Safe Euclid Keter ████████
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「功績に見合うものとはなんだろうな?」

無数の本や書類が床に山積みにされた部屋の中央で、自身の眼前にある、暗闇のみを表示するディスプレイに男は一人語りかけた。
知識の塔に囲まれる彼の呟きに答える者は無い。ディスプレイはただ暗黒のみを映し出す。

「記録開始。コードTICr-41-2031-500『我が夜盲の標を鋲とす』 認証を開始、開始、開始」

しかし男がそう言い放つと、ディスプレイは虹色の輝きを得た。
様々なセキュリティをクリアし、コードを認証し、データベースを呼び出す。
輝きは素早く上下左右に移動し、走査し、パターン化された構築と瓦解の連続を合図とし、そしてこう結ぶのだ。『入力待機中』と。

「TICr-41考古文献に基づく研究によりTICr-41-500の機能再現に成功。今後はその主要機能の対象範囲拡大を主命題とする。記録せよ」

男の言葉に呼応するかのように、ディスプレイの虹色の輝きは画面上で絡み合い、交わり合う。それは脳が映し出す電気信号の影であるかのように、一本の糸が複雑に自身同士で絡まり合っていた。

「以上の声明を各支部へ通達。おめでとう諸君、我々はまた一枚の切るべき札を手に入れた。長年の努力と協力に感謝する。私はO5-1あるいはO5-13。全て、順調である。以上」

男が手を小さく叩く。その音によって、ディスプレイの輝きは千々と四散し、元の暗闇のみを得た。ディスプレイはゆっくりと天井へと格納され、男は本の塔の一つに腰を下ろしてため息をついた。
SCP財団。異常から人類を守り、世界を保つ。それは愚かで矮小な抵抗なのかもしれないが、それでも、人類は弛まぬ努力によってこれまでいくつもの成果を挙げてきた。それが本当に抵抗として成立するのかどうかは誰にも保証出来なかったが、かと言ってやらない訳にもいかない。
そして、成果の一つがここに結実した。秘密裏の内に世界中の多くを結集し、多くを犠牲に捧げ続けて得た一つの結果。世界という船を嵐から守り、港に繋げ続けるための一つの錨。計画の一つが、ここに完遂を見る事になるのだ。

緊急通信を報せるアラームが部屋に鳴り響き、本と書類の塔をいくつか崩した。
男はゆっくりと、額を擦り、身を起こしてから、中指の爪先で二回本の表紙をノックする。本には『緊急事態対処手引き〜日本語版〜』と日本語でタイトルが打ってあり、規定の衝撃を感知することで鍵が開き裏表紙が小さなモニターへと変化した。
モニターは一面白の背景に、大きく"K"とだけ書かれた映像を映し出していた。

「問題が発生しました」

聞き飽きる程に聞き続けたその言葉。男は無言を貫く事で、先を促した。

「先程CK-クラス:再構築シナリオ発生が確定しました」


「何!世界破滅計画だと!」
宇宙の厄災を集めたが如き禍々しい姿を湛え、侮蔑のこもった黄色い目で彼らを睥睨する黒い霧を指差し、赤の戦士はその色に相応しき激情を込めた声をぶつけた。
「野郎、初めからそれが目的だったのか!」
続いて眩しき金色を魂と肉体に漲らせた戦士が、自身の掌を握り潰さんとばかりに拳を固く握り忌々しげに怒りをぶつける。
黒い霧は体をうねらせ、自身が見下ろす者たちを更に嘲るように空気を震わせた。

「我が名は宇宙大帝ジゴック。お前らとの茶番も今日限りだ。今日より普く世界は我が威光の前にひれ伏すだろう。マイクロファイターズよ、お前らにもはや為す術は無いのだ」

4人の戦士の怒りが漲る。平和と正義、そして人類を愛する魂が、強大な悪の前に震えている。
「皆の平和な暮らしを奪おうだなんて、そんな事絶対に許せねえ!!」
白銀の戦士が魂の震えをそのままに吐き出す。しかしその時、青の戦士は自らの分析から得られた絶望的な結果を目の当たりにしていたのだ。
「なんてことだ!」
青の戦士の言葉に、他の3人の戦士が振り向く。青の戦士は左腕の検知器と仲間たちの顔を見比べるように視線を巡らせた。
そして、他の3人の戦士に比べれば幾分か細い声で、それでも精一杯に張り上げている事が分かるであろう声で、得られた事実を信頼出来る仲間達に告げた。
「皆さん、TICr-41-500を犠牲にしてマイクロパワーを得ないと、奴を倒す事は出来ません!」


「おい、待て。今なんて言った?」

警報が鳴り響き、研究員や保安要員が慌ただしく行き交い、大声で指示や報告が飛び交う中でも、それを聞き逃さぬ者が一人だけいた。
彼の後ろで連絡の取り次ぎに追われている研究助手は、これまでのパターンとは明らかに異なった唐突な終末期パターンの開始に伴う記録と保安上の備えのために、数本もの受話器を同時に顔に当てながら彼の言葉に「はい?」とだけ応えた。

「大急ぎで録音記録を呼び出せ。電話なんぞ後だ! 直ぐに7秒前の録音記録を再生しろ!!」

研究助手は上擦った声で応えると、受話器を放り投げて制御卓を操作する。その反応に比べて研究助手の作業は速く、およそ2秒で録音記録の割り出しと出力を開始した。
そこにははっきりと、『TICr-41-500を犠牲』という言葉が刻み込まれていた。それを聞いた瞬間に、彼は自ら総毛立つ感覚を自覚した。

「・・・神山博士に連絡を取れ」

その中で、なんとかまずはその言葉を絞り出した。
しかしそれに対し、研究助手は「は?」と思わず聞き返してしまった。
このような予期せぬ事象が起きている最中に、無関係の、そしてよりにもよってあの職員に連絡を、というのは恐らくこの研究助手でなくとも怪訝に思う事だろう。
だが、彼は思わずその研究助手を引っぱたいた。彼の知識と知性にとっては、その研究助手こそが、最大の無能者に思えてならなかったからだ。暴力の後に、彼はこう叫んだのである。

「TICrはクリアランス5レベルの機密情報分類だ! そんなレベルの代物が犠牲になってみろ。このままだと、とんでもない事になるぞ!!」


「それで、現在の状況はどうなっている?」
「565-JPはプロセスを既に89%まで完了しています。しかし、改変対象の情報限定に手間取ってるようでして、通常よりは遥かに時間を要している方かと」
「・・・TICr-41-500には、これまで大変な注力をしてきた」
「はい。だからこそ、連中は手間取り、そして事態はCKクラスまで拡大してしまう訳でして・・・」
「影響が大きすぎるのか?」
「残念ながら。TICr-41-500が再現性を失うにはTICr-41の消失が不可欠でして、TICr-41が財団、ひいては財団に影響された一般社会に与えた影響は決して微小なものではありません。それらが根こそぎ失われるとなれば、非能動的過去改変が発生するでしょう。それは恐らく、現在時点への少なからぬ介入を・・・」
「考察はいい。それで、どうなる?」
「TICr-41は消失し、TICr-41-500はその主要機能をほぼ失った上で、過去改変に巻き込まれる形でTICr-41に関わる全記録、全記憶の抹消が発生するでしょう」


prrrrrrr prrrrrがちゃり

「はい、もしもし、神山です。ええ、聞き及んでおりますよ。ええ、はい、おやおや。承知しました。では13秒後に、緊急回線172-738-Kにお繋ぎを。コールを4回鳴らした後に、お切り下さい。それでこちらから回線を繋げるようになりますので。それではよろしくお願いいたします」

がちゃこん

「・・・・・・沈黙は悪徳なり」

がちゃり

「『天使の羽を剥ぎ、悪魔に着せよ。悪魔の心臓を抉り出し、天使に供せよ』。GOC日本支部ですか? 私、神山と申す者ですが・・・」


「我々はまた一つ、重要な切り札を失うということか」
「残念ながら。しかし、我々もただではやられません。既に243-JPと999-JPの活用が進行しています。もし成功すれば、過去改変に干渉して565-JPの活動範囲が今後抑制されるよう改変を誘導出来るかもしれません」
「二度とはやらせん、と?」
「そういうことです。既にGOC専属の呪術師、運命学者の協力を得て予測を完了しております」
「TICr-41-500はどうなる?」
「任意時点での存在記録と復元の性質を、恐らく部分的には残すでしょう。しかしそれ以外の点は全く異なる物に・・・それと全記録が失われますので、恐らくは、改変結果の実体はそちらの方でSCPオブジェクト認定が為されてしまうものかと」
「どうあっても記録は残せないのか?」
「何度もこの言い回しを用いるのは非常に心苦しいのですが、残念ながら・・・」
「ああ、残念だ」
「努力はしたのですが・・・今回の件は、何らかのKeterクラスオブジェクトの封じ込め手順の消失であった、というように改変されるであろう、と予測されます」


「現実エネルギーの吸収を・・・完了っ! マイクロパワー、充填します!!」
戦いの最中で傷ついた体に鞭を打ち、青の戦士は自らに本来具わっている力以上の力を振り絞ってそう叫んだ。
その声に鼓舞されるように、戦士達は立ち上がる。勝利と栄光を手にし、平和を世界に取り戻すために。
それでこそ、それこそが──

「──俺たち、マイクロファイターズだ! ジゴック、貴様の好きにはさせない!!」

残った全ての力に、マイクロパワーと熱い血潮が充填される。この世界、この時間、これまでの全存在すべての力を得て、彼らは最後の一撃を振り絞った。

「行くぞジゴック、決着を付けよう!!」

光が弾け、そして時空は逆流を開始した。


「我々は失う。だが、まだだ、まだこれからだ。確保し、収容し、保護せよ。世界を治療する薬は、世界を壊す槌と同様数限りなくある」

Thaumiel
Item
Create

新プロトコルの発動を承認…
現実保護泡システム起動…確認
現実改変の発動を確認しました
『時計は進む』。彼女の夢を共に見よう。
Hello,Dr──
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


Item: SCP-500

Object Class: Safe

取扱方:
SCP-500は強い光を避け、涼しく乾燥した場所に保存してください。乱用を防ぐためにLevel4以上のセキュリティクリアランスを持った職員にのみSCP-500の取り扱いを許可します。

概要:
SCP-500は47と記録された赤い錠剤の入ったプラスチックの箱です──

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