karkaroff 2023/06/26 (月) 22:29:01 #72416532

April 10, 2016 Baikonur
バイコヌール……カザフスタンの中のロシアにはかつてのソビエトで集められた貴重な資料がこれでもかと詰め込まれている。技術資料、調査記録、観測記録、歴史的資料etc……
かつての大陸の英知が集められたこの宇宙開発都市には実は奇妙な都市伝説がある。UFOがどうとか、神の杖がどうとかそういったありきたりな陰謀論も確かにあふれているが、あの場所には事故や事件、失踪に暗殺と血に塗れた歴史の上に築かれたオカルティックな怪談話がこれでもかと残っている。
それは整備スペースで血まみれの男が立っていたり、足首しかない軍楽隊が”演奏”したり面白いものもあるが、その中でも一際目を引く、存在感を放つ話だ。そいつはロシア帝国の後期ソビエト時代初期にかけての歴史資料室に出る。奇妙な話だ。なぜ、どうしてそこに出るかは分からない。だが、そいつは奇行を続け、今や資料室に入室するための同意書にも存在するほどになっている。
もしも、帝国ロシアの歴史資料室でUFOの話をされても決して答えてはいけない
何のことか、初めて見た人間は首をかしげる事だろう。私もそうだった、あまりにも突飛で、胡乱なその記載を見て私は担当者にこれはいったいどういう事なのか訪ねてしまった。担当者曰く……担当者曰くはどうにも奇妙な幽霊が出るらしい。胡乱で奇妙なその存在は資料室で調べ物をしてくる人々に語り掛けてくる。だから書いてあるのだ……
そう、ここには、UFOの話を語り続ける宇宙飛行士の幽霊が出るというのだ。
よりにもよって数多の都市伝説の中で私が遭遇したのがこいつだった。
karkaroff 2023/06/26 (月) 22:47:14 #72416532
何年前だったか……当時はまだきちんと宇宙基地として稼働していたバイコヌールに仕事で行く羽目になった時の事だ。当時、私はトレジャーハンターもどきのような仕事をしていて、国の依頼であれこれソビエト崩壊後に記録から漏れた施設の再登録や探索を仕事としていた。
あの町はソビエト崩壊の余波があってもなお、比較的情報が保全された数少ない場所の一つで仕事のための情報をあさるにはうってつけだったんだ。何回かの申請の甲斐もあって出張の許可が下りてわくわくしてこの町を訪れたんだ。宇宙基地はいろんな意味でロマンがある、今回の場合は特にそうで半分観光気分、半分仕事の感覚でバイコヌールを訪れることになったんだ。
バイコヌールの町から延々と陸路を走らされ、やっとのことでたどり着いた時にはもう、砂と岩だらけのこの土地に辟易し始めていたが、それはそれとして僻地の僻地、辺境の果てみたいな土地に建てられたこの施設に初めて訪れたという感慨にちょっと子供っぽい感情を覚えていたのは否定しない。
まあ、それはそうとしてバイコヌールに限らず政府施設やこういった重要な施設に入る際には大体、事前の申請と、訪問時の記入書類がいくつかある。とくにここはロシア系の施設だ、それはもう嫌になるほど書類を書かされる。大体の書類は事前に用意して確認も済んでいたが今回の目的となる歴史資料の保管庫については入室の為の同意書を改めて書かされたんだ。
大体の内容は資料の扱いについてや入室のルールについて、一時的に資料を持ち出す際の手続きや守秘義務が課される書架への入室についてなど基本的には納得できるものがほとんどで何の問題なくチェックリストに記入をしていく。
しかし、その中にただ一つどうしても首をかしげる項目があった……
もしも、帝政ロシアの歴史資料室でUFOの話をされても決して答えてはいけない
大雑把に書くならこういう内容の事だ……そもそもロシア帝国時代の書庫でUFOの話をするのもどうかと思うのだが、それはそれとして理由が気になった。まずもってこの記載だけでは意味が分からない。気になって受付で確認をしてみるも理由を知らず記入してくださいの一言のみだ。仕方なしにここで記入をして私は中の職員に話を聞くことにした。(幸いなことに私の所属する組織の職員も何人かここで働いていたのだ。)
話を聞くとより首をかしげることになった。聞けたのは大体が……
「バイコヌールの遭遇できる都市伝説だよ、あってみれば分かるからとりあえず資料室で調べ物をしてみるといい。」
「宇宙飛行士が出るのさ、いつの頃からか知らないが胡乱な話をする宇宙飛行士が話しかけてくる。」
ようは都市伝説の何か幽霊みたいなものが出るからそれについての警告だ……と言う事なのだが実際にどんなものが見れるのかあまりイメージができなかった。仕方なしに実際に入ってみることにした。本来の目的もあることだし、入室しなければ始まらなかった。
karkaroff 2023/06/26 (月) 23:15:55 #72416532

あくまでイメージ図だ
資料室の作りは君たちが想像する図書館のずらっと本棚が並んでいる図というよりは警察署で証拠品が延々と詰められた押収品倉庫や事件資料のアーカイブに近い。無機質な棚が延々と並んでいて年代で分別されている。
部分的には政治、文化、特定の事件についてで分類されている棚も存在するがおおよそは何年にどういう事があったかを探すのであればその年代の棚をあされば大抵は何とかなるような仕組みになっていた。知りたい年代の棚を行ったり来たりして延々と箱に詰められた資料を精査しては棚に戻す。必要な事項を記録して、ものによってはフィルムや持ち出しの許可申請の書類に記入してまとめていく。地味で特に劇的なものもないが落ち着く作業だ。
特にこの頃はどこぞの調査もなければバイコヌールでの打ち上げなんかも予定されているわけではなく、延々と2時間ほど一人で作業していた。大体の作業が終わって落ち着いたころ、ふと死角から声をかけられた。
「君、そのアジア人に見える君だ、ちょっといいかね。アポロ・ソユーズテストの資料がどこにあるかしらないかね?1972年の記録資料なんだが……」
私は急に声をかけられてビクリと体を震わせながら振り返ると、そこには人のよさそうな老齢の男性が立っていた。おそらく大佐とみられる階級章をつけていて、ちょっと何か困っているような表情でこちらに語り掛けてくる。
「当時、私が第一種接近遭遇を果たした記録を確認したいのだが1972年の資料棚にそういったものがなくて困っているのだよ。君は知らないかね?」
私が反応するのを見てそう続けてくる。私はついつい
「いえ、この辺りは歴史的事実を記録した資料がしまってある資料室なのでUFOに関する観測記録とか、未確認飛行物体に関する資料はないと思いますが……もしあるなら見てみたいものですね。宇宙基地でそんな記録があったらSFらしくていい。」
みたいなことを答えた。かれは、UFOとかSFとかそういう単語が聞こえたところでにやりと笑った。そう、ニコニコとした好々爺のような表情ではなく、歴戦のオタクが同志を見つけた時のようにニチャっとした笑みだった。
彼は私の近くに設置された椅子に座ると私に座るように促してこれでもかとUFOの話を私に講釈し始めた。
内容はとっ散らかっていて、色んな年代の、各国の第一種、第二種接近遭遇についての見解。マンテル大尉の墜落事件に、チャイルズ=ウイッティドでのUFO目撃について、ゴーマン空中戦は本当にバルーンを見間違えたのかについてやソユーズ18号の昆虫が宇宙人に連れ去られたという何処の記録にも残されていないような奇妙な話まで様々だ。
早口で生き生きとUFO話をする彼の姿は完全に世界共通のオタクの姿そのものであったが、彼の話は経験に裏打ちされたような宇宙での経験を交えて話され、特に彼が繰り返し語るソユーズ19号とアポロのドッキングを行った際の話については真に迫っていたし、彼がソユーズ11号にふれた時の悲痛な表情は彼が関係していたのだと感じさせるに十分な説得力を持っていた。
ただ、奇妙なこともあった。彼が話を一つ区切るごとに静かに資料室、書架につけられた電灯が一つ、また一つと消え、それに伴って彼の姿がまるで闇に溶け込むように段々と薄くなっていったように見えたことだ。
そして、最後には彼はオタクのような話をつづけながらふわりと、まるで煙が風に流されて消えるように急に途切れ、気が付いた時には部屋の灯りが入室した時と同じように点灯し、私は静寂に取り残されていた。
karkaroff 2023/06/26 (土) 23:40:02 #72416532

Alexey Arkhipovich Leonov,1934 - 2019
何が起きたのか、そもそも誰に何を語られていたのか?
静寂の中で何が起きたかよく理解できていなかったが、混乱する中で今の爺さんが誰なのか、何処かで見たことあるような顔に首を傾げつつ、資料と書類を携えて部屋を退室することになった。
そして部屋を出て手続きを終え、歴代の宇宙飛行士の写真の一つを見てそれをどこで見たのか知ることになった。
アレクセイ・レオーノフ、ガガーリンの同期でソビエトで宇宙飛行士として選ばれた最初の20人の一人、その老人の写真が大きく額縁に入れられてそこに鎮座していた。まだ存命の……当時存命だった偉大な宇宙飛行士、先ほど私に延々と胡乱な未確認飛行物体の話を語ってきたその人だった。
彼が本物だったのか?はたまた生霊や宇宙人にまつわるナニカだったのか、それは私には分からない。
ただ、今もバイコヌールにつめている同僚が言う限り確実に分かっていることが一つある。
2023年6月現在、彼は死してなお、今もバイコヌールでUFOの胡乱な話を続けているという事だ。