小噺 ~捨てなんとか~
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時は元禄、場所は江戸。

いつの時代にもそそっかしい奴ってなぁいるもんで…。

熊五郎: ハチぃー、おーい、ハチよぉ、起きてるかぁ?

八兵衛: なんだなんだ、誰だい朝っぱらから大きな声で、人の名前を気安く呼びつけやがって。ああ? ああ熊か。どうしたこんな朝早くから。まああがれよ。

熊五郎: へいへいおじゃましますよ。それよりハチ、至急相談したいことがあってな。そりゃもう大急ぎで。

八兵衛: ははあ、また奥方様を怒らせたな?今度はなんだ。酒か? 女か?

熊五郎: それが両方で…ってそれはまた別のときに話すよ。今日は違う件だ。

八兵衛: じゃあなんだい。

熊五郎: 捨て猫さ。

八兵衛: すてねこ。

熊五郎: 今朝仕事に出ようと思ったら、長屋のはじっこに「ひろってください」と書かれた木箱に入れられた子猫がいてな。確保して保護しようにもうちのカカアは猫アレルギーだし、かといって捨て置いて飢え死にしたりカラスに喰われたりしても心持ちが悪いし、どうしたものかと思って。

八兵衛: なるほどなあ。おめぇにしては殊勝なことじゃあねぇか。

熊五郎: で、さっそく連れてきた。

八兵衛: なに?

熊五郎: 表に置いてある。

八兵衛: なんだい最初から俺に押し付けるつもりだったのかい。しようのない野郎だな。いいよ、とりあえず家の中に入れな。

熊五郎: いい? そりゃ助かる。おー、こねこちゃん、よしよし、八兵衛がなんとかしてくれるってさ。さあおいで。

八兵衛: なんとかするとは言ってないよ。なんでも近所の公園の砂場で粗相する野良猫がいるらしくてな、それと間違えられたらかわいそうじゃねえか。仕方なくさ、仕方なく。まったく、猫なんてろくなもんじゃねえ。まん丸い大きなお目々でこっちを見つめて「にゃーん」だなんて呼んでおいて、いざかまってやったら「もういい」って感じですぐどっか行っちまう。ふざけるんじゃねえってんだ。あ、名前なんかつけるなよ? 情がうつっちゃいけねえ。見るだけだぞ見るだけ…え? え? おい、おいおいおいおい。こいつはなんだ。捨て猫? これが? 冗談言っちゃいけねえ。ウロコがあって尾っぽが腕ほども太くて、おまけになんだこの鳴き声は。

捨て猫?: イマイマシイ。

八兵衛: こりゃ捨て猫なんかじゃないよ。捨てSCP-682だ。

熊五郎: 捨てSCP-682? へぇ、これが。初めて見たよ。変わったもんが捨てられるもんだね。時代かね。

八兵衛: のんきなことを言ってる場合か。え? 困ったなこりゃ。捨てSCP-682を勝手に保護したとあっちゃ、当局が黙っちゃあいないよ。おい熊、すぐにサイト管理官に通報するんだよ。え? なに? いつまで箱を抱えてるんだよ。そいつはその辺において、さっさとセキュリティホットラインを呼び出すんだよ。え? なに黙って首振ってるんだよ。…無理だよ、飼えないよ。オブジェクトの隠ぺいがバレたらよくて左遷、悪けりゃ解雇だ。わかるだろ? わか…わかるな? よし。ああ、それと、俺はこの件に関わってない。お前が見つけて、直ちに通報した。そういうことだ。いいな? じゃあ電話しろ。

熊五郎: ごめんねミケ、飼っちゃダメだって。

八兵衛: 名前を付けるな。

ミケ?: コロス。

熊五郎: えーと…あっ…ヒデからメールが来てる…あー…えーと…

八兵衛: "岡目八目のヒデ"か。あいつは民間人だが目端が利くからな、見られたのか。

熊五郎: 実はここに来る前にばったりあったんでちょっと相談したんだ。

八兵衛: まさかこいつを見せてないだろうな。

熊五郎: その…見せた…それで…里親募集サイトに投稿しておいたって…あとこんなツイートが…

ヒデ@岡目八目 @okamechi… 6月3日
友達がトカゲ拾ったって!
そいつは「子猫」っていってるけどどう見てもトカゲ!
里親募集してあげたほうがいいよね?
#里親募集 #里親 #トカゲ

里親募集一覧 | みんなの….
🔗minnnano-satooya-onl…

八兵衛: あーもう…写真まで撮られてるし…。あっ、しかもこれ、俺の家の前じゃねえか! 民間人への情報漏洩だけでも、始末書だけじゃ済まされないぞ!

熊五郎: どうしよ?

八兵衛: ええい、仕方がない、里親募集サイトとツイッターのほうは俺がウェブ対策班になんとかさせる。ちょっとしたコネがあるから、上に報告されずになんとかなるかもしれない。お前はヒデをとっつかまえて記憶処理。急ぐんだ!

江戸の町をヒデを探して走りまわる熊五郎研究員。よく考えればヒデはまじめな民間人なんだから普通に職場で仕事をしていると気づきそうなものだが、大慌ての熊五郎はそれに気づきもしない。江戸中走り回ったあとでようやくヒデの奉公する織物問屋にたどり着いた。だがしかし、記憶処理をしようとしているのに「ごめんください」と乗り込んだのでは、他の従業員に顔が割れてしまう。そこで熊五郎、一計を案じ、懇意にしている心優しい極道のタツヤくんにお願いしてヒデを連れ出してもらった。

ヒデ: あの、なんですか、ぼく、あの、特にご迷惑をおかけするようなことはしてないと思うんですけど。

熊五郎: ヒデ、わるいな。

ヒデ: クマ? え? どういうこと?

熊五郎: ちょっとこれを見てくれ。

サングラスをかけて例の黒い棒を取り出し、赤いフラッシュを焚く熊五郎。雷に打たれたかのように硬直するヒデとタツヤくん。

熊五郎: ヒデ…ヒデ? もしもーし。よし、ヒデ、スマホ貸せ。ツイートは削除だ。里親の投稿も。…よし。他に里親の話をしたり、写真を掲載したりしてないな? してない? そりゃあよかった。ヒデ、お前は今朝、俺に会ってない。捨て猫、捨てトカゲも見てない。いいな? あと、お前は俺に3万円貸していない。お前の勘違いだ。わかったか?

ヒデ: …ああ。

熊五郎: じゃあ、そろそろ仕事に戻ったほうがいいぞ。顔も洗え。シャキっとするぞ。

ヒデ: …ああ。

熊五郎: タツヤくんもありがとう。もう戻っていいよ。今日このあとカチコミだろ? はやく準備しないとな。

タツヤくん: …そうだな。

一方八兵衛のほうはというと…

八兵衛: そういわずに頼むよ、草薙。ツイッターと民間の里親募集サイトのログの削除をちょちょっとやってくれればそれで万事が丸く収まるんだよ。

草薙1: 簡単に言わないでください。ログの削除にもログが残るんですよ?

八兵衛: だからそのログも頑張ってガーっと消してさ。

草薙: スポ根でなんとかなる世界じゃないんですよ。

八兵衛: そこはなんとかそっちで考えてもらえないかな。俺とお前の仲じゃないか。まだうちにあるんだぞ、お前のバイブル。タイトルなんだっけ、「極寒の温度の[編集済]」、「ある悪い[編集済]」、あとお前が書いた「氷と歯車の…

草薙: なんとかします。ただちにそれらを焼き払ってください。

八兵衛: 助かるよ。

こうして民間への大規模情報漏洩を未然に防いだエージェント八兵衛と熊五郎研究員。なんとか無事にコトがおさまったことを確認しあうと、八兵衛の家で祝杯の準備を始めた。

熊五郎: いやあ、助かった、本当、おまえは頼りになるよ。

八兵衛: お前が頼りにならなすぎるんだよ。いつまでもレベル1職員じゃ困るよ、友人として、もっと勉強するよう忠告しておくぞ。

熊五郎: 耳が痛いよ。

八兵衛: まあ、今日はもう飲もう。ああ、念のためノンアルコールにしておくぞ。

熊五郎: わかったよ。ところで、あいつはどうした?

八兵衛: あいつ?

熊五郎: ミケ。

八兵衛: …。

熊五郎: …。

八兵衛: やばい!

その後、蕎麦屋の裏で残り物をあさっているミケがフィールドエージェントに確保されましたとさ。

それからしばらくの後、SCP-682の収容施設での会話。

熊五郎: なんでこんなことになっちゃったんだろうなぁ…

八兵衛: なんでだろうなあ…

熊五郎: 「飼い猫に手をかまれる」とはこのことかな。

八兵衛: 猫じゃなくて犬だけどな。犬でもなくてトカゲだけど。というか飼ってもなかったけど。ま、結局は飼ってるような状態になったんだ、よかったじゃないか。飼いたかったんだろ?

ミケ?: おまえらは忌まわしい。

八兵衛: そういうなよ。仲良くしようぜ。

監視員: D-012-333、私語をやめ、清掃を続けてください。

[熊五郎のすすり泣く声が、三味線、笛、太鼓の音色に混ざって聞こえる中、幕が下りる]

[暗転]

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