二人の死体がある。男の左半身と女の右半身。あって然るべきその他の残り部分はない。
二人とも正中線上に焼け焦げたような傷跡で分断されており、両者、同じ方向に寄り添うようにうつ伏せで倒れている。二人ともコーカソイドで髪の毛は金髪、同じ紫色の調理服を身に纏い、前に突き出したそれぞれの手には同様な金無垢の指輪が薬指に嵌められている。
そして、その二人の手には前に突き出すようにナイフが、ケーキを切るために作られた大きなナイフが握られていた。
20██年、要注意団体「闇寿司」は全世界、全国家、全異常組織に対して宣戦布告を行った。
かねてから闇寿司により計画されてきた世界征服を目的として行われた戦争、そしてそれに起因する余りにも多くの出来事について、この場で逐一書き連ねる事は避けておこう。
ここでは宣戦布告が行なわれた直後に死亡した、闇寿司において財団に対するパイプ役を務めていた闇寿司四包丁、ケーキナイフのクラウディについての記述に専念したい。

「ゔっ……」
ここは愛知県名古屋市昭和区滝川町の喫茶店、その名は喫茶マウンテン。珍奇なスイーツが味わえると聞いて来たパティシエ見習いのネローは吐き気をこらえていた。
目の前の皿の上にある料理の名は甘口抹茶小倉スパゲティ。喫茶マウンテンの代表的な料理である甘口スパ。抹茶が練りこまれたパスタの上には大胆に生クリームと小倉餡が乗せられている。甘口スパ、つまり甘いスパゲッティというのはこの店が創造した概念で、もしかしたら唯一無二かもしれない。
アメリカ出身の甘党白人男性ネローだが少し、いやかなり味に慣れず、またその量も異常に多く、完食出来るか全く怪しかった。
上に添えられたチェリーを睨んでいると、その先に自分と同じく白人の女性が同様に甘口スパ、甘口バナナスパを頼んで閉口している様が見て取れた。フォークで突きながら涙目で、少し食べてはまた涙する。その様子を見てネローは面白くなり、気分が良くなり、ちょっとだけ余裕が出てきた。
女性が諦めて会計に向かった後、ネローはやたらと濃いコーヒーで誤魔化しながらどうにか甘口スパを攻略、喫茶マウンテンを登頂した。
外に出ると、件の女性が待っていた。例年よりは暖かいとはニュースで言っていたがそうは言っても寒い冬の朝、冷たい風が吹く外で。
「アレ?君、僕を待ってたの?」
「完食したんだ?あのパスタを?相当なゲテモノ食いみたいね?」
「…… いや、スイーツの方向性の追求の一つとしてはかなり興味深い。店は繁盛してるようじゃないか?」
「珍しがって来てるだけじゃないの?罰ゲーム用とか?で、その口ぶりはあなた、この店になにか勉強しに来たって訳?」
女性は金色のロングヘアーを弄りながら喋る。ネローは少し睨みながら答える。
「そうだ。ちょっと特殊な料理人の留学奨学金制度があってね、それを利用して日本に来たんだ」
「ちょっと特殊、ね。アノマリーを使うのがちょっととは思えないけど、それなら私のライバルね。確かにこの店の料理もアノマリーみたいなもんだけど」
「…… なんだ、君も異常料理人か」
「私の名はサンデー、あなたの名は?」
「なんであなたも並んでるのよ」
「こっちのセリフだ」
桜が散り乱れる頃。大阪府大阪市中央区難波千日前。彼らは「千ちとせ」という店で肉吸いというローカルフードを食べるために行列に並んでいた。二人で並んだのではなく、たまたま偶然同じ日に店に訪れ同じタイミングで並んだ形だ。開店は午前10時30分、今は午前10時15分。しかし既に20人ほど並んでいる。千とせは肉吸い発祥の地だ。
「いい香りがするな」
「食べなきゃわかんないわ」
店のバックヤード付近を通り過ぎると華やかな出汁の香りが漂う。さほど食べるのに時間がかかるものではないが店のテーブルの数は少なく、行列の進みは早くはない。ネローは目を細め首を傾げた。
「こんな並ばされるなら別館の方に行った方が良かったか?」
「じゃあ今からでも行けば?私は本店の方が美味しいかもしれないと思ってるから並んでる」
「そりゃあ、並んでる皆そうなんだろうな」
千とせには別館がある。別館は本店から歩いて10分程度行ったところ、なんばグランド花月の一階に店を構えている。なんばグランド花月は吉本興業が運営する劇場であり、吉本新喜劇はここで公演されている。千とせの肉吸いはお笑い芸人に愛された味なのだ。
「並ぶのが鬱陶しいからって変なことするなよ」
「一般人に手を出すほど馬鹿じゃないわ」
そうは言うものの、サンデーの右手はずっとバッグの中に入ったままだった。
結局、11時頃に入店できた。
「えーっと、二人で」
サンデーが批判じみた目を向けた。ネローは気にせず食券機で肉吸いと小玉を注文した。サンデーも注文して同席し、しばらくして料理が運ばれてきた。

肉吸いとは肉うどんのうどん抜きのことだ。無論、実際にはうどんを入れていないだけではなく、その分肉の量が多いし、うどんが入っていないのでつゆの味が濁っていないとかそういうことも言えなくもないだろう。そしてうどんを抜いた分の炭水化物として小玉、小ご飯玉子付きを注文する。これを卵かけご飯にして卓上の醤油をかけて食べる。それが定番だ。
「君は豆腐付き、か」
サンデーは肉吸い豆腐付きに大ご飯を頼んでいた。ご飯に卵は付けていない。
「豆腐もあった方がおいしいんじゃないの?それに玉子なら半熟卵が肉吸いの中に入っているし。あとあなたと同じ注文をしたくなかった」
「別に何でもいいけど」
二人はそれぞれ肉吸いを食べ始める。ネローは小玉に卓上の醤油を垂らしてかき混ぜ、サンデーは豪快に肉吸いから肉を掬う。
「出汁が本当に美味いな。澄んでいるし、香り高い」
「んーまあね。でもこれだけ行列を並ぶほどのものかしら?」
各々食べ進める。ネローは肉を卵かけご飯の中に入れたり、卓上の一味を入れてみたり色々アレンジしながら食べている。サンデーは黙々と肉吸いとご飯を交互に食べる。
「ああ、なるほどね…… 全然食べ飽きない。ずっと食べていたいわ」
「特別な場の料理という訳でもなくて、とても家庭的な味って感じだ。良い意味でね」
肉吸いは吉本新喜劇の喜劇俳優として有名な花紀京はなききょうが千とせに訪れた際、二日酔いで軽く食べたくて肉うどんのうどん抜きと注文し、店主がそれに応えたことから始まった。肉吸い、肉の吸い物という意味。関西ではただ「肉」と言えば牛肉を指す。口コミで広まった庶民の味であり、大阪市内のうどん屋ではたまに見かけるメニューとなっている。
「ごちそうさま、おいしかったわ」
「うん、おいしかった」
二人は同時に食べ終えて、店を出て、今食べた昼食の味を語り合った。
鴨川の水面にアメーバ状の水飴が泳いでいる。周辺の水は赤黒く濁っている。水飴は少しずつ溶け、朝には全て消え去っていることだろう。
「こんな時期に京都に観光に来る奴らは馬鹿ね」
「違いない。僕らのようにね」
蒸し暑い夏の夜、京都府京都市中京区先斗ぽんと町通四条上あがる柏屋町、祇園祭の喧騒から逃れ二人は喫茶店に逃げ込んだ。冷房の効いた店内は天国のように快適であった。二人は汗まみれだったのだ。
「かき氷でいい?せっかくだから抹茶、でも……」
「アンコって感じじゃないわよね。店員さん、かき氷の宇治抹茶二つください」
その喫茶店では聞いたことのない曲が小さく流れているだけで、静かで、落ち着いた場所であった。
「京都、なんやかんやで楽しいね。神社や寺だけじゃなくて、空気感が楽しいというか」
「わかるわ。街自体が、なにかしっくりくるというか」
二人は他愛もない話をしてしばらく過ごす。

緑色のシロップがかかった、細かく削られた氷がガラスの器に山のように盛られて運ばれてきた。
「こういう粉状の氷を食べさせるお菓子って世界中にあるけど、日本のかき氷は洗練されているというか純粋というか」
「氷が細かいのよね。安いのはその辺のクラッシュアイスだけど」
赤いトレーに乗せられた氷の山は繊細で、抹茶シロップがそこに濃淡ある景色を作り出している。食べると緩やかで濃厚でありながらも刺激のある茶の香りが広がり、鮮烈な甘みが主張しながら冷たさと共に消えていく。舌触りは固くもあり、柔らかくもあり、また華々しくもある。
「…… うん、おいしい」
「うん」
窓から山鉾が引かれる様子が見えた。
銃声、連射音、そして悲鳴。世界オカルト連合の工作員が巨大なシュークリームに丸呑みにされた。
京都で同棲生活を送っていたネローとサンデーは夜中にいきなり襲われた。ちょっと話しかけてくるミルフィーユや七色に光り輝くマカロンをご近所さんに配っただけなのに。
爆発音。手榴弾か何かだろうか?カスタードクリームが部屋中に撒き散らされる。二人はマンションの裏窓から飛び降り逃げた。飛び降りた先の道路はゼリー状に緩み、そしてまた固まった。
街灯が照らす夜道をなるべく早く細い道へ走り撒こうとする。曲がり角を曲がるとライフルを構えた男。シュークリームを投げつけ片付ける。
…… 前方に鍵が刺さったままのバイクが停めてある。
「車上荒らしでもする?」
「仕方ないわね」
サンデーがバイクに跨ろうとした瞬間、バイクが跳ね飛び宙に浮く。ネローはバイクがあったはずの何も無い空間に最後のシュークリームを投げる。巨大化したシュークリームは一瞬で爆散する。
「手間取らせてくれたな」
人型のカスタードクリームが弾かれる様に滑り落ちる。ホワイト・スーツがその不可視の外套の効果を切り、姿を現し二人に銃を向ける。透明でなくなったホワイト・スーツは実際白い。
「ネローとサンデー。タイプブルーの異常料理人と言う分類になるのか?ご同行願おうか。さもなくば……」
もはや手品のタネは無い。あと出来ることと言えば手持ちの麺棒で殴り掛かるぐらいだが、ホワイト・スーツ相手には効果は無いし、そもそも当たらないし、振りかざした時点で先に撃たれることが明白だ。続々と他の工作員達も集まる。チェックメイトらしい。それでも抵抗の意思だけでも見せてやるべきか?この世界の中で、私達には何ができるというのか?
…… 地面にライフルが転がっていた。さっき食わせた工作員の銃が爆発でここまで飛んできたのだろうか?二人同時に飛びつく、が、伸ばしたネローの右腕とサンデーの左腕が撃たれる。
大量出血に伴う鉄の匂いに交じり金木犀の強い香りが漂う。周囲からライトを浴びせられる。空から、車のエンジン音が聞こえた。
…… ホワイト・スーツが、卵の様に砕け割れる。中から弾け飛ぶ鮮血と肉の破片。周囲の工作員達の首もその一瞬後には宙を舞っていた。

見えたのは高速で空を飛び、回転するラーメンどんぶり。回転寿司ではラーメンが皿に乗って回ってくる、つまりこれは超常料理スシブレード。そしてそれを操る黒い調理服に身を包む男。
「お前達がネローとサンデーだな?」
その男の名は闇であった。
『どーもお若い若人さん達、私は闇親方のお抱え運転手にして闇寿司四包丁、三徳包丁のアミーリアでーす!貴方達、大変ねえ?家まで壊されて。借家でしょ?敷金とかどうなるのかしら?まあでも心配いらないわ!貴方達は異常料理団体連合が精査して補助金を与えた優秀な留学生、このアミーリアが責任を持って安全な場所まで送り届けるから!』
「アミーリア、うるさい。それに俺が話すべき事まで話すな」
「ごめんなさーい!」
黒いリムジンが山中の道なき道を爆走している。リムジン自体も通常のものでは無いようだが、アミーリアと名乗ったエプロンを着た若妻といった風貌の女性の姿は後部座席からは見えないがその運転技術は驚くべきものであった。リムジンは運転席と後部座席で分けられているが車内スピーカーからアミーリアの声は響き渡る。広い後部座席にはネローとサンデー、そして闇が乗っていた。ネローとサンデーの腕には包帯が巻かれている。
「まあそういう訳だ。災難だったな」
「いえ、ここまでしていただいて、感謝のしようもないです。アミーリアさんには応急措置までしていただいて」
『いえいえー!おかまいなくー!ところで、お二人さんはもう結婚してるの?』
「え?いえ、結婚だなんて…… 同棲しているだけですわ」
『いーわね若いって!でも結婚も良いわよ!お互い支え合って生きていけて本当に楽しいんだから!私の夫も闇寿司所属でね!そういえば貴方達どこに入るの?闇寿司は最高よ!自由だし福利厚生もちゃんとしてるしみんな本当に頑張ってるし、何より闇親方が良い男!強いし頼れるしカッコいい!二人も見たでしょーあのラーメン!やっぱり闇寿司の長だけはあるわよね!』
「アミーリア、うるさい」
リムジンは山を超えた。窓から光が、関東平野に朝日が昇る。しかし、二人は闇を見ていた。
結婚式場には幹部を含む多くの闇寿司構成員で賑わっていた。
親方の闇はもちろん、役職のない平の構成員から闇寿司の技術を支える研究者たち、樫漬を始めとしたヤミ・マスター、闇寿司四包丁からは肉包丁のストーン、出刃包丁のウィーク、十徳ナイフのオールラ、死包丁のベア、食品機械用切断刃のリネーム、縁切包丁のニルヴァーナ、飾り包丁のショーシャンク、ペーパーナイフのカリギュラ、サージカルナイフのバイオン、ピザカッターのデイビット、三徳包丁のアミーリア、オッカム剃刀のエレメンツが出席、スシの暗黒卿からもルベトゥス睦美、御蓮寺恋治、ハーマチ・イッカーン、そしてガ・ガが来ている。
そのガ・ガと闇が会話している。
「なんで私がそんなことせねばならんのだ」
「いまさら何を。お前が見つけてきたんだろう、ガ・ガ。結婚式という儀式の力を利用したアノマリー、それはまさに結婚式らしい結婚式を行う事で真の力を発揮する。この日本ではキリスト教の教会で白人が神父役をするのが正式な結婚式というものだ」
「私が教会からどんな仕打ちを受けたか知っているだろうに」
ガ・ガは険しい顔で闇を睨む。
「そもそもの話、あいつらを異常料理団体連合の留学生枠に推薦したのもお前だろう。お前のせいだとは言わないが、お前が面倒を見てやってもいいだろう」
「…… まあ、仕方ない」
既に新郎新婦、ネローとサンデーは入場し、参加者達と賛美歌を歌っている。ガ・ガは仕方なく神父の衣装に着替える。そこに闇寿司四包丁、縁切り包丁のニルヴァーナが近づいてくる。
「おー、似合っとるな!実はワシがやろうと言ったんだが親方に断られてな」
「似合っていてたまるものか。それ以前にニルヴァーナ、お前は縁切り包丁だろう。縁起が悪すぎる。そもそも坊主だろ」
「いやぁ、ワシのチベット仕込みの婚礼式を見せてやりたかったわ!」
「訳の分からんことをしようとするな」
式場で讃美歌が朗々と歌われる中で、御蓮寺恋治とバイオンが隅で話している。
「バイオン、お前が診たんだろ?ネローとサンデーの銃創ってそんなに酷いのか?」
「確かに神経にまで影響を及ぼしており、それぞれ銃弾を受けた手は震えが出るようですね」
「治らないのか?こんなことせずとも他にも色々やりようはあるだろ。最悪治らなくても……」
「…… あの二人が望んでいるのは、結局他の闇スシブレーダーと同じだということでしょう」
讃美歌が終わり、新郎と神父が壇上に上がる。ガ・ガも神父服でしぶしぶ迎える。
「新郎ネロー、あなたはここにいるサンデーを病める時も健やかなる時も妻として愛し敬い慈しむ事を誓いますか?」
「…… 誓います」
「新婦サンデー、あなたはここにいるネローを富めるときも貧しき時も夫として愛し敬い慈しむ事を誓いますか?」
「…… 誓います」
「では指輪の交換を……」
お互いに嵌められた指輪は揃いの、宝石のない金無垢の指輪であり、どこか怪しげな光をきらめかせていた。
そしてベールアップ、ウエディングキス。二人は、泣いていた。それも悲しげに。そしてもしかしたら嬉しげに。
新郎新婦が退場すると続けざまに結婚披露宴に移る。司会は闇が行い、開会の辞を述べる。主賓挨拶が粛々と行われ、乾杯が行われる。遠目からは明るくも見えるが、それぞれのゲストの顔を見ると、困惑している者や、あからさまに不満げな者、憂鬱そうな者もいる。
食事の提供が行われる中、ネローとサンデーはウエディングケーキに向かい合っていた。

二人は一つのナイフを手に持ち、ケーキに食い込ませた。指輪はいよいよ眩い光を放ち始め、次の瞬間、二人は一人となった。
男女が真の意味で一つとなる超人、病魔に侵されず怪我を再生し老化せず強く美しい究極生命体、を目指すための結婚指輪、それによって闇寿司四包丁、ケーキナイフのクラウディは生まれたのだ。
「結婚の形は夫婦それぞれですけどねぇー…… 私はこんなの認められませんわぁー……」
アミーリアが酒を飲みながら管を巻いていた。そこに二人の男女が近づいてきた。一人は闇親方、もう一人の女は黒縁眼鏡をかけ、ラフな格好で、靴下の色は左右で異なっていた。闇寿司四包丁、オッカム剃刀のエレメンツだ。
「結婚式場でなにやってるんだアミーリア」
「あら、闇親方、…… と、どなた様でしたっけ?」
「始めまして、闇寿司でクオンツをしているエレメンツです」
「始めましてアミーリアです…… クオンツ?なんですかそれ?」
「エレメンツには闇寿司の資産管理をさせている。こいつも新しく四包丁にしたんで紹介にな」
「闇寿司もなんだか成長しましたねえ」
アミーリアはグラスに残っていた酒を飲み干した。エレメンツは持ち歩いている皿からローストビーフを食べる。結婚披露宴は立食パーティだ。
「大きくなっただけで本質は大して変わってない気もするがな」
「あの二人、ああ一人になった子のことですか?闇親方も罪作りなお方ですねえほんと」
「なんだ、俺のせいか」
「そうでしょう?あなたが引き込んだんですよ?力を追い求め続ける道に。闇寿司という道に」
「…… 本当に、変わらんな、闇寿司は」
エレメンツはいつの間にかその場からいなくなっていた。闇はエレメンツを探しに立ち去った。
神戸市中央区某所、クラウディはここに闇寿司のチェーン店、闇寿司神戸店を公然と構えた。その結果、財団を刺激し、話が巡り巡った結果、クラウディは闇寿司と財団との橋渡し役となった。今夜も近隣に建てられた仮設サイトにて財団のエージェントとの長い会議が行われている。
財団との会議では決まってベーグルとコーヒーが振舞われる。一つのベーグルは白ゴマだけ振りかけられ、もう一つのベーグルには白ゴマとケシの実が振りかけられている。コーヒーと合わせて食べると非常に香ばしくて、美味しく頂けるが、財団職員達は雑然と食べながら資料を示したり、あるいは手を付けずにおいたままだったりする。もちろん人にもよるが、あまり食に強い関心を向けていない、その余裕がないという表れなのかもしれない。
(翻って自分はどうなのでしょうか)
クラウディは髪を弄りながら自問自答する。神戸店を構えた際に銀に染めた髪の毛はもはや金髪に戻っている。
(強さこそが全ての食品系超常組織闇寿司に入って、闇親方を追いかけここまで来ました。自分の能力を磨き続けそれを試すために。私にとって強さのためにこそ食べ物はある。このように食品を味わうのも、結局それがスシブレードのために、強さのためになるかを考えているのではないのでしょうか)
財団職員の一人が意見を言い、クラウディは相槌を打つ。思考は続く。目を細め、首を傾げる。
(宣戦布告の時は近い。タイミングは闇親方に任せられているがまさに今でもおかしくはない。私は闇寿司の四包丁の一人として、仲睦まじい夫婦の二人として、強さを追い求め続ける戦士として、為すべきことを行えているのでしょうか。本当に、「結婚」することが唯一の道だったのでしょうか?)
「そういう訳で今後も我々財団との報連相・技術交換を密にお願いしたいです」
「ええもちろん、こちらこそお願いします」
(あえて、事が起きた時に最も危険な場所にいるのは勇気の証明ではなく早く終わってしまいたいからではないのでしょうか?…… しかし、それはいつになるのでしょうか?)
クラウディが表情に表さず思案しながら、片言っぽい日本語で応答する。建前と作り笑顔が交錯する中、クラウディへ闇からの精神酢飯通信が届いた。
『やるぞ』
その瞬間、クラウディは己のスシブレード、コーヒーゼリーパフェを放った。部屋内の財団エージェントは血だまりと化した。
警報音。クラウディは窓から飛び出す、と同時にそれまでいた建物の一角が爆破され、武装した財団エージェント達がそこかしこから現れた。
「情報が漏れていましたか?いや、常にこのぐらいの警戒はしているのが財団という訳ですか?しかし…… 」
アサルトライフルによる斉射。クラウディに向かう銃弾。それは彼/彼女の体表面で滑るように軌道を変え、撃った者、あるいは隠れて様子を伺う者達を貫く。
「スシブレーダーに銃撃など愚の骨頂。それに銃弾の握りは元々闇寿司の技術。囲んで撃てば対応しきれないとでも思いましたか?私は闇寿司四包丁です」
マンホールや建物の影からプロテクターに身を固めた財団エージェント達が湧き出てくる。手には光る、長い棒のようなものを持っている。
「ライトサーベル?スターウォーズみたいですね。そんな装備まであるのですか」
クラウディを取り囲むエージェント達。「ライトサーベル」に触れたガレキが一瞬で赤熱し融ける。
クラウディの背後から一人のエージェントが跳び、大上段から斬りかかる。クラウディはコーヒーゼリーパフェを戻し、そのエージェントの心臓を貫く。その隙に斬りかかった左前のエージェントの横薙ぎの斬撃は片手に持つケーキナイフで腕ごと切断、前からの突きは体を深く地面に落としながらのサマーソルトキック、衝撃で頭蓋が破裂した。右から袈裟斬りを仕掛けてきたエージェントは異常な速度の弧を描くようなテレフォンパンチを胴に叩きつけられ、腹が抉れ内臓が飛び出た。直上の高層ビル屋上から50口径の狙撃銃による狙撃、銃弾はクラウディの頭頂部に当たるが、その瞬間狙撃手の額に弾は反射した。
そしてコーヒーゼリーパフェは渦を巻くようにクラウディの周囲を薙ぐ。首なし死体、胴なし死体、砕けた瓦礫の破片、鉄屑。そういったもので周囲が溢れた。
…… 衝撃音。スシブレード同士が衝突した音。魂を削り合う音。
「PoI-3422を発見。終了任務を開始します」
「やっと来ましたか、財団スシブレード部隊!」
PoI-3422、クラウディに付けられた番号だ。クラウディのコーヒーゼリーパフェに対し財団スシブレード部隊が使う寿司は真っ当な江戸前寿司に見えるものが多い。しかし、内部に食用可能な生分子モーターを仕込んでいたり、財団技術による改造が行われているものが多い。寿司が空中を飛び交いぶつかり合う。スシブレード部隊は8人、八対一でスシブレード同士の対決は互角、いやクラウディがほんの少し劣勢に見える。
「クラウディ、お前を終了しにきた」
「なかなかやりますね。財団のスシブレード技術はどこか闇寿司に似ています。あまり寿司に名前も付けないですし、結局、超常寿司界隈では関わりで言うと我らに近く、影響を受けたと言ったところでしょうか?」
「…… 別に、スシブレードが財団の切り札という訳では全くない」
「期待しておきましょうか」
クラウディは猛然とスシブレード部隊の一人に飛び掛かり、ナイフで斬るフェイントを仕込みつつ空中で体を捻り凄まじい威力の回し蹴りを叩き込む。隊員は寿司フィールド理論を応用した球状バリアーを発生させ、どうにか防いだ。
「この速度、PoI-3422、貴様"自分"を握っているな?」
「無論、それだけではありません」
闇寿司四包丁はその怪力で腕をバリアーにゆっくり浸透させ、隊員の手を掴む。隊員の腕はあらぬ方向に回転を始め、肩ごと捩じ切れた。
クラウディの背中をスシブレード部隊のスシブレード、シマアジとネギトロ軍艦が狙う。これはコーヒーゼリーパフェでガード。正面からダブルチーズバーガー、ナイフを手の内で回転させながら切り払う。更に鯨のたたき、大トロ、アイナメがコーヒーゼリーパフェを襲う。
パフェグラスにヒビが入る。
「なるほど?そういう戦法ですか。ある意味では普通ですが」
スシブレード部隊は分散しながらあくまでコーヒーゼリーパフェを狙い、クラウディ本人は足止めするに留めている。闇寿司の実戦ではもはや常套手段であるダイレクトアタック、スシブレーダー狙いを敢えてしない。
「PoI-3422は事実、超人で、油断も隙もない百戦錬磨の戦士だ。現実改変者のお子様神などと比べてもよっぽど厄介。直接身体を狙った所で殺せるものかよ。将を射抜くならまず馬、もしくは周りの兵士から…… チッ!」
隊長格の男は突っ込んで来たクラウディの斬撃をかろうじて避ける。ドリルのように回転し心臓を突き刺さんとする超人の両腕を両手で掴み止める。掌が削れ血が噴出する。
「パフェは大丈夫なのか?」
「敵の心配をするとは、どうもご親切に」
「じゃあこれも大丈夫だよなあ?」
懐からスシブレード化済みの爆弾おむすびが飛び出す。爆発、の一瞬前にクラウディが空に蹴り飛ばす。
爆弾おむすびの爆発音。手が捩じ切れ、体中の骨が折れ破裂する音。コーヒーゼリーパフェが砕ける音。
クラウディの背後から6つの寿司が同時に襲いかかる。クラウディの正面には「闇寿司神戸店」がある。
「従業員達は全員スシブレード部隊に殺されたようですね」
クラウディが地に伏せる。店内から大質量物質が回転しながら飛び出し、スシブレード部隊の寿司を弾き飛ばす。それは彼/彼女の結婚披露宴のために作ったウエディングケーキを再現したスシブレードであった。
大質量のウエディングケーキは隊員一人の寿司、シマアジを破壊しながら体ごと巻き込む。残りのスシブレード部隊の寿司がクラウディを襲う。ウエディングケーキを戻しガード、他の寿司を弾き飛ばす。ケーキナイフが振るわれ、高速回転するウエディングケーキが4つに切り分けられる!
一瞬で勝負は決まった。分割されたウェディングケーキは速度を増し、スシブレード部隊をダイレクトアタック。自分の寿司を戻す間もなく彼らはミンチ肉へと変貌した。
もはや周りに財団職員の影は無し。分割されたウエディングケーキを一つに戻し。それを宙で回転させ漂わせながらクラウディは財団のビルへ戻り、その地下の階段を降りる。爆弾おむすびの爆発の影響で神戸の街は停電状態で、遠くから救急車の音も聞こえてくる。財団仮設サイトビルは非常電源により停電下でも明かりが灯っている。
長い階段を下りた末にクラウディは財団仮設サイト内シェルター扉の前に立っていた。宙に漂わせていたウエディングケーキをゆっくりと扉に押し当てる。
返り血塗れの調理服で身を包むクラウディの表情は空虚だった。しばらく経つと、旋盤で開けたような穴が扉に空く。クラウディはシェルターに侵入した。
破壊に反応して神経ガス、自動機銃、電磁パルストラップが反応する。ウエディングケーキに電磁パルストラップを突っ込ませ、自動機銃は銃弾の握りによる反射で壊し、神経ガスは効かないので無視した。
悠々とシェルター内を歩むクラウディの前に白衣の財団職員が現れる。
「この施設の代表です。降伏します。どうか慈悲深い処置を」
クラウディは無言でその目の前の人間を突き殺した。
シェルター内の隔壁を強引に破壊し、隠れている財団職員を皆殺しにしていく。クラウディが一人の頭に手をやるとネジのように首が外れ、奥へ逃げる職員に射出される。
(仕事での仲とはいえ、知った顔を殺すのは気分が悪いです。無論彼らを放っておける道理も無いですし、このサイトを攻撃することで出来るだけ敵を惹きつけるのが私の役目。しかし今殺した職員は確かこの前、子供が出来たと言っていた……)
大量に分割されたウエディングケーキが破壊の限りを尽くし、また殺して回る。かろうじて拳銃で応戦する職員は銃弾を返され死んでいく。拳銃が宙を飛びクラウディの手の内に収まる。隠れてクラウディの背後から逃げようとする職員を振り返りもせず射殺する。
(上位の四包丁ならば手を使わずとも銃弾を握れますし、射撃者の眉間を狙う事もまた動作もない。もし銃撃で殺したいならばこんな豆鉄砲では……)
殺して、殺して、殺して、殺す。
虚ろな顔で歩き回るクラウディは急に天を仰ぎ、涙を流し、叫んだ。
「誰か私を終わらせてくれる者はいないのか!」
まさにそのタイミングでシェルター扉を破り、一機の重兵器が到着した。
「…… アレは、GOCのオレンジ・スーツ?いや、改造が為されていますね?財団がGOCから借りたとか?そんなに彼ら仲良かったでしたっけ?」
オレンジ・スーツは瓦礫だらけのシェルター内を砕きながらクラウディ目掛けて突っ込んでくる。オレンジ・スーツに描かれた財団のロゴが発光した。
「ともかく、私の終わりには相応しい相手です」
ウエディングケーキを集結・合体させ、オレンジ・スーツに最速でぶつける。オレンジスーツはそれを回転したままで受け止め、そのまま全速力でクラウディを圧殺しにくる。
地震のような衝撃音と共にシェルターは内側から破られる。
押し出されて神戸の街の上空。電気による光は無く、代わりにあちこちに火の手が上がっている。密着した状態からウエディングケーキに切り込みを入れ、分散する力でオレンジ・スーツを弾き飛ばす。両者は大通りに着地する。
オレンジ・スーツの両手と胸部は赤熱し煙が上がっている。クラウディは、肋骨が完全に砕けており口から血の泡を吹いている、が、立ち上がって敵を見据える。頭蓋骨にもヒビが入っており鋭い頭痛がクラウディを苛む。
ふと、周りを見つめた。大騒ぎだ。いつか見た、京都の祭りでもここまでではなかった。
日本の伝統にはハレとケという概念がある。ハレとは非日常、お祭りや冠婚葬祭という儀式・儀礼を表し、ケはそれ以外の日常を表す。肉吸いはケの料理だ。日々、生きていくための糧だ。ではハレの日の料理は?これは様々なものが思い当たる。それぞれの儀式や儀礼ごとに異なるものだ。結婚式のウエディングケーキは典型例だと言えよう。
それを再現し、スシブレードとしたこのケーキもまたハレの日の料理だ。闇寿司の世界征服が始まる記念すべき日のための、私が初陣としてその戦士としての強さを見せる日のための、私自身の死を悼み冥途へ送る日のための、料理だ。自分の能力を試すために闇寿司に集まった戦士達の初陣を飾る栄誉の日を祝福するための。
精神酢飯漬けの応用である一種のテレパシー技術、精神酢飯通信。それにより世界各地での戦況情報が私の脳裏に流れてくる。常に監視の目があった私とは違い、各地で闇寿司幹部級の操る闇寿司巨大機動兵器が破壊活動、及び交戦している。南極では長大な寿詞の朗読を含む儀式が行われている。地球周回軌道上では人工衛星「闇寿司」にて闇親方が巨大なコンソールの前で全体の状況を見守っている。私、クラウディの戦闘もまた同様に。
ケの日常の中で過ごしていくよりも、ハレの日に死ぬ事を選ぼう。寿司とはまさに寿を司るものであり、私はそれを選んだのだから。
オレンジ・スーツはレーザー兵器でクラウディを焼き殺そうとするが、ナイフで反射しオレンジ・スーツのカメラアイを焼き、分割されたケーキが高高度から加速して奇襲し左腕と右足を落とす。その場でケーキは合体し、赤熱した胸部を穿つ。
ウエディングケーキが半壊したオレンジ・スーツに強引に握りつぶされる。クラウディは疾走し、飛び上がり、両手でケーキナイフを握りながら自らの寿司としての強度を上げて縦回転した。両薬指の指輪が怪しく煌めく。オレンジ・スーツは後背部のジェットパックを吹かし体勢を整えレーザーで狙う。クラウディは、オレンジ・スーツのレーザーに胸を貫かれると同時にケーキナイフを突き立てた。
(…… だいぶ前に、放射性のイエローケーキを寿司だと主張してみたりしたことがありましたが、オレンジ色のケーキですか。…… そういえば、フランスにオレンジケーキという名前のお菓子があったような…… くすぐったくて、こそばゆい匂いがするオレンジケーキ、これは、どちらの記憶だったか…… 思い出、だけが、愛しく、残る……)
異常なまでに頑強なはずのオレンジ・スーツはいとも容易く唐竹割に両断された。あたかもオレンジ色の巨大なケーキであるかのように。
それがクラウディの、ネローとサンデーの最後の共同作業であった。死した超人の体は二つに分かたれた、しかしその両手だけは繋がったままであった。









