神山博士の特別講義記録:精神影響に分類される認識災害の異常性に対する誤認識
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どうも、どうも、皆さん、どうも、本日はわざわざお越し頂いてありがとうございます。
まず、本講義の受講は皆様に対して何ら強制力はございません。
皆様はこれまで「必要とされること」を様々な現場職員からレクチャーされ、いよいよ私達財団に於ける新鮮かつ重要な人材への第一歩を踏み出そうとしています。
私がこれから皆様に授ける知識は、その中では比較的「不要とされるもの」です。本講義が特別となっているのは、そういう事なのです。この講義を受けずとも、あなたたちは財団の職員として登録されることが可能なのです。

で、あるにも関わらず、あえて不要である私の話を聞きに来てくれるというのは、あなたたちの勤勉さと財団の業務に対する誠意の表れだと私は考えています。
そんなあなたたちに敬意を表して、今回は更に特別に、皆様の席にはパサパサのベーグルではなくカツサンドを置かせて頂きました。私の奢りですので、講義の最中であってもご自由に食べていってください。

はい、実に結構です。
では始めましょう。精神影響に分類される認識災害の異常性に対する誤認識。まずは皆さんが、認識災害というものに対してどの程度の知識を持っているのかを確かめさせてもらいます。
そこの黒スーツの方。フィールドエージェント候補の方ですね? 認識災害オブジェクトの回収や調査に際しての徴候の見極めや対抗手段などは、既に他の講義で説明済みであることと思います。
では認識災害とは何でしょうか?

はい、その通りです。「認識される事により発生される危害的現象」。ほぼ完全な回答と言えるでしょう。皆様この方に拍手を。
・・・はい、先程述べられたように、財団では「認識されること」を切欠にして有害な異常が発動されるオブジェクトを認識災害と分類します。この分類に則れば、認識災害とはあくまで「発動の切欠」にのみ適用される用語であり、基準です。
しかし実際には、認識災害系のオブジェクトの多くは認識されるという切欠を以て、更に対象者の意識や認識にも影響を及ぼします。そういったオブジェクトは、認識災害的な要素を持ちながらも更に精神影響系へと分類されるようになりました。
つまり要点だけを有り体に言ってしまえば、分類上は「見られただけで爆発する爆弾」も認識災害ですが、実際には「見られただけで世界全てがすぐ爆発するように視認者に感じさせる爆弾」というものが、認識災害系オブジェクトの中でも多数存在するのです。

一体、何故でしょうか? 認識災害という分類は本来広義的であるのに、何故実際には、認識されたとき発動するオブジェクトの多くは人々の知覚や意識、精神に影響するのでしょうか?
どなたか説明出来る方はいませんか? そこの赤ぶち眼鏡の女性の方、どうでしょう? わかりますか?

・・・そうですね、あなたは非常に誠実な科学者であるようです。心配ありませんよ。分からない事を分からないと言える科学者こそ、社会が真に求める科学者です。
それに、実際には私だってそれを真に理解しているかどうかは分かりません。どんな科学的結論だってそうです。新たな発見によって覆された盤石など無数にあります。そして財団こそが、覆されるべき盤石を背負うものです。

少々話が逸れましたね。
認識災害的な精神影響オブジェクトの多数が実際に知覚等に影響する理由は、現在では、一応のところの推論は存在します。
間違いである事を恐れず推論を言わせていただけるならば、それは「認識というものに対する認識の弱点」でしょうかね。
「認識する」とは何なのか? それは私達が持ち得る常識であり、その常識の枠内に物事を収納する力のことです。
私達は常日頃から様々なことを認識しています。あなたたちは今私を見て「人間だ」と感じている。私の話を聞いて「話が長い」と感じている。そしてその事に対して何の疑問も違和感も無いでしょう。
それはあなたたちが、自分の認識というものに対して常識という保証をつけているからです。
感覚によって得られるものは、あなたたちがこれまでの経験から得た常識によって、あなたたちの脳内で分類されるのです。

例えば、今ここで私が突然に恐竜の姿になって甲高い咆哮を上げたとしたら? あなたたちは驚くか、呆然とするでしょう。
しかし本来、私の姿が恐竜であったとしても、大した問題では無いはずです。実際カナヘビの姿をしたエージェントをあなたたちは見ているでしょうし、そのような異常が日常茶飯的に発生する場所で働く事をあなたたちも承知しているはずです。
しかし、あなたたちは必ず動揺する。どうして?
何故ならば、それは認識に対するダメージだからです。負傷から痛みが生ずるのと同じように、常識からの逸脱によってあなたたちの認識が傷つくのです。

そうです。つまり全ては「人間の力」によって引き起こされるのです。オブジェクトは、そこに存在しているだけ。異常ながらも、あるがままにあるだけ。それを受け入れる人間の方に、認識災害的な精神影響が発生する原因が存在するのです。
SCPオブジェクトは特異な性質を発露させますが、その多くは人を狂わすために在るものではありません。殆どは「ただ在るだけ」です。しかしただ在るだけで、人の認識を強烈に押すものがあります。そういうものが認識されたとき、人間の認識は様々なダメージを受ける。それが認識災害的な精神影響です。
多くの認識災害は認識された時に発動するのではなく、常に影響がオブジェクトの周囲を渦巻いており、その影響を認識によって受け入れてしまった時点で異常が発生しているかのように感じるだけです。
そして認識災害的な精神影響とは、それが人間の精神構造を土台にしている限り、決して特別な異常などでは無いのです。
 
 
頃合いですね。では、ただ説明するだけで理解するのも難しいと思いますので、認識災害、精神影響とはなんなのか? その具体例を皆様に示したいと思います。

実は、財団では施設が予期せず閉鎖された時、または破壊的なKクラス事象から他のオブジェクトを隔離する必要性が生じた場合に備えて、各種閉鎖プロトコルが存在します。
それらは独立したライフラインや収容維持のための予備装置の使用に関するものですが、閉鎖された空間で長期間職員の生存を図らねばならない場合に備えて、人間の生理面に関する緊急時の規定も存在します。
その一つが、犠牲の最小限化の精神に則った、Dクラス職員の資源としての再活用プロトコルです。
様々な施設に存在するあらゆるDクラス職員から無作為で常に何名かが抽出され、彼らはそのプロトコルの対象者として潜在的に番号付けされます。そして有事の際には、彼らは自動的に終了され、然るべき装置と手順によって加工される事となります。
今朝、そのプロトコルの対象者に終了措置が施されましたので、ちょっとお願いしてみましたら、新人研修のためならば、とにこやかに応じてくださいました。
 
 
カツサンド、美味しかったでしょう?
 
 
はい、吐きながらでも話は聞けますね。これが精神影響に分類される認識災害です。
ご安心を、皆さんが食したのは正真正銘豚肉のカツサンドです。
しかし、この肉が本当に人間のものであったとしても、本来は全く問題など無いはずなのです。人肉は人間の消化機能で処理可能ですし、味にも大きな問題がある訳ではありません。それどころか、これは実際には人間の肉ですらない。
しかし皆さんは明らかに不快感を示し、およそ半数以上が嘔吐するに至りました。私が言葉によって、皆さんの認識に対して僅かに影響しただけで、です。

まさに、これが認識災害的な精神影響なのです。常識からの逸脱による認識へのダメージが、本能的な肉体の反応を引き起こしたのです。SCPオブジェクトが与える影響とは、つまるところこの効果をより極大化するか、より偏らせるかなのです。
最も重要なのはオブジェクトではなく、私達が人間であるということ。そしてその前提が存在しないのならば、認識災害的な精神影響オブジェクトの殆どは「異常では無い」のです。
そう、あれらは本質的には正常なのです。私達人間が、認識というものを介して勝手に受けている影響から、あれらを異常扱いしているに過ぎないのです。
そしてあれらに対して「異常」と思う事は、将来的に必ずあなたたちの判断をいよいよの所で曇らせる事となるでしょう。
我々は「異常」を収容するのではありません。「危険」を収容するのです。誤った認識は、正されなければなりません。

これ以上、私が言葉を重ねる必要はありませんね。
講義を終了します。ご清聴ありがとうございました。トイレはここから出て直ぐ目の前となっています。満室の場合は、お手数ですが一階まで移動をお願いします。

・・・Dクラス職員再活用プロトコルですか? はっはっは、出任せですよ。一時期噂に昇った事はありますが、根も葉もない噂に過ぎません。
 
 
 
今はね。

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