Merrily, Merrily, Merrily
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気詰まりなシチュエーションの息詰まるアンニュイさは、吶喊する滝の前では無力だった。あるとき、彼らはブレスクを穏やかに遊船していた。パッパ(Papá)はボートのもう一方の端に座り、川を櫂で撫ぜていた。シャントレルはその向かいに凭れ掛かり、ラ・ルレ(La Relais)のほぼがらんどうの部屋のことをまるで、彼の家における彼女の部屋のようだ思った。まるで木に登る栗鼠のように、カスカード・シヤンが彼らに立ち昇ってきた。僕らはまだ滝の上に来てないはずだ肩越しに一瞥し、パッパが言った。彼の腕力に敵う訳ではないが、彼女は櫂を一本取り、流れに抗う手助けをしようとした。

次の瞬間、二人は重力に逆らい、滝とその下の公園の上に舟を浮かべていた。川は透明なリボンの如く、空に向かって立ち昇っていた。漕ぐのをやめるなパッパが言い、シャントレルは、彼の声が帯びた怯えについて考えないようにした。

二人をより高く持ち上げながら、川は煌めき、下に残るプロヴァンスの田園は見えなくなっていった。彼女はロワールでの熱気球のことを思った。ああした外出は、崩壊した家庭のことをとても些細で無意味なもののように見せた。彼女の問題はがらんどうのの家にぴったりと収まった。そんなものは国の、あるいは県のサイズにすら比べたら、微々たるものでしかない。コート・ダジュールが視界に入ったとき、彼女は物思いを止め、漕ぎ始めた。

彼女は言った下を見ないで。パッパは頷いた言葉はなかった。

二人はブレスクの夏山の大気より寒い上空に到達したが、身震いしなかった。川の水は涸れ、星に置き換えられていった。間もなく、二人は夜闇に敷かれた光る道以外何物でもないところを漕ぐことになった。パッパは漕ぐのをやめ、肘を手で擦りながらシートの背後に凭れ掛かった。彼はふと来た方を振り返った。

地球だよ彼は言った、あたかもずっとここが目的地であったかのように。

辺りを見渡すと、シャントレルの目はどんどん見開かれた。

赤い惑星と暗黒に浮かぶ小さな岩々のベルトを通り越し、星河は二人を滑らかに運んだ。天体は数秒で二人を通り過ぎていった。パッパがにやりと笑って上を指すと、彗星が頭上を瞬く間に掠めてゆき、シャントレルはボートから落ちそうになってしまった。木星の赤斑や、土星の輪の傍を航海しながら、彼女は微笑みを抑えられなくなっていた。

さらに闇の彼方へと川は流れていた。頬を擽る小さな結晶の万華鏡を通じ、二人は太陽系についてのささやかな知識の箍から解放されていった。暗闇は輝き、温もりが彼らを満たした。おぼつかない足取りでシャントレルはパッパの隣に座るよう移動し、彼は彼女を片腕で抱き、二人はそうして眼前に広がる宇宙を眺めた。

緑色のガスでできた凧のようなものの群れが、魚のように二人を通り過ぎた。一番小さいものが逸れ、ボート周りで何度も円を描いた。シャントレルが手を伸ばすと、指がそれを通り抜け、心地よい冷たさが感じられた。

凧は群れに合流しようと懸命に羽ばたき、そのとき右から曲がりくねったリボンが願い事と同じぐらい長く船首を横切り、凧たちに突っ込んでいった。柔らかい、大きな口がその遠端で開いた。 凧たちはちりんちりんと音を立て、行く先を変えてかみつきを逃れた。シャントレルは手を叩いて声援を送り、パッパはまるでフットボールの試合を見ているかのように叫び声をあげた。二人が黙ったのは、リボンが航路を変え、迫りくるベヒーモスに接触して砕けた時だった。彼らはそれを見上げ、圧倒されて息を呑んだ。

静穏ながら荘厳に、惑星より大きい人間の心臓が川の傍を漂っていった。冷たいと同時に暖かくもある黄色の光とともに、それは脈打っていた。二つ目、三つ目が現れた。心臓たちはボートの上を旋回して複雑なダンスを踊り、シャントレルとパッパは彼らの鯨唄を聞いて微笑み合った。

心臓たちを前にして星々の壁が開いた。純粋な、屈曲した光で出来たレンズを通して、無数の太陽が宇宙中に広がった。赤に、ピンクに、青に、緑に、黄に輝き、一に、十に、百になりありとあらゆる創造物に煌めく、白熱する歓迎の虹があった。

黒い空の一角に、周囲の空間よりなお黒い、大きな染みが潜んでいた。黒から一筋の鬼火が現れて拡がると、十字の瞳孔のある、真紅で縁取られた目になった。それは二人の方を向き、一瞬彼らは凍りついた。

瞳孔の中央から小さな輝きの集まりが紡がれた。それらは赤と青と緑に渦巻きながら、ネオン管のような線を形成した。目の下瞼が上向きに曲線を描き、ネオン管は四本指の手の形になり、そして通り過ぎざまに二人へ手が振られた。彼らは笑ってボートに膝をつき、あたかも目が通過する列車の車掌であるかのように手を振り返した。通り過ぎてしまうと、手は輝きに戻って目はゆっくりと閉じ、再度宇宙のその部分を完全な闇にした。

今、二人の旅は減速していた。川は他と合流し、合流し、また合流して、しかも毎度前回より大きくなり、そのすべてにおいて、人生で見るすべての灯りよりも沢山の光が一滴の中に燦めいていた。合流の只中に、星屑でできた首無しの巨人が佇んでいた。水面すれすれにそれを避けていく心臓たちは、まるで鼠のように見えた。

巨人の手の中には銀河があった。巨人が計り知れぬ力でブラックホールの上に銀河を下ろして、太陽と同じぐらい巨大な火花を散らすと、シャントレルはパッパのシャツにきつくしがみついた。衝突から惑星が打ち出された鍛冶屋のハンマーから散る剥片のように。幾度となく銀河はブラックホールに叩きつけ、太陽と惑星を宇宙のあらゆる方向に舞い散らした。

時が経つと、二人はリラックスした。巨人の出現とその技巧の原初の猛々しさは彼らを驚かせたが、そんな強大なる一撃一撃の、絶え間なく魂を揺さぶる殴打は、神その人自身から生まれた律動として彼らの存在に染み入っていた。落ち着き、啓蒙され、この数千年に他の人間が経験していないほどに二人は現実との合一を体感した。

さらに数打した後、巨人は空いた手で肩を拭うと、二人に向き直った。彼らのボートに向けて片手が挙がり、その指の一振りで風が生まれ、瞬く間に大海が小川に変わった。しかし、それはただボートを来た道に送り返しただけだった。

どんどん速く小舟は星の光の川を遡り、一度たりとも跳ねることはなかった。銀河と星と惑星が考える間もなく通り過ぎていった。小さな青と緑の球に向けて、二人は猛烈な速さで落下していった。その球は膨張し、二人の視界を占領し、二人のあらゆる思考を吸収した。

その水の中に、二人は沈んだ。

水面に顔を出したときボートに乗ったまま滝の轟きは背後にあり、前方には旅行者の混乱した叫びがあった。

ヘイ、君等そこらで何してるんだ? 彼は叫んだ。もし彼の言葉に注意を払っていたとして、彼らには分からなかっただろう。

二人はお互いとボートと川と滝とを確認して、一切合切がずぶ濡れではあるが、それを除けばあるべきままであることを確かめると、笑いながら抱き合った。

あれは現実だったのか? パッパは尋ねた子どもみたいに笑いながら、涙を目から拭って。

うん! シャントレルが答えた。アンニュイも、気詰まりも、二人共どうすべきか知らないことをやろうと努力しているという意識も消えていた。その代わりに、消えゆく夢の足元の木材よりも、現実味をもって感じられていたのに感覚があった。

息を切らして彼女は言ったパッパ、私、絶対忘れない!

何であれ彼は言った僕も忘れないよ。

シヤン=ラ=カスカードの住民が二人とボートを滝の根元の池から引き上げたとき、二人は未だに笑っていた。

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