Leeway
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私にもかつては両親がいた。2人は私に関するナニカについてよくもめていた…私たちがそもそも何について争っていたのかは思い出せないけど、彼らからの恐れはいつだって感じられた。もともと2人が勝手に争って、私がそれに巻き込まれたと考えるのが無難かもしれない。もしかしたら、少なくともそう考えておけば、私に責任が押し付けられることもなかったかもしれない。その責任を排除さえできれば、それ以降のこと全部もっと楽に対処できるようになるってものじゃない?

ある夜、私は逃げた。ただのがれるために、2人をナイフで部屋の角まで追い詰めなくてはいけなかったけど、でも私は逃げた。あの夜は何かが違った、そのくらいしかわからない。両親も感じていた。家から出ながら、2人を見つめられるだけ見つめたら、その最中、いちどたりとも私の目をみてくれなかった。走り去りながら、いちどたりとも振り返らなかった。それから数年は、ある程度の平穏の中で暮らすことができた。名前を変えて、新しい仕事を見つけて、友達をつくって、叔母のところでしばらく過ごしてから自分だけの居場所を作って…

それだけしても、違和はあった。私はそれでもなお、それまでの経験の重みを負い続けていた。でもそれ以外のなにかがそこにしがみついていた。たぶん、絶望と、恐怖。言葉にするのは難しいけれど、おそらくそれ以上のもの。友達らといても、私はあらゆる交流に対しても警戒心を解けなかった。まるで彼らからも逃げ出さないといけないかのように。造園業者になることは気を紛れさせてくれた、でも時が経つに連れて私がこれまで歩んできたことに対して感じたのは…そうね、何かが覆いかぶさってきて、自分の感覚を飲み込まんとするような感覚ってないかしら?それがゆっくりと時間をかけてきた。

やがて夜はひどくなっていった。夢は次第に同じものを繰り返すようになった。最初はたぶん夢の終わりあたり。というより、ある一つの要素にまつわるものだった。いずれにせよ私は恐怖してきた。そして何ヶ月経ったかも知れない今も、ずっと同じであり続ける。

私はまた家に戻っていた。みんな眠っている。両親も、兄弟も、愛犬さえも(ただ正直、そんなものがいたかも覚えていない)。けれど違う場所から始まることはなかった。いつも、例外なく。同じ場所。ちょうど2階の廊下で、行ける場所はほんの2箇所。ベッドルームか、前か。でも、ベッドルームに向かえたことはない。ドアに鍵がかかっていたか(そもそもドアに鍵なんてあったっけ?わからない)か、ただそっちへの廊下を進むことができなかった。だから前しかなかった。

そして前には、梯子と屋根裏部屋が。

家出を決行したときあの日まで、屋根裏部屋を不気味に感じていた。梯子にすら嫌悪感が強すぎて近づけなくて、知る限りでは誰一人としてあそこを物置としてすら使わなかった。でも今度は違う。他にも何かがある。さまざまな感覚──嫌悪感と(私自身の?)、憎悪と(どこか…の?)、恐怖と、そして…そう、ね、ぴったりな言葉が見つからない。他の誰かがその一生の中で一度でも経験するようなものじゃないと思う。全部、何か別の感情。

私は初めて、梯子を登った。足は重くて、持ち上げることも辛いほどだ。胃が捻れて頭が不規則に脈打つのがわかる。登りたくない、かといって登るしかできない。道を戻る選択なんてなかった。いつだって前に進むだけ。梯子はたったの十二段(ここ数年、数えていた)なのに、段を登るにつれて時間の流れが遅くなっていくように感じた。最上段で、全てが止まるかのように。

ついに、私はたどり着き、覗き込むことができた。屋根裏部屋が見えた。

夢の中で繰り返されるものとして他にもあるのが、この屋根裏部屋に存在するものを見ることも、思い出すことができないこと。私は何かを見る、けれどそれがなんであったかはわからないし、そもそも何かがあったかすらわからない。圧はある、けれどそこで本当に感じ取れるような圧なんてどこにもない。そこは空っぽな場所。私はそう願っている。毎回屋根裏部屋へと登り、そこに何もない。にもかかわらず、私を不安と恐怖でいっぱいする何かが屋根裏部屋にある。屋根裏部屋を覗き込まずにいられない。何が私をそこへ誘ったかを見回らずにいられない。

そして私は、梯子を登ってすらいないことにきづく。前にしか進めない。だからまた上に登るしかない。もしかしたら今回は、両親を一目見られたかも。壁に頭を向けて眠る彼らを、灯りが私の視界から完全に遮ってしまうかも。未だに両親のもとへ行って話をすることができない。そこにはただ梯子と、屋根裏部屋と、私を待ち受けるなんらかだけがある。そしてとうとう初めて、屋根裏部屋に上がって、足が重くて持ち上げるのも大変になって、胃袋が捻れて、頭が脈打って……

そして眼が覚める。梯子なんて登ったことがないと気付いて。もちろん梯子は登ったことはわかっている、けれど絶対に辿り着けない。でも辿り着いたことがあるとわかる。何も私を待っていてくれやしない。それが理想、でも感じる。私が残していったかもしれない何か。ときおり、両親が梯子を登ろうとする夢さえ見る。母さんは、一度だけ成功した。母さんが何を見たのかを知るのが怖い。

ここ最近、家に戻って両親に会ってみたいという気持ちがあった。私のみた、たぶん、最後で比較的普通な夢の中で、私は帰った。その日はクリスマスで、せめてもう一度だけ両親に会って、誤解を解いて、私たちにとって物事を少しは改善したかった。両親と兄弟のためにいくつか差し入れを持って、車で半日くらいかけて行った。でも…そこはもう、私の知ってる家じゃなかった。みんな、私が最初からいなかったかのように振る舞った。わたしのことを懐かしげに覚えていて、まるで私がそもそも彼らとの人生を過ごさなかったかのようだった。そして、屋根裏部屋も、まだあった。

私はまた屋根裏部屋にむけて足を進め、自分が梯子に足をかけようとしているのを感じた。

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