南太島市脱色事件
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速報: 財団、「色」の収容を発表。


5月10日、財団広報部はSCP-8900を収容すると発表した。SCP-8900は1940年代に猛威を振るった異常現象であり、全世界の色彩を塗り替えたオブジェクトだ。当時財団はその拡散の深刻さから収容を断念したが、今回の発表で正式に収容の取り組みを再開する形となる。

財団はこの収容に際し、世界全体の色彩に影響が出る可能性があるが危険性は無いとしている。


SCP-8900研究員 ██ ██

そうだな、全ての始まりは、上からSCP-8900-EXの研究命令なんてヘンテコなものが回ってきた事だ。

もう隠しておく理由も無くなった、なんて理由だった。多くの異常がその存在を現し、ヴェールの維持は不可能になった。それは逆に言えば、ヴェールを維持するための労力を割く必要が無くなったってことでもある。つまりヴェールが無くなったために財団には多くの『リソースの無駄遣い』が生まれていた。これを片っ端から解消しようという話があちこちで出ているらしかった。

だからってなぜこのオブジェクトの研究が再開される事になったのか上司に訊いてみたんだ。「厳密には解明されちゃいないんだから研究対象に戻るのは自然な事だ」だと。随分ぼんやりした理由だとは思ったよ。でもその時はそれで納得した。

ともかく、俺たちは指示に従った。SCP-8900-EX、いや、SCP-8900の研究は正式に再開されたんだ。

研究は特に大きな引っ掛かりもなく、急ピッチで進んで行った。戦後からもう半世紀は経っている。技術の進歩は伊達じゃなくて、当時不可能と思われた事がいくつも可能になっていた。その恩恵を存分に受けての事だった。

そして俺たちは世界を塗り替える物質をエアロゾルに仕立てる事に成功した。つまり、雲や霧に混ぜて散布できるようになったんだ。あとはそれを生産して、世界中に散布するだけだった。



南太島市 財団が住民説明会


芸術都市とも呼ばれる南太島市で、財団はSCP-8900の収容について2回目となる住民説明会を開いた。

計画では、世界中の施設から同時に色を正常に戻す薬剤を空中に散布して雨を降らせ、その後蒸発させる事で繰り返し薬を浸透させ、確実に地球全域で収容を行う。

財団側は「収容により異常発生のリスクが大幅に軽減される。本来の色を取り戻すための取り組みであり、不利益は生じない」と説明。前回の説明会で市民からは「一部地域について収容を見送るなど、これまでの色が残る地域を作ってほしい」などの意見があったが、これに触れることはなかった。



SCP-8900研究員 ██ ██

反発があるのは分かってた。俺たちも市民の様子は気にしてたから、最初の説明会が開かれた後、出てきた意見を聞いて収容計画を練り直してた。

そこに上司がやってきて苦虫を噛み潰したような顔で言うんだ。「一般人が何を言おうと関係無い。お前たちは収容する事だけを考えろ」ってさ。どうしてって問い詰めてもうんともすんとも言ってくれない。その時俺は気づいたんだ。上の連中が意地を張ってやがるんだって。何がなんでも収容して、財団の敗北を帳消しにしようって魂胆だって。かつての失敗の尻拭いをしたところで、これまでの歴史が消えるわけじゃないってのに。

だが、分かったところで何ができる?俺たちが首を横に振ったところで別の誰かがやるだけだし、研究はもう完成して収容準備に入ってる。結局のところ、俺たちはだんまりを決め込むより他に無かった。


異常芸術家 ██ ██

俺たちが抱いていた怒りや危機感は本物だ。戦後から続く芸術の全て、今俺たちが持っている感性、そこに基づいて作られた作品……どれも俺たちの大切な物で、失ってはいけないものだった。たとえそれが初めから紛い物であったとしても。

だけど、誰もが俺たちみたいに今の色にこだわりを持ってるわけじゃないのも分かっていた。だから妥協案を模索する動きもあったんだ。例えば特定の物だけは今のままに残しておくとか、今の色が残る場所を作って希望する奴が移り住むとか。そのくらいなら十分にできたはずだ。だが、財団は歩み寄ろうとはしなかった。

あんた説明会には来たか?俺たちだって要求が全て通るとは端から思っちゃいなかったさ。でもできないならできないなりに、こう、色々あるだろ?そういうのが無かったんだ。俺たちは反発して、俺たちの方から妥協案を出して、それも検討しますって言ったっきりで何の進展もありゃしない。取りつく島も無いって感じだ。

説明会って質問を出したり意見を出したり色々あるけど、普通落とし所を探すためにあるものだ。あれはそんなものじゃなかった。不満は大きく、強くなった。怒りもどんどん湧いてきた。そして、そんな気持ちを抱えていたのは俺だけじゃなかったんだ。



相次ぐデモ活動 財団施設前


財団がSCP-8900を収容すると発表した事を受け、南太島市で6月17日、反対を訴えるデモ行進が行われた。デモは市民団体が主催し、市民ら約2000人が「色を奪うな、収容反対」などと声を上げた。

デモは発表から1ヶ月後の6月10日、芸術家の重谷裕也さんの提唱で始まった。同氏は取材に対し、「SCP-8900の収容は我々が親しんできた色彩を奪うだけでなく、戦後の芸術史全てを否定するものでもある。これからも活動を続けていくつもりだ」と述べた。

正式なデモは今回で3度目となるが、財団施設前には連日市民が詰めかけ収容反対を訴えており、警備隊や警察との衝突が続いている。



財団広報担当 ██ ██

デモは予想以上に長く、大きくなりました。色に対する思い入れというものはそう簡単に薄れるものじゃなかったんです。異常への恐怖を煽り、財団への信頼感を高め、変化への嫌悪感を軽減する。私たちがやってきた事だけでは多分、足りなかったんでしょう。

最初の日は小規模なデモでした。この程度で済んだかとほっとしたくらいです。それが段々と大きくなっていきました。初めはサイトの前に芸術家が集まるだけだったんですが、彼らも彼らで独自の広報活動をしていたみたいでした。それがこちらの広報がもたらす効果を超えていた。

そこから熱気に当てられた一般人が混ざり始めて、回を重ねるごとに数がどんどんエスカレートして行って。最後には暴動寸前まで行ったんです。

暴動の事を抜きにしてもあれは危ないデモでした。サイトの前に数千人が集まって、誰が誰だか分からない。芸術家たちは本気でやってたわけですから、デモが無くてもいつか認識災害か何かを食らうんじゃないかと思いながら出勤しなきゃならなかった。

最後の方は仕事をしながらずっと怯えていましたよ。いつ彼らが雪崩れ込んできてもおかしくないぞって。



南太島市 霧の海に沈む


7月15日朝から南太島市は濃い霧に包まれている。視界が100m以下になる恐れがあるとして濃霧注意報が発令された。気象台によると今回の濃霧は原因不明。気象観測から、濃霧天気が向こう1週間は続くとの予報を発表した。



異常芸術家 ██ ██

デモは目眩しだった。今にもはち切れそうな空気を保っておけば、そこに注目せざるを得ない。だから一般人を扇動して少しばかり協力させた。

本命は工場の方だった。色を奪う薬の生産工場だ。計画はこうだ。まずは夜中に車でグルグル回って発煙筒を撒く。石ころそっくりの特別製だ。そして夜勤と昼勤の交代の隙を狙って煙幕を焚いて、バンで煙の中に突っ込む。そこで乗ってた奴らが降りて、プラントに爆弾を仕掛けに行く。全部ご破算にしてやろうって、そういうつもりだったんだ。

煙幕を焚くところまでは上手く行った。すぐに警備の部隊が出てきて敷地を哨戒し始めたが、2台のバンで突っ切った。バンはあっという間に駐車場を通り過ぎて建物の中に突っ込んだ。

バンを降りると警備の部隊が出てきやがった。慌てて2手に分かれて俺たちの班は警備隊を足止めしたんだ。ところがこれがまずかった。その場に残ったせいで俺たちの分の爆弾が仕掛けられなくなっちまった。

30分くらいすると何度か爆発音が聞こえてきた。本当は1発でかいので粉々にする予定だったが、爆弾が足りなくて十分な威力が出なかったんだな。最後の爆発音の後、ゴオオオオってすごい音がして、プラントの方からとんでもない勢いで風が吹いてきた。漂っていた煙も吹き飛ばされて、入れ替わるように深い霧が辺りを覆い隠しちまった。あっという間に全てが霧に包まれたんだ。


SCP-8900研究員 ██ ██

あの時の事はよく覚えてるよ。窓を開けて仕事をしていると急に強い風が吹き出したんだ。最初はただの突風かと思ったんだが、どうにも収まる気配が無い。窓を閉めて様子を見ていると、得体の知れないモヤみたいなものが流れてきて外を覆い隠してしまった。

それからはもうひどいもんだ。強い風と霧で前を見失ったのか、クラクションがひっきりなしになっていた。外はジメジメとして、おまけに霧が濃すぎて数メートル先すら見えなかった。

ずっと早く霧が晴れればいいと思ってた。俺は呑気に祈ってたんだ。自分が何を研究してたかも忘れてな。

実際霧が晴れてどうなったかは、まあ、知っての通りさ。


南太島市 灰色に 異常関与か


7月23日未明、南太島市を覆っていた霧が晴れ、およそ1週間続いた交通規制が解かれた。また、この時南太島市全体から一切の色彩が失われていることが確認された。

これを受けて24日、市民団体が財団施設に詰めかける事態となった。市民団体はこの件に財団の関与を疑っており、説明を強く求める姿勢だ。

代表の重谷氏は「何の通達も無くこのような事を起こすなど、到底許されることではない。財団にはしっかり説明してもらいたい」と述べた。

財団は今回の件に関して未だコメントしていない。

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