヒューマノイド、核の怒りに燃える空飛ぶ頭蓋骨、恐るべき裸のゴリラ、肉の球体に一点の悪意ある瞳……それらがフォボスの土壌と化した。
報告は僅か一行、
「ダイモスに門あり。作動する。俺は征く。」
返事も待たなかった。
ダイモスを抜けた先は、原初の任務の鏡写し。赤よりも朱に、紫に、緑に、黒に彩られる。銃火器がサイトに散らかるが、彼は何一つとて手を触れなかった。鋭きひび深き岩、ダイモスの軌道で彼が見たものとは……遥かかつて蛇が彼に伝えた地。
地獄。
彼は飛び込み、地獄の岸を襲った。まるで二度堕ちた天使のように。地獄から天国を作るには特殊な魂を要する、しかしアベルはやり遂げた。剣とチェーンソーを合わせた新しい存在を創りだし、召喚したのだ。巨人樵ポールバニヤン神話の続きを読むように、悪魔の血肉をなぎ倒していった。
今や、彼は巨大な緑の大理石の扉の前に立っている。逆位置の五芒星が刻まれたその扉は、世界の敵の玉座に続く扉。
アベルは息を吸う。「これは愉しい事になりそうだ。」
扉を蹴り開けた。
「ア゛ァァァァべェェル゛ゥゥゥゥッ!」
黒の玉座のSCP-682が唸りを上げ、声は世界を引っ掻いた。
「お前の母ちゃんでぇぇべぇぇそぉぉ!」
アベルは充分な大きさの剣を召喚できなかった。