イカした爬虫類
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「あー、疲れた……うわ、もう25時回ってるやん……クソ……」

そうぼやきながら目頭を抑えて椅子の背もたれに体重を預けているのは、1人で財団エージェント勤務を始めてから独り言が増えたような気がするエージェント・佐藤である。もう誰もいないオフィスで、せっせとフィールドワークの報告書を書き上げている。

「ああ、終わらん……ああ……」

最近新しくできた部下と上手くいっていないことや深夜の魔物の仕業が相まって、佐藤が少しばかりおかしく……否、少しばかり佐藤の本性が見え隠れしている。

「くっそー、あいつ、注意しても聞かねぇし、生返事だし……あー……あ、そういや……アメリカに行った田中元気かな……」

現実逃避のように(実際逃避であるが)、そう思い浮かべるのは、共に死戦を幾度も潜り抜けた相棒の、エージェント・田中である。
彼とは竹馬の友とも言うべき仲だったが、上の意向からすればそんなことは関係無かった。あっけなくコンビを解消した2人は、アメリカと日本、離れ離れになっていたが、たまにメールでやりとりする程度には親交を深めていたが、最近ご無沙汰だったことに気づいた佐藤は、画面いっぱいの仕事を画面端においやり、メッセージを開く。

「時差的に向こうは昼休みか……? えーっと、久しぶりやな、元気にしてるか……と」





「あ、佐藤からのメッセージだ。久しぶりだなぁ」

ある晴れた昼下がりのこと、日本とアメリカの文化の違いに絶賛苦戦しており、日本の時よりも独り言が増えた気がする田中は、最近佐藤とのメールがご無沙汰だったことを思い出す。

「うっし、返信は……えーと、おう、久しぶりだな、俺は元気だよ。そっちはどうだ……と」





「はは、相変わらずやな……俺も……いや、それは違うな。えぇと、俺は部下と一悶着起きてる……上の立場は大変だ。そっちは、何か大変なことあったか……と」




「そうか、部下か……あー、それにしても大変なことかぁ。んー……ああ、そういえば、最近サイト-54でデカい収容違反が判明したんだよな……あの自分に対して狂信的なまでの好感を持たせるっていう烏賊の。それを書くか。えぇと、そっちも知ってるかもしれないけど、大きな収容違反が判明したよ。全く、怖いもんだ。明日は我が身かもな……と」




「ああ? ったく、明日は我が身とか、縁起でもない……にしても大規模収容違反? 最近のニュースでそんなのあったっけな……」

そうぼやきながら、仕事をさらに画面端に追いやりながら、財団の通知を検索する佐藤。

「これは違う……これはフランス支部……これも違う支部……ああ、このSCP-682の収容違反か。前々から終了処分下されてるのに死なないっていう、あの伝説の。えぇと、明日は我が身なんてそんな縁起でもないこと言うな、あと、サイトの人達は残念やったな……と」





「あいつほんとゲン担ぎ好きだよな……そうだな、サイトの人達は、今も放置されてるらしいし、死んだ方がマシなのかあのオブジェクトの異常性に浸されながら生きるのとじゃあどっちが苦しいのか……あー、返信は……サイトの人達は、オブジェクトの異常性を目の当たりにして、辛いんだか幸せなんだか……どっちにしろかわいそうだよな……と」




「えぇ……そんな……死んでるんやから不幸やろフツー……向こうじゃ財団の為に死ぬのが当たり前とかなんか……? えぇ、怖いな本部! えぇと、えぇ!? そっち怖くないか……と」




「そうかぁ? 日本でも似たようなオブジェクトはあった気がするけどな……ああ、影響範囲のことを言ってんのか?なら……俺のところまで、その異常は波及してないから大丈夫だよ……と」




「いや異常って言っちゃってるやん! 大丈夫じゃ無いやんそれ! いや向こう大丈夫かよ……心配やなぁ……まぁいいや、俺がぐちぐちここで言っても変わらないからな、話変えよう。あーせや、確かSCP-682の特別収容プロトコルが変わるとか言ってたな、それがどうなのか聞いてみたいな。えぇ……そういえば、特別収容プロトコルが見直されるんやってな、塩酸漬けにされるって聞いたけど、ほんまか? ……と」




「いやそこまでしてねぇよ!? アノマリーとはいえただの烏賊だから塩酸漬けは死んじまうぞ!? 返信返信……えー、そんな訳ないだろ、烏賊いかに塩酸漬けはさすがに死んじまうぞ……と」




「……いや死んでええんちゃうん……? むしろ終了処分下されてるやろあれ……えぇと、なんでやねん、それで死ぬんなら万々歳やないか……と」




「なんでだよ! いやなんでだよ! 財団の理念はどうした……こいつもしかしてサイト-54ごと塩酸漬けにしようってのか!? 鬼畜か! やるにしても普通に葬ってやれよ! えぇと、何言ってんだ、そこまで残酷にしなくていいだろ……と」




「残酷……ああ、財団は冷酷ではないが残酷ではないってか……」

刹那、佐藤の脳裏に、新しい部下のことが浮かぶ。たまに言いつけは無視するし、注意しても生返事ばかり。しかしどこか憎めないやつで、自分のことを心から信頼してくれているあいつに、真正面から向き合ったことがあっただろうか……?そこまで思い至って、佐藤は急速に脳が覚醒していくのを感じる。

(そうだ、俺はまだあいつのことを何も知らない。知ろうともしなかったじゃないか! 人間関係のさしすせそもすっ飛ばして、あいつのことを決めつけていた……ああ、俺は何というダメな人間なんだ!)

自嘲しながら、佐藤は田中へのメールを打つ。





「あん? 実行……? 一介のエージェントなのにあの厄介なミーム汚染を封じる……? いや、あいつのことだ、さっきに見たいなトンチキを考えてるに違いない。えぇと、実行とな? どんなことするつもりだ? ……と」




「ああ、流石に話をすっ飛ばしすぎたな。これを送ったら今すぐにでも行くか……! えぇと……」

そしてenterキーを叩いた佐藤は、椅子の背もたれに掛けていたコートを引っ掴んで、オフィスを後にした。





「何言ってんだこいつ!? あいつこんなこと冗談でも言わないのに……え、まさか俺? 俺がこの話したからあの異常性に暴露したのか!? え、嘘だろ、嘘だろ!? そんな新しい異常性聞いて……おい、落ち着け佐藤! 頼む届いてくれ!」














「クソ、ダメだ! 俺が動くしかない! 佐藤を助けられるのは俺だけだ! まずミーム部門にこのことを報告しなければ!」


「絶対に助けるからな、佐藤!」









ミーム部門より報告

エージェント・田中が、SCP-2790の異常性に関する知識を得た際にミームに暴露すると言う報告を致しましたが、そのような効果は一切認められませんでした。
また、後の調査でエージェント・田中の勘違いということが判明したため、エージェント・田中に降格処分、また誤解の元となったエージェント・佐藤には厳重注意が言い渡されました。






「今日から、ここに配属になった。よろしく」

「ああ……よろしく」

「ここに配属される前は本部の方に配置されていてな。これ、その時に買った地酒」

「ああ……ありがとう」

「呑みたい気分なんだ、付き合ってくれるか?」

「今日は新月だぞ」

「……上を向いてなきゃやってらんねぇよ……」

「……とことん、付き合うぜ……」

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