漂流者は発つ
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もし自分の他に誰か一人でも仲間が、更に言うとたとえ初対面でも同郷のヤツがいたとしたら、俺はもしかするとこの世界に馴染む選択肢を選んでいたのかもしれない。
ただの「もしも」だから別にこの話に意味なんて存在しないけども、多分そうだ。近くに拠り所が無いってのは頼れる先がゼロなのと同じなんだから、むしろ時にはデカいアドバンテージに早変わりする。例えばスポ根モノやバトルモノの漫画で、窮地に追い詰められたキャラクターが劇的な進化を遂げるのと一緒だ。

だから、まあ……何か言いたいのかと言うと、一人旅なんて粋なことも良いけれど、俺はとりあえず早く帰りたいのだ。






















とある場所は、積もった雪のせいでむしろ暖かく感じた。
とある場所で吹き荒れる吹雪は止むことがなかった。
とある場所には人間だったであろう氷の彫刻が、風で少しずつ削られ、砕けながらもそのまま永遠に放置されていた。


「人生何が起こるかわからない」とよく聞くが、今の自分なら確かにその通りだと全力で同意できる。
特別なことなんて何もした覚えも無い。ごく普通のどこにでもいる、適当に石を投げれば当たるくらいの平凡さしか兼ね備えていなかった筈の俺の日常は、ある日突然変わってしまった。
自分の中の常識が一変してしまったのは、覚えている限り二回ある。記念……実に嬉しくないことではあるが、記念すべき一度目はこの世界へ来て同類達と出会ったときだ。
まあ異世界出身の人間達同       類と言えども利害が一致しただけの赤の他人。友好的なヤツもいたし、トゲトゲした態度で周りを威嚇してばっかりのヤツも、周りに関心を寄越さない無口なヤツもいた。もちろんそいつらだって俺とは大なり小なり姿も価値観も違う。そんなバラバラな自分達は仲介者と名乗る人間を中心に集まって、各々の目的  例えばこの世界へ馴染もうとしたりだ  を果たそうと、少しずつながらも協力し合っていた。正直顔見知りが誰もいないのは不安だったものの、同じ境遇の人間が周りに居るというだけで幾分か安心できた。
仲介者達は俺に仮の居所と知識をくれた。君は異世界に転移したのだなんて言われても最初は到底信じることなどできなかったが、取り巻く状況が異常で知らないことばかりだったから信じるほかなかったのだ。






既に凍りついて開きづらくなった扉を力いっぱい押し開ける。
室内は外と変わらず寒々しかったが、未だ保管されたままの食料はいくつか発見できた。今日はここで野宿をしようと決める。
止まった時計の針が動く事は無いから、今が何時なのかはわからない。


同じくいかだに乗りかかった者同士仲良くしようという気持ちは、もちろん俺にだって存在していた。
お互い不干渉を決め込んでつまらない時間を過ごすよりかはよっぽど充実しているのだ。知らない知識を教え合うのも楽しかったし、それぞれの差異を探すのも面白くて、誰かと交流している間は穏やかな気持ちになれた。
名前は何だったか。忘れてしまったけど、とある他の世界で有名だったらしい曲を一緒に演奏した時は特に盛り上がったと思う。
その世界の楽器の作り方も教えてもらった。教えてくれた人間はとてもフレンドリーで、喋りながらもどこからか持ってきた植物に器用に穴を開け、音のズレも無しにあっという間に笛らしき物を完成させてしまったのにはかなり驚いた。しまいには笛の装飾すらも彫り始めていて、一体彼は何を目指しているのかと気になったほどだ。きっと不器用な俺には真似はできない芸当だ。
同じ世界から来たらしい別の人間に話を聞くと、内側に空洞がある頑丈な植物なら大体材料に使えるとのこと。後に初対面にもかかわらずどちらが早く楽器を作れるか二人で競争していたから、器用な手先はきっと彼らの世界では普通のことなんだろう。
心なしかドヤ顔気味な、自分の置かれている状況も何も気にしてなさそうな同類が眩しく感じて、少し羨ましくなったのを覚えている。






今日は昨日より雪の勢いも弱まっていた。
自分がやってきた方とは逆の方向へ何となく目を向ける。そこには何の足跡も無い真っ新な白だけが存在している。


俺が過ごしているコミュニティとは別のところに何者かが介入してきたらしい。
逃げおおせてきたという人間に話を聞いてみると、どうやら介入してきたのは「財団」と呼ばれる中々に規模のデカい組織らしかった。
財団はこの世界の人間とは違うヤツらを捕まえようとしていると。だからお前達も気をつけろと、そう一言だけ忠告された。
ぶっちゃけそんなこと言われてもいまいちピンとこない。現在進行形で知らない世界にいる俺だが、元の世界でもヤクザ……それとも極道だっけか。とにかくそういう部類に関わったことも無いのだからしょうがない。そもそも俺にステルス能力なんて便利なものは無いから、そんな組織になんか逃げたってすぐ捕まってしまうのがオチだろう。
投げやりに見えるかもしれないが、実際のところできるなら今すぐにでも帰りたい気持ちでいっぱいだった。
人間の見た目も街の風景も常識も何もかも違う場所より、自分の生まれ故郷の方が大事に決まっている。俺だって帰還を諦めているわけではないのだから。向こうが友好的ならこちらだってなるべく波立たせたくないけれど、それとこれとは別だ。俺は断じてこの世界に馴染みたい訳じゃないんだから、どうせ去る場所に利益を作って一体何になる? この考えはきっと一生変わらない。

帰りたい。帰りたいさ。たった一つの居場所なんだ、当たり前だろ。






建物を後にし、再び歩み始める。
雪が途切れると氷が、氷が途切れれば雪が姿を現す。それらを踏みしめる感覚が少し愉快で、いつの間にやら子どもの頃の感覚に戻ったようだった。


氷に包まれた世界の終わりは、くだらないくらい本当にあっけなくやって来た。
異世界人の俺達は散り散りになった。寄す処も無いまま。
きっかけはいつだったのか全くと言っていいほど覚えていない。だとすれば、それほど自分にとって取るに足らない始まりだったんだろう。
この世界に来て少しばかり突飛なことには慣れてきたと思っていたのに、また自分の中の当たり前が揺らいでしまった。これで二度目だ。さすがにこれ以上のおかしな出来事はもう勘弁してほしい。望んだ訳でもない異世界転移した上に転移先が滅びかけるなんて、俺は知らないうちに許されない悪行でも働いてしまったのだろうか。
為す術も無いままだったせいで、地上はすぐに生き物が住める場所ではなくなってしまった。自分達は逃げ出した。灯りが広がる街並みと、日々の暮らしと、逃げ遅れた人間と同類とを置いてきぼりにして。
涙は出なかった。
途中、同類の誰かが「無理に異世界干渉しようとした他のコミュニティがこの事態を引き起こしたのではないか」というような内容の愚痴をこぼしていたのを聞いた。一方的な意見を聞いただけで、本当にその通りだと断言できる確証は無い。そんな不思議なことができる人間が同類達の中にいるのはぼんやりと知っていたものの、俺は情報通な訳じゃないから必要最低限のことしか知らないのだ。
一緒になって悪態をつこうにも、到底そんな気分にならなかった。不安さえ無かったのは自分が順応してきたからか、それとも白い景色が故郷と似ていたから安心していたのか、よくわからなかったけれども。少なくとも「世界が凍る」のは、俺にとって些細な事情なのは確かだ。
彼らを見捨てたことに罪悪感はあった。が、生き延びるためには仕方なかったと思う。誰だって自分の命が惜しいだろう。信用感はあっても、身を挺してまで助け合うような信頼感なんてこのコミュニティで育んできていなかったから。
救命いかだに引き上げられた、身を寄せ合う迷子の俺達は同類にはなれたけども、結局は片時の間身を寄せ合っていただけ。助け合うのが仲間なら、最初からバラバラだった俺達は仲間までにはなれなかったみたいだった。






夜になると外は更に冷え込んだ。
静寂が耳に痛い。口をきく者も何もいない。
聞かれることもないから、どうせならとお気に入りの歌でも歌ってみる。


氷漬けの地上から地下の避難所へ逃げ出せたのは、ほんの一握りの人間だけ。後は絶望して先に自死を選んでいるか、それとも逃げ遅れて緩やかな極寒に呑まれたかのどっちかだ。

久しぶりに見た地上は、まるで時間が止まったかのように全てが静止している。白銀に閉ざされた世界、なんてありふれた言葉は、嫉妬してしまうほどこの状況によく似合っていた。
雪が降るのは俺の世界の十八番だと思っていたのに、どうやらそういう訳でもないみたいだった。曲がりなりにも数年間暮らしていたわけだから既にこっちの季節感は知っていたが。それでもやっぱり微妙に似ている分、元の世界と比較して寂しさが  いや、故郷の雪景色の方が綺麗だろう。そこは絶対に譲れない。
俺がわざわざ地下での安寧を捨ててまで外に出てきたのは、何か故郷へ続く手がかりが見つかるかもしれないという希望を持っていたからだった。こっちに来れたんだから帰ることだってできるはずだ。自身の常識が通じない場所なら余計に可能性は高い。
それに地下に居たって急ごしらえの逃げ場じゃあ、どうせ長くは持たないだろう。
外に出る途中、見知らぬ人間に「正気か?」なんて心配したような表情で訊かれた。俺だってこの状況を甘く見ている訳じゃない。今まで散々探していたのに、ここにきてあっさり見つかる、なんてことも思っちゃいない。正気だから帰りたいんだろ。
寒さになら自分だって多少なりとも耐性がある。外へ行くと決心した俺はただ進むしかなかった。最期は友人に看取られながら大往生すると、ずっと前から決めているんだ。





足で移動できる所ならどこへだって行った。
やたら広いくせに街も自然も全て一色に埋もれ、代わり映えしない風景ばかりが並んでいる。
なんだか可笑しく思えてきて、一人でしばらく笑ってしまった。




美人は三日で飽きると聞くが、その言葉は自然の美そのものにも適用されるのだろうか。
凍った湖を滑りながら、ふとどうでもいいことだけが気になった。




時折すれ違う欠けた氷の像に見知った顔は無い。ある筈が無い。




一人でも別段寂しくはなかった。
寂しくはなかったけど、暇な時は無性に誰かと会話したくなる。
もしかすると、気でも紛らわせたかったのかもしれない。




進め。




































一息吐こうと思った場所にですら、白は延々と侵食して来ていた。
だだっ広い地面に腰を下ろし、それから俺は勢いよく雪の上へ仰向けに倒れ込んだ。柔らかい雪に頭が沈み込む。視界いっぱいに広がる空はまだ明るく透き通っていて、むしろ周りが光を反射して眩しいほどだった。久しぶりの清々しい快晴だ。

時間の感覚すらとっくに無くなっていた。数ヶ月しか経っていないのか、一年は軽く過ぎているのか。あれからどれだけ時間が経ったのかは知らないが、未だ俺は帰る方法を見つけられないままでいる。
それっぽい所は隈なく探しているが結局は空振り。行き当たりばったりで彷徨っているなら当然か。それとも俺が勝手に希望を抱いているだけで、方法なんて最初から無いのかもしれない。それでもどうしても諦めきれなくて、こうして俺は今日まで歩き続けていた。

地下の居住地はどれだけの規模になったんだろう。
雪に沈み込みつつ、ゆっくりと思案する。地上に出てきたあの最初の日からもう周りなんてどうでもいいと感じていたけども、ここまで誰にも会わなかったんだから少しは気になるというのものだ。尤も、知る術なんてここにある筈が無いけれど。其処彼処も似たり寄ったりな景色のみで、もう今いる場所がどういう地名だったのかもわからないから、戻りたくても戻れない。
もしかしたら既に自分以外の人間は絶滅してたりして。不謹慎だとは思いつつも、そうだったら帰りたがっていた人達は報われないなと、顔も思い出せない誰かに向かって小さく「お互い残念だなぁ」と呟いた。
本当に残念だ。帰ることすらままならないなんて。
このまま帰還方法が見つからなかったとしても、多分俺はずっと世界を彷徨い続けるんだろう。諦めがつく日まで歩いて、力尽きて、最後は一人寂しくそこら辺に倒れるのだと。知らない土地で知らない人間に囲まれて死ぬよりも、故郷と似たような場所で一人きりになって死ぬ方がまだマシだが、やっぱりそれではつまらないし嫌に決まっている。
今までなんとなく過去を思い返しながら進んできたけれど、それですらいつかは忘れてしまうんだ。どうしたもんか。

ふと旅のお供でもあれば気も紛れるかもしれないと思い至った俺は、何かを作ろうと身を起こして、近くにいくつか生えていた枯れ木の枝を適当に折った。特に理由は無い。強いて言うならたまたま目に入ったからだった。
細いものを選んだとはいえ、頑丈だと思っていたのに予想と違って枝は簡単に折れたことに拍子抜けする。枝は太陽の光が反射してキラキラと輝いていた。
枯れ木の方へ目をやった。普段は何てことないただの植物だったんだろうそれらは、氷に覆われ凍てついているせいで、まるでファンタジーにでも出てきそうな水晶の森のようになっていた。自然の神秘ってヤツかもしれない。どうせなら故郷で見たかったけど、今は叶わない願いだ。
太陽に翳しながらじっと枝を見つめていると、昔、同類だった一人が楽器の作り方を教えてくれたことを思い出す。おぼろげな記憶を引っ張り出して、同じように作ろうとして……それからやめた。道具すら無いし、材料も作り方もぼんやりとしか覚えていなかったからだ。俺の中に、彼らから教わったものは全く残っていなかった。我ながら薄情だなと思う。
そういえば彼らは生きているのだろうか。一緒に曲を演奏した日。あの日から割とすぐに別れてしまったから、現在の行方は全くもって見当がつかない。生きているならそれで良い。ただもし既にどこかで息絶えているなら、目を見張るようなあの技術は二度と披露されないまま、この世界から失われてしまうことになる。一度直に見た身としては少し悲しさを覚えるのも当然だった。再現しようにも同じ世界出身の人間か、同じくらい器用じゃないと無理だろう。俺は論外。
忘れてしまったおかげで、今俺が作れるものはゼロに等しくなってしまった。再び寝転んで他のアイデアを捻り出そうとするが、何も思い浮かばない。木の枝だけで不器用な素人ができることなんてたかが知れている。
落胆しながらも不必要になった木の枝を雪の上に突き刺して、そろそろ休憩も終わろうかと俺は今度こそ立ち上がった。
一本だけ突き刺さった枝はまるで小さな墓標のように見えた。どうせならもっと墓標らしくしようと気まぐれに考えた俺は、こんもりとした両手くらいの山を作って枝を刺し直す。
この場所にもう訪れる気は無いから、お別れという意味でもピッタリなのかもしれない。


この世界に来た時点で、ある意味俺が失うものは何も無いと言ってよかった。友人も家族も思い出も、大切なものは全部向こうに置いてきてしまったから。
俺は人生半ばで死にたくない。未練だってまだまだ残っている。
実際自分は寒さに強いだけの一般人で、特別頭がいいって訳でもない。だから解決策なんか見つけられないし、こうやって漠然と歩き回るしかなかった。その上面倒なことに諦めが悪い。その辺は自覚済みだ。

それでも帰還を諦める訳にはいかない。俺はまだ足掻けるから。
何も見つかってないけれど、それは逆に言えば不可能だという証拠も無いってことだ。
ざふざふと雪を足で掻き分け踏みしめる。
どれだけ時間がかかってもいい。なんやかんや今まで誰とも会わないまま進んでいたんだから、これから先の孤独だってきっと耐えられる。さすがに怪我を負ってもいいとまでは言えないが、それでも。
最後には「ほら、やっぱり故郷の景色の方が綺麗だっただろ」って笑ってさ。

いつか絶対に帰ってやるから。




死ねない彼は生き残った。
世界が白く凍てついてもなお、彼は生きるべきだったから。
生きたい彼は死ななかった。

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