富岡研究員の半生
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2018年██月██日、午後10時50分。
私、富岡 耕一郎は、私物の天体観測機器とカメラを持って、サイト-81██の屋上へ続く階段を登っていた。
…実際のところ、部下たちは私に気を使ってサイト-81██の天体観測設備を使わせてくれようとしていたのだが、断った。
なにしろこれは、半ば以上私情に近い理由からする事だ。そんな事に財団の資産を使うのは立場上よろしくないし、実を言うとこの観測は一人でやりたい気分だった。
私は階段を登りながら、今までの事を思い出していた…

「…というわけで君の申請は却下と相成ったわけだ、済まないね富岡君。」

その言葉と共に、上司の須藤博士から私に手渡されたのは書類一式。
他ならぬ私が作成した「SCP-017-JP-賞品転移イベントにおける転移地点の確認を目的とした外宇宙探査」の稟議書であり…その表紙には今日、つまり1976年██月██日という日付と「却下」の文字が入ったスタンプが押されていた。

「そうですか…」
「いかんせん、予算がなくってね。いやまあ私個人としては興味深くはあるんだが、実際のところ017-JPよりも優先すべき事は山ほどどころか山脈ほどもあるのさ。そのあたりわかってくれるね?」
「ええ、もちろん」

確かに、正直残念ではある。
SCP-017-JPは、私が初めて主任研究員としてその調査・研究を任されたオブジェクトだった。
実験もいくつかやった。その結果、この現象で消える賞品は太陽系外縁部に転移する事がわかった。
だが、そこまでだった。
探査の申請が却下された結果、「そこ」で何が起きているのか、何があるのか、SCP-017-JPの勝者は何なのか。さしあたってそれはわからないまま終了となってしまったのだった。

「でもだね、君が3回目、だったっけ?その実験で送ったビーコン、ちゃんとまだ反応あるみたいじゃないか。しかも計測記録見せてもらったけど、ちょっとずつ地球方面に向かってるみたいだし。さしあたり、そいつを観測してみてはどうかな?それなら長い時間かかるようなのでも安上がりで済むから、却下食らわずに済むと思うんだ。」
「わかりました、では後ほど稟議書を作成します。」
「じゃあよろしくね」

須藤博士の予測どおり、その後私が申請した「SCP-017-JP - 賞品転移イベントで転移した物体の追跡調査」はあっさりと承認されたのだった。


「…ああ、そうだ。思い出した。」
「藪から棒になんだ富岡?」

数カ月後、サイト-81██の食堂で昼食の生姜焼き定食を食べていた私は、向かいに座っている友人の飯嶋研究員…彼はもうから揚げ定食を平らげ、おやつのみかんゼリーを食べようとしていた…を見て常々引っかかっていたなにかの正体に気づいた。
なにか…今日、つまり1977年█月██日という日付…の正体、それは。

「いや、なんでもない。研究してるオブジェクト関係のことさ。それもかなりどうでもいい類の」
「ああ、そうかい」

みかんゼリーの剥がれにくいビニール蓋に悪戦苦闘する友人を眺めつつ、私は太陽系の彼方を漂う、今日賞味期限が切れたみかんゼリーに思いを馳せたのであった。
しかし我ながら本当にどうでもいいことを覚えていたものだと思う。


「ううむ、やっぱりこれって…」
「あれ主任、どうしたんです?随分難しげな顔してますけど」

「SCP-017-JP - 賞品転移イベントで転移した物体の追跡調査」の第3回レポートを作成していた私に声をかけたのは、私の後輩で部下でもある三宅研究助手だった。
そうだ、彼は数学にかなり強い。場合によっては私よりも。彼に確認すれば間違いないだろう。

「なあ三宅君、このデータ見てどう思う?」
「どうって…ちょっと計算してからでいいです?」
「そりゃもちろん」

20分後、三宅研究助手は私が想像していた通りの答えを持ってきていた。

「…いや、ホントにざっくりした計算で申し訳ないんですけど、これやっぱり地球に接近するかぶつかる軌道ですよね?」
「やっぱりそう思うか、君も」
「ええ、そう思います。いやまあ仮に直撃しても流れ星になるだけだと思いますけど…」
「収容プロトコルを更新するか。あまりに転移するのがでかいと危険だ」
「賛成です。さしあたり…実験に使うものは1m以上のはだめ、といったところですかね?」
「いや、地球の地表に届くか否かだけじゃアレだな、観測されたらまずいし…いっそ10cm以下にしとこう。それなら観測される危険性も低い…と思う」

かくしてSCP-017-JPの特別収容プロトコルは更新されたのだった。具体的には、後述の文章が追加された。

…SCP-017-JPの実験に伴うゲームの中で賭ける賞品は、1辺10cmを超えない大きさの固体に限られます。


「それじゃあ三宅君、いや三宅研究員。あとはよろしく」
「ええ、主任。SCP-017-JPは任せてください。」

SCP-017-JPの主任研究員となって5年後。
ついに私もSCP-017-JPから離れる時が来た。
今度、サイト-8181で天文系、特に外宇宙のそれに特化した新しい研究チームが発足されることになり…私もその1人になることになったのだ。
当然SCP-017-JPから離れることになるし、サイト-81██からも離れることにもなる。


それから35年。いろいろな事があった。
異動先のサイト-8181では、SCP-████-JPを発見。その特別収容プロトコルの初版を制定した。
その過程で私ともう1人の優秀な女性研究者…桜井研究員とで組み上げた観測方法とデータのまとめ方はトミオカ=サクライ式天体観測プロトコルと名付けられた。もっとも、これが使えるのは限られた状況だけなのだが。

これが縁となって、桜井研究員と私は結婚。結婚式のスピーチは、私の最初の上司だった須藤博士が来てくれた。
数年後には息子と娘も産まれた。

アメリカの財団本部へ出向することになった時には、すったもんだの末家族揃って渡米することになった。
アメリカでは進んだ機器を使えたり、またアメリカのみならず世界各国の天文研究者と夫婦共々交流を持てたので、良い経験になったと思う。
…要注意団体に焚き付けられたギャングに銃を突きつけられたところを機動部隊に救出されたり、はたまたSCiPとは無関係なテロや銃乱射事件に巻き込まれかけた事もあったけども。

帰国後は培った経験を活かした論文や、トミオカ=サクライ式天体観測プロトコルの件もあって遂に博士になった。
それもあり、EuclidやSafeだけでなくKeterクラスオブジェクトにも関わるようにもなった。

もちろん、嬉しい事や鼓舞されるような事ばかりの人生ではなかった。
阪神淡路大震災ではかつての同僚が命を落としたし、9.11同時多発テロでは友人になった財団職員を幾人も失った。
嘆きの水曜日事件では、親友の飯嶋…彼もその時博士となっていた…が犠牲となった。
無論他にも大なり小なりの収容違反や事故に事件、病気や怪我などで知人が幾人もこの世を去っている。
私の元上司である須藤博士…その時は既に退職されており、博士という肩書に元がついていた…も、ちょうど私がアメリカに赴任していた時期に天寿を全うされた。
どうしても都合がつかず、あの人の葬儀に参列できなかったのは今でも大きな心残りの1つだ。

とまあ、いろいろあったが、私は生きてきた。途中からは、妻や子供たちも一緒に。
そして3年前の2015年、私は遂に古巣のサイト-81██へ戻ることになった。

サイト管理官、すなわちサイト-81██の最高責任者として。


サイト管理官としての職務の傍ら、私は懐かしのSCP-017-JPの記事を読んでみた。
…私の目に狂いはなかった。後任の三宅研究員…今ではもう三宅博士だ…は申し分のない観測をしてくれていたし、その後任、そのまた後任も同じく非の打ち所がない仕事ぶりを発揮していた。
特別収容プロトコルは世界の発展…特にインターネット…などに合わせて改善されていたし、その進捗もよくできていた。

私が担当だった頃に付け加えた、

…SCP-017-JPの実験に伴うゲームの中で賭ける賞品は、1辺10cmを超えない大きさの固体に限られます。

には、変化はなかったけれど。


自分で言うのもなんだが、私はサイト管理官として恥ずべきところのない仕事をしてきたと思う。
そんな私も今年、つまり2018年には64歳。来年には定年退職になる年齢だ。

もうそろそろ、引き継ぎについて考えなくては。
そんな事を考えていた私の前に現れたのは、かつての後輩・三宅博士だった。

「お久しぶりですね、富岡博士、いえ富岡管理官殿」
「いいよいいよ、そんなかしこまらなくて」
「ではお言葉に甘えて…SCP-017-JP、覚えていらっしゃいますか?」
「それはもちろん。記憶処理もされていないしね」
「じゃ、面白い情報を…」

彼が教えてくれたのは、1週間後、40年前のあの実験で転移した賞品が地球に戻ってくるという情報だった。
しかも、ちょうどこのサイト-81██から観測できる場所に。


そして1週間後、つまり今日。正確には2018年██月██日の午後11時。
私は観測機器と共に、サイト-81██の屋上にたどり着いていた。
今日はよく晴れており、天の川まで見られる。天体観測には理想的な状態だ。
天とやらもあれら…つまり私が40年前に実験に使ったあれやらこれやらが地球へ戻ってくるのを祝福しているのだろうか、などとしょうもない事を考え、ひとり苦笑する。

観測機器を設置し、装置の電源を入れる。動作も問題なし。
カメラの電源を入れ、動作を確認。動作よし、充電よし、メモリーカードの容量よし。
あとは観測し、写真に収めるのみ。

魔法壜に入った温かいブラックコーヒーを一口飲み、その時を待つ。
三宅君が教えてくれた時間帯まで、もう少しだ。

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