「コマチちゃんの登場です!写真撮影は禁止されていますのでご理解ご協力の程よろしくお願いいたします。」
来た来た。個人的にはこの店1番人気の子にも劣らないくらい可愛い私の推しにゃんこが。
つやつやの毛並みや積極的な性格、甘ったるい鳴き声で何とも言えない愛らしさを放っている。
手を差し出すと、舌を出してペロペロと舐めてきてくれる。
少し抱き上げると、嬉しいのか顔も舐めてきた。
「可愛いなぁ、コマチちゃんは。癒し!最高!」
「気に入っていただいて何よりです。ほら、コマチちゃんも喜んでますよ。」
店員さんの言葉に相槌を打つかのように「にゃーん」と鳴くコマチちゃん。
友達に誘われて最初は興味本位でここに来たが、今では日頃のストレスを解消するための、いわば生活必需品のような存在となっている。
床に仰向けに転がっているコマチちゃんのお腹をさすると、気持ちよさそうに身をよじる。
可愛さの暴走といったところか。感極まってコマチちゃんに頬擦りをする。
「はあ……尊い。」
ストレスとともに語彙力までもこのコマチちゃんは吸い取っていってしまったようだ。それくらい良い。
「明日からも頑張れる……」
「あっ、███じゃん。久しぶり。」
「おひさ~。」
私をあの猫カフェに誘ってくれた友達と町でばったり会った。公式でブログやTwitter、インスタもやっていないあの店には、彼女がいなかったら巡り合えていなかっただろう。
「███、最近どう?」
「うーん、少し筋肉痛ってところかな?」
「仕事、大変そうだね。」
「でも定期的に猫カフェでストレス発散してるから、あまり気にならないよ。」
「あー、その猫カフェなんだけど……」
「どうしたの?」
「閉店するんだって。上層部の不祥事があったらしいよ。」
「は?」
思わず荒っぽい声が出てしまった。流石に聞き間違えだろう。
「ほんと。たまたま前通ったら貼り紙があって。」
そう言って彼女はスマホを見せてくる。件の貼り紙の写真を撮ってきたのだろう。
この度、██████カフェ 東京支店は█月█日を以て閉店させていただくことになりました。
長らくの御愛顧誠にありがとうございました。 ██████カフェ 東京支店 店長 ██ ██
「嘘……」
そんな、私の愛したあの可愛らしい猫ちゃんたちは……? 私の今後の癒しは……?
彼女と別れた後も納得がいかず、結局家に着いても燻っていた。
「不祥事って何よ……何をやらかしたらそうなるのよ……」
女の間のうわさほど信憑性が疑わしいものもない。が、女の間のうわさほど興味がそそられるものもまた、ない。
「調べる他ないか……」
無駄に嫌悪に陥るより、事実を見てけりをつけた方が後に引きずらない、そう考え、料理をする気が起きなかったのと自分を慰めるためとで買ったコンビニ弁当とコンビニスイーツを食べながらスマホを開いた。
ニュースサイトには当然ありきたりな内容しか載っていなかったので、早々に引き上げた。
Twitterで店の名前を調べると、私と同じく悲しみに打ちひしがれている人が見受けられた。彼ら同胞の叫びにいいねを押しつつスクロールしていくと、ある動画が目に入った。店の名前を含めたハッシュタグを乱用したスパム系の動画かとも思ったが、とりあえず見てみることにした。
監視カメラの映像を映し出しているようだ。猫耳カチューシャを付けた中年の脂っぽい男性が、店員であろう人に抱えられて出てくる。店員の声はノイズに紛れて聞こえない。
客であろう女性が手を差し出すと、お世辞にも綺麗な顔とは言えない男性が、舌を出してそれを舐め始める。女性の顔は動画では見えない。
女性はそれを見て不快感を示すわけでもなく、逆に嬉しそうにしながら軽々と男性を抱き上げる。
男性も嬉しそうに女性の顔を舐め始める。汚らしい、吐き気がする。
「うげっ、AV的なやつかな?」
見なければ良かった。そう思いすぐに下にスクロールしようとしたが、ある違和感に気づく。
「なんかここ、見覚えがあるような気がする……?」
そのとき、
『可愛いなぁ、コマチちゃんは。』
気づいた瞬間、身の毛がよだった。
動画で映し出されているのは、██████カフェの東京支店で間違いない。そして今のはかすかに聞こえた程度であったが確実に私の声だ。違和感や疑問が浮かび上がってきたが、それと同時に猛烈な悪寒と先ほど以上の吐き気に襲われる。
「うえっ。」
トイレまでたどり着けずフローリングに吐瀉物がまき散らされる。こんなことなら奮発するんじゃなかった。
吐瀉物とともに、動画を見たときに浮かび上がった違和感や疑問も吐き出されてしまったようで、後に残ったのは未だ猛烈な悪寒と恐怖。
ヨタヨタと風呂場へ向かい、シャワーを浴びる。自身についたであろう得体の知れない不気味なものを全て、全て洗い流してしまいたい。
「嘘だ、嘘だ、嘘だ……」
鏡に頭を打ち付ける。私の愛したあの猫たちが、あの気持ち悪い……
一際強く頭を鏡に打ち付けると同時に、ガシャンという音が浴室に響き、視界が赤く染まる。
「うぅ、うぅぅ。」
怒りに溺れるでもなく、狂って笑いだすでもなく、私はただ、静かに泣いていた。
一晩経っても、不快感と悲しみは消え失せてはくれなかった。
「私、今後どう生きていけばいいんだろう……」
ピンポーン
チャイムが鳴る。こんな朝からなんだろうか。そっとしておいてほしい。
「はい。」
『███ ██さんのお宅でよろしいでしょうか?宅急便です。』
何か頼んだだろうか。荷物を見て心当たりがなければ引き取ってもらおう。
「はい、今開けます。」
「危ないところでしたね。」
「ああ、リツイートが伸び始める前に探知できてよかった。おかげで閲覧者の特定もやりやすかったな。」
「とりあえずはこの女の人に記憶処理をすれば完了ですかね?」
「そうだ。全く…不運なものだな。猫だと思ってたのが、実はおっさんでしたってのは。」
『███、猫カフェ行かない?あそこは閉まっちゃったけど、まだ他にもいい所あるから紹介してあげるよ。』
「ううん、行かない。別にいいよ。」
『……そう、あんたあそこの猫ちゃんにゾッコンだったもんね。』
「……」
全く心当たりがないのに、猫と聞くだけで鳥肌がたってしまうようになった。何故だろう。あんなに猫を可愛がっていたという記憶があるのに。