マンハッタン次元崩落テロ 調査記録より抜粋
記録日: 2001/09/17
報告者: マンハッタン南部調査班C-1
概要: プラザホテルの屋根にてTartareanクラス悪魔実体の死体を発見。顔面がアルコールを含む吐瀉物で覆われており額の角が一部欠損している。死因は墜落死と推定。吐瀉物の成分と死体の胃の中身は一致しなかった。吐瀉物を扱う現実改変者が事件に関与した情報はなく、慎重な捜査が要求される。 -██████研究員
俺のあの話が聞きたいって?そりゃ俺にとっては忘れられない夢だが、何も直接聞くほどじゃないだろう…まあいい、わざわざ訪ねて来たというなら仕方ない。そこに掛けてくれ。
――今でも昨日のように思い出せる、20年前に見た夢さ。
俺は雲の上にいた。突然のことに呆気にとられていたが、最初の浮遊感からしばらくして次第に速く落下していくのが感じ取れた。それとは別に景色がゆっくりと流れていく感覚もあった。スカイダイビング中にパラシュートの紐が中々引けなかった時にもあったな、身体がヤバいと感じた瞬間に訪れる現象だ。
身体が地面に叩きつけられるその瞬間まで、俺はその世界をじっくりと眺める事が出来た。元からスタントマンで色んな無茶をやってきたから、もしこれが現実であれば絶対助からないと分かっていた。そして直前に寝入った記憶もあったから、全身を大気に弄ばれる感触を味わいながらも俺はこれが夢だと確信していた。
その日泊まっていたのはあの有名なプラザホテルでね、映画撮影でスタントマンの出番があるかもと一応呼ばれていたんだ。何にせよあの日はかなり飲んでいた。プラザホテルに泊まれたのも映画の製作者と懇意にしていたお陰だったんだが、結局仕事は直前でキャンセルされちまってヤケ酒してたんだ。ホテルの宿泊費?仕事が無くなったからって自分で払わされたよ。クソッタレ…んんっ、話を戻すか。
俺が落ちていく真下にそのプラザホテルがあった。仰向けになった時視界いっぱいに広がった空はどうにも赤黒く染まっている上に歪んでいて不気味だった。アッパー湾の方角から黒い靄が出ていて、そこから黒い人影が次々と湧いて出ていたんだ。信じられないことにそこで何かが戦っているみたいだった。後で間近に見たんだが、それは――悪魔だった。爪も尻尾も翼もあるベタなやつだ。しかもそれと戦っている誰かが居たんだよ。
トランプタワーと同じ高さくらいまで落ちた時、俺は確かに空飛ぶ女の子とすれ違った。笑えるだろう?黒い外套を来ていて、眼は真っ直ぐにエンパイア・ステート・ビルの方角に固定されていた。割とすぐ側を落ちていったんだが、どうやら俺には気づかなかったらしい。そのまま飛んで行って悪魔を拳で殴りつけていた。
風にもまれて身体の自由が効かない中、俺は頭からつっこむ姿勢になりながらセントラル・パークを見上げた。そこは逃げ惑う人と怪物で溢れかえっていた。岩の人形が拳を振り上げていたのもチラリと見えた。ありゃどっからどう見てもゴーレムだった。間違いなくな。
兎にも角にも俺はそれらの全部をぼんやりと眺めながら、俺はどうすれば屋根に激突せずに済むのかを考えていた。夢だと分かっていてもプラザホテルに熱いキスをするなんざ御免だからな。そしたらすぐ側をまたすれ違う影があったんだよ。今度はスーパーガールじゃなくて悪魔だったけどな。
そいつは明らかに俺を狙ってた。多分だが俺をさっきのスーパーガールと同じ敵だと思ったんだろうな。鉤爪が俺の腹を裂こうと迫ってくるのを見て、俺は咄嗟に右手でヤツのツノを掴んだ。とてつもない反動で危うく肩が外れそうだったが、ヤツは驚いた顔で必死に翼をバサバサやっていた。多分アイツは俺を振り落とそうとしたんだろう。全身を激しく揺さぶったんだが、それで勢いがついたのか握っていたツノがぽっきり折れちまったんだ。
しかも酒を飲みすぎていた所を揺さぶるものだからゲロっちまってな。偶然にも悪魔の顔にかかっちまった。
もう全くもってわざとじゃ無かったんだが―本当にわざとじゃないぞ?―やっこさんめちゃくちゃに怒っていてよ。俺を追いかけるように空から真っ逆さまに落ちてきたんだ。これが夢ならそろそろ目が覚めて欲しいなと迫ってくる屋根を見ながら考えていた次の瞬間、俺はベッドの上にいたって訳さ。
――まあ認めるよ。まるでMARVELの『アベンジャーズ』みたいな地球を舞台とした壮大な戦いを体験しているじゃないかって、そう言いたいんだろう?あんまり映画に関わり過ぎたからそんな夢でも見たんだろうってな。
何かに影響されてそういう夢を見るってのは確かにありがちだ。だが俺は断言しよう。この夢はヒーローが民衆の為に戦うような映画じゃない。戦闘機もあの中を飛び交っていたんだぜ。戦闘機と地味なスーパーガールがオカルティックで安易なデザインの悪魔と戦うなんて面白味がないし、中途半端だ。そこに真の救いは無いのさ。フィクションとリアルの混ぜ具合を見事に失敗している駄作だよ。
だからこそ俺は、夢から醒めてテレビの画面を付けた時「今見た夢は本当に夢だったのか、それともここはまだ夢なのか?」と戸惑っていた。
そう、あの日は9月11日。ワールドトレードセンターに悪魔が飛び込んだ日だ。
俺が夢から醒めた時には妙に胃のムカムカがスッキリしている上に、手の中には悪魔から分捕ったツノがあった。ただ夢からそのままツノが持ってこれる訳じゃあるまいし、俺がスタントマンを勤めるはずだった映画に使われていた小道具のひとつじゃないかと思うんだ。撮影していた映画もちょうどホテルで悪魔と戦うやつだったからな。ちなみにその映画はプラザホテルを使った割に監督のセンスがいよいよ鈍っていてな、予算も引っ張れず製作途中で潰れたそうだ。あの頃は景気も良くなかったし、必然だったのかね。
さて、そちらから尋ねてきたとはいえ、ここまで夢の話を聞いてくれた御礼だ。そこのボトルから1本やるよ。スタントマンとして必死こいて稼いだだけ酒を揃えたもんだから、色んな銘柄で溢れかえっていてね。
そうだ、これなんかどうだい。プラザホテルでのヤケ酒でハマってから今でも飲んでるラベルだ。「悪魔の水」なんて呼ばれているらしいが、この話を肴にして飲むには丁度いいと思わないか?
Anomalousアイテム記録
説明: 額縁に収められた悪魔のツノ。Tartareanクラス実体の持つものと一致している。
回収日: 2021/██/██
回収場所: エージェント・████が元スタントマンとして知られる██████氏の自宅で発見。コレクションとして所有していた。
現状: レプリカと交換後、██████氏にCクラスの記憶処理を実施。分析後、サイト-██の低脅威度物品収容ロッカーに保管。
追記: ██████氏のツノに関する話が非常に興味深いです。██████氏はSCP-1315-JPの被害者であった可能性があり、当時のマンハッタン上空で観測された原因不明の次元変動と合わせ現在慎重な調査が進められています -████研究員