未分類の我儘
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「最近、変な夢を見るんです」
「夢」
「マネキンみたいな物に乗って、空を飛ぶ夢なんです」
「はあ」
「それが朝目覚めるまでずっと」

その日の夜、夢を見た。
背中側が半分に切り取られたマネキンに乗っていた。マネキンには虫の羽が生えていた。そして、道の上を飛んでいた。
これは空を飛んでいるのかな、と思った。
荒れた道、草原、柵、そして空。全てがモノクロだった。
私はマネキンの飛ぶ方向を向いていた。だから後ろを向いてみようと思った。
「後ろを向けば、バターのように」
脳裏にその言葉が浮かんだ。私は後ろを向かなかった。
私はマネキンから降りてみようとした。
「地面に降りれば、バターのように」
私は降りなかった。

「夢の話、他の誰かにしました?」
「してませんよ」
「そうですか」
「何かありました?」
「いえ、ただ昨日……同じ夢を見たもので」
「大変だったでしょう」
「ええ……貴方は突然あの夢を? それとも誰かから同じ事を聞いたり」
「急にですよ。……不思議な話ですな、夢がうつるなんてのは」
「そんな事もあります。出来ればあのマネキンについてもう少し」
私が言い終わる事は無かった。
今まで話していた男は、一瞬で液体へと変化した。
赤と黄色の液体。
私はただ呆然と見ていた。
これは……そうだ。バターだ。

私はそれを誰にも言わなかった。財団にすら。
誰かに話せば、その誰かはあの夢を見る。それはもう確信していた。
もしかしたら記憶処理で治るかもしれない。でも、治らなかったら?
もし、誰かが夢の話をしてしまったら?
私はバターになりたくはなかった。誰かをバターにもしたくなかった。

私の変化について誰も言わなくなった。
目の隈は取れず、皺は深くなり、白髪も見えている。
周りの人々は私を心配した。しかし、誰もその理由について知る事はできなかった。
知らなくていい。それを私は選んだのだ。
夜が来る。私の夢がやってくる。
そうだ。誰にも言わなければいい。
それが私の収容だ。

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