ただひたすらに透き通った潮
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はじまりはプカリと浮かぶ魚の死体だった。


朽ちた魚の数は日に日に増えていった。最初こそ不思議だなぁと思いつつ楽観的にとらえていた島の住人達も港に広がる生臭さには顔をしかめた。喜んでいたのは流れ着いた魚を咥える猫ぐらいのものであった。

美しいコーラルブルーの浜に広まる異常が島全域に及んだころ、別の事件、島一番の漁師の変死が起きた。あくる日寄合にも来ず、電話にも出なかった彼の家に行くと倒れた姿で発見された。意識はあったようだが言葉をまともに発することができず、身体の自由が利かない様子でそのまま亡くなった。前日漁師仲間と潜水漁をしていた時は元気そのもので、今晩は貝尽くしだだの明日は沖の方へ出ようだのと話していた。一人の男の死は魚の死と結び付けられて人々の話題のタネとしてあちこちで話された。

それから少し経ち、変死の話題が消費期限切れとなったころにはだんだんと魚の死体が減っていった。いや死体だけではなく生きた魚の数も減っていった。網を仕掛けれど捕まらない。竿を垂らすと食いつくのだがギリギリでバレてしまう。島に暮らす人々にとって必要不可欠といえる漁獲が奪われていった。

だんだんと肉体的にも精神的にも余裕がなくなっていった。何とか魚を捕ろうと漁の回数を増やしたが困窮に瀕するのは時間の問題のように思えた。腹を空かした人々は言い争うことが増え、丸々とした野生の猫に石を投げる悪ガキに誰も注意することはなかった。


決定的だったのは小舟の沈没事件だった。

20過ぎの若衆2人が普段行かない沖合まで獲物を求めて漁に出た。照り付ける陽を反射して煌めく海は変わらず美しいままだったが、依然魚影は無かった。

少ない釣果に疲れ果てた2人が波も出てきたしそろそろ帰ろうかと道具をたたみ始めた時、突如船の側面に衝撃が走った。止まった船の周りには岩場もなく、見通しのよい海の中には魚影も何もない。何か見えない巨大な魚に体当たりされたようにしか思えなかった。

小さな穴の開いた小舟は見る見るうちに水を吸い込んでいく。若者は慌てて水を汲みだすも焼け石に水、急いで舟を岸に奔らせるが陸が見えたところであえなく沈没。二人は這う這うの体で泳いで岸までたどり着いたが、風邪で3日3晩寝込むこととなった。


不可視の巨魚譚は多少の尾鰭はついたものの瞬く間に島中に広まり、人々は堰を切ったように海への恐怖を思い出した。呪いか祟りかともかく海が異様になっていることに疑問の余地はなかった。蜘蛛の子を散らすように人々は島から逃げ去っていった。島を離れることに抵抗する人や海への恐怖から船に乗ることすら拒否する人もいたが、食料が貝くらいになり再び怪死が発生するとしぶしぶ島を出て行った。


いまや島には人は誰もいない。魚もいない。不思議なのは野生の猫もどこにもいなくなってしまったことである。猫が大海を渡れるはずもないが、その死骸すら残っていなかった。それでも時折どこかでにゃあん、にゃあんという声が聞こえてくるが、それを聞いているのはただひたすらに透き通った潮だけだった。

透潮






































































無人島に一隻の船が向かっていた。

「あそこが目的の島か」
「はい。今は人一人いない島ですが‥‥」
「いや説明はいい。私にはわかる。この温度、地形、潮。必ずいる」




「プロジェクト番号、SPC-1257-JP。 "透鮫"の殴打を開始する!」
「「「殴!!」」」

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