商人にとってあるべき場所というのは、カレフの心臓、カレフハイトであった。愚かな金持ちが遺物を商人達の値段の十倍で買ったとか、飢えから一日で貧乏人が脱却したとか、商人の世界には、そういった寓話が溢れていた。
二人の男は砂漠を東へ横切って走っていた。一人は馬に乗って、もう一人はラクダに乗って、向こう岸で色とりどりの絹を身にまとった自分を見つける事を望んでいた。旅が三日目に差し掛かった日、彼らとカレフハイトの間にあるミデイアという村で、二人の男が土の中へ伏せているのを見つけた。二人の荷物は荒らされているようで、周りの砂は乾いた血で黒く染まっていた。
「ヨークの信者は幸運だな!」一人の男は訛りの強い発音でもう一人の男へと叫んだ。
「いいや、まだ盗めるものはたくさん残っている。彼らを殺した者は水も、馬もおそらくだが奪っていった。だが、この包みを見てくれ」最初に話した男のケレックは精悍な顔立ちに、スラリと痩せていて、骨ばっていたが、彼の次に話をしたゴレスは肩幅も広く、筋肉質な男であった。
彼らが地面に置かれた包みの中を空にすると、そこから詰まっていた遺物が出てきた。ケレックはゴレスが驚いたのと同じように、そのもの達の価値を感じていた。包みの中には、無地の服一式(ケレックが自身の服に加えた)、古代の言語の書かれた錆びついた金属製のコーヒーマグ(ITT工業 — ベル&ゴス……二人目の名は錆び付いていた)磨かれた黒いパイプ(コーヒーマグの中には、タバコの袋が入っていたのだが、二人はその使用方法を理解しておらず、捨ててしまった)、そして、緑の本が入っていたのだ。
「そうだな……カレフハイトの者は旧世界の遺物へ何を求めるのか」ケレックの目を輝かせ、期待に胸を膨らませていた。
「食料、水、こいつの財産……愛娘?」ゴレスはそう冗談を言う。二人は笑うと、この発見に彼らは抱きしめあった。
ケレックはパイプを調べ、ゴレスは本を開く。彼は本を見て、そこに書かれた唯一の文章を調べた。後ろへ、その次に前へとページをめくってみたが、他のページには何も見つける事は出来なかった。彼は眉をひそめ、言葉のページに戻ると、彼が子供の頃以来使っていなかった言葉を思い出し、彼はそれを音にして口に出してみた。
「ゴレス、それってどういう意味?」ケレックはその言葉の読み方を知らなかった。
ゴレスは顔をしかめると、首を振った。「分からない。だが、俺達は行かないといけないんだ、友人。日没前にはミデイアの村に到着できるだろう」
二人は見つけたものを馬とラクダに縛りつけると、早足で出発した。彼らには食糧が既に無かったので、ケレックは寝る前に何か食糧を見つけておきたいと思っていた。二人は三馬身離れて乗っており、ケレックは夕食を考えていた。もし彼が振り返っていたら、ゴレスに何について考えていたのか尋ねたかもしれない。彼のことを知らない人が、彼を見たら、動揺しているかのように思えただろう。しかし、この大男は滅多に他の表情を見せる事はなく、実際のところ彼は深く考えながらその本を見ていた。
その本は書物と言えるものではなく、重くもなかった。しかし、どのページをめくることも出来たというのに、彼はちょうど唯一文字が書かれているページをめくってしまったのだ。それはちょっと奇妙な偶然であった……
ゴレスはその問題についてより考えていると、彼は馬から落下して死んでしまった。
ケレックは一瞬の苛立ちを覚えたが、利益の分割を避けるためにゴレスを殺そうとしていた事を思い出して、自分自身を笑った。彼はミデイアとカレフハイトの間で眠っている間に、二晩でそれを決行しようと試みていた。この事は彼にとっては都合の良い事であった。彼にとっての唯一の障害であったゴレスの馬を自身のラクダに縛りつける手間が省けたからだ。
ケレックの知る由もない事だが、— どうしてゴレスは死んだのだろうか? —彼がもしも違う昼と夜を過ごしていたとしたら、彼は二人が思っていたよりも裕福になっていただろう。
だが、本当にそんな事は知らない彼はミデイアへとむかった。
ケレックはこの村で自分の商品を売りたくはなかった。村は貧しくて、誰も遺物など必要としないからだ。それに、彼から買おうとする人がいたとしても、カレフハイトの人はここの人の二倍の料金を支払うだろう。しかし、彼は食べるものが必要だった。寧ろ、食べ物が欲しかったので、ミデイアで食べ物を得る方がカレフハイトへ行くよりも賢明だと考えたのだ。少なくとも財を成すまでは。
なので、ゴレスと見つけた荷物から遺物を一つ売ることとした。彼は村の中心へ行く途中で見た鶏一羽を買うために使える金額以下を受け入れるつもりはない。そして食べて寝て移動して、彼はお金持ちとなるのだ。
彼は自身が引いた毛布に座ると、彼の話を聞いてくれる誰かへと声をかけるように「遺物、遺物だ!我が友よ、君はまだ王の道具を見た事はないか?だが見て、よく見てくれ、まさに伝説の品々だ!」
彼が一人の老人に黒いパイプを見せていると、(「でも、これが何のために使えると思うか?我が友人。孤児になった子供達にミルクを吸わせるためだ。この太い部分にヤギのミルクを入れて、先端から飲ませるんだ……」)大体八歳くらいの少女が不思議そうにそれを見ていた。老人は首を振って去ってしまった。ケレックは顔をしかめ、少女の方を見た。
「それで、君は何が欲しいんだい?小さなお嬢さん」彼が皮肉と辛辣さを声に込めると、少女は萎縮して、後ろを向いてしまう。
「ママが今夜のおかずにしようって鶏肉を買ってくるように言ったの。それで、私にこれをくれたの」その子供はコインを見せた。その端は平らであったが、ざらざらとして不揃いだった。
ケレックは目の前に置かれたお馬鹿さんの金貨のことを考えると、明るい気分になり、この馬鹿げた出来事についてヨークに感謝した。「ええ、小さなお嬢さん、君がほんの少しこれを読んだところで君のお母様は気になさらないでしょう」彼の声の調子は低俗で人を子供扱いしたものから、生き生きとした人を面白がらせるものへと変わっていた。「目の前の不思議なもの達を見て、君の可愛い瞳を釘付けにするものを教えてくれ」
彼女はその本を手に取った。変わった子供だ。「あぁ、それは魔法使いの本さ!お嬢さんはとても良い目を持っている」彼女は本を開くと、息を呑んだ。
「私のおばあちゃんが同じ本を見せてくれたわ!」
「嘘だろ!?」
「本当よ!おばあちゃんが亡くなる前に見せてくれたわ。この本に書かれた音だって知ってるし!」
なんて役に立たない技術だ。「それは運命だよ、お嬢さん!あなたのお祖母様は間違いなくあなたにこの本を持っていって欲しいと思ったんだよ、それでここへ送ってきたんだ!」
「本当?」「勿論だ!家族に持っていってその見つけたものを見せてみな。これは古びてくたびれきった鶏肉よりも、甘いものよりも遥かに価値がある。これは魔法だ。少女ははっと息を呑んだ。
「でも、私の持っているだけでは……」彼女はコインを見るとその声を弱めた。彼女の目が腫れてきていた。ケレックは片膝をつき、彼女の目を見る。「いいえ、小さなお嬢さん、私は運命を邪魔しようなんて出来ません!さぁ、本を持っていって。魔法使いの本は銀の価値がある!」馬鹿な小娘だ。「幸運だ、君は最高に幸運だ。急いで家に帰るんだ、きっと家族は君のもたらした魔法を褒めてくれるに違いない!」少女は家に帰る前に、その商人に満面の笑みを浮かべて、走り出した。
「ありがとう!」彼女は彼の腰に腕を回してしっかりと抱き締めると、本を胸に抱いて走り出した。
「バーカ」ケレックは毛布をまとめて馬に縛りつけた。彼はコインを弾いてキャッチすると、鶏小屋の方へと歩いていった。
「この馬鹿娘!」彼女の母親はそう叫ぶ。彼女の声は小さな小屋に響き渡った。「馬鹿者、馬鹿者、馬鹿者!」彼女は少女の顔を何度も叩いた。「本は食べられないでしょ!」
「でも、この本はね……」「魔法?」母親は再び少女をぶつ。「この世には魔法なんてないのよ、あるのは忌まわしきアビルト、馬鹿者、無能な小娘だけよ!」彼女は本を掴むと、円盤投げの円盤のようにそれをドアの外へと放り投げた。
「外で寝てみなさい!もしその本があんたを生かしてくれるならね!」
少女は泣きながら戸口を通り抜ける。彼女は本を見つけてじっと見つめると、小さな拳で出来るだけ激しくそれを叩いてやる。村の人たちは小屋の中からそんな彼女を見ていた。彼女は泣きながら小屋の裏へと回った。しばらくして、彼女は本を開ける程度には落ち着きを取り戻した。夕日に照らされながら、一年前に祖母から教えられた言葉を発音してみた。しかしそれは同じことを言っているのみで、明らかに/非魔法的であった。そんな風に思うと、彼女へと新たな感情が襲いかかり、彼女は泣きながら眠りの中へと落ちていった。 —
— 目を覚ますと、そこは彼女が今までにみたことがないほどに美しい場所であった。
そこはまさにおとぎの国で、その景色は木々や谷、それに遠くの山々までもが色とりどりに染まっていた。虹色の鳥が彼女の頭上を飛び交い、信じられないような動物達が谷を駆けていた。空を見上げてみると、昼間だというのに今までにないほどの沢山の星が見え、遠くには二つの太陽が見えた。
「すみません、お嬢さん」
彼女は振り返ると、目の前の男に驚きを隠せなかった。
彼は背が高く、彼女の二倍ほどはあり、彼女よりもずっと歳上であった。彼の真っ白なひげは胸のあたりまで伸びていたが、綺麗に整えられていた。彼の髪も同じ色をしており、眉がふさふさとしていた。彼女は彼を見るために顔を上げた。彼の声は柔らかく、深みがあり、それでいて親しみやすく、話している時はとても落ち着いていた。彼の顔は愛想良く見え、上を向いた唇の両端には、沢山のしわが刻まれていた。
しかし最も素晴らしかったのは、彼のマントだ。それは揺らめく緑で、黒曜石のような深い深いエメラルドのような緑から薄いオリーブの葉のような緑、それにその中間くらいの緑まで様々な色が陽炎のように揺らめいていた。少女は呆然としてしまった。
「どうもこんにちは」
「あ、あなたは魔法使いなんですか?」彼女はどもりながらそう言ったのは、彼は親切そうに見えたが、彼女は彼を何と思えば良いのかわからなかったからだ。しかし、彼は彼女へと微笑みかけ、彼女は元気が出てきた。
「恐らくそうですが……お嬢さん、あなたは誰ですか?」
「アレイア」
「なんて可愛らしい名前なんでしょう……アレイア。ええと、アレイア、ここがどこか分かりますか?」彼女は恥ずかしそうに周りを見渡してみたが、彼女は今までこのような動物や美しい景色を見たことがなかった」
「私、天国へ来てしまったのですか?」
「おや!」その老人の笑い声は大きく、深みがあり、意地の悪さは全くなかった。それは若くも感じられた。
「それは違いますよ、愛しいお嬢さん、あなたは天国にはいません。死後の世界を見るのにあなたはまだ若すぎますよ。そこは私のような年寄りのためのところですから。私はあなたの見つけた御書の中にいるのですよ、アレイア」
「御書……」
「そう、御書。私は自身を御書の護り手と呼んでいますが、お好きなように呼んでください。ここでは、魔法使いが丁度いいかもしれませんね」
「御書の中には言葉が書かれています」
「読めますか?アレイア」
「おばあちゃんが本を見せてくれたんだけど、私はその音しか知らないんです。私にはちゃんと読めません」
「私と一緒に歩いて頂けませんか?アレイア。私には長い間仲間がいなかったので、あなたのような明るい若い方と話がしたいのです」
そして二人は素晴らしい森や谷を歩いて、御書の護り手はアレイアの疑問に答えていた。彼女は魔法の本を見つけたことに喜びを感じていた。
「これは魔法だわ!」
「たしかにそうですね。かつて、私を訪ねてきた人たちの時代は今と違って、必要なものが全て揃っていて、知りたいことが全て分かっていたのですよ」
「旧世界のことですか?」
「そうです。しかし、長い間訪問してくる人はいなかったので、あなたが来てくれて嬉しいですよ。そういえば、もう一人の男性はどうなったのでしょう、彼はまだ来ていませんが……ああ。彼はもうすぐ来るでしょう。私はあなたに聞きたいことがあります、アレイア、またここに来てくれますか?」
「ええ、勿論です、御書の護り手さん。この場所は大変素敵なので!」彼は有頂天になり、笑顔を見せた。
「ですが、アレイア、私はあなたと約束をしなければなりません」彼は表情を曇らせる。「私は旧世界で罪を犯しました、それは二度と起こさないつもりですが……あなたはあなたの生きる世界で幸せにいると私に約束してください。あなたは何度だってここに来れるし、たしかに私もそれを望みます。しかし、約束を覚えて私のように自分の世界に住む必要もあります」アレイアは勢いよく頷いた。「宜しい」御書の護り手は再び微笑んだ。
「御書の護り手さん?」
「何でしょう、お嬢さん」
「この言葉は何というのでしょう?なんていう音なのかよく分からないんです」
「これは英雄は誕生するという意味です。あなたの祖母が見せてくれたという本について、あなたはどのくらいを知っていますか?」
「多くは知りません、御書の護り手さん。おばあちゃんも、少ししか知らなかったみたいです」彼女から笑顔が消え、その魔法使いは戸惑った。
「ではそこから始めましょう。アレイア、私にそれの読み方を教えてくれませんか?」