非日常に憧れて
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今日のサイトは少し賑やかだ。あくびをしながら廊下を歩いていると、端で固まって談笑している研究員の1人が私に気づいた。

「あっ、希竜博士!おはようございます!」

「ああ、おはよう。」

挨拶を返すと、研究員達が覗き込んでいるものに目がとまった。ごく普通のファッション雑誌に見えるが、何故だろう。どうしようもなく惹かれる。

「それは……ファッション雑誌の類かい?面白そうだ。」

「はい、最新刊なんですよ!博士も興味あるんですか!?」

「なんと言うか、こう言ってはアレなんですけど、意外ですね…!」

予想通りの反応が返ってきた。そう思うのも無理はないだろう。普段の私の素行はファッションの世界とは相容れないようなものだし。

「ははは、随分な言われようだなあ。確かに今はあまり興味が無いけど、数年前アメリカにいた時は結構着飾っていたよ。研究の合間の娯楽としてね。同僚から褒められるのはなかなか良いよ。綺麗だとか似合ってるだとか。」

あまり興味が無い、というのは本心だ。そのはずなのに、言ったそばから違和感を覚えてしまう。今日は何だかおかしいな。

「へえー!私も見てみたいです。今度サイト内でファッションショーとかできないかなあ。」

「どうだろうね…研究とか忙しいしちょっと非現実的なんじゃない?」

目の前でファッションの話が盛り上がっているのを見て、胸が少しだけ疼いたような気がした。

「まあまあ、落ち着いて。それよりそろそろ朝食を取らないと時間がまずくないかい?」

「あっ、本当だ。」

「ありがとうございます!」

「良かったら一緒にどうですか?色々話しましょうよ!」

少し考えて、私は首を横に振った。何だかやるせない気持ちになってきたからだ。

「遠慮しておくよ、楽しんで。」

私は逃げるようにその場から去った。自販機でバーを購入し、齧りながら研究室へと向かう。いつも通りの朝。けれど何かが違った。


「希竜博士、お出かけですか?」

「なに、ちょっとした気分転換さ。」

昼休憩の時間、私はジャケットを羽織って研究室を出た。おっと、サイトを出る前に鏡を見なければ。

鏡の前に立ち、自分の肌が―鱗が露出していないか、何度か確認する。私の体にはところどころ鱗が生えている。魚類とも爬虫類とも似つかないその鱗は、私の持つ異常性の一つで、財団に就職するきっかけとなったものの一つだ。肌を出したまま外に出るということは、何も知らない一般人にこの異常を見せつけるということ。

「身だしなみ、よし。」

そんなことはあってはならない。だから私は、夏でも冬でも上着と長ズボンを着込み、サングラスとマスク姿で……それでも隠れない場所には包帯を巻いて、外の街に繰り出すのだ。そこまでする必要があるのか?衣食住と娯楽はサイト内でどうにかなるだろうに。そう言う者も少なくない。だが、私にとってはそれ程の価値があることなのだ。何より昔からの趣味だから、異常性を獲得したくらいではやめられない。

「ええと、財布、スマホ、身分証…うん。全部ある。」

最低限のものを鞄に詰め込み、肩からかける。この瞬間さえも愛おしい。ジャングルの奥深くに探検しに行くような心持ち。童心に帰ったと言うべきか。

「博士。どうか楽しんで。」

「ありがとう、行ってくるよ。昼休憩が終わる頃には戻る。」


サイトのある小高い丘をスキップ混じりで駆け下りる。少し歩けば街が見えてきた。この格好で受ける真夏の熱風は少し辛いが、仕事柄慣れている。舗装された歩道に足を踏み入れた瞬間、周りの視線が一斉に自分に集まったような気がした。

『何…?この人。』

『うわ、何かヤベー奴がいる。』

『こっち来んなよ。』

向けられた視線がそう言っているように思えてくる。気のせい、だろう。そうに決まってる。私ほど高身長な女性は滅多にいないから、薄い色の髪はここでは珍しいだろうから、少し振り向いてしまうのも無理はない。

「6、7、8…ああ、良かった。空いてる。」

余計な気持ちを振り払って、いつもの場所、いつものベンチに腰掛けた。サイトの方角から数えて9番目の街路樹の下。そこには私のお気に入りのベンチがある。街に繰り出すようになったのはちょうど1年ほど前。そのベンチは1年経っても変わらずそこにあった。

「落ち着くなあ。」

目の前には小洒落たカフェや雑貨店、綺麗な服屋が立ち並んでいる。お世辞にも静かとは言えない。耳をすまさずとも様々な音が拾えてしまう。木陰の下で何をするでもなく、そんな街の喧騒に耳を傾ける。これが私の昼休憩の過ごし方だ。

道行く人々をぼうっと見ていると、ふと目に止まるものがあった。何の変哲もない普通の若者たち。女4人で集まって…着てきた服を見せあってるのだろうか。

「見てよこの服!マジやばくね?」

「キャー!大胆!!露出多すぎー!」

「やべえ、めっちゃ似合ってる。映えだわ。」

「皆で自撮りしよ!」

普通の会話。この種の若者の、私と同年代の人間の日常。興味が無いからどうでもいいが、私は出来ない。可愛い服だなんて以ての外だ。私は財団職員で、非日常の研究をしてこの日常を守るのが仕事だから。異常性があるから。分かってる。諦めもついている。そもそも興味なんか無いはず。それなのに。

羨ましい、と感じてしまう。

自由に服を着て、肌を晒して、喜んでいる彼女らを。

とっくに捨てたはずの邪魔な感情が湧き上がってくる。
この鱗を剥ぎ取ってしまえば、異常性が全て無くなれば、ああいうこともできるのかな
降り積もった灰が舞い上がり、空を真っ黒に塗り潰していくように。
そもそも財団に見つからなければ、あそこで襲われなかったら
かつての私はどんな人物だったか。朝よりしっかりと思い出してみると、あの若者たちと似たようなものだったような気がする。発掘した化石を見せ合って、論文を共に書き、真実を探求する喜びを共に分かちあっていた。あの若者たちのように服を見せ合うこともしていた。ここに来てからはどうだろう。
化石発掘なんてしてなかったら、研究に、生物に、恐竜に興味を持っていなかったなら、良かったのだろうか
やっていることは変わらないように思えるが、私の行動は制限された。知りたいこと、知らせたいことがあってもクリアランスの壁に阻まれる。自由な研究は出来ない。オブジェクト関連の研究にどうしても制限されてしまう。昔の、といっても数年前だが、同僚とはいつの間にか音信不通になってしまった。鱗のせいで、外でどんな服でも着れるというわけにはいかない。でも今だって同僚には恵まれている。私と同じように、異常性を持った者がいる。ほとんど何も違わないはず。服だって、財団のサイト内にさえいれば自由に着れる。じゃあ、何が違う?
何も知らず、無知のままでいれば良かったのだろうか

……やめよう。

「んん、今日は調子が良くないな。」

重い腰を上げ、足早に行きつけのバーガーショップに向かった。ここはお前の居場所ではない、と言われているような気がした。

「チキンバーガーセット、ドリンクはコーラ。テイクアウトで。」


「おや、希竜博士…おかえりなさい。何かあったのですか?」

紙袋を提げて研究室に戻ると、同僚の北爪博士が出迎えてくれた。

「はは、何も無いよ。突然だが質問しても良いかい?」

「ええ、なんでもどうぞ。」

「君は一般人の日常に憧れたことはあるかい?服を着飾ったり、見せあったり、その服のまま外を出歩いたり、デートしたりするやつさ。」

目の前の彼は一瞬怪訝な表情を浮かべた。

「…ふむ、ありませんね。私はああいうものに興味が無いので。希竜博士もそうでしょう?」

『希竜博士もそうでしょう?』確かにそうだ。私は研究とか化石とか、そういうものにしか興味が無い、恐竜が大好きな『希竜博士』だから。

「あ、ああ。」

彼に、打ち明けるべきだろうか。自分の心の内を。一体何なのか、自分でもよく分からない何かを。

「そう…だね。研究員ってのは何でこうも無頓着なのが多いのか不思議に思ってさ。」

まだやめておこう。

「私の悪口を言っているように聞こえますが。」

「まさか。」

慣れないことを考えるべきじゃないな。疲れているのかもしれない。しばらくは街に出ないでおこう。もう、何の収穫もないだろうから。そう決めた私は、コーラ片手にチキンバーガーにかぶりついた。

埃っぽい研究室で食べるファストフードは美味しかった。それは事実だ。でも、何かが欠けているような気がした。

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