霧は晴れない
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「この山見てみろよ。夜、ここの廃寺に足を踏み入れた数日後に死ぬんだとさ」

「いかにもありそうだな。引っかかる奴いんのか?それ」

「得体の知れない奴にかなりの時間差で殺される……まぁまずありえない。だが……」

「だが?」

「実際に行ってみて死ぬかどうか、確かめてみねぇと分からんだろ?」

「流石、よく分かってる」

「幽霊の正体見たり枯れ尾花ってやつよ」

 ある男と、その友人らしき男が1人。この2人の趣味は怪異スポット巡りだった。ネット上で「出る」と言われている場所に足を運び、実際に「出る」のか確かめる。ここ1ヶ月で5件ほど巡ったが、今のところ収穫はゼロだった。だが、この廃寺の件に関しては違った。

 廃寺に着いた2人は、辺りを散策する。暗いのでライトをつけて、あちらこちら歩き回る。傍から見れば不審者そのものだが、こんなところに人なんていない。何時間か辺りを調べたが結局、ただの廃寺があるだけで何も収穫がないように思われた。

「帰ろうぜ。これもハズレだよ」

「そうするか」

 こうして、いつも通り解散した。その3日後、男の友人は件の廃寺で死体となって発見されていた。死体は、首元をナイフか何かで切り裂かれていた。不可解だったのは、凶器がどこにもなく、廃寺に生きた人間が入った形跡が無くなっていたことだ。男とその友人はたしかに廃寺に入ったわけだが、その痕跡が初めからなかったかのように消えていた。男の友人の死体は、結局原因不明の不審死として片付けられた。

 2週間後、葬儀が行われ、男は無気力になった。葬儀で流した涙と一緒に自分の中の色んなものが流れていってしまった。葬儀で涙を流す度、少しづつ心が、自分の中身が消えていった。いつしか、そのまま消えてなくなっていってしまいそうになる。なぜ友人が死ななくちゃならなかったのか?なぜ自分は生きているのか?そもそも理由なんてあるのか?本当に「出た」のか?もしそうだとしたら、真相は?友人はあの廃寺で何かを見つけたのか?それとも、見つかってしまったのか?

 ぐるぐると思考がループする。考えることが止められない。手慰みにと、ネットの深くまで潜り込み、不審死や怪異にまつわるあらゆる情報を仕入れた。皮肉にも、それは友人がいた時となんら変わらなかった。唯一違うのは、そういった怪異を笑い飛ばせなくなったことだ。それが男にとっては、何よりも大きい。調べる度に、ずっしりとした重みを感じるようになった。どんどんどんどん、肩に重荷が増えていくような感覚が男を襲う。もう死んだ者のために使う時間が、こんなにも重いとは。男の目は日を追う度に、虚無を映す。光を取り込む余裕は、とっくになくなっていた。

 何ヶ月も収穫がなかった時のこと。「死んだ人間に一度だけ会える踏切」のことを男は知った。藁にもすがる思いでその情報を信じて、男は踏切の前へと足を踏み入れた。カンカンカンと音が鳴る。黄色く、錆び付いた古い電車が目の前を過ぎる。男の目に映る真っ黒い雲が、電車の走る風と共に消えていく。やっと秋の晴れた空が広がった。


 目を瞑っているのか開いているのか分からなくなる。裏返された札がめくられる時、それはそこにいる全員に無限の恐怖と無限の希望を配っている。どこかで聞いたこの例が、今の彼に走馬灯のように唐突に過る。友人がそこにいることを心の底から祈りつつも、この時になって願わくばこのまますべてが止まってくれればとも感じていた。

 そこには果たして思い描いた通りの友人が、あの日、帰らぬ人となった日、大学の解剖場所を通されてあの静かな顔を見るまで数時間かかった夏の昼、あの時着ていた服を着たままで私の目の前に立っていた。いや、正確には少し違う。あの日の服は無地だと思っていたが胸に刺繍があったし、髪もなんだか少し短い気がする。だがそんなことは男に奇跡をより確信させるのみだった。人間、激情に包まれた記憶には得てして細かいところに齟齬が生まれるものだ。それに死者と出会う儀式を探す日々の中で知り合った人々は口々にこのような忠告を遺していた。「完璧な似姿ほど疑うべきものはない」と。祈祷者の記憶を糧に死者の形を真似るもの、即ち悪魔や怨霊。それに酒や薬を使った儀式の果てのトランスじみた幻覚などといったものは自らの記憶に、願望に忠実だ。だからこそ今感じている違和感はこの儀式の真性を確固たるものにしている。

「久しぶりだな」

 彼の知っているままの声で友人は男に言う。

「ああ、あぁぁぁ….」

 初めて廃墟を探索した時、大学の張り出し板に番号があった時、山奥のトンネルまで来て帰ると言い出した仲間と喧嘩した時、そして友人が死んだ時。今までのどれとも違う涙があることを彼は知った。

 男が感動していることを、そしてその感動が何が故にもたらされているかを友人も即座に悟ったが、再開の挨拶といったものは全て省いて男に話し始める。

「いいか、時間がないんだ、よく聞いてくれ」

 友人の目を見て男は無言の合意を感じた。なぜ友人が生き返ったか、つまりなぜ男が友人をよみがえらせたか、その全てがそこに集約されている。

「なぁ、教えてくれ。一体お前は何に──」

「そんなことはどうでもいい!」

 提示されるべき完全なる問いは友人の叫びによってすぐさま遮断された。

「時間が限られてる、順序良く優先すべきことから話すぞ。まずだ、俺の復讐なんて企てるな。俺が何で死んだかなんて考えようとするな。そして、お前がその情報まで行きついていたらの話だが、『財団』について探ろうとするな」

 まくし立てる、と形容してもいいほど矢継ぎ早に友人は話し続ける。今までにない剣幕で話を制止させられたことさえ咀嚼しきれていない男にとっては彼のこの警告の裏に潜む意味を探ることはあまりにも困難だった。男が反応できたのは真実を探るうちにインターネットの裏フォーラムや神秘主義者の集いで何度も目にした一単語、あまりにも壮大で眉唾ながらもその存在の辻褄だけは合っていた一種の都市伝説だ。

「財団?あの新世界秩序みたいな噂が本当だって?」

「そう思ってるならそれでいい。ともかく財団について知ろうとするな、探ろうとするな。忠告を無視して俺の背中を追ってるうちに財団の影が見えたとしても、それは決して俺の仇じゃない。むしろあいつらはお前の命の恩人で、そして俺の教誨師だった」

 やはりまったく意の汲めない警告だったが、おそらく要約するならばこういうことなのだろう。「手を引け」と。友人はこんな奴じゃなかったはずだ。

 偽物か?という考えは即座に却下された。偽物はこんなあからさまなことはしない。精神でもいじくられたか?模倣子効果だかなんだか、財団は思考を操る薬物を持っているという話も聞いたことがある。だがそれでは俺が正気でいることに辻褄が合わない。

 つまり、俺と帰ってから死ぬまでの間に友人は財団にまつわる何かを知った。それがいいことなのか悪いことなのかは知らないが、ともかく俺を財団から遠ざけようとしている。

 時計を見やる。話によればこの面会の時間は約20分、まだあと13分ほどある。まだ真実を問い詰める時間はあるだろう。



 ガガッ、
と、時代遅れにも無線を合わせる音が自らの存在を強く主張するようにその小屋の中に響く。しかし中にいる女はそれに一切反応しない。三本矢印のロゴ付きの白衣には茶色い跡が付いているが、残念ながらその中にあるカフェインの奮闘も虚しく女は自らの意識を夢界に送ってしまっているようだ。女の座る粗末なパイプ椅子があるべき配置にあったならば、或いは単に女の目が開いていたならばその正面に12つのモニターがあるのが見えただろう。その中の1つには踏切越しに対話する2人の男の姿も見えた。この監視小屋から300mとない場所だ。オブジェクトの異常性発現を妨げないためにカメラは2時から30秒ほどは一度機能を停止する。しかし、その間は彼女による遠方からの直接監視で補われていたため、無許可の侵入者は女自身が拘束する、或いはあえて活性化を看過する手筈となっていた。

『姉色?おい?起きろ!』

 小屋のスピーカーから最大音量で上司の怒号が飛んでくる。

「んう…ノー・リスタート・フォー・ユーで外からの引力を発動…」

『夢の中で遊んでる場合じゃない!起きろバカ野郎!』

「はぁ?え?ハイ!私はここに!」

 ようやく目を覚ました女はその拍子にコーヒーがこぼれたことに気づくがそんなことを気にしている暇はない。居眠りしていたというだけでもまたとない大失敗だ、もしこれでもしも──

『ああクソ、お前なんぞの仕事はもうじきAIに取って代わられるだろうな。財団内の監視カメラ映像を巡回していたアレクサンドラが警告サインを送ってきた。お前の休眠中の網膜と違ってあいつは確かに現在進入中の未特定人物を捉えていた。分かるか?お前の失態のせいでオブジェクトが活性化されたんだ。活・性・化。これが都市伝説をあてにしたパンピーであれ情報の黄泉還りを目論んだPoIであれこの収拾にはひどい手間がかかるだろうよ』

 なんてことがあったらもうキャリアは終わったと言っていい。つまり彼女のキャリアは現に今デッド・エンドに達したということだ。

『分かったら今すぐ次善の策を立ててこい。やり方次第ではまだどうにかなるかもしれん、早く行け!』

「りょおぉぉーかい!!! です!」

 寝起きの勢いで威勢よく飛び出したはいいものの、その心とは裏腹にどう対処すべきかがまだ一切浮かんでないことに気づいた。

 どう事態を収拾させるか?ああ、もしも人の記憶を改竄したり消し去ったりできるような薬が存在していたらどんなにいいことか!いやたらればは…… たられば?現実改変能力者を連れてきて全部なかったことにするか?いや、彼女の持つ地位もリソースも、そして口実もタイプグリーン一匹を駆り出すには遠く及ばない。ならいっそのこと侵入者を殺すか?「財団は冷酷だが残酷ではない」。彼女は詭弁をこねくり回すことは得意だと自負しているが、今の状況が自分の失態だと上司に認知されている状況から殺人を正当化するのは無理があるだろう。ならどうにも……

 待て。一つ、まだ縋れる一束の藁が、とある噂話がある。ウォータース仮説はあまりにも突飛な話だったが、あれ以来財団はその仮説を意図的に実現 ──ウォータース・プロトコルの実行をしようと本気で注力している。特に「窃視者」、パラウォッチや霧の探究者のような連中に対しては既にEクラスを4,5桁単位で用意することに成功したらしい。その話が事実ならば。

 彼女は人事部門の知り合いに電話をかけた。数分 ──彼女の体感時間では数時間にも及んだかもしれない── の交渉の後、幾十のセキュリティとクリアランスの問題を突破させた上で正に自らの望む答えを返させることに成功した。まさしく完璧だった。ならばやるべきことはもうあと1つ。注射器を持ち、夜の踏切で対談中の不法侵入者の元へと駆け出した。



「それが真相ってことなのか、」

 確かめるようにというよりは吐き出すように、男は友人の前でそういった。

「あぁ、そういうことだ。どうやらお迎えまではまだ5分以上あるらしい。何か言いたいことがあるなら言ってくれ」

 友人はあくまでも落ち着いてそう返す。

 吐きそうになる。喉に来ているものが吐瀉でも熱でもなく言葉だということに長い数秒をかけて気付く。

「あぁ、教えてくれよ。それが真実なら、じゃあ俺の努力はなんだったんだ?俺たちの探求は何だったんだ?なんでお前は俺を生贄にして生き残らなかった?」

「見捨てられるわけないだろう?何回君に助けられたと思ってるんだ、何回君に救われたと思っているんだ。財団に決断を迫られた時は即答したよ。君が生きるか、僕が生きるか。いつ聞かれたって最初から決まり切っていた」

 微笑む男を見つめるその顔は変わらない。本当に、何の疑いもなくその選択が妥当かつ当然であったと思っているのだ。

「ああ、ああ、分かったよ。お前の選択が間違ってなかったことを、お前の決断に意味があったことを証明して見せる。都市伝説が一から十まで本当だったことはないが、噂じゃこの話の後には天使さんがやってきて直にお前を天国に送ってくれるらしい。見ていてくれよ、お前は俺を生かしたことを誇りに思うはずだ。そして後悔するはずだ、もしあの日自分が生きることを選んでいたら俺ほど高い地位に上り詰めることができたのかもしれない、ってな」

 自分の身勝手な嘆きと贖罪に何の意味もなかったのだと気づくまでに5ヵ月と13分がかかった。ならばもう友人が旅立つ背中を押す以外にできることはなかった。

 そして、だが、それとは別に、どうしても譲れない一点だけは伝えなくてはならない。

「ただしどうしても、財団だけは駄目だ。お前の話じゃ奇跡の魔術だかで本来共倒れの俺たちの1人を救うことができる、なんて言ってたらしいが、なんでそれが信用できる?世界を霧で覆い隠し、あの寺みたいな剥き出しの地雷に何の警告も出さない。俺はあらゆる怪談を追い続ける。俺は隠された秘密を探求し続ける。『財団』の目的と善悪を問い続ける。お前が自分の選択を信じ続けるように、俺もこの目的だけは絶対に曲げない。それをお前に誓わせてもらう」

 友人はしばし黙っていたが、やがて口を開いた。後ろからは赤子たちが彼を迎えにやってきていた。

「…そうか、分かった。お前の誓いは受け取った。もう迎えの時間だ、『やめておけ』と言うことはしない。それに言っても無駄だろうということが分かったからな。だがどうか気を付けてくれ、もしも俺の会った彼らの話が誇張でないのなら、財団はあらゆる全──」

 言葉は唐突に流されるのをやめた。チク、タク、グシャ。友人の焦点は男より数十m後ろに合わせられた。対話の中に静寂を生み出し自らの足でその静寂を破らせた存在を、今や自分の後ろ数mに迫っているだろう人間を男は背中で認知した。

「財団だ」

 白衣の胸に着いた徽章を見て友人は言う。

 男は振り向く。白衣の華奢な体つきの女だ。想像との差異に面食らったが、すぐに素人なりの思考で対策を始めた。武道の経験はないわけではない。しかし、0か1かと聞かれたら1だが、1か100かと聞かれても1と答えねばならない程度の実力。それでも明らかな敵意を持った相手に抵抗しない理由はないだろう。女は徒手空拳ではあったが、マジシャンのように長い袖の白衣は無限の可能性について考えることを男に強いた。

 女が左に逸れる。

「何か俺に用があるのか?」

 男は聞くが、返答は来ない。その代わりにかがんだ態勢の女から右手が男に向けて放たれた。もとより体格差からそれが当然ではあったが、目標はあからさまに急所、首だった。男はなんとか右手で肩に触れることに成功したが、突きをいくらか正中線からズラす程度の役割しか果たさなかった。自らの意に反して男の喉は吸気を起こすが、両者ともその隙に意味を見いだせるほどの玄人ではない。次いで女は大した膨らみもない胸のポケットに手を入れ、文房具のように見える何かを取り出した。

 男にはそれに見覚えがあった、『メン・イン・ブラック』の中に。クソ、最悪だ。チュイ、と起動音がなる。男は即座に目を閉じ、両手で更に目を保護した。見なければ問題ないはずだ。ニューラライザーが光を放たんとするその時、女はそれを乱雑に投げ捨ててバカみたいに目を覆う男になんの苦もなく麻酔を打ち込んだ。結局、この素人同士の戯れは「Amazonで5000円の単なるオモチャでも意外と役に立つのね」という女の台詞で終わった。

 友人はそれを見届けようと、あわよくばそれを助けようと足掻いたが、刻に厳格な天使がそれを許すことはなくあえなく途中退出となった。

 数分後、外見的そして法的に救急車と呼ばれる車両が驚くべき速度でそこに到着し、救急隊員ではないことを隠そうともしないやはり財団徽章付きの白衣を着た人々が男を載せて何処かへと消えていった。



 目が覚めると、見覚えのない白い天井が目に入った。次に感じたのは、ツンとする薬のような匂い。そして自分の体勢から、何かに寝かされているらしいことがわかった。あたりを見回して情報を統合すると、どうやら自分は今病院にいるようだ。近くにあったデジタル時計を見るに、踏切での出来事は昨日のことのようだった。どうして俺は病院に?財団に見つかって、その後は……何も思い出せない。

「お目覚めのようですね。気分はどうですか?」

 声が聞こえる。声がした方向に頭を向けると、部屋の入り口から白衣を着た男が近づいてきた。

「ここは、何だ?俺は財団に見つかって……それでどうなったんだ?」

「おや、まだ意識が混乱しているようですね。ここは病院です。あなたは2日前ここに搬送されてきて、そこからずっと眠ったままだったんですよ」

 2日前?そんなはずはない。時計を見るにあの出来事は昨日のことのはずだ。この医者らしき男は一体何を言っているんだ?

「混乱するのも無理はありません。あなたがここに搬送されてきたときには、あなたはせん妄状態といいますか、とにかくまともな状態ではなかったのです。ひどく暴れるものですから、鎮静剤を打って今に至るということです」

 ……訳がわからない。2日前はあの踏切に行くための準備をしていたはずだ。俺に何が起きているんだ?もしかして、これは財団の隠蔽工作なのか?どこまでが本当で、どこまでが嘘なのか?何も言えない俺に、男はさらに言葉を続ける。

「あなたが眠っている間にご家族やご友人に連絡をとりました……言いにくいことですが、あなたは近頃親しいご友人を亡くされたそうですね」

 そう。そうだ。俺は親友に会うためにあの踏切に

「私たちは、あなたの症状はご友人を失ったことによるストレスが原因であると考えています。非常につらい経験ではありますが、私たちと一緒に乗り越えていきましょう」

 何ひとつ納得することができないまま、男は締めくくった。友人を失ったストレス。それが原因で俺は幻覚を見て、病院に運ばれ、そして今まで死者に会えるという踏切で親友と出会う夢を見ていたというのか。あの会話も、財団という組織の存在もすべて俺の頭の中だけのものだったのか。

 その後、俺はあの男にカウンセリングのようなもの、つまりは治療を受けながらこの病院に数週間入院していた。入院している間、家族や他の友人たちが見舞いにきた。話を聞くと、どうやら俺に救急車を呼んだのは友人の一人であるようだった。「親友に会ってくる」というメッセージがきて以降、しばらく連絡がない俺を心配して家を訪ねたところ、様子がおかしい俺を発見して救急車を呼んだそうだ。

 誰に聞いても、どうやら俺は本当にあの踏切には行っていないらしい。それどころか、もう一度あの踏切の情報を得たサイトを探してみても、それは存在していなかった。すべては親友を失ったことでおかしくなった俺が寝てる間に見た夢だったのか?

 そんなはずはない。確かにはっきりと聞いた親友の声。隅々まで覚えているあの踏切での光景。そして受け取った財団という闇に潜む組織の情報。あんなにはっきりとしていた、あんなに具体的に思い出すことができるそのすべてが、俺の妄想であるはずがない。これは俺がおかしいわけではない。俺以外の全員に何かが起こっているに違いない。そうなると疑うべきはやはり財団か。おそらく奴らは、他人の記憶を書き換える何かしらの手段を有しているのだろう。世界を裏から操る組織だ。それくらいのことができてもおかしくない。

 待ってろよ、親友。お前が命がけで掴んだ情報は絶対に無駄にしない。必ず俺が、この世界の闇を暴いてみせる。


「……そして侵入者は麻酔で昏睡させたのち、財団管理下の精神病院に移送。いつものように担当医に指示し、カバーストーリー『友人を失ったストレスによる幻覚』を適応しました。既に侵入者の家族、知人には"事情を説明"の上、担当医との口裏合わせ、機密情報の保持等の協力をお願いしています。報告は以上です」

「報告ご苦労さま。業務に戻っていいよ」

「……いつまでこんなこと続ければいいんでしょうか」

「こんなこと、とは?」

「何かひとつ事件が起きるたびに隠蔽のために協力者を増やしてもキリがないといいますか……日本だけでも既に人口の3割は財団の協力者なのに、未だにこのような一般人が関わってしまう事件がなくならないんですもの」

「まあ確かにそうだが、それ以外に方法がないんだ。しょうがないだろう」

「それに、今回のSCP-1283-JP-Aは、この前あの危険領域に侵入した結果しょうがなく終了せざるを得なかった奴だったんですよ」

「ああ、そんなこともあったな」

「今回のことといい、どうして一般人なのにわからないことに首を突っ込もうとするんでしょうか。毎回対応しないといけない私たちのことも考えてほしいですよ」

「そう言うな。未知のものに興味を惹かれるのも人間の性だ。なればこそ、ヴェールの表の人間を管理して、暗闇から守ってやるのも我々の仕事なんだよ」

「ほんと、おとなしく管理されていてほしいですよ」

「はは、同感だな」

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