超電救助隊HEROとヴェール政策
Hyper Electric Rescue Organization、すなわち超電救助隊HERO(以下「超電救助隊」)はヴェール崩壊前の1970年代から活動を続けている超常組織のひとつである。高い技術力を持ち、正義を行うための力を求めて門を叩いた人々にそれらを生かしたヒーローの装備品を提供して人助けを支援するという活動形態をもち、広く門戸を開けているはずの超電救助隊だが、その幹部や背景、行動理念などといった核心に至る情報は何一つ明らかになっていない。人々から視界を奪ってきたヴェールと独立して発展した高度な技術に身を隠し、財団の悪逆非道な捕縛作戦にも屈さず社会や自然に潜んだ数多くの危険から人々を人知れず守ってきた正体不明のヒーローの名は、ヴェール崩壊前の超常社会において独特の立場を築いていた。
しかしながらポーランド神格存在出現事件に始まるヴェールの崩壊から世界的な超常社会の受容が進むにつれて露わになった彼らの仮面の下の凄惨な実情は、新たな世界に適応しつつあった国内社会に大きな波紋を呼び起こすこととなった。既存の労働法に明らかに反した雇用形態や洗脳に近い勧誘形態だけではなく、実働隊メンバーによるパラテック製品を用いた違法行為や活動中に起きた過失致死が白日のもとに晒された今、超電救助隊の突然の発表は大きな反響を呼んでいる。また彼ら以外にも多くの組織が非人道的行為をヴェールを利用して隠蔽していたということが露見し、正常性維持機関への批判も再び活発化している現状だ。
超電救助隊との繋がりが露見したサメ殴りセンターや、流出したヴェール崩壊以前の社会通念に反した実験・開発記録などが問題視され始めた日本生類創研のように一度は受け入れられようとしていたが再び批判を受けるようになった組織もあり、国内の超常組織は例外なく今一度自身の活動について省みることを求められ始めた。新たな社会に至る過渡期として、超電救助隊による謝罪文の公開は大きな転換点になると予想されている。
明らかになったHEROの真実
最初に動いたのは、超電救助隊HEROの実働隊レスキューチームに所属していた高速心臓再動士リバーサル・ゴールド氏だ。ゴールド氏は神格存在出現事件から99年にかけての正常性維持機関バッシングに際し国内で最初に収容状態が解除された元『人型SCPオブジェクト』の一人で、財団による不適切な収容下で一時は死に瀕していたことでも知られている。しかしながら氏自身は自身の命が脅かされたのは超電救助隊から支給された救助用装備の欠陥によるものであると主張し、財団ではなく本人の所属していた超電救助隊に対する抗議活動を開始したのである。
氏はメディア露出当初、財団では外すことが出来なかったという特撮ヒーローのような黄金のスーツに身を包み、それに不似合いな通電ケーブル付きの大きな手枷を嵌めた姿で登場した。そのヒロイックな姿に目を奪われた視聴者に、氏はその姿の理由を明らかにした。スーツの腕に取り付けられた心臓除細動に用いる装置「カウンターブラスト」、それが彼の命を奪おうとしたというのである。
カウンターブラストは近くに心停止した人物を感知すると自動で除細動のためのエネルギーをチャージし、装着員が現場に到着し次第電流と薬剤で心臓を再び動かすことを可能にするという、一見すると夢のような救助装置である。しかし、もし財団の檻に閉じ込められた中でさえも要救助者を感知したカウンターブラストにチャージが行われ続けたとすればどうなるだろうか。
ゴールド氏の言葉を借りれば、「人を救うためだったはずの力があの時、確かに俺という人間を殺そうとした」。放出する機会もないまま行われ続ける過剰なチャージによって漏電した装置が両腕を焼き、そのまま放置されれば確実に命を落としていたと氏は語る。そんな折に財団の第一次オブジェクト指定緩和がなされたことで、なんとか一命をとりとめたゴールド氏。収容から4年の時を経た先月12日、超電救助隊側の協力を得ることでようやく装備から解放された氏の腕には、今も装着パーツの形の傷痕が刻まれているという。
欠陥品の装備が残すのは、何も体の傷痕だけではない。命の瀬戸際を抜けたゴールド氏は現役時代、海外での任務から候補生時代の同期であった超援調理師ミーレイド・カーキ氏が非常に消沈した様子で帰還し、脱退手続きもせずに行方をくらませた事を幾度となく語っている。カーキ氏から正義の炎さえ奪い去ったその心の傷にも装備の欠陥が影響しているのではないか、と思い至ったゴールド氏は、他にも多くいるだろう同様の欠陥を抱えた装備を使用し続ける同僚達の目を覚ますために超電救助隊に反旗を翻すことを決めたというのである。
しかし、氏自身もカウンターブラストのそれ以上に致命的な欠陥を抱えた装備があんなにも多く配備されているとは想像だにしていなかったと、詳らかになっていく内情に非難の声を強めている。
公開されたドレナージ・ホワイト計画
センセーションの渦中の氏を追うメディア各所や悲劇に胸を打たれた人々の後押しを受けて精力的に活動するゴールド氏に対し、超電救助隊側は当初何の反応も見せようとはしなかった。活動の甲斐なく各地で続く超電救助隊の救助活動に、氏は頭を痛めていたという。しかし99年秋、転機が訪れる。匿名の超電救助隊開発チームメンバーが良心の呵責にかられ、自身の担当したヒーロー計画案である「ドレナージ・ホワイト計画」の資料を弊新聞社に持ち込んだのだ。その杜撰かつ非人道的な内容は、公開された途端にゴールド氏のこれまでの活動以上に反超電救助隊の機運を活発化させたのである。なお当時も活動を行っていたドレナージ・ホワイト氏はこの運動によって急激に知名度が高まったことで、要救助者に接触したところを説得されたのちに保護された。
公開された計画内容で最も物議を醸したのは、使用し続ければ装着員が死に至ると推測されるという文字通り致命的な欠陥を持った装備『ドレーン・チップ』の設計でも、その装着員がうら若い女性であったことでもなく、超電救助隊側がその欠陥に気づいた上で装着員であるホワイト氏に装着させていたという点であった。これは公開直後から、本来は善意で志願して活動しているはずの実働隊員に対する明らかな人権侵害であるとして大きな反響を呼ぶことになる。
またそれらの欠陥のほかに、ホワイト氏がメディアを通じて公開した検査結果によれば氏の頭部からは古い粗雑な切開痕が発見されており、それを利用し脳内に埋め込まれた先述のチップが脳に干渉して中軽度の脳腫瘍に近い症状を示していることが判明した。ホワイト氏はこの装備の欠陥と検査結果について自覚、予感はあったと語っており、それでも「自分にしか救えない人々がいるから、活動を辞めようとは思わなかった」と悲壮な決意を明かした。
現在はドレナージ・ホワイト計画資料からのリバース・エンジニアリングが進行しており、本来ホワイト氏の犠牲によってしか救えなかった患者を犠牲なく安全に治療する技術の確立が期待されている。ホワイト氏は現在脳に残ったドレーン・チップとチップに物理的に接続された頭部のドクトルスコープを除く全ての装備を解除することに成功し、一連の事件を契機に設立された超常組織被害者救済基金の被支援者第一号として治療のために来月渡米を行うことを明らかにしている。
それぞれの現状
ホワイト氏の離反に端を発し、レスキューチーム所属の実働隊員が救助活動中に説得を受けるなどして離反することが増えた超電救助隊は6月、レスキューチームの活動を一時休止することを表明した。7月からは元隊員に装備の解除協力を申し出るなど、大幅な態度の軟化を示している。しかしながら組織内部の詳細は未だ不明瞭であり、まだ隠された倫理にもとる行為があったのではないかという声も根強い。その中でも、救助された人々にミーム的効果を有する薬剤が投与されたという噂はその性質から明確な証拠が得られないままに広がっている。保護された元隊員達から有意なミーム汚染が検出されていること、実働隊員達の装備に用途不明の薬剤散布装置が散見されることからその信憑性は高いとみられているが、実際の薬品が見つかっていない以上真偽のほどはいまだ不明である。
また、多くの構成員が離反し状況も大きく動いたレスキューチームとは対照的に、もう一つのチームであるポリスチームの動向は一切判明していない。構成員の証言によると、人間には対処できない災害・病気に対処することを目的としたレスキューチームとは違い人為的な犯罪行動に対処するのが主任務となるポリスチームでは要救助者が相手であっても一歩引いた立ち位置を保つことが暗黙の了解となっているようだ。事実、現在も活動を続けるポリスチームからは説得に応じる隊員が見つからない状況が続いている。ポリスチームの活動休止を求める訴えは、チームの活動の不明瞭さゆえに関心を集めることに難航しているという。今回の発表でもポリスチームの今後に関する情報はなく、超電救助隊の態度の軟化についても、これらの要因から不信感を抱く組織が多いのが現状だ。
今ひとつ信頼しきれないという評価が大半を占める中、超電救助隊による装備解除協力の申し出にいち早く応じたのは元実働隊員の互助グループだった。信頼できる相手ではないとわかっていても、長いものでは三年も続き終わる目処も立たない『人間的でない』生活と姿に対して強いストレスを感じていたメンバーも多い。これ以上彼らに社会的でない生活を強いるわけにもいかず、正常性維持機関側もそれらを黙認している状況だ。
パラテックに関係する法整備もままならない中、超電救助隊をはじめとした超常組織による損害を受けた被害者への支援もまた大きな問題となっている。いまだ疑惑の晴れない超電救助隊の立ち位置、正常性維持機関と政府機関の取るべき選択、そして世論の行く末など、関係するすべてが決定づけられる謝罪文公開の日が待たれる。【柳瀬 栄・大久保 凛子】