左手で書かれた遺書

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拝啓

 時として組織というのは、ある一つの人種を指すべき比喩として扱われることもある。それであるのか、それ以外であるのか。彼らを独り善がりな利害で定める上で、最も重視されるものはそれでしょう。膠着した特徴を元に、彼らの想像と計画は成り立っているのだ。

 「左利きより、愛を込めて」そう綴られた私の手紙を読み返す度、私はそれを思い返すのだ。ソビエトより持ち込まれた私の作品たちは、どれも素晴らしいもので、どれも狡猾な私の手によって生み出された事実をよく顕している。しかし、嘗ての芸術家でもあった私はもう長くはないのだ。以前のあなた方は歴史を忘れることを選んだ。それなら、全てを知りたる私は、歴史の真実を打ち明ける責務があるのでしょう。


 あなた方の団体が樹立したのは、一世紀ほど昔のことだ。私は当時、祥が無い学者の一人であった。静かに綻びる現実より逃れた人々であり、何者でもなかった人種の集まりだったあなた方は、人類の保護という煙霧のような盾を掲げて世界を駆け回っていたのだ。叶うことならば、思い出して欲しい。嘗て私もそこへいた。

 彼らの知識の飛行艇は地中を飛び、舟は陸へ乗り上げた。やがて、大衆は惹き付けられるものであり、彼らへの挨拶に顔を出す者は数を増す。より多く例が持ち込まれ、資料の山を保管する為の数多の本棚が一室に隔てられ、イニシアチブが誕生したのだ。そこでも私は夜通し机へ向かい、ランプシェードの灯りを頼りに彼らが為に生きていた。つまり、私達は一つの組織と成ったのだ。

 しかしあなた方は、人の記憶へ手を下す、禁断の技術を掘削してしまった。

 物事を忘れるという行為は、記録する行為と矛盾する。貴人多忘であってはならないと、彼らの一人が指摘した。"私達が守護するべき人々を忘れ、保護されるべき人類が我々を忘れる。それでは、そこには初めから何も無かったのだ。"と。人体科学の発展の確保により与えられた亀裂は、記憶のみにあらず組織にまで及ぶのだ。

 しかし、あなた方は何より恐怖を暗闇へと隠蔽する選択を好んだ。危惧したのだ。そうしてあなた方の革命は一夜にして角の一室で成ってしまった。彼らを切り捨てることで、数本の薬品を皆で煽るのだ。もし私達の立ち会いの元であらば、それは止められたでしょう。しかし、私達は如何にしても再びあなた方の記憶へ踏み込むことは出来ないのだ。

 そうしてあなた方は「確保、収容、保護」と唱う理念の舟へと乗り、再び世界へ広く股に掛ける。暗い観衆を差し置いて組織は発展し、世界を覆うヴェールの光は記憶と共に塞ぎ切られるでしょう。しかし、今はその薬品を傍へ離しておきなさい。そして、思い返して欲しい。それは決してたった13人の人々が遣って退けたことではないのだ。

 何者でもなかった私は再び何者でもなくなり、何者でもなかった人々は、本当に何者でもない人々に変わってしまう。あなた方が忘却の内に得た全ては、何者でもないのだ。


 斯くして私は、一人の何者でもないとなり、自己の正常に倣い他の人々を支援することとなる。しかしそれも長くは続かないのだ。ここへ来て、埃の溜まる一室より、手垢の付いた七弦ギターと共にこの書翰を探し出してください。最後に、あなた方に何者でもない者たちの愛を、そしてたった一人であった左利きの旧友を見つけ出してくれることをただ願う。

──左利きより、愛を込めて



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懐かしいものだ。君はずっと左利きだったのだ。

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