あらゆる異常現象が立ち去ってから、20年の月日が経過していた。
世界は今や完璧にして完全であり、どのような空白も人々の安全を脅かすことは無くなっていた。
財団が封じ、守ってきた全てのものが、財団を必要としなくなっていた。
どのような異常も、不可思議な働きを失ったのだ。
目で見え、手で触れ、耳で聞き、脳で受け入れ、心で感じ取る全ての事柄こそが世界の真実となった。
その時、財団もまた、役目を終え、立ち去った。
「我々が必要ではなくなる日が来るといい」その言葉通り、彼らも消えたのだ。
世界中の財団が、ある時同時に解体されたのである。確保、収容、保護。彼らの理念という統一意思のもとに。
彼らの見てきた暗闇と共に、財団は死んだ。
とはいえ、ある日唐突に全ての異常性が何の前触れもなく消えたのであれば、財団はむしろ警戒を強めたであろう。異常の消失そのものを異常とみなし、戦いを続けたであろう。
しかし、そうではなかったのだ。
彼らは修復に成功したのである。次元の傷痕を、時空の隙間を、現実の破れ目を、あらゆる異常の根源を、世界の根本を完成させたのだ。
それ故に、財団は役目を終えたのだ。最早世界に危機は無く、何ものも滅びはしない。
不死身のトカゲは穏やかな寝顔を湛えて息を引き取り、緋色の鳥は現実への通い路を失った。
二つの愛らしき目は乾き、ジョーシーは下半身を取り戻し、芸術たちは本来の姿へ回帰した。
暗黒そのものであるかのような時空の穴は塞がり、あらゆる憎悪が、罪悪が、敗北が、赦された。
あるべきものよ、あるべき姿へ。
全ては再生した。
そして、財団は去った。
真の意味での人類史、その元年を彼らを見届け、華々しき光に背を向けた。
しかし、それでいて尚、彼らは使命を忘れなかった。
財団の機能やシステムは消失したのではなく、分散されていたのだ。
あるものを無数のフロント企業に、あるものを巷間行き交う文化に、あるものを秘密の施設の奥深くに、彼らは遺したのだ。
万が一、再び彼らの使命が必要とされた時のために。
そして、それらの遺物を統括するプログラムが、地中深くで一つのモニターを緑色に光らせた。
人間の代わりに、世界を見続け、異常を探る、平和の監視者。
『エンバーミング』
召集せよ。
警報が鳴り響き、次々と周囲の機器に光と電流が雪崩れ込む。
エンバーミング。戦いは再び始まる。
何ものも去ることは無い。