マクスウェルと悪魔
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壊れた神の教会の強化戦闘員を撮影した写真

    結局のところ彼らもまた礎であった。


2017年██月██日 ████ ████████ 予備記憶インターフェイス ジョセフ・マクスウェル

神はこの地が陰りつつあると演算した。刻み屋1の連中も同じような啓示をうけたと珍しく連絡をよこしてきた。イオンはすでにこの世界に戻りつつある、サーキシズム、あの"肉"カルトが戻りつつあるのだ、なんとかせねばならない。SCP-2510、あのゲートを超えた先で見た世界は決して人の世に蔓延ってはいけない恐ろしいものであった。人はその形質も、意思も、知恵すらも失い世界は肉と病に覆われていた。誰かが止めねばならぬ、私はその為の力の一端を得るために財団を離れ壊れたる神を信じると相成ったのだ。

刻み屋の歯車の体に脳内のインプラント、手足のように扱えるドローンとの通信機能、あらゆる手段を備えた。あの災厄の種の1つを滅ぼすためだ。そして今、私はその使命を背負いこの北の果て、ファデエフスキイ島にいた。


2017年██月██日 北極海 ファデェフスキイ島 コンスタンティ・アレクセイヴィッチ・イヴァーノフ

北の果て、北極海に浮かぶノヴォシビルスク諸島。ロシア軍がコルテヌイ島に軍事基地を置くほかは殆どの人々が訪れる事がない不毛の大地だ。時折研究者や奇特な観光客が訪れるか、もしくは得体のしれない人々が隠れ住む以外は殆ど何もない島々であるが、その広さと隠匿性の高さだけは称賛に値するほどだ。よくこんな厳しい大地に隠れようと考えるものだ、蟲風情に身を落としたヴァスキどもめ。

私は観光客を装い、この島々の1つ、ファデェフスキイ島に降り立つことに成功した。私と共に島に降り立ったのは観測機器を担いだ4人の学者連中だ。次の連絡船が来るまでの間、彼らと共に島に設置された観測ステーションに滞在する事になっている。そして次の連絡船が来るまでの一週間でSCP-2833の亜種が氷漬けになっているというタチアナの破氷船を調査しレポートを作り私の所在を確認しに来るであろうエージェントに引き継がねばならない。成果がなければ私は何処かに飛ばされ、タタールの軛を援護出来る人材がいなくなってしまう。この時期にこれは非常にまずいのだ。


ファデェフスキイ島 気象観測ステーション コンスタンティ・アレクセイヴィッチ・イヴァーノフ

観測ステーションはソビエト時代の名残を大きく残した武骨な建物だった。常時スタッフが6名詰めており、事前申請しておけば20人までのゲストを収容する事が出来る作りになっている。ゲストルームのロッカーに荷物を詰め込みスタッフに試しに聞いてみる。この辺りで難破した船や係留されたまま放置された破氷船がないかと。人のよさそうな短髪の若い観測スタッフは怪訝な顔をしたが、悩んだそぶりを見せたうえで教えてくれる。

「ああ、難破した船はないけど北極海側の桟橋に留められたままの船が確か破氷船だったよ。あれって何かやばい船なの?こんなところまで来る人間は軍人と研究者以外は怪しい奴らだけだらさ。あんたはどっちにも見えない。」

まあハンティングベストを着てボストンバック持ってきたサングラスなんて何しに来たんだと思うのはわかる。だがそれを本人に言うのは少々デリカシーかなにかに欠けるのではないだろうか?私はその後彼と軽い雑談をして部屋に戻り外出の準備をする。ジャケットの下に防刃の装備を身に纏いグローブを身に着ける。

ボストンバックにしまい込んだ火器に弾薬を装填し、マガジンが収まっているのを確認して人目を避けて建物を出る。遠めに調査に出る学者連中が見えたので、それを避ける様にあらかじめ使用許可を取った車両を出す。人目がなくなったところで装備を全て装着し、防護マスクを装備する。SCP-2833はたった2㎝ほどのハエのような寄生虫が傷口1つから神経に寄生して人を操ると資料にあった。本来は一人で調査を行うべきではないが背に腹は代えられない。9㎜のPDW(個人防衛火器)と拳銃には蛇用の散弾を装填しテルミットとプラスチック爆弾をハンティングベストのポケットに突っ込む。背中のホルスターに12.7㎜のアンダーバレルリボルバーを突っ込みとどめに携行用のフレイムスロワーに燃料缶を捻じりこむと再び車を出す。

我々のいないあの場所はすばらしいだろうな。


ファデェフスキイ島 破氷船『タチアナ』 予備記憶インターフェイス ジョセフ・マクスウェル

オイルの混ざったような味のチョコレートを噛みしめ私は甲板に降り立った。がんがんと音を立てて内部への扉を探す。同胞が3人、同じように甲板に降り立ち歯車のきしむ音を立てながら降りてくる。頭の中身まで改造しすぎたせいで頭が固くなりすぎているのを除けば非常に頼りになるやつらだ。単音でのシグナルとジェスチャーで指示を飛ばす。

バルブ式の扉を開けると酷いノイズが走る。ブンブンと羽音が鳴り視界が黒くなるほど大量のハエが我々めがけて飛び掛かってくる。パイプ、棚の中、計器の隙間、あらゆるところから無数にだ。同胞の一人が懐からテルミットを出し無造作に投げ入れると手首からガス式の火炎放射で炎をまき散らし焼き払う。1分ほど放射を続けると羽音はやがて聞こえなくなり、黒焦げになった廊下と大量の燃えカスを除いて他には何も残らなくなる。

「ブラザー・マクスウェル、どうやら酷い惨状のようですがどうなさいます?」

鷹揚に頷いて私は改めて中へ入る。幸いなことに神経系は電子化している、彼らに寄生されるヤワな存在ではない。それよりも……今、知覚センサーに別のノイズが走ったような……何か嫌な予感がした。危険を確認するための演算をインターフェイス内で走らせるか悩んだが、ドローンを起動して船内を調査させるために断念する。ケースから数基のドローンを起動し船内へと放つ。これで誰も逃すことはあるまい。


ファデェフスキイ島 破氷船『タチアナ』 コンスタンティ・アレクセイヴィッチ・イヴァーノフ

目当ての船は北に設置された桟橋に係留されていた。近くには車が一台止まっており、今まさにその持ち主が船内への扉から大量にあふれ出てくるSCP-2833-A、あのオブジェクトが放つハエのような寄生虫の群れを焼き払っているのがわかった。記録を聞く限りああもたくさん出現するような事は聞いたことがなかったが、ともかく彼らはそれをテルミットと火炎放射で焼き払い中へと入っていった。

遠目から確認できる限りでは適切な装備を持っているにも拘らず防具の類はなく、群れに対して退避行動をとる様子もなかった……財団でもGOCでも防具なしでそんな事が出来る奴らはオブジェクト以外では見たことがない、あれはそう『壊れた神の教会』その系に連なる奴らだろう。私は無線機を引っ張り出し最寄りの財団拠点に連絡を入れる。

「こちら調査任務中のエージェント、コンスタンティ・アレクセイヴィッチ・イヴァノフです。コード:97-Б壊れた神の教会の武装構成員及びサーキシズム由来の生物現象を確認、応援と調査を依頼します。」

無線は緊迫した様子のオペレーターに受信される。状況を詳しく聞かれたので追及されない程度に情報と位置情報を流す。当然、クラスAのHazmatスーツの必要性と広範囲を除染する準備を頼むことも付け加える。どうせ5時間もすれば応援が来る。それまで出来るだけ記録するとしようか。私は船の近くまで車を寄せ、肩にカメラを固定すると車を降りた。


コルテヌイ島 ロシア連邦軍 北極海航路観測基地 ██区情報中継ステーション ロディオン・ユスポフ

それは一本の応援要請だった。イヴァノフと名乗るエージェントによる通信は場を騒然とさせた。サーキシズムに壊れた神の教会、どっちも触れたくない厄ネタなうえにどうも現在進行形で発生している案件らしい。本当は触れずに聞かなかった振りをしたいが仕事なので対応する。機動部隊を送り、本部への連絡を済ませる。シトラなんとかってプロジェクトに引っかかるとか何とか言われて、やばそうな雰囲気がしたのはもう最悪だ。

棚からウォッカの小瓶を取り出し一口だけ煽る。SCiPがもしも収容されればここにも予算が振ってくるかもしれない。何かありそうないい事を考えて仕事に集中するとしよう。『兵士は眠り、兵役は続く』だ。


ファデェフスキイ島 破氷船『タチアナ』 予備記憶インターフェイス 飛行ドローン カメラ映像 

ドローンナンバー:01
カメラモード:暗視
タレットシステム:稼働……フレイムスロワー準備完了
情報共有……確立……記録インターフェイスに映像送信を開始

船内を高度5ft2で飛ぶドローンのカメラ映像と視覚デバイスとリンクする。ドローンは通路を通り階段を降下していく。2階層降下したところで、廊下から現れたハエの小さな集団に遭遇するもフレイムスロワーの短期間の放射を行うと集団は各所へと散っていく。

ドローンはハエの集団が霧散するとそこには死体が一つ残っている。カメラがズームし死体を精査すると卵嚢と思しき小さな粒が焼け残りの死体にいくつか残っており、全身に拡張した毛穴の痕跡が見られることから一種の苗床の様に扱われていたと推測する事が出来る。ドローンは改めて短時間の火炎放射を行い死体を処分し降下を再開する。

ドローンはその後短期間で最下層まで到達、カメラが異常に膨らんた腹部を持つ異常な人型実体を確認する。人型実体はドローンに驚いた顔をしたのちに体内より生成したと思しきハエを口から大量に吐きながら20mほど先に見えるバルブ開閉式の扉へ移動を始める。ドローンは周囲に炎をまき散らしながら後退、他のドローンと合流しようと試みるが次第にハエの集団に取りつかれ動きが鈍り落下、最終的にブラックアウトする。


ファデェフスキイ島 破氷船『タチアナ』 予備記憶インターフェイス ジョセフ・マクスウェル

上層部を探索し終えたところで妙なノイズが誰かの侵入を知らせる。上層の探索と掃討を終え下層へと差し向わせる筈だったドローンを2機向わせる。入り口付近に差し掛かったところでドローンの一基が死角からの銃撃により撃墜される。画面に戦闘服と防護マスクを身に纏った推定男性が映る。

骨格をスキャン……完了、男性と断定
所属……該当する記章無し、行動より推測判定開始……保留
武装情報……9㎜PDW、同拳銃、フレイムスロワー、12.7㎜リボルバー
防護……クラス3ボディアーマー、濾過フィルター付き防弾マスク
脅威度判定……イエロー

行動や装備から肉の構成員ではないと判断できるが、警戒すべき対象なのには変わりない。同胞の二人が情報を共有し動き出す。歯車の稼働音が普段よりも大きくなっているのが聞こえる。脅威らしい脅威が現れて気がはやっているといったところだろうか?ほんの一匙ほどの心配が浮かび上がるが、すぐに消え去る。まさか単なる人間ごときに倒せる相手でもあるまい。


ファデェフスキイ島 破氷船『タチアナ』 コンスタンティ・アレクセイヴィッチ・イヴァーノフ

わざわざ引っ張り出した徹甲弾をドローンに叩き込む。物陰から奇襲をかけて一機を撃ち落とすとタレットが自分に向いたのを確認して物陰へ飛び込む。数舜前まで自分がいたところには猛火が吹き荒れ、熱波の余波がその威力が尋常でない事を否が応でも伝えてくる。すぐさまマガジンの残りをドローンに叩き込んで2機目を行動不能にする。換気ダクトからぶんぶんと嫌な音が聞こえ、SCP-2833-Aがここへ向かって集まってきているのを知覚する。

音が聞こえるダクトを蹴り開けテルミットを投げ込むと部屋から一目散に部屋から逃げ出す。ダクトからテルミットの激しい炎が噴き出し、部屋を灼熱地獄に変えるのと、部屋から出た所を首根っこをつかまれて私が持ちあげられるのはほぼ同時だった。

「なにものダ?壊して回るホウカ?それとも収容至上主義ノ礎カ?」

体をキイキイ、ギシギシと軋ませながら髭面の男が俺に聞いてくる。片手で拳銃を抜いて体に撃ち込めるだけ打ち込むことで返答するが奴は答えた様子もなく力いっぱい私をぶん投げ、私はパイプの集まった計器へと激突する。嫌な音と共にろっ骨が折れた事を確信する。衝撃と痛みを考えると内臓もだろうか?肺の空気を吐き出しながら思案する。

奴は私が動けない事をいい事にボディビルダーか露出魔よろしく上着のボタンをはずし、自分の体内を構成する歯車を見せつけて降伏を勧告してくる。それっぽい事を言っているのはわかるが、内容が頭に入ってこない……奴は私に何をさせたい?メッセンジャー?それとも殉教者か?音は聞こえないのに思考だけは延々と回る。

廻る回るまわるマワル……

なにか脳内でカチリとピースがはまる音がした。手元の拳銃を落とす、PDWに安全装置をかけて背中に回して降伏する。そうだ、こいつらもしかして買収すれば……もしかして使えるんじゃないか?

「GRU、GRU"P"部局の残党だ、礎を作るための資材を取りに来た。ツァーリの使者として君たちのミリタント・フェイスフルに謁見を求めたい。」

歯車の男は悩んだそぶりを見せて停止する。一瞬目が"点滅"したかと思うと、先ほどまでと違いはっきりとした声でゆっくりと男性が喋るのが聞こえる。その男はゆっくりと、しかし確実に私の言葉を揺さぶった。

「やあ、GRUの残り火よ、私はジョセフ・マクスウェル、元財団の博士で現マクスウェリズム教会のミリタント・フェイスフルにしてスキーマティスト・フェイスフルだ。」


ファデェフスキイ島 破氷船『タチアナ』 予備記憶インターフェイス ジョセフ・マクスウェル

私が名乗りを上げるとマスクをつけたロシアの戌を名乗る男は動きを止めた。男はマスクの下の表情が想像できるほどに大きく動揺しているのが手に取るように分かった。

「我々はこの船に蟲を駆除しに来た、かつて行われた文明崩壊を生き延びたカルキストの記憶を保持する蟲の親玉を始末しに、君は何をしに来たのかね?我々は演算に従ったが君はそうではないだろう。」

男は言葉を飲み込むように黙り込む。しばらくして彼は絞り出すように声を出す。

「記録がもらえればいい、もしも回収させてもらえるなら駆除した後の死体も、イオンが戻ってきたことは知っている。だから我々は功績を盾に準備をしないといけない。少しでいい、肉に対する備えをさせてほしい。」

男はゆっくりとマスクを外し口と鼻から流れ出る血を拭ってソビエト式の敬礼をしながら言う。

「私はイヴァノフ、コンスタンティ・アレクセイヴィッチ・イヴァノフだ。かつてGRU"P"部局の中尉で今は財団でかの"P"部局の残党を支援するために動いている。肉に対する見解は同じのはずだ。頼む。あんたは、あんたは見たんだろ、クローネンバーグやハドリーと共にあの地獄をその目で!私たちはあれを防ぐために動いているんだ!」

私はゆっくり"うなじ"に指を這わせ、同胞の首に組み込まれた予備記録インターフェイスに触れ、力任せに引き抜く。ゴムがちぎれるような嫌な音が聞こえ、オイルをまき散らしながら体が崩れる……意識が切れる前に喉のスピーカーから手短に発声する。

「手の中に記憶装置がある、それをもって早くここから離れる事だ。ここは今から地獄になる。鉄と肉と織り成す煉獄と化すだろう、もしもお前が力を望むなら妥協してそれで何とかするといい、後輩へのちょっとした餞別をくれてやる。」

そのまま同胞の体はゆっくりと噴き出したオイルの中に倒れこみ、暫くの痙攣の後にかすかな駆動音と軋む小さな音を残し、そのまま動かなくなる。意識が引き戻される。もはやファンを破壊され飛べなくなったドローンが、GRUと名乗った財団の男が記録を持って走り去る様子をほんの僅かにとらえていた。

私はほんの数秒だけ、元の体へと引き離された余韻のような酔いを味わいながらクツクツと笑う。

1コペイカの蝋燭でモスクワは焼け落ちたとはだれの言葉だったか。彼が、肉を焼き払う種火となる事を祈ろう、少しぐらい、後輩に期待してやるとしよう。かつて身を置いたあの組織に巣くう小さな蝋燭に。


コルテヌイ島 北極海航路観測基地 48時間後 コンスタンティ・アレクセイヴィッチ・イヴァーノフ

「以上が私がジョセフ・マクスウェル元博士について目撃、接触した件についての報告になります。」

私はパソコン越しに報告を終える。あの6時間後、機動部隊があの船に押しかけたが、船は殆どガラクタ同然となっていた。私は観測所近くに止めた車の中で武装待機していたところを保護され、コルテヌイ島へと連行されることになった。ジョセフ・マクスウェル博士の生存とその状態についての情報、そしてあの船で何が起きていたか、その断片的な映像記録はプロジェクト・シトラ=アキュラの作戦本部へと送信され、この件についての緘口令が惹かれる事となった。

私は今回の一件での功績を加味され、財団内への適切なカバーストーリー構築の上で適正な処遇を与えてもらえるらしい、ようはほどほどにやったから今回は許して元の担当へと戻してやるって所だそうだ。本当はあの船丸ごと確保して大出世と行きたいところだったが仕方がない、功績が得られただけましという奴だろう。

金を出した者が音楽をリクエストできるのだ。演者たる私たちはまだ鳥のように歌うだけ、戌のように吠えるだけ。狂人のように喚くだけ。だが、金がなければ稼げばいい、それが貯まった時、その時こそ我々がリクエストをする番だ。

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