てあらい うがい
不明な音声ファイル:
先輩は関東の人で、標準語で話すさまが私には新鮮だったのを覚えている。
サークルの仲間が何人かうちに泊まりに来たあと、先の内容のメールが届いた。
実家に根を張る私にはあまりに気味の悪い内容。
冗談めかした苦情を綴ったメールを返して、四回生だった先輩とはそのあと直接顔を合わすこともなかったと思う。
若いころは酒の席でこの話をするとよくウケた。怪談を無茶振りされたときの、ちょっとした小話。そんな思い出も、時間が経つにつれてすっかり忘れてしまっていた。
それから十年以上が経って、こんなご時世だからか、三十を半ばにして家に帰ったらすぐに手洗いうがいをする習慣ができた。なんてことのないルーティン。
ある日、違和感に気が付く。
自分のうがいの音に混じって、ガラガラと響く大きな音が聞こえるのだ。
それからすぐ、女が見えるようになった。背の高い女で、顔は上を向いていてよく見えない。
ただぼうっと立っていて、そして、いつもうがいをしている。家族には見えていないらしい。
うすぼんやりとした記憶を頼りに慌てて置いた白い紙は、次の晩には赤黒く変色していた。
最近はもうどこにいても、うがいの音が聞こえる。
後ろを振り向けない。
眠れない。
眠れない。
眠れない。
家中を探して、押し入れにしまいこんでいた古い折り畳みの携帯電話を見つける。ものを捨てられないというのは、案外悪いものではないなと思った。
先輩のアドレスを探し当てた時の安堵感は言葉では言い表せない。当時流行っていたアニメの名前を折り込んだイタいメールアドレスは、奇跡的にまだ通じていた。
スマートフォンにそのアドレスを打ち込み、藁にもすがる思いで先輩にメールを送る。
返信はすぐに来た。