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この物語に終わりは無い。結末も、解決も無い。これは進化と期待の物語に過ぎない。著者が成長し、キャラクターが成長し、読者が成長するに合わせ、物語もまた成長し、異なる意味を持つ。

人が知るあらゆる道の中で、それが最良のエンディングだ。





2,999,765年


タローランは切り刻まれた身体を引きずって歩く。何もかもが壊れた瞬間に取り外された体の部位を、彼は一つずつ拾い集めていた。今度もまた、所々に点在する肉片を除けば、耳を劈くような虚無が広がっているだけだ。予想されたことだ。ここまでくると、何も起こらないことが最良だ。少なくともここには寂寥を癒してくれるものが居る。燃えた左の小指。外れた鼻。また別の場所には壊れかけのあばら骨。実際のところ、身体部位のそれぞれはタローランよりも遥かに人間らしい存在だった。一つ一つが人としての権利を勝ち取っていたとさえ言える。

腕や足を一本ずつ、骨を一本ずつ。布と爪だけを用いて、ジェームズ・アリ・タローランは心許ない動作でそれらを元通りに縫い合わせた。いかにも醜悪な有様だったが、少なくとも形を成し始めてはいた。

広大な無の中で、彼は最後のパーツが右目から数百メートル離れた場所にあるのを見つけた。舌だ。なるほど。

舌を元の場所に入れることを決心するまでに数日がかかり、実際に試みる際には窒息しないように気を付ける必要があった。達成までには数か月後を要した。このどうしようもない地獄の外で、現実の世界で、この技術が役に立つ日が来ないことを願う。まるでこんなことが現実で起こり得るとでも言うように。現実が地獄に勝る点がまた一つ。

タローランという名の、疲れ果て、くたびれた肉体は横臥し、夢を見た。彼の夢は無だ。その空間とは別種の虚無で、希望と選択肢に満ち溢れていた。猶予の時間としては申し分ない。その場所は…あまりにやることが乏しく、それでいて新たな拷問として機能していた。とにかく何かをしなければ、これは真の永遠となってしまうだろう。万人から隔絶され、自分自身とさえも隔絶された。それが最悪のことだったかもしれない。行動が必要だ。そこで彼は、自分が最も得意とする行動をとることにした。

彼は待った。待ち続け、あらゆる可能性を検討し、身体を再び探し求めることにならないことを祈った。今のところ、他に祈ることも無かった。





2,999,766年


しかしそれは繰り返した。





3,000,002年


もう一度。





3,000,044年


さらにもう一度。





3,002,093年


しかし、負けたのはヤツの方だ。必要とあれば、タローランは幾らでも待ち続けることが出来た。




2017年3月5日

1:20 P.M.



気が狂う程に単調な平日から解放され、タローランとヤマダは建物の外に飛び出した。一時間あまりの長休憩は、思いのほか有意義に費やされることとなった。

硬貨が宙を舞い、放物線の頂点に上り詰めた瞬間、ヤマダが好奇の視線を送る先で、タローランはテーブルクロスの端を摘まみ上げた。皿とコップは僅かばかり移動し、タローランは大きく息をつく。一ミリだけ外していた。ヤマダは状況を理解し、抑える力を強めた。

「あなたがやらかしても、御代は払わないよ。」それに対してタローランは頷き返した。やるべきことは完璧に分かっている。焦ることは無い。コインが頂点に至る瞬間、彼は一枚布を握りしめ、並べられた食器の下から引き抜いた。食器はさらに数ミリ移動した。「おお。」

コインは落下する。二人は息を止めた。

コインは彼女の方のコップの淵で跳ねる。

「おおおお。」

それはアイスコーヒーの中に綺麗に着地した。

「おおおおお!やったじゃない!」

「当然の結果だ。裏表はどうなった?」問いかけに応じてヤマダはマグの中を覗き込み、顔を顰めた。タローランは微笑んだ。「そのダイムを見せてもらおうか。」彼女は溜息をつき、財布の中に十分な一ドル札があるかどうかを確認した。

「こんなに嬉しそうにトリックを見せてくれるとは思わなかった!一体どんな仕掛けなのか、是非とも教えて欲しいわね。」彼女は大げさに財布からドル札を抜き取り、催眠術師を真似るようにタローランの眼前で揺らした。「観客には知る権利があるでしょう!」彼は奪い取った紙幣をポケットに入れ、テーブルクロスを直しにかかった。賭けに勝ったからといって何もしない訳にもいかない。

「マジシャンは決して秘密を明かさないものだよ。」声色からして明らかだったが、彼は与太話を随分と楽しんでいた。「でもまあ。楽しみにしていたことだから、成功して嬉しいよ。ちょっとお願いしたいのが ―」

「断るわ。」彼女はハンバーガーを口に運び、もう片方の手をタローランに向けた。「ところで、今日の午後の予定は?今月末にこちらの同僚と親睦会を開こうと思うの。接待の意味も込めて。」タローランは彼女にタバコとライターを手渡した。彼女はハンバーガーを下ろし、それを指先と手の上で素早く、生き物のようにくるくると回して見せた。ちょっとした隠し芸ではあったが、自然ながら華麗な手さばきに、二人とも満足気であった。

「そうだね、私は、うん。サイトに新しく来たアノマリーとのインタビューがある。まだ詳細も貰っていなんだ。Keterだってことだけは分かっている。でなければ事前に教えてくれない。」

「クリアランスの問題?それともあなただから?」

「どちらもあり得る。」

「今日はもうそれだけ?せめて明日は空いてると言ってちょうだい!」ヤマダはライターを回すことを止め、キャップを開いて点火し、タバコを丁度火に被さる位置に止めた。「これでも、頑張って準備しているのよ。」付けられたタバコをタローランは受け取った。

「ありがとう。」

「どういたしまして」彼女は自分のハンバーガーを食べる作業に戻った。

「明日都合を付けられないか考えてみるけど、約束は出来ない。機密性を考えると、しばらく時間を取られることになるかもしれない。明日の昼食時はどうだろう、仕事後の代わりに。それで、誰を会食に呼びたいんだ?」彼はタバコを一吸した。

「まずハンナ博士でしょう、それとゴメズ研究員、ウォーカー、カービー。」ヤマダは興奮を滲ませていたが、タローランはそれほど乗り気ではなかった。シニアスタッフは概して威圧的に感じられ、特にウォーカーについては良い噂を聞かなかった。

「うん。分かった。出来ることがあれば手伝うよ。」

「ありがとう!これが終わったら少しおつかいを頼んでもいい?」

「うん?」

「サメ殴りセンターにいって、枕カバーを買ってきてくれない?今日は夜まで仕事があるから、行く時間が無いのよ。」実際彼女は、サイト-118で最も長時間の勤務をこなしている職員の一人だった。それでもなお会食の準備に手を回せるのだから、相当なものだ。

「分かった、分かった。その、何かのアノマリーのインタビューの後に時間はあるから、代わりに行ってくるよ。」

「助かるわ!余分に買ったのは持って行って良いからね、お嬢ちゃん。」二人は笑い合う。穏やかな風が上空を流れた。






3,002,111年


タローランはただ、自分の体が自分のものになるように念じれば良かった。そうすれば全てが戻ってくる。単純な話だ。彼は支配権を取り戻し、限られた領域の主となれる。その場所は未だ暗く、自分以外の物は存在しなかったので、彼は唯一出来ることをすることにした。

横になり、待った。

自己の制御にまず必要なのは、周りの空間を自分のものにすることだ。虚無の中での時間の大半は恐怖することに費やされ、蝕まれた意識は自己に対して疑念を抱き始める。制限が無い今となっては、その空間はかえって味方となる。

彼の身体は癒えた。

彼は床面を割り、ガラス片を皮膚に埋めた。

完璧だ。

タローランは目を閉じて待ち、再び夢を見た。こうしてこの先の幾年かが費やされる。幾度もの練習の末に、夢の中の夢へと滑り落ちていく。




2017年1月5日

9:30 A.M.



「ドレイヴン、スピードを落とせ!」車は尋常でないスピードで旋回し、タローランはそのスリルを楽しみながらも、ドレイヴンの行き過ぎな性質(特に車に関して顕著な)を思い、不安に駆られていた。「十分もこの調子じゃ仕舞には吐くよ!」ドレイヴンはすぐさまブレーキを叩きつけ、二人を前方へ吹き飛ばしかけた。

「クソ。悪い、ジェームズ。その、少し目が眩んでた。」

「いいよ。本当に気を付けてね。でもそうやって興奮している時の顔が」額へのキス「本当に」頬へのキス「可愛いよ。」唇へのキスドレイヴンも愛情を返した。

タローランの引っ越しを前にしてこのような時間を過ごせたのは幸いだった。百の言葉よりも、身体の触れ合いの方がよほど強く互いの感情を伝えることができた。

「あと数分でお前を空港まで送りにいかないといけないんだよな。」

「そうだね。」

「お前に残って欲しいんだよ。それか二人で一緒に引っ越すか。」絶対に無理なことであると知りながら、ドレイヴンはそう口にした。同じ専門分野にいない限り、財団がカップルを同じ場所に配属させることは稀だ。タローランにとって、ドレイヴンの部隊任務についていけないことは明白だった。

二人の間を沈黙が通り過ぎる。駐車場で過ごして良い時間のゆうに倍となる二十分を車の中で座って過ごしていた。

「なあ、ジェームズ。」

「うん?」

「父親が…これを死ぬ前に書いたんだ。それで、その、お前がサイトを移ることがあれば渡せって。何に駆られてのことかは分からないが。うん。」ドレイヴンはマニラ封筒を取り出し、タローランの膝に置いた。「だから、飛行機に乗ったら読んでくれ。中身が何なのかは俺も分からない。」

「父さんにしては不思議と具体的な準備だね。分かった。読むよ。」

「そういう風に思わないで欲しいんだ、頭がおかしくなったとか ―」

「分かってるよ、大丈夫。」

俺がおかしいだなんて ―」

「うん、分かってる。空港に向かう途中に残りを聞かせて。予定をもう25分も過ぎちゃったよ。」

「ちくしょう!」ドレイヴンはタローランの肩から飛び起きて、叫んだ。彼男はエンジンをかけ、法的に許される限りのスピードで空港へ急いだ。


2:30 P.M.



その日初めて、タローランは自分が泣くことを許した。






2017年12月4日


サンセット: ちょっと質問
友人:
サンセット: ハースストーンの話じゃなくて
サンセット: 例えば、トランスでゲイなキャラを一人殺したとして
友人: うーーーーーーーーーーーーん
サンセット: 社会問題や背景については理解しているけど
友人: 他のゲイが皆生きてるなら短命なゲイのくくりには入らないと思う
サンセット: 自分の書いてるシリーズだと、誰かが絶対に死ぬか、そう見える状態になる運命で
サンセット: そのキャラがトランス
サンセット: 私はトランスキャラをよく書くし
サンセット: 多少の後ろめたさはあるけど、大丈夫だとも思ってる
サンセット: そもそも書き始めたのが間違いでない限り
友人: 重要な点として、ゲイのキャラクターの死亡自体が問題なのではなく、ストレートなキャラクターが大半を占める作品の中でゲイが死ぬ割合が高いか、ゲイであることを理由に死亡することが問題となる。
友人: お約束の大事典ことtvtropesより
サンセット: そのくくりはいやだな
友人: 該当はしないと思うよ
サンセット: キャラが自分と重なっていたらどうだろう
サンセット: (気にしてないから大丈夫、聞いてみてるだけ)
友人: それならむしろ大丈夫では(私見)
友人: 自己の探求 みたいな
友人: うまく説明できるかは分からないけど






3,003,998年


タローランは目を開いた。目の前には完璧な光景があった。

'それ'に喋る隙を与えることすらなく、タローランは起き上がり、両方の首にコードを巻き付けた。十二人を殺さんばかりの、苛烈な痛みがタローランを襲った。それでも、一切の迷いは無い。

「お-おまえは、自分のやっていることを ―」コードは強く締められ、両方が息を詰まらせた。

「く…お前は…あ…クソ。私は、が、自殺して、お前ごと消してやる、この ― 悪魔が。さ最初に試した時は、じ自分を殺すことしか考えていなかった。でも今はお前がいる。」

「タローラン、おまえは自分のすることを分かっているのか?」それは苦痛に喘ぎ、締められた綱から身を解こうとした。

「ああ、そうだ。」タローランは一層強く引き、'それ'はコードをすり抜けた。実体は切り開かれ、断面が露わになっていた。「お前は…私の、醜い部分でしかない。私がずっと生かしていた。どうせならカスを二体まとめて始末すればいい。」

風景ががらりと変化し、例の存在は彼に向かってよろめく。それは体液と脳髄をガロン単位で垂れ流した。双方は、判別しがたい生物が腐りつつ繁茂する、サイト-17のドレイヴンの部屋にいた。壁に飾られた写真の被写体は、タローランの親、カモメ、そして銃に取って代わられていた。

「おまえと共に死ぬつもりは毛頭ないのだ…ましてや私を殺させるなど。試みは失敗した。おまえは理解したか、その立場 ―」

「お前は理解したか、この」タローランは背面の苔にもたれ掛かり、冷蔵庫を探った。一分に及ぶアドレナリンの供給が切れた瞬間、足は力を失った。彼は、遥か昔に機能を停止した冷蔵庫の中に倒れ込んだ。食材と飲み物がまき散らされ、全てが血に染まった。

「理解するものか、お前が何を言おうが。理解していれば、こうはならない。ちくしょう。馬鹿め。」冷蔵庫、あるいはその残骸の中身を引っ掻き回し、タローランは年代物の牛乳を見つけ出した。「私はアクション映画の主人公じゃない。そんな冴えたものじゃない。この体重じゃ無理だ、なあ?もう誰が覚えているというんだ。何も考えられないし、見えもしない。唯一理解しているのは私らが窮地に陥っていることだけだ。」

凶悪な風味に耐えながら、タローランはパックを飲み干した。腐臭。おぞましい味。現実世界で知らないことを願う感覚がまた一つ。牛乳は喉を這い降りて、種々の不快感で神経を支配した。絶望的な味だ。過去をどれだけ遡ろうと思い出すことが出来ない。徐々に、自己防衛の為に身体が活動を止めるのが分かる。新しい時代がやってくる。

「私は ― うう」最初の言葉すら出ないうちに彼は転げ落ち、涙を流しながら腹を掴んだ。どんなに嘔吐したいか。もはや吐き戻すものは無い。緩慢に言葉を発することしかできない。「き ― 聞こえないぞ。この自己中野郎が。お、お前のしてきたどんな拷問も、私のやることには敵わない。分か…分からないのか?」タローランはひたすらに笑い、空吐きしながら、崩壊したリンゴへと手を伸ばした。辛うじて形を保っていた一口を削り取り、彼は飲み込んだ。汚らわしい味。

「物理的には見えないが、分かる。お前がどんな顔をしているのかが分かるよ。ああ。そうだ。この場所のルールが変わったんだ。お前を殺す必要も無い。ただお前より強い意志があれば良い。」タローランは乾いた笑いと共に、血混じりの淡を吐き捨てた。身体が停止へ向かいつつも、これ以上にない全能感で満たされていた。

「ど-どんな計画だ?私の彼氏の精神を乗っ取るか?家族のをか?父親の虐待も大概だったが、友人の親に比べれば遥かにマシだった。カモメで何をしようとした?」咳き込みつつ笑う。「死を恐れたことなど一度も無い、自分の手でやる限りは。」口角は常人にあるまじき高さに達する。彼はコードを手に取った。

「地獄で会おうか。」彼は引っ張り、引っ張り、引っ張り続けた。僅かな抵抗があったが、程なくして、周囲の世界は砕け散った。






2017年12月9日


悪夢でない夢というのは、百に一つや二つに過ぎない。今日はその一つを見る日だった。

サンセットは殆ど何もない場所に目覚めた。上下に伸びる階段があるだけだ。彼女は下へ向かった。下の方が怖いと一般的に言われるが、彼女にとっては上の方が恐ろしかった。昇る行為は地球の加護から逃れる行為で、実質的に限界が無かった。ただ、上にある存在が敵でないことを祈るしかない。彼女は歩いた。幾度となく飛んだが、視界に果てはない。ひたすら下へ降りる。

降下の末に、下向きは上向きに変わり、彼女は世界の中心の平面上で固まった。夢の番人が話しかける。

「跳ねろ」

夢の番人を欺くことは許されない。彼女はその場で飛び跳ね、直下に落ちて行った。

彼女は右向きのエスカレーターに着地し、今度は背後から同じ番人が語り掛けた。

「顔を見せないでおこう。君は番人を見ることが出来ないようだから。君は何故、途方に暮れている?」

彼女は返答に窮した。

「創作か?ほら、見てごらん。」須臾の内に、彼女は操作パネルに手を伸ばしていて、エスカレーターはその行き先に向かった。そこでは彼女のキャラクターが、ベルトコンベア上に並べられ、特殊な焼却炉に投げ込まれようとしていた。「これが自分がなりたい存在か?案ずるな。そのままにしておけば、事は収まる。白昼夢の中で時を忘れれば、必要な時に助けがやってくる。君が目覚めた時、これが悪夢でなくなっていることを約束しよう。」

番人はさらに何事かを語った。…何かを。内容は覚えていなかった。おそらくは、彼女の執筆物のことだ。番人は夢界の法則の内と外にあって、秩序を維持することしかしなかった。

「君は本当に番人か?」

「私を疑うか?」

彼女は振り返る。視界が揺らぎ、彼女は戻した。

そして彼女は目覚める。(いつも通りに、)ベッドが吐瀉物まみれということはない。

それは、久しぶりの心地よい目覚めだった。




2017年3月5日

9:43 P.M.



タローランはKeter棟の902号房に到着した。入口の外には四人の武装した守衛がいた。タローランは唾を飲んだ。この人数の守衛がいることは普通とは言えず、EuclidやKeterを収めるサイトの中では穏やかな方であるサイト-118においては、なおさら異常だ。

「え-ええ、何か御用でしょうか?ウォーカー研究員が案内を行うと聞いていたのですが ―」

「予定の変更です。我々がバックアップに入ります。」何と詳細な説明だろうか。あるいは、話してくれるだけマシと考えるべきか。他の面々は表情一つ変えない。

「私が?」

「これが、SCP-3999に尋ねる予定の質問のリストです。記録上で名乗る時は、苗字のみを名乗ってください。質問からの逸脱は最小限に留め、リストと関係がある範囲にしてください。アノマリーが反応を示した場合、おそらくは貴方が気付くことは無いでしょう。我々は貴方の回収と聞き取りの為に待機します。」守衛は質問の一覧をタローランに手渡した。「ウォーカー氏と彼男のチームは至近距離から観察を行いますが、アノマリーは直接のインタビューにしか返答しません。」一人の守衛がボタンを押し、収容扉のロックが解除された。「入室し、インタビューを行ってください。」

「ま、待ってくれ。そもそもどんな見た目なんだ?」返答は無い。「ん。分かった。いい、やろう。しくじった時にどれだけの時間で助けに来てくれるかだけ教えてくれ。」

「最良で19秒、最悪の事態で47秒です。」

その言葉は、何の慰めにもならない。


インタビュー対象: SCP-3999

インタビュー担当: ジェームズ・アリ・タローラン研究員

<記録開始 21.46.32>

タローラン研究員: 私はタローラン研究員です。本日は、SCP-3999の導入インタビューを行います。こんにちは、3999。

SCP-3999: [システムエラー: データ破損。さらなる詳細に関してはネットワーク管理者の診断を受けて下さい]

タローラン: 最初に機動部隊ω-8に確保された時、あなたがちょうど埋め終わった死体は[システムエラー: データ破損。さらなる詳細に関してはネットワーク管理者の診断を受けて下さい]

SCP-3999: [システムエラー: データ破損。さらなる詳細に関してはネットワーク管理者の診断を受けて下さい]

タローラン: はい。彼男の母親の姿も取ったことは事実と言ってよろしいですか?

SCP-3999: [システムエラー: データ破損。さらなる詳細に関してはネットワーク管理者の診断を受けて下さい]

タローラン: 失礼、どこから来たとおっしゃいましたか?

SCP-3999: [システムエラー: データ破損。さらなる詳細に関してはネットワーク管理者の診断を受けて下さい]

SCP-3999: [システムエラー: データ破損。さらなる詳細に関してはネットワーク管理者の診断を受けて下さい]

タローラン: しかし発見時、貴方は機動部隊に対して自身がカリフォルニアから来たと言いましたね。しかしながら貴方が提示した位置はニューヨークのクイーンズです。この食い違いは何が原因なのでしょうか?

SCP-3999: [システムエラー: データ破損。さらなる詳細に関してはネットワーク管理者の診断を受けて下さい]

タローラン: はい?

SCP-3999: [システムエラー: データ破損。さらなる詳細に関してはネットワーク管理者の診断を受けて下さい]

タローラン: かつてコンサートが開かれていたことは存じていますが、はい、しかし ―

SCP-3999: [システムエラー: データ破損。さらなる詳細に関してはネットワーク管理者の診断を受けて下さい]

タローラン: セキュリティ、今すぐ ―

SCP-3999: その必要はない。


タローラン: 何だ?

SCP-3999: ようこそ。

タローラン: そうか。過去と現在を同時に見えると。その、お前のマインドゲームか。

SCP-3999: 覚えていないんだな?あのインタビューで語ったことを何一つ。

タローラン: ああ、ただ見当はつく。どうして今更それを持ち出す?

SCP-3999: 記録を取っていたのだ。これが3,003,999年目だ。おまえが私をここに捕らえてから。私には理由が分からないが、ここはおまえの世界だ。おまえは私の中に、自分の空間を作り出したのだ。もう終わりだ。私はただ、おまえの断片を理解したいと考えたが、それは叶わなかった。

タローラン: そうか…ああ。確かに…そうだ。私がお前と共に死んで、この地獄は終わる。その後には何もない。私も、お前も。財団と世界は変わらず進む。ただ分からないのは、どうして私をこんな目に遭わせたかだ。何もかも。この…どうしようもないヤツめ。どうしてだ?

SCP-3999: 私が寄生した中で、おまえは…最も。

タローラン: 最も何だ?

SCP-3999: おまえ自身を持っていた。

タローラン: お願いだ。煙に巻くような戯言はもういい。うんざりだ。この先に起こることは分かっている。だからこの収容房に連れてきた。教えてくれ。私が最も何を持っているというんだ?

SCP-3999: 既に教えた。それが真実だ。おまえは誰よりもおまえ自身を持っている。それが私に必要なことだった。

タローラン: …ああ。あの声が言った通りだと。

SCP-3999: 私が存在した時間の中で、おまえは他の誰よりも、自分を…何かにする力を持っていた。

タローラン: XKだったのか?それともZKか?

SCP-3999: 財団の分類はあまり意味を持たない。意味があるのは、私がおまえを長い間留め置きたかったことだけだ。明らかに、私はおまえを軽く見積もり過ぎた、そしておまえは私を高く見積もりすぎた。

タローラン: ああ。そうかもしれない。

SCP-3999: おまえは理解したか、タローラン?道の終わりがどこにあるのか?終わりに至る方法は一つしかない。私はこれを続けるが、おまえの意思は私が持つ何よりも強い。

前書: タローラン研究員は椅子から立ち上がり、テーブルを脇にどかす。彼はSCP-3999を両手で掴み、扼殺を試みる。タローランが窒息の様子を見せたことから、両者は感覚を共有していることが推察される。50秒に渡って争いが続けられるが、意識の消失は見られない。後にタローランは目を閉じて収容房の壁へ歩み寄り、SCP-3999と共に世界の深淵に落ちる。2分間の落下の後、両者は移動と変化を止め、全てが壊れる。



ジェームズ

俺の可愛い息子の心を奪ったかと思えば、今度は転勤か?よくもまあ、なあ!勘弁してくれ。俺の悪魔そのもののような友人だって、遊び相手にそんな仕打ちはしない。

そうはいってもお前は良い奴過ぎる。あいつには勿体ないくらいだ。お前が現れるまで、あんなに幸せなドレイヴンは見たことがねえ。ドレイヴンがお前に出会えたことを考えれば、財団の日々も決して無駄じゃなかったと思う。ただお前がこの手紙を受け取っているということは、お前は離れるわけだ。理由は知らないが、もしもお前のせいで息子の心が痛め付けられたなら、俺は682に取り付いてお前を胃袋の中に送ってやる。

今は字を書くには酔っ払いすぎてるが、それでもこうして言葉を選んで手紙を書いている。それだけお前のことを考えてるということだ。少しだけな。俺が死んだ時点でお前はあいつを世話する責任がある訳だが、離れるとなれば、なおさら責任は重い。絶対にあいつの手を煩わせるな。クソガキになるな、ジェームズ。申し訳なかった、そして何の日かは知らないが良い一日を。

BK




2017年12月15日

10:19 P.M.



10:20PM、警報が鳴った。収容房程の幅とその倍の深さの穴が、どこからともなくサイト-118内に現れた。穴の底には辛うじて呼吸を維持する死体が一つあり、手に何ページかの財団報告書を握りしめていた。医療スタッフが底にたどり着き、器具で固定するまでに七分を要した。もう少し遅ければ、その人間は息絶えていたことだろう。

ヒカリ・ヤマダは現場にいた医師の一人であり、第一発見者でもあった。スタッフの補助を受けながら体を引き上げた時点では、その正体は定かでなかった。顔と胴体は土と瓦礫に覆われ、出血と傷害のおびただしさも合わさって廃物さながらの見た目となっていた。担架に乗せ、医療棟に運び、顔から諸々のデブリを取り除き、治療の為に全身を洗浄してようやく、吐き気を催す事実が彼女に明らかとなった。それは、285日間失踪していたジェームズ・アリ・タローラン研究員であった。


10:47 P.M.



ドレイヴン・コンドラキは急遽サイト-118へ飛んだ。


11:58 P.M.



> To: ウェイ・チョン (pcs.811s|gnohzw#pcs.811s|gnohzw)
> From: マリア・ジョーンズ (pcs.asiar|60senojm#pcs.asiar|60senojm)
> Subject: RE: 3999


ごきげんよう、チョン管理官

RAISAの成立以来、3999に指定されたSCPは存在しません。財団の成立にまで遡ったとしても、99.998%の確率で同様の結論であり、誤差は"実質的に無視できる"水準です。速やかに当該文書をRAISAへ転送するようお願いいたします。それでは。

マリア・ジョーンズ
記録・情報保安管理局管理官



2017年12月17日

8:37 P.M.



ドレイヴン・コンドラキとタローランの友人らに、彼の容態の安定が知らされた。



2017年12月22日

4:13 P.M.



「大丈夫だよ、本当に。」ベッドの上のタローランは見るからに痛めつけられ、痙攣せずには少しも動けない状態だったが、確かに生存していた。彼は生きていて、それだけが重要だった。

「何があったのかは覚えているのか?どれだけいなくなっていたと思ってるんだ、全く、あと数か月もしたら、書類の上で死んでいたんだからな、それに、それに ―」

「いや、うん。覚えてないんだ。いなくなって、気付いたら。ここにいる。」タローランは嘘を付いた。今の状況は…とても信じられるものではなかった。信じられるものになるには、途方もない時間が掛かることだろう。丸十一か月が経って、脊椎を真二つにされると共に虚構が剥がされるかもしれない。ドレイヴンの優しさが偽物かもしれない。ドレイヴンが偽物かもしれない。

タローランは右へ目を遣り、部屋の外でヤマダが他の医師と話し合っているのを見た。彼らも皆偽物かもしれない。他に何の説明が出来よう?何百万年も抉られ続けて、平穏が突然やってくるものだろうか?平穏など存在しない。そんなはずは ―

「良かった。戻ってきて本当に良かった、ジェームズ。ちくしょう。今は何があったかなんてどうでもいい。今だけじゃないかもしれない。分からん。お前は俺のものだから、またいなくなったりしたら、絶対にお前を連れ去った奴を無力化してやる。」

ドレイヴンが優しく両腕で包み込むと共に、彼の心は揺らめいた。傷が痛んだが、安堵も感じられた。他人の優しい感触が与える特別な痛み…それが全て偽物だとしたら、またしても幻だとしたら、楽しむことは出来ないだろうか?この瞬間なら、タローランはマインドゲームの勝利を宣言することも出来るだろう。

「まだ自信が無いんだ。君は…君はドレイヴンだよな?ドレイヴン・コンドラキ、あのベンジャミン・コンドラキの息子の?ユダヤ教徒の、バイの、いびきが酷い?」ドレイヴンは不思議そうに、質問の馬鹿らしさを指摘するかのような表情で見返した。

「いびきはマシになってるよ。他は同じだ。お前は ―」

「うん…多分そうだ。まだ体がボロボロだけど。ハグをして、この数か月で何があったのか教えてくれ。世界が良くなったと言ってくれ。」

ジェームズ・アリ・タローランは生命にしがみ付く。この瞬間は、勝利だ。それだけが重要だった。






2017年12月15日


サンセットがセラピストと過ごした一時間は、これといった内容の無いいつもの面談だった。しかし少なくとも、生産性のある"内容の無さ"ではあった。

執筆についての話があった。それも沢山の。執筆がどれだけ助けになったか、いかに魂を癒したか、いかに難しい時間を乗り越えさせてくれたか。彼女はSCP Foundationにさえ言及して、セラピストにウィキペディアの概要を読ませた。

どうして執筆がそこまで助けになったのか?結局のところ、感情を吐き出すだけで状況は良くならないし、問題の本質も見えてこない。どうしてそこまで重要と言えるだろうか?

それは…言うなれば、正攻法では表せない感情や経験を簡潔に表す為の方法だ。例えば滝が彼女に齎す感情を表現するなら、「ジェインは滝の頂きから大地へ落ちてゆき、世界の支配者となった。」と言う他あるまい。あるいは、トラウマが彼女に与える影響を語るなら、「忍び足で世界に踏み出す度に、デレクは三人の、不完全な人間を生きることを経験した。」と言う他ない。

執筆の過程よりも、重要なのはその伝達と解釈だ。結局、そこが最も楽しい部分だ。自分の為に書いた物を自分で読んで、そしてその気になった時にそれを世界の人々と共有してみて、どう受け取られるかを見てみるといい。彼女に言わせれば究極の自己表現で、時には作曲に勝る存在だった。

タローランが最初に彼女の目の前に現れた時、それは長大で、分かりにくい、著者の精神的苦難に関する物語だった。そして認識は移り変わり、タローランは今や彼女の人生の中心にいて、彼女が自ら抱え込んだ重荷を何よりも的確に表現する存在となった。彼女にとって、それは間違いなく口で伝えるより簡単なことだった。フィクションはあらゆる意味で現実よりも真実だ。

「次の面談までの間に、そのサイトの記事をいくつか読むことにしましょう。」

何かを達成したとして、それは一歩に過ぎない。それに、本来なら前日には間に合うべきものだったが…それも仕方ない。出来が十分であれば、いくらかの遅刻は見逃してくれることだろう。多分ね、と彼女は思った。





2017年12月17日


彼女は「保存」を押した。





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