祀り
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世界は未だ、続いていた。


 どうにかこうにか正しくあれて、理不尽な明日への二択に勝ち続けて、ようやく私達は此処にいた。少し肌寒い春の先、終わる時の少し前。馬鹿みたいに深い夜、ありふれた日本酒と尽きかけた焼酎が転がってる。くすんだ檜の古屋の中で、安酒にどいつもこいつも溺れてた。両手で足りる寄せ合いが、一人残らず埃まみれの白熱灯に撫ぜるように照らされていた。
「死ぬって言われたのに、生きてます」と、どこぞの白衣がこぼしてみせた。今此処にいるのなら、当たり前の話だろうに、酒のせいで笑えてきた。
 
 ーあぁ、思い返せば、数多の歴史だ。あらゆる奴で生きてきたこれまでだった。最初は認められた財団でもなく、16のオブジェクトから始まった。存続が怪しい事も何度もあった。管理者は何度変わった事だろう。その割には変わらない者も、変われない者も居た。アノマラスの倉庫が溢れたなんて話やら、新人教育の重点化なんかもあった。制度なんて何十回も塗り替えられた。終末やら衰退やらも何十回も騒がれた。だが、此処は仕組みを変え、最適化を続け、進化を続け、全てを乗り越え、結局は生きている。振り返ればオブジェクトは3000を超え、違う世界も無数にあり、神様とやらも様変わりした。
 常識は変わり、ふざけた過去は塗り潰された。冷酷と残酷の裁定も行われた。も増え、そして消えて、或いは裁かれ、やがては残った。
 何千回ものKクラスやら終わりの言葉、それらはただの週末として過ぎ去った。もう”財団”に絶望もしなければ、楽観もしなくなった。とうに”確保、収容、保護”に気負う事はなくなった。結局は、此処の者らと生きてきた。予知も予測も予言すら、意味が無い事をもう知った。知っているから此処にいる。世界が壊れたとしても、きっと私達は止まらない。

 終わってしまえば全て分からなくなるとして。顔や名前に意味合いなどなく、記憶と記録に永久性など無いとして。それでも笑えない世界を肴に、いつもみたいに塞がりきった今日を創る。劇の中、有難み、慰霊し、祈り、変遷した。

 空を向いてた時計の針は傾いている。今日が過ぎて、祭りは終わる。吐いた嘘は、嘘のままに沈んでゆく。藍すら通り越してたはずの空色は、もはやとうの昔に淡い。桜が散ると同じ時、きっと名すらも酔うみたいに忘れてく。そして死に、過去すらとうに正しくはない。だからこそか、僅かな最後に知ろうとした。
 室外機の音が響いた。桜が舞った。開いた窓を結露した雫が撫でる。混ざった香水と酒の香りは空に解けて塗れて消えた。両手を溢れる寄り合いの中、誰も彼も揺蕩う様に曖昧だった。生きてる事はとうに知ってたはずなのに、どうにもこうにも嬉しかった。
 来年にまた全てが揃う事が無い事なんて、誰しもが分かっている。そんな嘘はみんな分かってて、全てが後の祭りになる事も分かっていた。何もかもが変わり果てる事なんて、当たり前で、だけど、それでも。
 もう一度嘘を吐くため、今日を祀る。


日本支部理事会”

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