GoIがいっぱい
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「BC-20908、不可。次、BC-20909、どうぞ」

ダン、ダン、ダン。
財団謹製の判子で"異常なし"と押しながら次の"フィールドエージェント"が呼び出された。2000年代初頭、財団の収容技術進歩があってから、民間人は財団への奉仕を行うようになった。いや、生き抜くには奉仕をし財団に首を垂れるをしかなかった。

「次で最後か。今日も平和な一日だったな」

上司である局長が背もたれにふんぞり返りあくびをしながら部下の美紗に呼びかける。実際彼らの仕事は楽なものだ。彼らの今の仕事はフィールドエージェントの提出するアノマリーの真贋を確かめ研究員に引き渡すだけだ。Keter級の危険なアノマリーが持ち込まれれば今のように悠々と座ってはいられないが、そんなものはめったに持ち込まれない。

「えぇと、確か今朝には鉄錆の果実教団残党の襲撃があったはずですけど」
「警備がPW18一発で解決したやつだろ?そんなゴミ一人、事件のうちには入らんな」

PW18。正式名称プロメテウス・ワースパイト18、略してプワー銃と呼ぶものもいる。財団の最高傑作の1つであり、現在の支配体制を築くのに一役買った装置である。

「それでゴミは収容したのか?あの状態のまま。えーと‥‥オー‥‥メガ?」
Οオミクロン状態です、局長」

PW18で撃たれた非異常の人間はΟ状態と呼ばれる時間停止状態に陥る。この魔法のような効果は一般人をコントロールするにはあまりに強力であり、また、多くの要注意団体の戦力をそぐことに成功した。今や財団に仇なす要注意団体は皆無と言っていい。多くが駆逐されるか、あるいは財団の軍門に下っていた。先ほどの残党も今となっては珍しいものだった。

美紗の指摘が気に入らなかったのか舌打ちをすると、ドアを勢いよく開けて入ってきた者たちがいた。

「BC-20909、並びに提出者城島亮介、入ります」

最後のフィールドエージェントの城島とフードを被った哀れな息子、李亜夢の登場だった。

「ああ城島さん、3日ぶりでしょうか」
「美紗さん、今日はとびっきりの人型オブジェクトを見つけてきましたよ!」
「ええと、私にはあなたと息子さんしかいないように見えるのですが」
「そう、私の息子だ!李亜夢は今朝突然オブジェクトになったんだよ!ほら李亜夢、見せなさい」

持ち込んだ物品がオブジェクト認定されれば報奨金がたんまり入る。それを狙った城島のようなちゃちな手品を持ち込むやつ輩が後を絶たなかった。果たしてフードを脱いだ息子は人型オブジェクトと呼ぶにはあまりにお粗末な出来だった。背中からばさりと白い羽が生え、あたかも天使のようなシルエットをしていた。いや、よく見ると頭からは角のようなものが生え、下半身は尻尾が生えている。あまりに10さいそこらの男の子に付くには不釣り合いで、むりやり粘土細工でつけたようであった。

「なんだ、それは?悪魔か何かのコスプレか?」

局長はしびれを切らして口火を切った。

「いい加減貴様のエージェントごっこ遊びにも飽きた。さっさと帰れ」
「ま、待ってくれよ、こいつは本物だぜ。しっかり羽や尻尾も動く……」

確かに羽や尻尾が息子のもじもじとした動きにあわせて動いている。背中にも見た限り接合部はない。城島のくせにまあまあ手をかけた自信作だったのだろう。なおも食い下がる城島であったが、

「帰れと言ったのが聞こえなかったのか。Dクラスになりたいのか、それとも……」

といわれ、局長が腰のホルスターに手をかけると渋々部屋を出ていった。


「BC-20909、不可、と。これで本日は終了です」
「ああ、今日はこれを使うこともなかったな」

局長は傍らにあるテーブル台の装置をペシペシと叩いた。この装置はMNL診断機。機構はクリアランスレベルの低い職員には知らされていないが、人間が異常か非異常かを判断することができる装置である。これも財団の発展に大きく貢献した。

「美紗、こいつを片付けておいてくれ」
「ええと、たしかMNL診断機は私のような低級職員では手を触れるのも許可されないはずですが」
「いちいち細かいことを気にする奴だな。さっさとやれ」

上司にばれないよう陰でため息をつきながら美紗は装置に向かった。といっても彼女が診断機に触るのは初めてであり、とりあえず持ちやすそうなへこみに手をかけ持ち上げようとした。しかし、ねじがされていなかったのか、持ち上がったのは蓋だけであった。

装置の中には手足を切断され丸められた人が入っていた。

「っ!!」

悲鳴が音にならない代わりに、彼女の手から滑り落ちた蓋が金属音をへやに響かせた。局長はニヤニヤしながらそのさまを見ている。

「局長……なんですか、これは……」
「おや、見てしまったのかね。それは処分に困ったDクラスの成れの果てだよ。まぁ最近はいちいち終了まで使い果たすのが面倒だからそこらの一般人を使うとも聞くがね」
「生きて、いるんですか……?」
「無論、生きている。それが役目だからな。死んだら交換だ」

美紗はもう一度”中身”を見、そして嘔吐した。

「さて」

局長がつかつかと美紗のもとに近寄りPW18の銃口を向けた。美紗はへたりと床に座り込んでいる。

「この中身を知るには高クリアランスが必要でね。残念ながら見てしまった君には罰を与えなければならない」
「最初から、私を、はめる気で……?」
「ああそうだ、君の態度は昔から気に入らなかった」
「卑怯者……!」
「ふふふ、何と言おうと君はもう私の掌の中だ。そうだ、命乞いでもするか?私の愛人になるなら助けてあげよう」
「誰が……」
「それがいやならDクラス行きだ。それとも診断機の中に入ってもらおうかな……?」

局長が美紗の額にPW18を当て引き金に指をかけた。その時、ドタドタドタと誰かが廊下から駆けてくる音がした。一瞬警戒した局長であったが、

「すみません、トイレはどこでしょうか」

と気の抜けた城島の声を聴くと、姿勢がわずかに緩んだ。いつも通り罵声を浴びせようとした局長だったが、その声は額を撃ち抜いた一発の弾によって永遠に発せられることはなかった。

「予測していないタイミングで、本人が知覚する以上のスピードで、完全に肉体、特に頭部と胸部を破壊する、ってぇのは現実改変者への対策だが、普通の人間にも有効だな」

煙が上がった大口径のマグナムを提げる城島はいつのまにか2mを超える大男をつれていた。

「よう姉ちゃん、どうやら助かったらしいな?」
「おい、こいつは殺らなくていいのか」
「こいつは末端だ、ポワ―も持たされてないしな」
「そうか、でこれか」
「ああ頼むぜ」

城島はMNL機の中身を見る。

「うへえ悪趣味」

と嫌そうな言葉を吐いてはいるものの目はどこか遠くを見ている。米俵ほどの大きさがあるMNL機をひょいと持ち上げた大男の筋肉が盛り上がる。サーカスにでもいそうだなとぼんやり見ていた美紗は二人が部屋から出ていこうとしてようやく我に返り呼び掛けた。

「あ、あのあなた方は」
「お前には関係ねぇよ。しいて言えばその、なんだ、レジスタンス?」
「おい、おしゃべりの時間はないぞ」
「そうだったな、ではごきげんよう」
「あ……」

二人は出ていき、部屋には白衣を着た女性一人と死体一つ。音は遠ざかる足音しか聞こえない。ようやく立ち上がろうとすると今度は足音が近づいていき、思わず美紗は身を震わせたが、扉から出てきたのは城島のニヤついた顔だった。

「ちょっと思いついちゃったんだがな、姉ちゃん一緒に来るかい?」
「へ?」
「いやぁ君が財団に付くってんなら俺らの敵だ、そんなことは言わねぇ。でもその目。絶望した目。俺たちと一緒だ」
「……」
「さあどうする?この手をとるか、それとも財団様に媚び諂うか?」

城島は少し待ってくれそうだったが、美紗の答えは瞬時に出た。もともとあんなものを見てしまったからには戻れない。人々を脅威から守るために嬉々として人々を犠牲にしていることに反吐が出てきたところだった。

「行きます。これは私の意思です」
「いい度胸だ」

城島は美紗の伸ばした手をパチンと打ってからがっしり腕をつかみ、彼女の体を引き起こした。

「じゃあ行くか、ほかの仲間も待ってるんでな。走れるか」
「ええ、問題ありません」
「っと。そうだその前にちょっと脱いでくれ」
「……へぇっ!?」
「わりぃ言葉が足りなかった、その白衣をくれ。とっとっと……やっぱりあったな」

城島は白衣の襟の裏に埋め込まれた装置を見出しピックで突き刺して破壊した。

「これは、GPS?」
「ああ、監視用だな。舐められたもんだな、GPSしか入ってねぇ。GPSが役に立たねぇことなんざ重々承知してるだろうに」


財団を裏切る、となれば良くてDクラス雇用、もしくは鎮圧の際に銃殺されてもおかしくはない。美紗は必死に外へと走り続けた。施設内にサイレンが鳴り響きだす。局長の死体が発見されたのだろう。二人が機動部隊にミンチにされるのも時間の問題に思える。にも関わらず、城島は何もない庭の真ん中で立ち止まった。

「そろそろか」

幾ばくの猶予もない状況で立ち止まる城島に美紗は戸惑うも、その耳はサイレンの中にかすかに混じるモーター音を耳にしていた。

オオオオ……遠くで響く音が轟音となり接近しつつある。

ゴオウン!砕け散ったブロック塀を乗り越えて真っ白な車体が二人の頭上を通過する!衝突衝撃をものともせずトラックはドラフトしながら停止した。土煙の中登場した白いボディの運転席の窓ガラスが開き、白い手袋をつけた若い男が顔を出す。

「お待たせいたしました。おや、その方は?」
「新しい仲間だ。拾った」
「そうですか。私は松本譲二と申します。この愛車はGpエクスプレス社で使用されていた──」
「詳しい話は後だ、出してくれ!」

荷台に転がり込むと先ほどの大男に加え幾人かがすでに乗り込んでいた。

「では発車いたします。シートベルトは……ございませんので皆様しっかりしがみつき下さい」

ギャリリリリ!高速回転するタイヤは瞬く間に白トラックをトップスピードへと導き財団施設から脱兎のごとく逃げ出した。

「アル、仕込みは?」
「ああ大丈夫、トラップはセット完了。追手対策はOK。あとはこのトーヘイ特製の車でオサラバさ。で、だ」

アルと呼ばれた長身痩躯の青年がにこやかな笑顔で答えた後、美紗にぐいと近づきまくしたてるように話しかけた。

「君、財団の子だって?いやいや心配しなくていいよ、君みたいな子僕たちの仲間にもたくさんいるから。僕の名前はアルテュール・ベルジュロー。一介の芸術家さ。そうだそうだ、君見た?あの城島の息子。何に見えた?」
「え、えっと最初は天使に見えましたけど、局長は悪魔みたいと……」
「局長ってコンが撃ったってやつだよな?くく、そいつはいい!虐げられつつも生き残った者には天使に見え!悪逆非道の限りを尽くして滅した者には悪魔に見える!いいねぇいいねぇ最高にcoolだ。あれはそこにいるイザベラと協力して作ったんだよ。さながら「ミスター・天使と悪魔」ってとこか」
「あんなただの在庫処分品で拵えたお人形さんにはミスターズの称号は与えられないわ」

フードに包まったティーンくらいの女の子がぴしりとアルを諫める。首を傾けるとフードからは金髪がこぼれ出た。誰だろうとじっと見つめていると気まずさを感じて

「Ms.ワンダーテインメント。誇り高きワンダーテインメントの名を受け継ぐ者よ。ところでモトベ、いつまでその恰好でいるわけ?」

おっと忘れてた、とつぶやきながら城島が顔に手をかけるとバリバリと皮が剥がれ、城島のだらしない中年顔とは似ても似つかない鼻筋の通った端正な顔が現れた。

「本部昆だ。よろしくな」

「えっ、あれ、あの城島……は?」
「本物なら今ごろお家でオネンネ中かな?」
「そっか……じゃああの息子も偽物ですか」
「いいやあれは本物の城島の息子」

美紗の顔が強張る。つまりうら若き少年をおもちゃに仕立てたのは目の前の連中なのだ。

「なんだ?まさか僕たちがセイギノミカタだとでも思ってたのかい?」

手元の端末をお手玉のように投げながらアルはあっけらかんと言う。

「私たちはただ反乱のためだけに集まっているわ。その目的のためなら手段を選ばない、そうでしょ?」

イザベラに問いかけられた他の皆は無言だがその沈黙は肯定を意味する。美紗は大きく息を、これまで吸っていた冷たい空気を吐き出した。

「わかってます。今更戻るつもりはありません」
「ああ、よろしくな」

美紗と本部が固く握手をする。車内の空気が少し緩まった気配があった。まもなく恋昏崎、と運転手のアナウンスが流れる。美紗は体を楽にして壁にもたれかかりそういえば聞いていなかったことを尋ねた。

「それで、結局あなた方は何なんですか?」

芸術家とサーカスの大男は顔を合わせニヤリとした。小さな博士はそっぽを向いているものの口元は笑みを浮かべていた。

破壊に詳しい本部は手を広げてこう言った。

「ようこそ、新生カオス・インサージェンシーへ」

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