系統死因学概論 - 第三回講義
rating: +60+x
blank.png

はい、それでは、時間になりましたので、講義を始めたいと思います。プリントを回しているのでね、学籍番号と名前を書いていって下さいね。

では、改めて。前回の講義では、疑液相性致死的事象……まあ、つまりタナトーマが発見されてから、社会へ広まるまでの科学史について軽く流しました。今でこそ皆さんも気軽にタナトーマの抽出を受けていますが、そこへ至るまでにはかなりの紆余曲折があった事は理解できたと思います。今日はその続きで、いよいよ系統死因学という学問の成立についてお話していこうと思います。

さて、始まりは、「タナトーマの強弱」という概念の発見でした。皆さんは「死の貧者」という言葉をご存知ですか?近頃、高齢な富裕層の間で社会問題になっているんですが  簡単に言うと、高度なタナトーマ抽出を受けすぎてちょっとやそっとじゃ死ねない様になってしまった、という話なんですね。タナトーマを注入すればいいんじゃないか、と思うかもしれませんが、ここで問題になるのがその「タナトーマの強弱」になる訳です。つまり、タナトーマには  語弊のある言い方ですが  質の良い悪いがあって、質の良いタナトーマ抽出ならば質の悪いタナトーマの注入に対しても不死性を得られる、得る事が出来てしまう、と。まあ、我々一般庶民に手の届く範囲では問題にはならないので、気にしても仕方ないんですが。

えー、何の話でしたかね。あーそうそう、現在でもタナトーマの抽出には色々手法があるわけですが、基礎研究段階ではもうそれは沢山の方法が試みられました。実験対象も動物ですから、人間相手では非倫理的な手段まで様々で、今となってはどのように抽出されたか失伝してしまった試料まであるんですが……どうにも抽出方法によって抽出されるタナトーマや、ドナーとレシピエント   つまり抽出を受けたり、逆にタナトーマを注入された動物の性質に一定の差がある事が分かった訳です。

████教授の有名な実験を見てみましょう。2群のラットに対して、それぞれタナトーマ抽出法AとBを実施した結果、タナトーマA'エーダッシュとB'、死を抽出されたラットエープライム群とB°群が出来ました。まず、A°群とB°群の不死性を検証した所、どちらもテトロドトキシンによる薬殺に対して耐性を持ち、またA°群にA'タナトーマを、B°群にB'タナトーマを注入すると呼吸の不全によって死亡する事が分かりました。ここまで2群に差はありませんでしたが、A°群にB'タナトーマを、B°群にA'タナトーマを注入した所、B°群のみが死亡するという結果が得られたのです。
Thanaomania_fig1.png
これは何を意味するのでしょうか?更に実験が行われました。もう一つ別の抽出方式Cを用いて、ラットC°群とタナトーマC'を作成し、同様にA、Bとの比較を行いました。すると、C°群はA'、B'タナトーマに耐性を持ち、タナトーマC'はA°、B°群のいずれも死亡させたのです。
Thanaomania_fig2.png
この結果を受けて、████教授は「タナトーマの強弱」を考えついたのです。つまり、タナトーマはC'、A'、B'の順により強い作用を持ち、またそれぞれを抽出されたラットもC°群、A°群、B°群の順に高いタナトーマへの耐性を得たのであろう、と。
Thanaomania_fig3.png

更に実験が重ねられました。各ラット群に対し、テトロドトキシンの同族体や類似の作用機序を持つ物質を投与し、果てはごく単純に二酸化炭素による窒息まで試験して、より厳密な各ラット群の死に対する耐性を比較したのです。結果は歴然で、一番「強い」C°群では呼吸器の神経活動を化学的に阻害しても問題なく生存した一方、一番「弱い」B°群は同族体に対してすら耐性を持っておらず、致死でした。実験の結果は、「タナトーマの強さ」が「タナトーマとして抽出された死の範囲」を反映している事を示唆した訳です。

これを受けてまず考え出された仮説が、「パッチワーク仮説」です。パッチワーク、当て布ですね。つまるところ、布を丸く切り取る様に「死の青写真」のある範囲が抽出され、タナトーマという形で切り出される訳です。より「強い」タナトーマとは、より大きい範囲の「死」を切り取った当て布であり、死への耐性とは青写真に空いた穴である、と。大きい当て布ならば小さな穴を塞いで青写真を復元できる一方、小さい布切れは大きな穴をふさぐ事ができない、それが「タナトーマの強さ」に相当するのではないか、という仮説でした。
Thanaomania_fig4.png

当初、この仮説は上手くタナトーマの特性を説明できていたと思われました。例えば、より「強い」タナトーマの抽出には、得てして大掛かりで本当の死の危険性がある手法が必要ですが、これは"より大きい範囲を切り取る"為に相応の労力が必要となる為だと理解されました。しかし、この仮説は「どの様にタナトーマの強弱が生じるか」に関して説明してくれないという重大な欠点があったのです。タナトーマの研究は、次にその原理へと目が向けられ始めました。

ここで、一つタナトーマの重要な性質、「クラスター」という概念について説明します。これは、特に高強度のタナトーマの抽出において見られる独特な性質です。先のテトロドトキシン抽出の例でもありましたが、高度なタナトーマ抽出を受けるほど被験者はより広範な不死性を獲得します。しかし、興味深いことにこのタナトーマ抽出の範囲の広がり方にはある程度のパターンが存在し、しかもそれは不連続的に拡大する事が分かっています。例えば、ここに  死因1から死因9までの9種類の死因があるとしましょう。最低レベルの抽出では、この死因一つ一つを取り除くのが限界です。そこで、抽出の程度を一つ上げてやると、一度に死因1、2、3と、3つまとめて死因が抽出できました。更に抽出強度を上げましょう……抽出されたのは、死因1から6までの6つでした。いきなり抽出範囲が広がりましたね?これが先述の不連続性の意味です。更に一段階上げれば、遂に1から9まで全てを引き抜く事ができる……はい、これで死因1を中心に抽出範囲の拡大を追いました。では、死因7から始めた場合どうでしょうか?まず抽出されるのは、7、8、9です。そしてそこから一段階上げると……4、5、6は、抽出されないのです。外見上、抽出されるタナトーマは変わらず7、8、9のままです。更に強度を上げると、ようやく4、5、6に手が届く……だけではありません。1、2、3まで共に抽出されるのです。さて、「クラスター」が何を意味していたか理解できましたか?今回で言えば、死因3つずつ、1から6まで、そして死因の総体と、それぞれ階層の異なる集団が存在する事が分かると思います。これが「クラスター」なわけですね。
Thanaomania_fig5.png

さて、先ほども言いましたが、「パッチワーク仮説」はタナトーマの抽出・作用機序について、whyには答えてくれてもhowには答えてくれません。「クラスター」もそうです。「パッチワーク仮説」では何故「クラスター」が形成されるのか、各クラスターを隔てるものは何か、そういう事には答えることができなかったわけです。そこで、代わって別の概念が成立し始めました。今もなお最も有力と考えられており、ひいては「系統死因学」にも通づるその仮説は、「系統樹仮説」と呼ばれています。

「系統樹仮説」のそもそもの出発点は、「死とは何か」という哲学的な、しかし重要な問いでした。失血死、転落死、窒息死、溺死、感電死、全ては死ですが、全く同じ死ではありません。共通点、あるいは相違点は何か……それを編纂していった末に、我々は「死の系統樹」とも言えるものに辿り着きました。例えば、溺死は窒息死の一種です。何によって窒息するかを液体に限った、いわば窒息死の下位互換的な概念が溺死となるわけです。更に言えば、窒息死は酸素供給の途絶による死の一員です。ここには失血死なども含まれるでしょう。そして、失血死は失血死で銃創や裂傷など、特定の要因に基づいた死を引き連れているのです。この様に、死にはある種の主従関係が存在し、それが枝状のネットワークを形成する事が分かるのではないでしょうか。その枝々は「結末としての死」という1本の幹へと通じているのは想像に難くありません。まさしく、死因の系統関係が描く樹形図なわけです。そして、この「死の系統樹」にタナトーマの概念をうまく当てはめる事で、タナトーマの諸性質を説明する事ができる、というのが「系統樹仮説」な訳ですね。
Thanaomania_fig6.png

では、「系統樹仮説」においてタナトーマの抽出とはどの様に捉えられるのか?端的に言えば、タナトーマの抽出は枝の剪定と言えるでしょう。そもそも死ぬという現象は、梢の先から幹へと辿る行為であると模式化できる訳ですから、タナトーマの抽出は、枝を切り出して死を辿る為の道を失わせてしまう事に相当するのです。逆に、タナトーマの投与は、枝に接ぎ木をして、そこから死へ向かう、そう考えます。

この仮説は、タナトーマの強弱や「クラスター」の観念を上手く説明できます。強弱はどれだけ根元近くから枝を落としたかを意味し、弱いタナトーマほど枝先を落とすに留まっている訳です。より深く枝を切り落とされては、枝先は同じ場所に接ぎ木できない訳で、これがタナトーマ間の力関係に反映されているという事です。また、「クラスター」は枝のつき方そのものです。先端の隣り合った枝でも、どう枝分かれてそこへ至ったのかが違えば、バラバラに切り出されていくのは自然であると言えます。この様に、タナトーマの性質に模式的な理屈を付けられる「系統樹仮説」は、瞬く間にタナトーマ研究におけるスタンダードな仮説となり、やがては「系統死因学」を成立させました。

さて、今日の講義はここまでとしましょう。次回は、今の系統死因学でどの様に「死の系統樹」を解き明かしているのか、またそこから派生して、系統樹を包括的に捉えようという試み、「タナトソーム」について話していきたいと思います。出席簿は?ああ、ありがとうございます。質問があれば個別でも受け付けていますので、それでは。

特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。