DVD制作秘話。というより、事の発端
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マヨネーズ。
 
 
……と云う調味料を皆はご存知だろうか? 
 
一応念のため慮ってマヨネーズなるものを誕生の歴史と共に語るならば、大まかな成分は卵と酢と油が執拗と悪趣味なまでに攪拌されることによって出来上がる、形容しがたい憎いアン畜生にして怨敵である。
  
お生まれにして発祥の地はお上品美麗なるおフランスであるにも関わらず、
 
「あれは何ですか、お姉様?」
 
「これはクソでございます。若しくはゲロ」
 
『オホホホ』
 
と云った会話が恐らく一度も行われることなく、遠い大陸の土地から広大な大海原を隔てた極東の島国に渡来し、来訪当初は由緒正しき日本人に馴染みのなかったものなのに、口惜しく、そして面妖不可思議なことに今日に至るまでありとあらゆる食べ物に塗布されている馬糞である。
 
そこで私が疑問に思うのが、何故世界三大料理の一つに数えられるフランス料理の中で汚穢なるものが誕生したのか一切合財の不明と不可解で、斯様な存在を生み出した事に対する不審がむくむくと肥大化するのであった。
 
そりゃぁ……日本人ならば食べ慣れた食べ物の中に納豆を筆頭にしたゲテモノがあることを重々承知しているが、それは大いに鼻腔を刺激する刺激臭と共に提供の場が限定されるケースが多く、見た目がアクロバッティックスかつグロテスクなことから、日本人以外の外国人は積極的な好奇心を持ち合わせた好事家や物好き数奇者、そして騙されて茶碗一杯食わされながらも、魅了されたものしか食することはない。
 
想像してみろ……日本人でさえ好き嫌いの分かれる納豆を、全人類好いて当然が如しと云われ、あらゆる食べ物に混入している状態を。
 
それは忌避すべき由々しき事態だろう。無理強いを体現したものである。とある個人が異常にして膨大な数の食べ物の好き嫌いがあれども、慎ましく思いやるように、人の味覚は基本的に個人を尊重すべきものなのだ。たとえ、海鼠の如くぬるぬるヌメヌメした外見をし、食卓の場で一歩下がるように尻込みする外見をした下手物であれ、それが好ましいものであるなら批難する必要など無いし、他人に強制強要することなど言語道断だ。乾坤一擲の念を以て、ところ憚る事無く宣言しておく。
 
だがしかし、現代日本の現状を見ろ。惨状を直視しろ。過去、頭髪材に間違われ用いられ、そのまま勘違いされて、誤った認識と歴史の下に消え去れば良い筈の、黄色を帯びた半固形物の白濁なる液体が、あらゆる食べ物を汚染している有様ではあるまいか。
 
平気の平左で、マヨネーズ摂取している様子など跳梁跋扈かつ空前絶後の悪行である。そんなものティッシュに包んで屑カゴの中に放置し、かぴかぴになってしまえば良いのに、人は冷蔵庫の中に後生大事に保存する。あまつさえ、遭難時の非常食として適切だとか、あらぬ事を云い出す愚か者さえいる。
 
ひよこをミキサーにかければ、質量がごく少量消失するというが、それは魂の重みが消え去ったことによる事象であろう。その所業を行って有り余る非人道的生業も手伝い、あらゆる食物にマヨネーズを混入させる悪業は、人智を超えた悪の権化であり、汚物を食す人は人間としての人心がない。こころの問題ではないのだ。魂として大問題なのである。
 
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今日も今日とて、その愛らしさに完爾し思わず頬が柔らかく緩む……本来なら誕生して然るべき雛鳥たちが、無骨かつ無機質な生産ラインによいしょと乗せられ、秘所を暴かれるが如く卵の殻を秒単位で二つにパックリ割られていることを想像する度に、涙で枕が濡れる。
 
本来、生贄なるべきでない存在が人身御供に捧げられ、斯様な外道と非道の限りを尽くした仕打ちを受け、あまつさえマヨネーズなる汚濁の存在に成り下がるのだから、この世はなんと云う無情であろう。今世……或いは前世で、どれほどの悪行を重ねたとしても、犠牲となった鶏卵に同情する。
 
……一応念のために懸念して断っておくが、私は特別格段別段、卵も酢も油もそれほど嫌いではない。
 
卵なんか、朝一番朝飯前宜しくジョッキに並々注ぎ、生卵を腰に手を当てて飲み下すのもやぶさかではないし、何なら卵かけご飯を主食に卵かけご飯をおかずにする事だって可能だ。
 
酢の物に関しては、幼少の頃味覚や味蕾が未発達であったことから敬遠していた過去を事実と共に有しているが、年頃の時分になれば問題なく食する事が出来た(恐らくこの現象は年嵩になりにつれ、苦々しく思っていたピーマンが美味しく感じられるようなものに似ているのだろう)。梅干しとは些か趣向と赴きの異なった、酢の物の独特の酸っぱさだが、これが丁度良い塩梅で酒のツマミになったりするのだ。酢い物が苦手な若輩者は、キュウリの漬け物から段階的にホップステップジャンプすれば、避けがちなそれらを問題なく食することが可能だろうが、決して無理強いはしない。
 
そして最後に、油分に関して一口一言付け加えるなら、私は揚げ物を殊の外好物にしている。揚げたての紫蘇というものは、熱々のうちに猫舌を我慢し口に運べば、ぱりぱりとした食感と共に特有の風味を醸し出す。天麩羅なる油揚げの他に、食べるラー油を白く輝く白米に惜しげもなく掛け、「人の域に留めておいた味覚が本来の姿を取り戻していく。天と地を万物を繋ぎ相補性の」云々宜しく、狂ったよう舌鼓を乱打させるように打つ事も辞さないのだ。
 
斯様に……そうして如何様に上記で述べたように、私は卵・酢・油といった食べ物は嫌いではなく、寧ろ好物といっても過言ではないのだが、何故だがどうして三種の主成分を主体に製造されたマヨネーズだけは苦手で、単なる嫌悪の対象となっている。
 
美味なるものに美味なるものを……たとえば大吟醸を高級シャンパンで割って虎口で飲んでもありがたみはなく、寧ろ逆に本来職人にして作り手が味わって欲しいと思っていた、風味や味わいやらを土台から台無しにしており、酒の真髄と真骨頂を味わえない。第一、それはエチルアルコールに対する最大の冒涜で、酒精の提供者の機嫌をぷんぷん損ねる結果しかもたらさないのに、頭痛の種は潰えず、蠢動茫々とし雑草の如き根強く蔓延り発芽しているのだ。因みに私は酒好きであり、アルコールに対する軽薄な行いをする不届き者はメチルアルコールを呑むか、胃袋が爆裂するまで麦茶でも飲んでいろ。
 
雑草が自然に枯死すれば良いものの、あらゆる食べ物をお陀仏にさせるクソ忌々しいマヨネーズに対して、好い加減草臥れにも似た感慨さえ抱く。マヨネーズほど存在を違え間違えたモノなどあるまいに、何故悪は蔓延るのか。進化の矛先と将来を間違えたウミウシでさえ、これほどに誤った進化はしなかったのに、あろうことかあろうことか!
 
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サテ……読者諸君、ここまでこれから先の千代八千代に渡って語り継がれてもおかしくない玲瓏なる晴雲秋月を散々に論い述べて来た私であるが、ソモそれほどまでにマヨネーズが嫌いで憎いと云うのであれば、ソレを可能な限り全力を以て避ければ良いだけの話だろうと感想を、脳裏と胸中、そしてこころに抱いたことであろう。
 
ダガ、それほど容易く回避可能であれば、なよ竹の姫もかくやと云わんばかりの幼気なる私は、二十数年余り過ごしてきた人生の中で虐げられ、マヨネーズによってサルミアッキ飴のような苦渋と辛酸を、ベロベロ舐り舐り舐め舐めした覚えしかない。
 
容易にあの小癪な存在を口にしなければ、報怨以徳を隠しながら苦笑を浮かべ、糞尿のつまみ食いをしている連中を心中で唾棄冷罵しながら無言に黙し、アレがイヤだのコレがドウだの猛猛しい猛烈な主張に日夜徹することはなかった。
 
長々と話が長くなってしまったが、つまり哀れな私が何を云いたいのかと聞かれれば、端的に「あらゆる食べ物に汚物が混入している可能性」を、目尻から流れる珠のような雫と共にハンカチーフを加えて、ギリリと歯軋りを立てなくてはならないのである。絹の繊維が悔しさのあまり裂帛の轟音を立て、マヨ好きの鼓膜を破壊せんばかり刺激音は、さぞ活気良く響いたことであろう。
 
例えば、空腹を覚えコンビニやどこぞの売店で食べ物を購入を余儀なくされ、並々ならぬ事態に陥った時、私はまず原材料名のチェックを行う。
 
ハムスターのように愛らしくぷっくりと膨らんだ頬に、笑う為に使用される表情筋の全て切断させたかの如き鬼の形相で、目は罪人の罪咎を暴くため血眼を動かし閻魔帳を眺める地獄の裁判長よろしく両目を血走り充血させ、牛頭馬頭の鼻腔から吹き出す鎌鼬の如き鼻息の荒さを見せて、背中からは湯気の如き不動明王の背後に燃え立つ迦楼羅炎に引けを取らぬ炎渦を濛々立たせ、一々逐一事細やか且つ具にビニールでパッケージされた梱包物を軽蔑の眼差しで睥睨するのだ。
 
マヨネーズ、或いは半固体状ドレッシングなる言葉を目敏く俊敏に見付けたとき、私はその食品を少量の液体が混ざっている可能性を考慮して、泣く泣くむせび泣き、血涙を滂沱の如く流して手放した回数は最早無量大数、その年月は幾星霜。
 
食品の側らにあるマヨネーズの本体を見れば、中指を立てファックファック! おまけに尻をペンペンと叩きながら、最後に愛らしく茶目っ気を見せてペロリと真っ赤な舌を見せたのだが、その様相を目撃した『死体蹴りのムエタイ選手』を筆頭と代表に様々数々の悪名や綽名を恣にしている妖怪・垢舐め曰く、「まるで餓死寸前の犬が炎天下、熱せられたアスファルトで熱中症に侵され、今際の際白目を剥きながら舌をだらりと垂らしているみたい」、もしくは「狂犬病で死ぬ薄汚ねえ野良犬ですぞ」だとか述べていたが、それにしても縦横無尽かつ天衣無縫に動く口であることよ! 舌を噛み切って死ね。
 
彼は(容姿などについては、後に登場するので端折る)、将来確固たる地位に就職すべく六法全書を所持しているらしいが、彼が所有している辞書の記載文は、罵詈雑言が延々膨大に綴られた悪魔の契約書に違いない。相違なかろう。
 
その友人は、ふわふわモコモコぬくぬくとした環境と温室で育った優雅で優美な私が交遊や人間関係を築くにおいて、決して相応しくない誨盗誨淫の人間だが、唯一、万力の如き渾身の握力で掌を圧縮するような握手(悪手)をせぬばならないほど、一点だけ気が合う部分があった。
 
有り体に云えば、『死体蹴りのムエタイ選手』も、マヨネーズが嫌いだったのである。
 
因みに……妖怪・垢舐めと握手をしたのち、可愛らしいアライグマのような所作で、気でも触れたか狂ったのか、汚物を握り締めた潔癖症患者のように手が皹て擦り切れる事も厭わず、摩擦熱で火炎が迸ったかと錯覚するほど紅蓮の如き鮮血さを見せ、両手を摩耗する激しいゴシゴシ活動で危うく両手を失いかけた。
 
その時、洗面台の鏡に投影された私の顔は、六条御息所でさえドン引きするような般若の顔であり、恵比寿顔の微笑みを取り戻すのにかなりの時間を必要とした。
 
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「我々は、別にマヨネーズを根絶させたいというわけではないのです。世の中には、カレーが嫌いな人がいる。米を苦手とする日本人がいる。パンだって憎悪する人間だって、無論存在しているでしょうな。だがしかし、考えてご覧なさいよ。マヨネーズが嫌いだと云えばこのご時世、忽ち訝な顔をされる。ここは異界の惑星か何かですかな」
 
場所は、特に特徴のない喫茶店。私の目の前で劈頭第一に公然と云い放つのは、件の妖怪・垢舐めであった。
 
より正確かつ詳細に述べるなら、『死体蹴りのムエタイ選手』なる綽名を代表かつ筆頭に持つ、六法全書の男である。
 
妖怪・垢舐め以外の通り名を覚えている限り列挙するならば、三枚詭弁舌だの、お化けギャルソンだの色々様々なものがあるが、『死体蹴り』の綽名のインパクトが強すぎる所為か、私の海馬に他の呼び名は記憶されていない。一応本名として『災害被災地(さいが ひさいち)』と名乗ったが、読みに対する音はともかく漢字から醸し出される字面から、絶対に本名ではないと確信している。
 
綽名や本名の他にこの男に関連する強い思い出と云えば、闇討ちか辻斬りの如く無辜の人々を毒舌の限りを尽くして、精神面をダークサイドへ転落させていた事である。しかし女性にだけは、毒はあっても暴言だけは発さないように気を付け使っていた紳士であるが、決して真摯ではない。
 
『死体蹴りのムエタイ選手』とはいっても、目の前の妖怪・垢舐めは体育会系には程遠い文系の男である。
 
だがしかし、外見上の特徴を述べるならば、真っ黒い髪の毛を丁寧に七三分けにして、絵の具のように白い肌に連なるよう地続きになった、異様なまでに薄い色をした唇が眼に入る。髪と肌は黒々白々しいのに対して、唇の色合いのチグハグさは血潮の様子をマザマザと見せるよりもなお、不気味なように思われた。
 
そして、『死体蹴り』や『妖怪』などと呼ばれるのも、小豆洗いのように夜な夜な人知れず真夜中にアリアリと存在感を遺憾なく発揮していそうな印象から来るものであろう。それに付け加えるなら、今時七三分けといった、どこか古風染みた風貌が人外の印象に拍車を掛けているのだと推測される。
 
どことなく異星人じみた見た目をした男であるが、私はささやかな好奇心を発揮して、なにゆえ正義の表明と云っても過言ではない、六法全書を手にしているのかと訊ねた時、「私が悪事を働き告訴された場合を考慮して世の中の決まり事を熟知しているんですな。他者の弁護ではなく自身の保身ですぞ」と平然と答えられた時は、さすがに閉口した。
 
……やるではないか。
 
頭脳明晰・聖人君子たる私でもさすがにその発想はなかった――と、喝采を送っても良かったかもしれないが、賛美の言の葉を送ればたちまちに小躍りし調子付きそうなので、閉口したと云うよりも敢えて何も云わなかった。
 
「それにしても貴様、私をわざわざ呼び寄せて何の用があるのだと云うのだ? まさか、白い粉の密輸か? それとも脱法ハーブの――」
 
「声が大きいですよ、貴方。誰が聞いているのか分からないのにクソッタレ。こういった密談はコソコソとした密やかにこそ限る。内緒話の心得は最低限護って貰いたいものです。サイガセンセイはその点は巧みでしたのに」
 
「なんだ、そのサイガセンセイと云うのは? お前の名前と被っているし、どことなく慎ましい胡散臭さとペテン師さが留まることを知らない。そんな存在に肖るぐらいなら、借金地獄の娑婆を味わった方が、いくらかマシなように思える」
 
「よくもまぁ、そんな誣い語れますね尊敬します。いくらこころの隅っこや角っこ、そして中心に抱いた正味正直な感想であれ、罵詈雑言罵倒冷罵は隠すべきですな。直隠しにするべきですぞ。いや……確かに胡散臭さが臭い物に蓋をしても横溢する有り様でしたが……」
 
あの方は本物のセンセイだったのかしらんと、目の前の妖怪・垢舐めは過去を思い返すような表情をしたが、そんな些細な些事はどうでも良かったのか、過去の彷彿と想起の仕草はすぐ終わった。
 
「まあ、貴方を呼んだのは他でもございません。良い話か悪い話かと問われれば、間違いなく良い話だと断言できます。ぼくと貴方様は奇妙な符合の一致点が唯一ござんすが、その点についてね……報復兼広報活動の方を行いたいと思っているのです」
 
或いは、叛逆の狼煙か宣戦布告ですかな。
 
そう云って、妖怪・垢舐めは「キヒヒ」と笑った。私はこの男と知り合ってから当初、この奇妙な笑い方を直視した直後、鶏が首を絞められた時の断末魔と云う比喩では追い付かない、京の都で真夜中を劈く怪鳥なる鵺のような、実に奇っ怪な笑い声だと思ったほどである。まことに面妖なエクセントリックな奇声だごと。
 
「ところで貴方、ぼくが計画するマヨネーズ撲滅活動に手を貸していただけませんか? どうせ、暇なんでしょう? 我々はマヨネーズと云う諸悪の根源たる一点だけは一括して一致している同類のようなものですからね。ぼくは人見知りな所為か、人手や人脈が足りなくて困ってるんですよう」
 
「誰が人見知りだ、誰が」
 
私は唾を吐き捨てるどころか唾棄するような口調で、妖怪・垢舐めの言葉に反論する。確かに……この目の前にいる男……綽名以上に良からぬ噂があるだけに、私のような同士のような存在はおれども、友人知人といった人間関係においては壊滅の一言に尽きる。
 
異様な交友関係以上に気掛かりなのは、私自身を含めた話、この妖怪・垢舐めを知っている人間の悉くは、いつ、どこで、どうやって、どういった経歴があって、お知り合いになったのか記憶が定かでない点だ。見た目諸共不気味なこの妖魔の類いは対面どころか、路傍で触れ袖遭うまでもなく、漫然と擦れ違っただけでも、海馬を直接殴られたような印象とインパクトを与え、出会い頭に関して朧気で曖昧模糊としたものにならないだろうに、何故か初対面に関して霧や靄がかかったように五里霧中であまりにも無明としていた。
 
この事象は私だけではなく、妖怪・垢舐めを知っている人間全てに発生しているものだから、手に負えない。こやつが本当に不気味で薄気味悪い点は、ぬらりひょんの如く、交友関係の中にそしらぬ顔で厚顔と居座り、鎮座ましましているところだろう。奇々怪々にも程がある。
 
そして……この男に関する、あらぬ噂……それは背鰭尾鰭のついた根も葉もない話であるがゆえ信憑性に乏しいが、好奇心を発揮して黒い噂の根拠と真実を直裁に確かめたが、妖怪・垢舐めは「うひょひょ」と突如アキレス腱を鉈でズタズタにされたとしても出さないし出せないような、人類には発声不可能な笑い声を出すのだから堪ったものではない。
 
黒い噂の例を列挙するならば……それは力士の褌を悪大官よろしく「あ~れ~」とクルクル華麗に追い剥ぎしただとか、大正時代幽閉に等しい形で手中の珠のように可愛がられた佳人が壁に生き埋めにされた壁面から出たいと訴えるが如くカリカリと爪立てる音に耳を欹て微睡んでいるだとか、不幸にも交通事故で死亡した大学生に入れ替わるように成り済まし一年間通学した挙げ句卒業式に出席しただとか、別次元からの旅行者だとか、人類は哺乳類から進化した霊長類であるのに対して爬虫類から派生進化しておりヒト科生物ですらないとか、生涯に渡って大福しか食べた事がないだとか、ご母堂の腹の中にいた時、臍の緒が通信ケーブルだったとか、色々なものが雑多にある。
 
その噂の濃厚さと淡泊さと、エゲつなさとクダらさにかなりの振り幅があり、さすが妖怪のようなご尊顔をしているだけあって好き勝手に赤の他人に云われているが、それにしてもこの妖怪・垢舐めの素性や私生活については、蝙蝠の如く不明瞭なものである。
 
もしかすると噂の全てが真実である可能性が無きにしも非ずな雰囲気があるため、マヨネーズ撲滅計画なるものに魅惑の魅力を感じつつも、同調するように為い為い首を縦に動かすことはできなかった。短く私の心情を吐露するならば、「茶飲み友達の浅い交遊関係なら構わないが、妖怪・垢舐めの活動に関われば何だか不幸になりそうだ」と云う、漠然とした不安だったのである。
 
「躊躇しますか、そうですか」
 
渋面を作る私に対して、その心情をいち早く察して読み取ったのか、両手を組んで溜息を出す。その手遊びは指の十本同士を交差させた単純な仕草であるが、何だかぬめぬめヌルヌルとした触感をしている。葛飾の描いた有名な春画の親子蛸の如き、薄気味悪さがあった。思わず、人間と同じ数だけの指があるのか、若しくは吸盤が存在しないか、半ば瞠目した両目で凝視し眼を皿にしたほどである。
 
「貴方の他にも一人だけ協力者を辛うじて得ているのですがね……これはもう際物の傑物でして、お歳の方はかなりの年配なのですが我々若輩者では到底及び付かないマヨ嫌いなんですよ。その老獪者は世界中のマヨネーズを食べ歩き、嫌いであると結論付けたのは良かったのですが、その活動が困じて一昨年の真冬の晩、身体を壊して病院に入院する事態になったのだそうです」
 
「世界中のマヨネーズだと……私なんか、一滴一抹さえ口にしたくないのに、尊敬に値する人物だ」
 
「ええ、そうでしょう。でも彼の風伝と伝説はそれだけに終わらず、入院の際ご臨終する羽目になったのですがね、二、三件隣の病室からマヨネーズの容器を絞る音を耳聡く察知して、三途の川を遡り、見事蘇生、息を吹き返したのだそうです。物凄い胆力と根性の持ち主なんですぜ」
 
「我々、青臭い若造では真似できない芸当だ。やはり、若輩者はどう足掻いたとしても、年の功には勝てないという事なのだろうか」
 
「そうでしょうな。そして、医者もびっくり、生き返った彼は釈迦が天上天下唯我独尊と宣ったように、『マヨネーズの容器なんぞ尻の穴に等しい。忽ち絞れば[削除済み]が捻り出される有り様ではないか! それを喜んでいる輩はどういう了見と見識を有しているのか、甚だ理解ができない』と叫び、点滴やチューブやらを引き抜いて、二、三件隣の病室に乗り込み、その好々爺は益荒男の如き怒濤の勢いで己が頭部で頭突きをし窓硝子を粉々に粉砕して、異様な投擲力を以て、マヨの乗った皿を病院から投げ捨てたのだそうです」
 
私は目の前の妖怪・垢舐めが語る素晴らしい老人について畏敬の感情を抱いた。私は星座占いで、特に執筆する特徴や特質がないからと云わんばかりに「真面目で努力家。そして大器晩成型」などといった、占いをするまでもなく、誰にでも当て嵌まりそうな粗雑な山羊座A型の性格上の説明と解説通り、平々凡々な生き方しか出来ない凡夫であるが、何という雄々しき行動であろう。何という熱情に満ち溢れた人物であろうと、感嘆したぐらいである。
 
「ぼくはもう、マヨネーズの味なんか覚えちゃいないほど、その調味料を避けてきた輩ですが、敢えて嫌いなものを口にして吟味し、好感と悪感の天秤で計り、重しの偏りを見て否定する精神は、アンチ活動の中で素晴らしいものです。見(味)も知らず、周りが云っているからと周囲に唆され流される軟弱者とは、根底と根本からして、生まれと作りが違うのでしょうな」
 
しかも彼は寡黙な肉体言語を体現するだけでなく、講釈紛いの能書きを語らない無口な人格者だから尊敬してしまうなぁ――と、妖怪・垢舐めは八重歯を見せながら、薄気味悪く「きひょひょ」と声を出して笑う。
 
その笑顔の表情筋の動きはまるで腐りかけの死体における顔面の腐肉をグニグニ動かすか、皮膚下に大量の蠅の卵が孵化せんと蠢動しているようであった。私は尋常ならざる完爾を見て、青ざめながらも公共の場でよく吐かなかったものだと、名誉と共に褒めてもらいたいものである。
 
「まぁ、ぼくの計画奸計するマヨネーズ撲滅企画についても、能書きを垂れ流したいというわけではないのです」
 
たとえば貴方、コーヒーを注文したときに砂糖やミルク、そしてシロップなどの選択肢を与えられ委ねられますが、マヨネーズに関して汚すか否かについて訊ねられた経験って殆どどころか皆無に等しい問答で、問答無用に当然の如く、断りすらなくぶちまけられますよね。
 
「ぼくが欲しいのは少数派の意見に賛同してくださる、大勢の人々なのです。それに……サイガセンセイの数少ない少数派の賛同者を増やす試験テストのため、真面目にやらなくちゃあなりませんな」
 
「あ?」
 
「何でもないですよ。柄にもなく口が滑っただけです。そんなこと気にしないで、好きで嫌いになったわけでもないのに、世に蔓延しているマヨを殴殺しましょうよ」
  
――と、妖怪・垢舐めはマヨネーズ撲滅企画に対して、同意や賛同の言葉を出していないにも関わらず、すっと……靜かにズイズイ机上に一冊の本を取り出した。それは所謂、演劇における台本といったものであり、一読して見ろと云わんばかりに強引に勧めてくるのだ。
 
私は眉間を険しく皺寄せながら、妖怪・垢舐めがススっと勧める、台本をおずおず手に取った。あらゆる書物に対する侮辱のようにページをパラパラと捲るだけで終わらせてやろうかと考えていたが、MSP明朝体で印刷された最初の文字列を一読した瞬間、私は云い知らぬ共感と同意の感情が渦巻いた。やはり、どれだけ得体の知れぬ気色悪い妖怪とは云えども、嫌いなものが同一かつ同士と云える同意者であるだけに、謙虚な信仰者が熱心に聖典を熟読するが如く、乗り気ではなかった意に反して、人知れず私はのめり込むように、列挙羅列された素晴らしい罵倒の聖句に惹き付けられていた。
 
「……ぼくが考える撲滅企画の当初の計画とおしては、地球上すべてに遍く建設された悪のマヨネーズ工場に神風特攻よろしく、地表を爆風と暴力で総舐めにした、核弾頭でレジスタンスしようかと思っていたのですが、その方法じゃ奴らに足がつきますからね。暴力による主張は、まずは訴えるという形が水泡に帰した際に、義憤を遺憾なく爆発させながら、暴れ回ろうと思いますが……どうですか。まず第一弾として、マヨネーズを嫌いだと主張するぼくの台本の内容は?」
 
「完璧だ。そして、完全なる聖典であると感想を述べよう。更に忌憚ない意見を述べるのであれば、文字の一文字一句が光り輝いている。後光さえ見える有り様だ。まるで海月の骨のようである」
 
「おひょひょ。さすが、賛同者。お褒め預かり光栄ですぞ。苦辛して工夫を凝らし、苦悩懊悩しながら筆を執った甲斐があったものです。報われると云うのは、こう云うことを指しているのでしょうな」
 
「気色悪い笑い声を出すな。殺すぞ」
 
私は昂揚した気分を奈落へ直下するような名状しがたい笑い声を出す、妖怪・垢舐めに対して邪険で陰険な声調を隠すことなく云った。
 
「内容の素晴らしさはともかく、ぼくが書いたこの脚本兼台本は、理論整然とし、学会に発表する事に恥じらいさえ抱かないほど、客観的で厳格な内容になっていることです。いっそ学問論争の場で学士博士達に対して発表しちゃおうかな。いかがでしょう?」
 
「いや……この麗しい言葉の数々は、お堅い場では似合わないかもしれない。これは万葉集に追加し、古都の洛中で行われた男女の恋の駆け引きにおける返歌の如き端麗さがある。芸術的な価値を、この私が認めたのだ。芝居として創作したのであれば、斯様に本分を発揮した方が良いだろうよ」
 
私が正直に褒め称えると、妖怪・垢舐めは得意げな表情をした。そのドヤ顔は思わず背中が、「ゾ、ゾゾ~」と粟立つものである。作者と作品は別物として認識した方が良いように、私は目前の気色悪い妖怪と、素晴らしい台本の内容に千里以上の乖離を感じた。その万里は天竺にまで届くどころか、銀河の最果て以上の距離感を有している。
 
「ところでどうです、貴方。この台本をご覧になって、マヨネーズ撲滅作戦に参加したくなっちゃったりしませんかね。同士ならば、名誉ある役者抜擢に栄光を覚えることでござんしょう」
 
「うむ。甚だ遺憾だが貴様のような、手を取り合えば忽ち不幸のどん底に急激な勾配を有した坂道をまろび転がり落ちるように転落するような気がしてならないが、是非参加して貰おう。だが……一つだけ、問題があるのだが……」
 
「何です?」
 
「私は聖人君子かつ温室育ちで世間知らず。その上、どのような悪人であれ悪口どころか皮肉の一つも云えぬ非常に出来た――いや、精神面において虚弱体質と思われるほど気弱な人間なのだが、この台本の内容は少し……ほんの少しだけ乱暴な表現が入り混じっている。いや、横暴な表現を批難しているわけではない。これも美しさを際立たせる画竜点睛が如き、人目を盗むエッセンスなのだろう。だが……砂糖・ラブリー・素敵なものを沢山で錬成された頑是ない私には、獰悪な表現は少々荷が重いのだよ」
 
「嘘おっしゃいな。何が悪いことは云えないですか。舌の根も乾かぬとはこのことですぞ。それとも、喉元過ぎればですかな。先程、ぼくを詰ることを野別幕無しに云った癖によ。全く自分の事は全て総じて棚上げして、自分が如何にも好青年のように恥じらいもなく云うのだから堪らない」
 
何という云い掛かりだろう。
 
この妖怪・垢舐めは、罪なき清らかな私に濡れ衣を厚着させる算段らしい。小癪な極悪者め。磔にされて銃殺されろ。もしくは八つ裂きの刑になれ。古代中国の各種拷問を受けろ。二度云うが、舌を噛み切って死ね。
 
「凶悪な面相ですね。どうせ、阿漕なことでも考えていたんでしょうが……まぁ、水に流します。ぼくは寛容ですからな、悪口を云われてもその毒牙は歯牙にもかけません」
 
奴の毒牙と毒舌から成る言葉は、私の神聖なる清廉さで相殺されており、ショックのような衝撃を受けつつも、その精神面はダークサイドに落ちることはなかった。もしも私のこころが妖怪・垢舐めと同じく薄汚れているなんぞと感想を抱く薄汚れた者がいたならば、地の果て、空の最果て、海すら果てしなく追い詰め、大気圏に吹き飛ばすようなアッパーカットによる鉄拳制裁、そして海底に沈めるような踵落としによる足蹴も厭わない。
 
「それに……この台本の内容を演じるにあたって甚だ尋常ならざる疑問があるのだが、これは路上ライブよろしくストリートパフォーマンスを行い、路上と路傍の無辜の市井に主義主張を訴えるのか?」
  
それとも、演劇場かどこかに予約を取り付け公演時間が決まっているものだろうかと、出会い頭の記憶を遍く消失させ、いつの間にか知り合いの関係になっている、怪人に訊ねた。
 
「今時、演劇場や路上劇なんぞ古風で古典的な手法、誰も眼にも止めません。そんな非効率なこと、やるもんですかい。今の世の中にはインターネットと云う、インフルエンザの蔓延よりも手早く迅速な拡散法があるにも関わらず、文明の利器を使わずしてどうしましょう。取り敢えず、ぼくの算段としては映像記録と情報媒体として台本の内容を撮影録画し、テレビ局をゴールデンタイムでファックするか、最近巷で有名なユーチューバーと云うんですかな……人気配信者の生放送をジャックするか何かして、爆発的に拡散しようと考えているんですな」
 
「ファック? お前、テレビ局に何か怨恨でもあるのか」
 
「そりゃありますよ。日常茶飯事といっても過言じゃございません。貴方、身に覚えがありませんか。いいえ、きっとあるでしょう。料理番組か何かで非常に美味しそうな拵えが施された完成品の調理過程中、マヨネーズが使用された途端、食欲が失せるどころかチャンネルを切り替える……もしくはテレビの電源をぶつりと切るといった行動をね」
 
確かにそれは私の身の上にも覚えのある体験であった。熟々(つくづく)この妖怪・垢舐めとは、尻穴としか思えないチューブの開口部から汚物を下品な音と共に捻りだす汚物を散々に嫌い合い、惨憺たる日常を強いられているだけはある。
 
「お好み焼きやたこ焼き、卵サンドならマヨネーズを食せるだなんて宣う輩はマヨ嫌いにも値しない、値千金の鐚一文のニワカなんですよ。日常生活ならいざしらず、テレビをはじめとした情報媒体、そして同士と思っていた人物の認識の齟齬……それらを踏まえると、ぼく達ほど不幸な人間はいないというわけですわな」
 
「しかし……テレビとネットか……テレビの方は番組を占拠するという形で乗っ取るのか?」
 
「ぼくには友人はさしてそれほどおりませんが、交友関係と人脈の幅広さは随一ですからね。有名芸能人の知り合いとして出演し、台本の内容を放映させるのも有りですが、最近のテレビは殊の外視聴率が悪い。CMの方はどうかしらんとか思ってみたのですが、番組の合間合間に流れる広告塔……トイレタイムと云う奴ですか? 一本のCMを流して貰おうにもそれほど資金源はないですからな……困ったものですぞ」
 
まさか借金を作るわけにはいくまい。そこで安直で安易な方法で、人気配信者の生放送を独占するのです。
 
そう悪事を提案する妖怪・垢舐めの悪行と参謀は実に舌を巻くものであった。
 
「――で、貴方、結局どうなんです。あらゆる絶賛の言葉の限りを尽くし賛美を受けたぼくの執筆した台本ですけど、出演するかしないか、そろそろご回答の方をいただきたく存じたい」
 
「……ううむ」
 
私は皺を寄せて、難しい表情で腕組みをした。そうして見遣るのは妖怪・垢舐めである。
 
奴は黒い噂を発端かつ皮切りと火蓋にして、浅い関係から深い関係になれば、忽ち地獄の釜が勢い良く開いて、不幸の坩堝に陥りそうで、警戒心の方がまず最初に働いた。同じ釜の飯を食う間柄になることに、躊躇自覚する私であるが、この先の将来と未来において、マヨネーズ撲滅企画なる人類補完計画に着手しなくて、どうしてくれよう。
 
お前も所詮、正真正銘のマヨ嫌いではなくファッションアンチや虚飾の振る舞だの、後ろ指さされれ嘲笑と共に嘲られたら堪ったものではない。聖人君子と云って等しい、忍耐に忍耐を比叡山の修験者よろしく鍛錬してきた私とは云えども、嘲笑者をすぐさま殺した後、墓石の目の前でコサックダンスでも踊って、挑発の限りを尽くすことだろう。その上、ナポレオンの有名な肖像画よろしくポーズを決めた後、ホッピングで墓所を駆け巡ってくれよう。死後安らかに安眠できると思うことなかれ。
 
「すぐさま決められることではないでしょうが……そうですね、期限を設けましょう。三日です。三日の内にお返事がなければ、ぼくは他の方に名誉あるマヨネーズ撲滅活動の役者を選別しますぞ」
 
そう云って、妖怪・垢舐めは丁寧かつ几帳面に整えられた七・三の前髪を崩し、緩く後ろに髪を流して、ハンチング帽を被った。どうやら変装か何かのつもりらしい。
 
「より良い、色良い返事をお待ちしておりますよ。連絡先はその台本の中に栞代わりに入れている名刺の方にご連絡をば」
 
では。
 
きょひょひょと、相変わらず身の毛の弥立つ笑い声と決して定義したくない奇声を上げながら、妖怪・垢舐めは特に特別特徴のない喫茶店から退去していく。
 
その場に一人残された私は、喫茶店に来店して当初、妖怪・垢舐めが店員に頼んだ、安価な香りしか出さないコーヒーの代金を奢らされていることに気が付き、若干の苛立ちとむかつきを覚えたものの、台本の役者に立候補するべきかどうかの答えは決まっていた。
 
率直に云って、私は妖怪・垢舐めよりもマヨネーズの方が嫌いだ。
 
そうして、現代日本の食事事情においてあらゆる不幸を味わったこの上ない身の上としては、これ以上、『禍福は糾える縄の如し』と云った俗諺の連鎖などあるはずがない。既に人間としての不幸のどん底にいるため、この現世において恐れるものなど存在しないのだ。
 
私は闘牛のように鼻息熱荒い呼気を、ふんすふんすと繰り返しながら、テーブルの上に残された台本を手に取るのである。
 
その後のDVDの出来は云わずもがな。
 
見事な怪演であったことは、どれほど傲慢愚昧な人間であったとしても、否定はできますまい。
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