楽し──
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耳元で携帯電話のアラーム音が鳴り響く。記憶しているだけでも、確か14回目のリピートだったか。
時間は……午後4時前。今日に間に合わせるためとはいえ、さすがに連日徹夜は身体に堪えた。

気だるげにベッドから出ると、洗面台へ直行。口の中に残った気持ち悪いものを全てすすぎ、冷たい水で顔を引き締める。
不意に目が合った鏡の中のワタシは、如何にも楽しげといった感じ。
ふふふ、なんたって今日12月1日、ワタシは新たな偉業を打ち立てることとなるのだ。

ワタシはパジャマ姿のままにリビングのソファへと横たわり、賞味期限ギリギリの菓子パンの袋を開ける。
そのまま夕方のテレビニュースをザッピングしつつ、携帯電話でニュースサイトを流し見する。
ふむ……やっぱり、目的のニュースはまだのようだ。

ああ、あのニュースをアイツらが見たらどんな顔するだろう。
まもなく、ワタシの新しい発明品でアイツらが慌てふためくと思うと……ふふふ。
そんな妄想に耽りながら、口元のクリームをティッシュで拭う。

「──さて、どうやら今年の流行語が決定されたようです」

来た! 思わずソファから転げ落ちながらも、テレビ画面へと前のめりになる。

「え~、いったいどれが選ばれるんでしょうね~」

そういうのは本当にいいよ。早く結果を見せてって。
ワタシの決め台詞が、華々しく大賞に選ばれるのを……!

そう、全ては気まぐれからだった。どうすれば最もワタシが楽しめるか。
そこで思いついたのがコレだ。きっと、誰も不思議に思いやしない。そうなるようにワタシが創ったんだもの。

発表式会場の中継映像、ボードの紙はめくられ、徐々に他の流行語が発表されていく。
ああ、本当にどうでもいいのや、一度も聞いたことないようなのばっかり。早く早く早く……。

「さあ、ついに大賞の発表です!」

よしよし! さあ、最後の紙をめくって!


「"楽し──"」


そう! その言葉は!


「"楽しようね!"」


楽しも…………………はい?

「あー! やっぱり、これになりましたか!」

「そりゃそうでしょ、だってこれを見聞きしない日がなかったくらいですよ」

いやいやいや……! ま、間違ってるよ!
らくしようね!」じゃなくて、「たのしもうね!」だって!

額の嫌な汗を無視し、別のチャンネルニュース、ネットのニュースサイトを手当たり次第に見て回る。
だが、どこも結果は同じ……え、あれ? ワタシ、何かミスった? まさか、入力ミスなんてこと……?

「さて! ここで、今年の顔の登場です!」

え? 思わず、テレビの中でにこやかに手を振る人物に釘付けになる。
バカみたいにド派手な格好をした外国人……あぁ、こいつは、こいつは……。
頭を掻きむしり、気付けばワタシは、テレビにリモコンを投げつけながら叫んでいた。

バーカ!! クソワンタメ、死ね!!

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