病床の老人が咳をする。
深く、肺より抉り出されたような、痛々しい咳。
「先生!」
心配そうな表情を浮かべながら、白衣の男が老人に寄り添った。
「大丈夫、大丈夫じゃ」
その手を押しのけながら、老人は薄く息を吸った。
「だが、どうやら、もう時間も無いようじゃ」
「そんな・・・」
かつて、数多の無機を、幾多の命を砕いた腕も今は枯木の如し。
手の震えを、指先の曇りを払えぬほどに、彼は既に老いていた。
白衣の男が、心底悔しそうに己の膝を拳で打つ。
「私がついていながら!」
「よい、よい、血に呪われた修羅道で、最後におぬしに出会えたのじゃ。これも、天の粋な計らいと言うものよの。して、もうよいのか?」
「確かに、私にも役目があります。しかし、ここで四ヶ月と十五日、先生と寝食を共にしまして、己の浅はかさを思い知りました。やはり、封じるべきものなのでしょう」
「・・・そうとは限らん」
「先生!?」
悲痛なか細い呻き声が響く。老人が、床より立とうとしているのだ。
「容態に響きます!お戻りを!」
無論、直ちに床へ就かせようとするが、か細い呻きからは想像もつかぬ程の大喝を以て男は制された。
「儂の技は、呪われておる。ただ傷付けんが為に、ただ殺めんが為に、己の幸の為に他者を貶める技じゃ。故に、封じると決心した。おぬしらと同じように、数多の過ちの後にな」
全身を震わせながらもなんとか立ち上がった老人はカカシにすら見えた。
その拳足を固めようとも、力はまさにそこから漏れ出していた。
「じゃが、儂は最後の過ちを犯す。おぬしら・・・否、おぬしならば、我らの過ちを断ち切ってくれるやもしれぬ。伝授しようぞ、我が秘奥までも!」
「先生、しかし!その体では!」
再び、老人の大喝が轟いた。
「名じゃあ!」
「はっ!?」
「無辜の命を殺めながらも大戦に敗北し、恥辱と汚濁に塗れた我が拳を、儂は"申"と呼んだ。だがそれは今よりここで死ぬ!その新たな名を、おぬしが求めい!」
老人の言葉は真剣そのものである。
白衣の男は動転しながらも、自らの脳中を必死でかき回した。
そして、二つの憧憬へと辿り着いた。
幼少の頃より親しんだ、強さの象徴。
長じて後思い知り服した、絶対の象徴。
その二つの憧憬は言葉として、必然的に彼の魂の中で連結した!
「財団・・・"財団神拳"・・・!!」
「 財 団 神 拳 !」
突如、老人の肉体は弾けた!
その衣服は破れ、煌めく筋肉の隆起が老人を包み、汗を迸らせる!
『固定アミノ超代謝呼吸』! 老人は一瞬にして超人の肉体へと変貌した。
「す、すごい。これが」
その美しさ、力強さに圧倒される白衣の男。
これらの全てを得るために使わされた彼を以てして、全てを忘れ去るほどの美と力がそこにあった。
「さあ、教えようぞ! 死の淵を追う行の始まりじゃあ!!」
「はい!先生!」
堅く手を取り合う男と超人。
伝説は、ここより始まったのだ。